第四十一話『Spartan-勇猛果敢に進むもの』(3)
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AD三二七五年七月二三日午後三時一九分
延々と広がる、荒野。そこに吹き荒れる風。
スパーテインはただ、一人立っている。いや、そうやって、己の心を置いた。
工廠に着いたときに、まず張・分来から泰阿に関する説明は受けた。
刃先を自在に換装できる、エイジス用の特殊大剣。
夜叉用にかなり前から作らせていたと言う。実際、物は既に完成していた。
見た瞬間に、素晴らしいと思った。剣の中に、数多の人の魂が、感じ取れた。
だからこそ、軽々しく触れてはならない。
その甘さを、一刀両断し続けた。
それが終わると、周囲の風景が見えてきた。
工廠の中だ。油のにおいと、そこかしこから聞こえてくる機械の駆動音、そして、自分が呼び寄せた旗下が、調練を行う音だった。
そこは荒野でもなければ、風も吹いていない。ただ、人工的な景色が延々広がっているだけに過ぎない。
そうやって自分の体に、泰阿という物を馴染ませている。
時間が経ちすぎているというのは、なんとなく分かっていた。
急に通信端末に連絡が入ったのは、そんな折だった。
「ザウアー、か」
コクピットから飛び降りてから召還を解除し、話を聞こうと、素直に思える男だ。
『だいぶ時間掛かっているな、スパル』
「何時間、経っている」
『設計図渡して丸一日。お前が着いたと連絡を受けてからは二二時間、といったところだ』
「そうか。そんなに、か」
ザウアーが、ため息を吐いた。
「ザウアー、お前が渡したあの剣、あれは、相当だぞ。一歩間違えれば、恐らく、私が飲まれる」
『だろうな。今、華狼であの剣を持てるのは、俺の知る限りでも、称号保有者の中でも更に限られるほどしかいないと、俺ですら見た瞬間思ったほどだ』
「火急の用事か? そうでなければ、もう少し集中させてくれ」
『分来から、多少話は聞いてるよ。二二時間、夜叉に乗りっぱなしで剣を握っては離すことを繰り返していると。しかも時々、剣に話しかけていると。正気なのか、お前』
「正気だからやっているのだ。剣に、話しかけ、そして、剣と私とを一体化させるためにな」
魂を感じられる剣。そんな剣は、生きているうちにそうそう簡単に見られる物ではない。
だが、それを何本も、自分は見ることが出来ている。武人として、幸福であることは間違いないだろう。
しかし、真に使いこなせているだろうか。それが、常々疑問として浮かび続けている。
『だがな、スパル。事態は思ったより深刻だ。お前、もしファイ一族の末裔が、俺に会談申し込んできた、と言ったら、どうする?』
眼帯に、血が久々に滲んだのが分かった。それほど、衝撃的な話だった。
「あの末裔が、生きていたというのか?!」
『本物かは、モニター越しに見定めるさ。少なくとも、本当にその一族なら、腑抜けになってなければモニター越しにでも気の伝わりが分かる、っていうだろ?』
「確かにな。だが、何故今になって?」
『それが分からない。俺も計りかねている。そこで、少しお前と話しておけば、考えがまとまるかと思ってな』
急に来客の到来があると通達が入ったのはそんなときだった。
誰だかは、だいたい見当が付いている。
案の定、工廠の一角にある面会室に行くと、予想通り、ザウアーが待機していた。
「こうして直接会えば、なおのこと考えがまとまるかと思ってな。しかもお前、いつの間にか旗下まで呼びつけやがって」
「だが、言っては酷だが、お前の護衛には、私の旗下の方が遙かにマシだと思っている。まだ、あの部隊は調練が甘い」
「カームにも言われたよ、それ」
ザウアーが苦笑した後、その対岸に座った。
その後、近場でやっていた調練を、盧・史栄に任せた。今回の調練には、ヴォルフ・D・リュウザキも帯同している。
報告を聞く限りにおいても、割と懇切丁寧に教えてもらって助かると、史栄が目を輝かせながら言っていた。
ヴォルフはあくまで客将であるが、後一日はいられるとのことだった。
こちらからすれば、ありがたいことだ。戦のことは、この年齢になろうと、まだ学び足りないと思っている。
空戦のエキスパートであるヴォルフから手ほどきを受けられるのは、実に光栄なことであった。
「ファイ、と言ったか、ザウアー」
「あぁ。まさか俺も、この時期に来るとは思わなかったよ。というより、生きているとすら予測してなかった」
「まさか、フェンリルとの講和、ないしは降伏を条件にした交渉をしに来たのか?」
「いや、そうではないだろうな。民間船に偽造した船舶でこっちの方に近づいてきたんだぞ。仮にフェンリルなら、そんな搦め手、ベクトーアにあれだけの力を誇示している今は使う必要がない。それに、講和や降伏だったら、俺は飲む気はないよ。俺は、あの組織は潰すつもりに切り替えた」
やっと決心が付いたかと、スパーテインはいつの間にか、心の中で安堵していた。
アイオーンと繋がっている可能性が、何処か否定できなかった。
それ故に、どうしてもザウアーが取ろうとした策であるアイオーンの力を持ってアイオーンを制覇する策にだけは、乗れなかった。
