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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
7th Attack
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第四十一話『Spartan-勇猛果敢に進むもの』(1)-2

 マークとラインが、外のテントで呼んでいたので、そこに向かった。


「遅いぞ、お前ら」

「すまんな。いるのか?」

「あぁ、相変わらずあの葉たばこのにおいプンプンさせてるぜ、モル」


 マークが苦笑しながら言うが、そんなマークの思いを一切無視して、ラインが何の確認もせずさっさとテントへと入った。

 テントの中もまた、特に自分が慣れ親しんだそれとほとんど変わらなかった。多数のモニターと、そこに出ている戦局の様子が分かる、有り触れた景色といえた。モニターの明かり以外に、照らす物がないことも、また然りだ。

 そういう風景を見ているだけでも、やはり心は落ち着くと、ゼロはこんな時に他人事ながら思っていた。


 テントの中にいる人影が、殺気を帯びていることもまた然りだ。特に真ん中のいすに寄り掛かって葉たばこを吹いている巨漢が、一番殺気を放っている。

 これもまた、ライン同様、危うい殺気だった。


 だが、どちらかと言えば、自分の放つ気に近いと、なんとなくゼロは思った。


「相変わらずぶしつけに入ってくるな、ラインの嬢ちゃん」

「嬢ちゃんって年齢でもないだろうが、ウォードのジジイ。で、どうだ、様子は?」


 椅子からウォードと呼ばれた巨漢が立ち上がる。

 でかいと、素直に思った。あのスパーテインとタメはれるだろうと思うほどだ。そこら中に刻まれた傷跡が、今まで出た戦場の多さを物語っている。

 同時に、頭に巻かれたターバンが、自分達の世界では珍しいから、余計にインパクトをゼロは感じた。


「相変わらずの数だ。ざっと二〇〇体、全部イェソドと来た。どちらにせよ、ある程度の策は練る必要がある。っと、モルフィアスよぅ、そいつ誰だ? マークの野郎じゃねぇみてぇだしな」


