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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
7th Attack
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第四十話『Hoffnung-希望とその先にあるもの』(4)-2

 即座に駆けていた。

 空破、聖兵共々、両翼から一気に飛び出た。


 コアの位置は見えた。通常の銃撃では死なないであろうことも、見えていた。

 だからこそ、まずは聖兵の持つフラガラッハのうち、一本をフルチャージさせた。

 もう一本は、先程の銃撃中に出来るところまでチャージさせた。


 空破に右腕はなく、燃料もギリギリだ。

 だが、左腕はまだ動く。オーラブラストナックル一発撃つには、十分だ。


 ルナからすれば、この博打としか言いようのない策が、よくここまで悉く当たった思うほど、怖かった。

 何かまだ裏がある気がする。そう思えてならないのだ。


 自分なりに今現在の兵力で出来る限り整えた『()野伏(のぶせ)』だ。それも即席である。

 かつて、日本にいた武家である島津家が用いた、撤退に見せかけて敵軍を誘い出した後、誘い出した奴を左右同時に伏兵を用いて挟撃、逃げたフリをしていた軍勢も加わった三点同時攻撃『釣り野伏』。

 それを少しばかりアレンジしたが、今回の両翼は伏兵ですらない。多少スモークは出したが、甲板上にいる地点で、相手からは見えていたはずだ。


 こんな簡単に引っかかる物なのか。

 何か、ルナには引っかかる。

 だが、相手がボロボロなのと同時に、こちらも既に限界だ。恐らく、次の一発が最後だ。


『撃ち込んでもなお倒れなかった場合は、レムの射撃、及び自分が殴り込んで倒す』


 それが最終手段だ。

 だが、直後、接近した瞬間に、アンデレからむき出しになっていた骨が変形した。

 急加速してこちらへ接近してきたそれは、まるでアルマスのワイヤーのように縦横無尽に駆け回り、空破と聖兵の腕を絡め取る。


「何?!」


 それで、勢いを止められた。完全に骨は先程の柔軟性が嘘のように硬くなっている。

 その瞬間に、ハッとした。

 こいつらからすれば、自分達を始末することが最終目的であるはずだ。

 今のアンデレに直接攻撃を仕掛けるだけの能力はない。頼りにしていたであろう物量戦で攻めるべきアイオーンも、既に九割は倒した。


 だとすれば、考えられることはただ一つ。

 自爆だ。アイオーンが本来持っているその生体エネルギーを、リミッターを一切解除して使えば、死ぬことを厭わなければ、それは容易に実行できる。

 そしてアイオーンは、そうすることに何一つ躊躇がない。


「自爆する気か……!」

「ようやく気付いたか、先天性」


 アンデレとは、まったく違う声がした。だが、アンデレの肉体から声がする。


「あんたが、バルトロマイね……!」

「そうだ。お前の立てた策は見事だよ。俺に気付いていたから、何段にも策を仕込んだ。本来のターゲットは、アンデレじゃなく、その下にいた俺だ、そうだろう?」


 冷静な、男の声だ。そして、こちらのことも、読んでいる。

 実際融合しているとすれば、恐らくアンデレを倒した、或いは倒しかける瞬間に、バルトロマイは顔を出す。それが同時に倒す唯一の機会だろうと、ルナは見ていた。


 しかし、今現在の状況からして、恐らくそんなに時間は無い。しかも空破も、いつやられるかは分からない。

 こういう時に右腕があれば、この程度の物は簡単に破壊出来る。聖兵も、どうにか救助が出来る。

 どうにか策はないのか。頭が、こういうときに限って回らない。


「アンデレは、肉塊ではなかったのは事実だ。実際、俺とてあんなバカと融合して、あんなバカの下にいつまでも隠れてるの、本気で嫌だったんだぜ? 物の見事に引っかかるわ、挑発に乗るわ、すぐに下等生物だ云々言うわで。少しバカとは思っていたが、ここまでとは思わなかったくらいだ」


