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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
7th Attack
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第四十一話『Spartan-勇猛果敢に進むもの』(2)

AD三二七五年七月二三日午後二時四八分


 情報は、すぐに入るように伝達してあった。

 僅か数日で世界が更に慌ただしくなったように、ザウアー・カーティスには思えてならなかった。


 青龍にある調練場に、視察の名目で自分の旗下と共に入り、調練を行っていた。そうして少し、気を紛らわせたいと思ったからだ。

 昨日よりは、少し痛みも引いた。頬に付けていたガーゼもようやく取れた。戦場の空気がそうさせるのだろうと勝手に時々思う。


 相手にするのは、カーム・ニードレストの旗下だ。帰ってきて早々に招集し、調練をやるように命令した。

 指揮は各々副官にやらせ、自分達は高台の上でその様を確認しつつ、時々唐突に指揮を執る。

 まずは部隊の方の練度も上げておきたい。同時に、調練をさせている間に、カームと少し話すこともあった。


 今は八度目の衝突が起きている。自分の旗下は、今まで一勝六敗だ。惨敗と言っていい。

 勝った試合は、ザウアーが率いていた。逆に言えば、自分が率いない限り、自分の旗下は弱いと言う事にもなる。

 これではスパーテインの旗下に勝つなど夢のまた夢だ。嘆くしかなかった。


 実際、カームを仮想スパーテインと考えた上での調練だった。ディアル・カーティスの隊はスパーテインよりも攻撃力で劣るものの早さに特化していることもあり話にならないし、フェイス・カーティスの隊は完全防衛特化というその特性のため、そもそも仮想敵としてスパーテインとは真逆の性質であるため除外した。

 もっとも、他の称号持ちは皆各地へ散っているため、それを参集させるのもどうかと思ったので、結局カームくらいしかいなかった、というのも事実ではある。


 風が吹くと同時に、M.W.S.の駆動音がその風に乗って響いてくる。その音が好きだった。それもなければ、ストレスで胃に穴でも空いていたかもしれない状況だ。


「ザウアー(にい)の部隊、ザウアー兄が率いると急に強くなるってのは、各々の調練足りてないんじゃないの?」

「だよなぁ。政務ばかりで、調練は個々人に任せていたのが少し祟ったかもしれんな……」


 大地にあぐらをかいて座りながら、一度ため息を吐き、頭を抱えた。

 案の定、上から見るとその戦模様がよく分かる。自分の隊は、カームの隊に比べて明らかに遅い。陣を作ったその時には既に割られている。その果てに各個撃破されて終わりだった。

 流石にカームも四天王の一角というだけあって、よく調練が行き届いている。


「ま、ザウアー兄の部隊がそうそう出撃するようなことになっても、正直困るよ、うちらはさ。総大将護らなきゃいけないっていう心理が、どうしても働いちゃうからね」

「昔は散々やりまくっていたがな。昔のようにはいかないか」


 また、一度ため息を吐いた。


「ザウアー兄。あんたがここに来たの、そんな愚痴を言うためだけじゃないだろ? 大方、この調練自体が兄貴を倒したいがための練習、そして、あんたがここに来たのは、シャドウナイツが動く可能性への警告のため、だろ?」


 カームの目が、瞬時に鋭くなって、自分を見た。

 なるほど、さすがは華狼最強のスナイパーでもある男だし、スパーテインの弟だけある。


 昔からそうだったが、四天王は全員この手の危険性に対する嗅覚が並外れている。それは、常に戦場にいない限り、身につかないものでもあった。

 それをいつまでも渇望していてもしょうが無いというのは、今の自分の立場でも分かるが、時々、無性に羨ましくもなる。


 逆に自分は、戦場ではなく、それとは違う雰囲気での戦、政争であり、謀略戦であり、そういった事に対する嗅覚は極端に鍛えられた。暗殺の危機も何度かあったが、それもそうした嗅覚で乗り越えられたと思っている。