 ゼロを指さして、ウォードが言った。


「あぁ。この間入った新人だ、気にするな」

「気にするなも何も、俺のテントまでわざわざ連れてきたってことは、訳ありだろが。しかも、その頬の傷だけならまだしも、その変な義手、ありゃなんだ?」


 隠して来りゃ良かったかと、ゼロは思った。これだと無駄に事態が知れ渡りかねない。

 一〇〇〇年後の知識と技術だけで、下手すればこの世界では戦争が起こりえるのだ。

 よくレヴィナスの採取権で世界が丸く収まっていると、呆れる時すらある。


 それとも、第三次大戦の与えたインパクトが余程大きかったのか。どちらでもいいが、あまり自分に対する警戒心や興味は与えたくない。


「ま、いい。お前の部下ってことにしとく。でだ、坊主、来たからには名前名乗っておきな」


 意外にあっさり引き下がる。不思議な大らかさがあるのか、それとも細々したことが嫌いなのか、どちらでも問題はなかった。

 ただ、名乗らないのは余計に警戒心を生むだろう。名乗っておくに超したことはない。


「ゼロ・ストレイだ」

「俺はアフマド。アフマド・ウォード。よろしくな、坊主」


 アフマド・ウォード。聞いたことのある名前だ。伝説のイーグの一人。XA-009爆轟(ばくごう)のイーグだったはずだ。


 確か、この男もまた、来年死ぬ。

 しかも、南米ではなく北米で、だ。だが、黙っておいた方がいい。


「でだ、坊主。お前、葉たばこ吸うか?」


 急に、アフマドが自分の吸っていた葉たばこを、ゼロの前に差し出してきた。


「いや、俺は吸わねぇな。それより酒のがいい。最近、飲んでねぇしな」


 たばこは別に他人が吸っていても気にならなかったが、あまり自分で吸うのは好きではないのだ。

 それ以前に、他人の吸っていたタバコなど、誰が喜び勇んで吸うというのか、とゼロは思う。


 すると、アフマドが豪快に笑い飛ばした後、自分に向けていた葉たばこを、自分の口に戻して吸った。

 紫煙が、ゆっくりとテントの宙を舞う。


「そうか、そうか。でもな、たまに吸ってみろ。意外に面白い味するんだぞ」


 そうやって薦める姿が、やはり何か寂しいと、ゼロは思った。

 色んな人間に対して、寂しいとゼロは思うようになった。この時代で会った人間全てにそう思えてしまうのだ。

 死ぬことの結末を知っているからだと、ゼロは感じている。


 コクピット内待機の指示が下ったのは、状況をアフマドがある程度説明している最中だった。

 アフマドが一度舌打ちし、葉たばこを灰皿に押し当てた後、各々機体へと向かっていく。


 話を聞く限りでは、戦況は芳しくないどころかガタガタだ。いつ崩壊してもおかしくない。

 だが、どうやって勝つか、という話になってくる。イーグ達は、この状況でも勝つ気でいるのだ。

 その意志の強さがまた、伝説としてより際立っているのだろうと、ゼロはどことなく思った。


 コクピットに入った直後、斥候が帰ってきた段階で、現状がアフマドの口から説明があった。

 何か変だった。

 観測カメラによる間接的な肉眼での確認、及び斥候の報告を聞いても、いくらなんでも統率が取れすぎている。

 何しろ陣形を引いているのだ。簡易的ではあるが、方陣である。


 何人かが唸っていた。流石に現状が妙だとは思っているが、打開策がないのだろう。

 しかし、その中に指揮官と思われるアイオーンはいない。全てイェソドだった。イェソド単体でこれだけの指揮を執るのは不可能だというのは、ゼロもよく知っている。


 アイオーンの基礎体であるイェソドは、ゼリーのような装甲に身を包んだ、人の形をしたアイオーンだ。手は巨大な刃物のようになっている。

 武装は全方位へ撃てる、体から発するオーラシューターのみ。かいくぐればすぐに殺せる。

 だが、頭はとんでもなく弱い。指揮をするなどもっての外だ。

 連戦連勝だったアフマドがここに来て進軍を止めたのは、それが原因らしい。


 もっとも、話を聞く限りでも、アフマドという男は極めて優秀な指揮官であることは、想像に難くなかった。

 斥候を何回も放ち、情報の確認をしっかりした上で動かす、自分達の時代でも十分に通じる指揮官だ。

 あれだけ豪快な性格のクセにやることは想像以上に繊細だった。いい指揮官だと、素直に思った。


 そして、この男からだけ感じる、他の連中にはない異質さがある。

 恐らくだが、人を殺すことに躊躇がない。ゼロは、先程出会ったときの眼から、そう読み取った。

 それは戦において、甘さを産まない大きな要因になる。アイオーンに対しても、それはまた同様だ。


 ゼロはアップロードされたファイルを、再度見た。方陣だが、指揮官らしきアイオーンはやはりいない。

 同時に、今までの戦況も確認した。


 片っ端から目を通したが、妙だった。

 確かに統率は取れているが、柔軟性はない。それに、戦闘範囲はせいぜい半径五十キロが関の山だった。

 こんな小規模範囲でまとまるアイオーンなどあり得るのか。


 だが、逆に考えると、そこにしか展開出来ないのだとすれば、どうだ。

 そう思うと、アフマドに通信をつなげていた。


「おい、ジジィ。この付近の地図あるか?」

『なんだ、坊主。藪から棒に。あるっちゃあるが、どの規模だ』

「出来るだけ詳しいこの地域の山岳地帯地図だ」


 すぐに、情報がアップロードされてきた。地図を見て、今までの戦場、戦況を確認した。

 アイオーンが消えた箇所、そして、こちらが敗退し、撤退した箇所、全て渓流が境目になっている。渓流より北側だけだ。


「相手は山から戦況を俯瞰してんのか……?」

『どういうことだ?』


 アフマドからの声で、ようやくまだ通信が繋がっていたのを思い出した。

 いらぬ警戒を与えるかも知れない。だが、ここで死ぬのは真っ平ごめんだった。


 自分は、帰るために戦うのだ。同時にこの場で、策を練習するのも、悪くない。

 それが護ることに繋がるなら、それが自分にとってはもっとも理想型だと、最近思い始めている。


「単純に、戦況を見てそう思った。いくらなんでも、渓流を境目にして急にいなくなるの変だろうが」

『確かにな。それの原因が分かりゃ、苦労はしねぇんだがな』

「こればかりは、俺の予測だ。予測でしかねぇんだが、相手、見えねぇんじゃねぇのか」


 瞬間に、アフマドがハッとした表情をした。それは、他の連中もまた、同様だった。


『何故そう思った』

「これまでの戦況を見たが、相手の勝率だけならまだしも、集弾率まで渓流近くになると下がり始めた。しかも、それでも高ぇ場所と低い場所がある。つまり、見えてる場所だといいが、見えねぇ場所だと急にリンクが途絶えるから悪くなるんだとすりゃ、どうだ」