 バルトロマイが、何か言っている。

 だが、そんなものどうでもいい。

 何か策はないか。ないのか。


 既にヘヴンズゲートの連中は弾切れか、銃身が焼け焦げて、とてもではないが撃てる状況にない。

 どうする。どうすればいい。

 レムがせっかく前向きになったというのに、互いに死ぬのか。何度も、ルナは頭を巡らせた。


 諦めんなよ。


 よくこの言葉を言った男がいた。

 毎回の如く、口癖のように諦めるのが嫌いだと、散々言った。

 いつの頃からか、それが自分の信念の一つになった。


 そうだった。諦める訳にはいかない。

 何かがある気がする。


『やりたかなかったけど、これ使うしかなさそうね』


 セラフィムが、ため息交じりに言う。


『何さ、そんな切り札あるなら、最初からそれ使えば良かったじゃん』

『これ、相当負担来るわよ。最悪精神壊れる危険すらある。それでも、やる?』


 レムの楽観的な言葉とは対照的に、セラフィムの声は暗い。

 だが、それでもやるしかないのだ。

 それが一縷の可能性でもあるなら、それに賭ける。そして生きる。

 それが、今の自分にもっとも必要なことだ。


 拳を握る。

 一度、大きく息を吸った後、叫ぶ。


「いいわ、やりなさい!」

『了解! アイハス、起動!』


 セラフィムの叫びと同時に、周囲のモニター表示が、一瞬にして変わった。

 急に真っ暗になったかと思えば、文字が浮かび上がり、とてつもない早さでモニターを駆けていく。

 そして最後になって、モニターに、『Integrated Human and Aions System』と出た。


「アイハス、起動認証を確認。搭乗イーグ、先天性コンダクターであることを確認しました。XA-100第二AIとのリンクを開始します」


 AIが、今まで聞いたこともないほど、淡泊に話し出す。

 恐らく、IHASで、アイハスと読むのだろう。

 だが、これはなんだ。


 そう思っている間にも、また文字は流れ続けた。

 最後に終了の文字が表記された後、ただ一言『人魂一体』の文字が表記された。


「これが、アイハス……? 人魂、一体?」

(魂、か……)


 声がした。

 レムの声か。セラフィムの声か。マクスか。それとも、ヘアードか。


 いや、誰でもない。

 イド。

 声の感じからは分からなかったが、間違いない。

 この声は、イドの声だ。


 心音が、急に聞こえ出す。

 まさか、乗っ取られるのか。また、仲間を傷つけるのか。

 そう思ったが、不思議と、イド自身からそんな意思が感じられない。


「な、何故、あんたが……」

(我にも、分からぬのだ。だが、何故だろうな。不思議なほどに、落ち着いているし、何故か、安らいでいる。なんだ、これは?)


 イド自身が混乱しているというのもあるが、同時に、今までとはまるで別人だ。凶暴性がまるで感じられない。


(敵も確認した。しばらくお主を、我がサポートする)


 目が飛び出そうな程、驚くべき発言だった。

 今までただひたすらに乗っ取ることしか考えてなかったはずのイドが、自分を助けると言ってきたのだ。

 何か裏があるのかと、本気で疑った。


「何考えてるの、あんた?」

(主が生き残るための術を、少しだけ考えたまでだ。主が死ねば、我も死ぬからな。我が気を少し貸す。目の前の奴は、粉砕せねばな。なぁ、器よ)