 そういうのがあるだけ、まだマシなのかもしれない。


「まぁな。カーム、お前ならどう見る? ここ数日のフェンリルの動きを。確かに俺は、いや、世界中が、フェンリルに対してやたら執着しすぎているというのは分かる。あいつらが多方面作戦をやらないとも限らないし、いくらベクトーアと休戦協定を結んだとしても、後十二日。ベクトーアが何かを起こす可能性は否定出来ない。それに、分南島(ぶんなんとう)や日本、ダムドも含めてだ。色々、入り乱れすぎているな。スッキリさせたい所だな、まったく」

「それについては、この間フェイスや、ディアルとも話したけどね。あんだけの数に攻められてるベクトーアにその体力は無いし、ダムドや日本、分南島については動きもないから心配しなくても大丈夫っしょ。ただ、フェンリルについて何だけどね、突拍子もない話かもしれないけどさ、あいつらマジで世界のことなんか何にも考えてないのかもしれないってのが、うちら三人の結論だったよ」


 一度、腕を組んだ。

 何も考えていない。そう考えると、一番それが、心にすとんと落ちる解答でもある気がする。


 この間の戦場で、アイオーンが数多いたのは事実だ。それは自分の目でも確認している。

 フェンリルの切り札が、シャドウナイツでもプロトタイプエイジスでもなく、アイオーンだとすれば。

 アイオーンを兵器に転用する。奴らならそれをやりかねないだろうし、やっている可能性は恐らく高い。

 アイオーンの力を用いてアイオーンを制する。そういう気持ちでいたが、なんとなくそれをスパーテインが忌み嫌う気持ちも分かる気がする。


 だが、あの力を制御出来るようになれば、何か打開策があるような、そんな気もしてならないのだ。

 その一方で、人間の力と可能性を信じてみたいという、そんな希望も自分にはある。


 相手は国だ。そして、自分は一〇億人の『社員』を護る義務がある。

 カーティス家の、華狼の長ならば、それは当たり前のことだ。


 綺麗事だけで済む話ではない。実際、邪魔な奴、革新を拒んだ奴、利権を吸い取るしか能のない奴、自分の手、いや、自分の意志で殺した人間は、数知れない。

 たった一つの命令で、如何様にも数多の人間が動く。


 だが、あくまで人間だ。人間には意志がある。殺すという明確な意志が、人を殺すには必要だ。

 しかし、アイオーンならばどうだ。

 恐らく、上級アイオーン以外、意志はあるようでいて、ない。あるとすれば、殺意のみ。

 それがザウアーなりに考えた結論だった。


 恐らく、アイオーンは軍隊アリに似ている。つまり、ボスがいる。それも、生半可な殺意ではなく、明確な人類に対する敵意を持つボスだ。

 そして、単純な話だが、何故、アイオーンはフェンリルを襲わないのか。

 考えられる可能性は二つだ。


 一つはアイオーンそのものを既に兵器として運用可能なレベルに達していて、それを実際に使っているから襲われない。

 そしてもう一つが、奴らの中にそれを統べている者がいる。つまり、アイオーンの親玉がいるという可能性だ。


 頭が回り出すと同時に、背筋が凍った。

 もし後者なら、本当にフェンリルとの提携は切って正解だった。

 この四天王を、親友を、いや、十億という『家族』を、失うわけにはいかない。

 恐らくそれは、ベクトーアも同じだろう。


 唯一気がかりなのが、コンダクターだ。

 アイオーンが人間に住み着く。しかも、片方は死産だったはずの肉体が再生してまで生きている。

 そこまでする理由は、なんだ。

 同時に、気付く。


「スパルは、いつまで掛かるんだ?」

「何の話だ?」

「あいつの剣だよ」


 泰阿(たいあ)を受領するよう命令してかれこれ丸一日経つ。

 いくらなんでも遅い。


「あぁ、兄貴? 兄貴なら、例の工廠で自分の旗下とヴォルフ大尉と共に調練中だって話聞いたぞ。出来るだけ完璧にしたいから、なるべく教えるなと言われてたけどさ」


 まったく子供のようなことをすると、少しザウアーは苦笑した。