『なるほど。それなら更にそいつらのいる場所も絞り込めるな、坊主』


 そう言って、アフマドは地図にいくつか、円を書く。ゼロが予想した通りの場所だった。


『ここらのどっかか』


 そこに、重点的に斥候を出すという結論である程度話は落ち着いた。

 この状況は、M.W.S.を用いているものの、戦国時代のただの人間同士の戦に似ていると、ゼロは思った。

 レーダーすら使えない状況下で、どうやって人は戦っていたのか。今ほどの速戦ではないのは事実だろう。

 一〇〇〇年前のこの状況と、自分が本来いた状況は、それに近い。


 逆にアイオーンに対して速戦を仕掛ける。それがもっとも簡単に、かつ確実に仕留める手段だ。

 奴らには補給線というものが一切必要ないことだけは厄介だが、それでも、結局アイオーンはアイオーンだ。

 人型でもない限り、それ程頭は回らない。だから方陣は方陣のみになる。だから一切の柔軟性が働かないと、ゼロは見ていた。


 斥候が帰ってきたのは、それから二時間経ってからだ。

 案の定、木が一部倒れている箇所があったと報告があった。恐らく今回の連中は、その地域を中心にして攻めている。


『となると、その箇所にエイジスを半分回すか、坊主』

「それくらいやった方が無難だろうな、ジジィ。何が出てくるかまではイマイチ分かりづれぇところがある。どちらにせよ、まずは負けたフリして、うちらが最大限優位に働ける場所まで相手を誘い込む、っつーのはどうだ?」

『兵は詭道なり、か? 勝っていくだけでは意味がない、ということか?』


 マークが、欠伸をした後に言った。

 意外にあんな楽天そうでいて分かってるのかと、何処か感心してしまった自分がいた。


「そういうことだ。負けたフリして誘い込むが、そンだけなら瞬時に蹂躙出来ンだろ。だが、上手くいってねぇ。ってこたぁ、さっき言ってたように、兵は詭道なり、だ。更に言うなら、利して之を誘い乱して之を取る、って言葉まである。つまり、これ自体も罠にする」

『つまり、なるだけ早いうちに指揮官にも攻撃を仕掛け仕留める、同時攻撃か』


 ゼロは、一つ頷いた。


「それで敵は余程強くねぇ限りは、エイジスの相手だけで手一杯になるはずだ。そうなれば、兵卒であるイェソド共なんざすぐガタガタだ。或いは、頭が消えりゃそれで終わる可能性すらある。最低限の損耗でケリを付ける、ってのはどうだ?」


 これが、自分の現状で考えられる、最大限の策だった。

 アフマドが、頬を釣り上げて、少し笑った。


『よし、いいだろう。それでやってみるか』

「いいのか? 得体の知れない俺の策なんか取って」

『てめぇの自信満々加減を見せられりゃ、そんな気にもなるぜ』


 アフマドが豪快に笑い飛ばす。

 だが、ひとしきり笑い終えたところで、怜悧な顔が、急に出て来た。

 これが、殺気の元なのかも知れないと、ゼロはモニター越しに感じる。


『だが、流石にその策は、モルなりマークなりから説明した方が無難だよ。言っちゃなんだろうが、得体の知れない奴の意見に従う奴は、そういない』

「そりゃそうだろ」


 逆に、それで自分の名前が都合良く消えてくれるなら、多少は他の国からも警戒心弱まっていいだろうと、ゼロは思った。

 その後、いくつかの点を話し合った段階で、出撃の指示を、アフマドが下した。


 全軍が出て行く中、ゼロは中軍に付けた。それくらい目立たない方が、自分を隠す意味でもいいのだろう。

 だが、不思議と、急に怖くなった。


 これで歴史が変わるのか。それとも、決まった年表通りに物事が進むのか。そういった恐怖もあったが、それ以上に、策が本当に当たるかどうか、ということが、少し恐ろしくなった。

 その恐怖は、自分の死より、何倍も怖いものだった。今まで感じたことがないものだ。


 それでも、そういう恐怖感とかいうのも、悪くねぇな。


 何故か、アウグの脚を一歩前に出すごとにそういう想いは強くなっていった。

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