場合によっては、フェンリルが食いつく。その可能性が、どうしても否定できなかったためだ。
「その方針転換については、私は歓迎するよ。しかし、ファイは何を求めてこちらへやってきたのだ? 亡命か?」
「それも考えたが、こちらが食いつく土産がない。それにだ、あの実力第一主義で徹底して表舞台に出していく組織だ、仮にファイ家に連なる者がいたとすれば」
「プロパガンダに利用する、か」
「あぁ。奴らはそれくらい平然とやるだろ」
頷いてから、少しフェンリルの状況を考えた。
必然的に、シャドウナイツという組織が浮かんでくる。
あの組織にはどうも奇妙な点が多すぎる。
最近になって気になり始めたのは、ハイドラもそうだが、この前の戦闘で遭遇した、あの機体だ。
間違いなくフェンリルの特徴が出た頭部だった。
だが、あのボディラインは、どう考えてもフェンリルのそれではない。それどころか、狭霧を抱えながら消えたとき、明らかにアイオーンと同じような消え方をした。
「ザウアー、お前、ある程度アイオーンが兵器として扱えると考えるか?」
「いや、それについてなんだが、俺なりにまとめたけど、普通の人間に扱うのは無理だ。奴らの本能は、恐らく殺意や敵意だろうしな。仮に、フェンリルがアイオーンを兵器として扱えているとすれば、やっぱしあの中にアイオーンの親玉がいるとしか考えられなくなったぞ」
「だとすると、この前の戦闘で遭遇したあの機体に乗っていた奴も、アイオーンか?」
ザウアーが、顎に手を当てた。
「あぁ、あれか。あんな変な能力使ってる地点で、二者択一だろ。イーグか機体のどちらかが、アイオーンだ」
「だとすればだ、奴らの所、人間はどれだけいる」
ザウアーの目が急に細くなった。
こちらを見る。かなり怜悧なまなざしだった。
「どういうことだ?」
「報告書にも一度書いたが、無人機が多いと書いただろう。私の見立てだが、あの今ベクトーアに攻め寄せている三万機、あれもほとんどが無人機だろう。仮に無人機が半数だったとしても、それだけの数を動かすには相当の演算が必須になる。奴らはそれを何処から行っているのだ? それに、運用コストが生半可ではない。下手すればフェンリルそのものが財政難に陥る。そんなリスクを抱えるくらいなら、柔軟性のある人間のパイロットで十分替えが効く、。何故奴らは、そんな無人機だらけにした。そのことに疑問を感じていたが、あの国が相当の人材不足になっているとすれば、説明が付く」
「人材が足りないからそっちの方向に突っ走らざるを得なくなった。だが、それだと待てよ。なんで人材難になった……? まさか、ファイか!」
そう考えるのが、一番合致する理由だった。
ファイの名を使う、ないしは、それを裏で引いている何者かがいる。それだけでも、フェンリルを抜け出す人間は多いだろうと、スパーテインは予測していた。
こうしてこちらの国に来たのも、何かのサインだろう。
ザウアーの端末に連絡が来たのは、その直後だった。
珍しく、ディアルからだった。同時に、少し、焦っているようにも見えた。
『ザウアー……、っておう、スパ兄もいるのか。ダムドが偉いことになったぞ』
「ダムド?」
『プロトタイプエイジスを発掘した可能性がある。しかも、それと、空破が十二使徒を、そのダムド上で撃破した。今ダムド中がそれで大賑わいだと、情報屋から入った』
また、眼帯に血が滲んだのを感じた。
プロトタイプエイジスの発見は、それだけでミリタリーバランスが覆る。
だが、空破と、今ディアルは確かに言った。
「空破が、何故ダムドにいる。ベクトーアが接触したのか?」
『流石にそこまでは一切不明だよ、スパ兄。だが、ダムドがベクトーアの完全な味方になることはないな。あの国は、何処の味方でも敵でもないしよ。それと、妙な証言もあってな。空破なんだが、右腕欠損中だったにも関わらず、十二使徒と戦闘中に右腕が急に生えたっていうんだ。仮に本当だとしても、レヴィナスにそんな再生能力はないだろ? 何がなんだか、余計さっぱり分からなくなってきたぞ』
ディアルがため息を吐くと同時に、ザウアーがまた、顎髭を軽くなぞった。
だが、明らかにこれは何かが動き出す前兆だと、スパーテインも思った。
「ディアル、このことは他言無用だ。ダムドには先生(江淋)に当たらせてみる」
それを言って、ディアルが頷いた直後、今度はフェイスから割り込んで連絡が入ってきた。
『おい、ザウアー、って、スパ兄もディアルもいるのか! ちょうど良かったぜ! 今テレビがヤバいことになってる!』
相変わらずの大きな声だが、これほど切迫した声のフェイスは、聞いたことがなかった。
直後、注進が山ほどザウアーに入ってきた。
事態に、互いに目を見開いた。
アイオーンが、全世界に正式に、宣戦を布告したのだ。
やたら手の込んだサイバーテロの一種かとも思ったが、全世界に起こっているだけならまだしも、発信元がそもそも一切不明で、挙げ句スタンドアローンとなっている端末以外の全てに映っているというのだ。
その放送は、モニターが真っ黒になっているにも関わらず、確かに、男とも女とも取れない妙な声でこう言っていたという。
『我らは、一〇〇〇年の時を超え、改めて宣言する。世界に、宣戦を布告する』