 確かに、あの男の頑固さは、自分もよく分かっている。

 だが、それ程時はないように、ザウアーは思っていた。

 調練は、恐らく己のことまで含めてだろう。あの男は、そういう完璧主義がある。


 急げよ、スパル。


 ただそれだけを呟いた後、もう一度調練をやろうという気分に、ザウアーはなった。

 直後、伝令が舞い込んできた。まだ顔にあどけなさが残っている伝令兵だった。


「父……失礼しました、会長」

「別にここならいいさ、親父でもなんでも。だがな、俺達以外の前でそれ言ったら殴るぞ、ラウル」


 一度、ラウル・カーティスがため息をはいた。

 そのまま行けば、華狼の次の会長である。ザウアーの息子だが、一七歳になった。


 民を考えるならば、全てを民の視点から考えるようにする。そう考えたから、特別扱いはせずに、一兵卒からやらせていた。

 筋は、案外悪くないらしいが、まだまだだと、ザウアーは思っていた。


「いや、それでは、私の気が晴れません。会長、カーム殿、申し訳ございませんでした」


 一度拱手をしてから、ラウルはザウアーに紙を渡した。伝書だった。今時紙の媒体を使うというのは、逆にあまり知られたくないときだ。

 あんまり受け取りたくない物が来たと、ザウアーは少し、心の中だけでため息を吐いた。


「ラウル、これ、誰が渡してきた?」

楼巴(ロウハ)殿よりの書状です。大至急、とのことでした」

「分かった。すぐに向かう。お前は持ち場に戻れ」


 再度拱手して、ラウルが足早に去って行く。

 そして、紙を再度見て情報を一通り頭に入れた後、胸元にしまった。


 会談の申し出だというのだ。それで、外洋を航行し、再度アフリカへ向かっていた楼巴の所に、わざわざ秘密裏に民間の船舶に偽装した船で接触してきたという。

 相手の名前を見た瞬間に、心に嵐が吹き荒れた。

 その名前の中に、ファイの性があったのだ。


 フェンリル幹部会直属戦闘専門近衛騎士団、通称シャドウナイツ。

 これを創設した男である、セイ・ライ・ファイは、アフリカで唯一、独立国家を築く一歩手前まで行ったのに、あっさりとフェンリルへと降った。

 民を戦火に巻き込まないためだけに、だ。


 しかし、未だに伝説として語り継がれる男でもある。何しろ、たった一人で、エイジスを生身で破壊した唯一の人間だからだ。

 それも、証拠の写真に映像まである上、そのどれもが合成ではないことも確認されている。

 更には一族全員非常に優秀だった。そんなことだから、ファイ一族はプロパガンダとして頻繁に利用された。


 だが、ある時、急に消えた。一族郎党、皆消えたのだ。

 セイまで、急に職を辞して消えた。死んだとも、消されたとも言われていた。


 だが、相手がもしファイ一族の末裔であることが本当だとすれば、これは確かにフェンリルに対する切り札だ。

 未だにプロパガンダに使うほど、ファイ一族の名はフェンリルに残っている。


 しかし、本物なのだろうか。やはりそれだけが気になる。

 それに、何故この時期に出て来たのかも、また然りだ。

 どちらにせよ、一度モニター越しにでも、会ってみるべきだ。本物でなければ、殺すだけの話でしかない。


「カーム、しばらく、俺の兵の調練、頼めるか?」


 本来、調練だけなら迦楼羅(かるら)の称号を持つゴダード・アルチェミスツに任せたい。あの男の鬼教官ぶりは、訓練を受けた自分達がよく知っている。

 だが、今その肝心のゴダードは本職である教授の業務として、日本へ出張中だ。

 しかも、思えばゴダードは実戦からもだいぶ離れている。


 こういうのは、四天王に任せた方がいい。

 カームが一つ返事で頷いた後、近場にヘリを寄越させた。


 一気に自分達の方へ状況が動いたように、ザウアーには思えた。

 だからこそ、その前に一度、やはりスパーテインと話を付けるべきだろう。なんとなくだが、そうとも思った。

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