第四十二話『Sauer-内に秘める憤怒』(1)-2
すぐに、乱戦になった。
先陣を切っていたのは、ラインの駆る、白と青の色が映えるプロトタイプエイジスだ。
XA-002竜王。防御力こそ全てと言わんばかりの、まるで中世時代の重装甲西洋甲冑を思わせる姿に、更に機体全面を覆うかのような巨大シールドを装備している機体だ。
味方の全ての攻撃を引き受ける。そのスタイルは、何処かシャドウナイツのソフィア・ビナイムのそれに似ていると、ゼロには思えた。
だが、違うことがひとつだけある。
殺すことに、何一つ躊躇しないことだ。
結局、どいつもこいつも同じなのだろう。人間を殺すことに忌避感はあるのに、化け物を殺すことには躊躇しない。
自分は人間だから化け物を殺す。違う物だから駆逐する。古来から行われている戦など、全てそこが起源と言ってもいいのかもしれない。
害虫を駆除するのと、それほど変わらない。逆に、人間を殺す戦争をやらない鬱憤を、晴らすかのようにアイオーンを駆逐する。
所詮、時代が変わっても、人間は同じだ。伝説のイーグと言われても、それはあくまでも人間を強化した結果でしかない。
つまり、あくまでも過去の出来事でかないのだ。
そんな伝説といわれているが、決して伝説ではない過去の戦から、何を学ぶか。それで、自分の今後が決まってくる。
何故か今、こんな時なのにゼロは考えることが出来た。
自分の操るアウグが持っている武器は、先端に剣先の付いた銃剣。
勘と、感じることの出来る気の流れで、イェソドを見つける。すぐに駆けて、イェソドを見つけた。
零距離。イェソドのコアを剣先で突き刺して、更にその距離で撃つ。
それで灰になる。
ざっとこれで十体は殺した。
操縦桿の感覚は久しぶりだったが、身体が覚えている。M.W.S.に乗るのが十年ぶりでも、ゼロにとってそれは変わらない。
また駆ける。敵が見えたら、殺す。
咆哮を上げた瞬間、ふと、殺気が漂った。
アイオーンらしい、だが、それでいて人間くさい殺気。
こんな気を放てるのは上級アイオーンだけだが、こんな戦場に出てくる上級アイオーンなど、相場は決まっている。
十二使徒。前に対峙しているから、よく知っている。
案の定、戦場のど真ん中で、アウグを一体踏みつぶして、それは現れた。
クモのような十二使徒。それの出現で、全ての時が、一瞬止まったかのように、あれだけ銃弾が飛び交っていた戦場が、しんと静まった。
「私は十二使徒が一人、トマスと申す。指揮官の方は名乗られよ。否、名乗っていただきたい。私の魂に刻むために」
風変わりな男だった。面白いとも、ゼロには思えた。
直後、何かがトマスの前を駆け抜けた。すぐさま、もう一体のアウグを踏みつぶして避ける。
大型のクナイが、今までトマスがいた場所に突き刺さっていた。
それが竜王の武装であることも、すぐ分かった。同じ物を、竜王は何本も指の中に構えている。
オーラダートと呼ばれる物だと、AIが告げた。
『ごちゃごちゃ五月蠅いねぇ。こちとら八つ裂きにしなきゃ気が済まないんだ。名前を刻む前にあんたを刻んでやるよ』
ラインが言い終わるやいなや、竜王が跳んだ。トマスに向けて疾駆する。
重装甲の外見に似合わず、その動きは速い。いや、速すぎる。機動力はまるで軽量級のそれと変わらない。
どうやら、話は本当らしい。
一部の機体は、マインドジェネレーターがSPIRITになっている、という話だ。
空中戦艦にも使われるようなジェネレーターを積んだ、二十m級の機体。当然出力は生半可な物ではないし、そこから生産される気の量も莫大になる。
大きな、力だ。恐らくそれを、ラインは持っている。それがひょっとしたら、こんな言葉を言わせているのだろうかとも、何故か他人事のようにゼロは思う。
オーラダートに気炎が上った。少し、黒みの入った青。負の感情が、かなり根深く出て来ている証の色だ。
投げる。狙いは、見る限りかなり正確だ。額の正面に向けている。
だが、尾を前面に向けると、すぐさまトマスは糸で真四角のシールドを作り、オーラダートを弾いた。
ラインの舌打ちが、通信越しに聞こえる。
二投目は、トマスが糸で絡め取った。絡め取ったオーラダートを、勢いづけて竜王に向かって投げる。
だが、竜王は避けることすらしない。すっと、手を前面に向けるだけだ。
すると、竜王の目の前に壁が出来た。
黒みの入った、青い半透明の壁。先程のオーラの色と同じだ。つまり、気で出来た、壁だ。
それにオーラダートが弾かれる。
『無駄だよ』
ラインがほくそ笑んだのが、なんとなく分かった。
だが、トマスもまた、不敵に笑う。
「面白い。そうやって防ぐのか。やはり、人の技術の進化というのはすごいな」
純粋に、トマスは驚いていると同時に、楽しんでいる。
今までのアイオーンにはない、何処か清々しさがある。
戦ってみたい。そう思った直後、突然、殺気が漂った。
黙っていたイェソドが、突然活動を再開した。こちらの陣形の横っ腹に、思いっきり突っ込まれた。
全身からオーラシューターを放ってくると同時に、腕のオーラソードが、味方を切り裂いていく。一気に二割がやられていた。
ゼロも、気の流れだけを頼りに、避け続ける。
アイオーンレーダーがあるともっと楽だが、贅沢は言っていられない。
なるほど、どうやら相手もなかなかの策士らしい。自分自身を囮にし、こちらの隊長角を一騎打ちせざるを得ない状況下に追い込み、指揮系統を一時的に麻痺させる。
その間に、配下をまとめ上げ、こちらのもっとも隙のある場所に突っ込ませる。そこがなければ作る。だからアウグを潰してまで、ラインを挑発したのだ。
一騎打ち事態が、隙を作るための策。
なるほど、アイオーンとは言え面白い戦術を使う。こちらが参考にしたいくらいだ。
だが、奴はひとつだけ、こちらの動きに気付いていない。
『おい、坊主。相手は思ったより上手だぞ』
アフマドからの通信だ。
「場所は?」
『山間部のY-53ポイント』
「そこから戦場見渡せるか?」
『出来るな』
「背中の『あれ』は、展開出来るか」
『出来る。だが、狙撃しようにも……まさか……』
「そのまさかを、やるんだよ、ジジイ。紅神と蒼天に伝えろ、お前ら最大の武器を、ありったけチャージして、俺とあの医者の後ろに降りてこいとな。あと医者にも伝達、しばらく奴の相手をして粘ってろとも伝えとけ」
後は、どれだけラインが持つか、それだけを気にすればいい。だが、あれだけの防御力があれば、当面持つだろう。それまでに片を付ければいい。
そして、実際に片が付くだろうと、ゼロは確信している。
こちらもまた、武器を見繕う必要がある。それさえ出来れば、全て終わりだ。