 言葉からも、気からも、敵意は感じなかった。確かに、端々から相変わらず人間を小馬鹿にした台詞は見えるが、そこに殺意はない。

 不思議な感覚だった。今まであれだけ敵対していたのはなんなのか、まるで分からなくなっている。


 だが、イドの言う事は、道理だ。

 そして生き残ることは、自分が望むことでもある。


「当たり前でしょうが。あんたに言われなくてもね。あたしは、諦めるわけには、いかないのよ!」


 一度両頬を叩いてから、IDSSを握る。

 IDSSの波紋が、強く広がっていく。

 モニターが、蒼の光に染まった。

 綺麗な色だと、ルナには思えた。


 空の色だ。急にモニターが目の前の景色を映し出す。

 目の前の敵も、状況も、ハッキリ見えた。

 直後溢れ出す、空破の機体名と同じ、空のような色。それが、気の噴出だと気付いたのは、コンソールパネルが様々な表示をし始めた直後だった。


「ガーディアンシステム、起動条件満たしました。正常コードでの起動を確認。右腕部、強制修復を実行します」


 AIが言った直後、一瞬にして空破の右腕が生えた。まごう事なき、右腕だった。

 右腕のオーラブラストナックルを展開し、左腕に巻き付いていた骨のような物を粉砕した後、すぐに左翼に回って、聖兵の腕に巻き付いていた骨も粉砕する。


「何だと?!」


 バルトロマイの声が、裏返っていた。

 それもそうだ。自分達にすら分からないようなシステムなのだ。バルトロマイにとっては、余計に分からないだろう。

 レムから、すぐに通信があった。

 ハッとするほどの汗が出ていた。本物のレヴィナスに慣れていないのと同時に、相当の気を、アイハスに使っている証拠だ。


『姉ちゃん、大丈夫?!』

「なんとかね。さっさと、叩きつぶすわよ」

『あいさ』


 言うと同時に、互いにまた、駆けた。

 ある程度の再生はなされていても、コアの場所は分かっている。

 ならば、己の拳で、そしてレムの剣で、粉砕するのみ。

 聖兵の持っていたフラガラッハを双剣の形態へと変更し、互いに、咆哮を上げながら突っ込んだ。


 何に対する咆吼かは、ルナには分からない。

 ただ、魂が叫んでいた、それだけだ。


 拳。微かな、空破の拳からでも伝わる感触で、アンデレのコアを破壊したのが分かった。

 徐々に、アンデレの肉体が、滅んでいく。


 一度、息を吐いた後、もう一度突っ込もうと思った矢先、アンデレの胸板に付いていた装甲板がはがれ落ちた。

 恐らくあれが、バルトロマイの本体だろう。


 その装甲板が形を変え、ただの球体となり、やがてそれは、実体としての反応すら、アイオーンレーダー上では観測しなくなった。

 その白い、まるで真珠にも似た球体は、それでもなお、アンデレの前に居続けている。


「ば、バカな……何故だ、何故我を助けぬ、バルトロマイ!」


 何故かそのとき、球体だから分からないはずなのに、悪寒が走るほど不適に笑った気がした。


「何故? 理由は簡単だよ。俺の目的は強行偵察だけだからだ。そのためにはどうしても眼がいるからな。そこでお前と行動を共にし、ある程度気の供給をしてやってたんだ。正直、こっちからすりゃ対価に比べて遙かにマシな仕事してたんだぞ。ボランティアみたいなもんだ。こっちにゃあな、お前を助けるつもりなんざ、最初っからないんだよ。なぁ、下等生物と侮る人間に散々にぶちのめされ、あろうことかトドメまで刺された、真の意味での下等生物」


 最初から、嫌な予感はしていた。

 恐らくだが、バルトロマイはアンデレの肉体と魂を使い、情報を集めていただけにすぎないのだ。

 アンデレはバルトロマイにとって、ただの使い捨ての道具でしかない。だからアンデレを護る必要など、最初から存在しなかった。

 恐らく自分達の情報も、ある程度は相手側に知れ渡ったし、聖兵に関しても、某か手を考えるかも知れない。


「き、貴様、舐めくさりおって……! これを我らが御神(おんかみ)が許すとでも」

「許すも何も、これ御神の公認の元にやってるからさ。お前の意思なんて関係ないんだよ。じゃあな、死の輪廻に帰って行け」


 それで、アンデレが愕然とし、その表情のまま固まって、朽ちていった。

灰だけが甲板に残ったが、それもすぐに消えた。

 まだ、バルトロマイと思われる球体は、甲板上をホバリングしているかのように、一定の位置にとどまっている。

 一度だけ、バルトロマイがため息を吐いた後、こちらを向いた気がした。気がしただけで、本当に向いたかは、定かではない。


「さて、コンダクターと、ダムドの皆さん。本当にお疲れ様」

『バカにしてんのか、てめぇ!』


 一斉に、ダムド側から銃口がバルトロマイの方へ向けられる。

 だが、それすらも冷笑するだけだった。

 表情は分からないのに、何故だか、そう思えるのだ。


「いやいや、落ち着けって。今日の俺はメッセンジャーだよ。戦闘する気ないっての。実際俺だって疲れてるから早く帰りたいんだよ、いやホントに」


 飄々としているが、雰囲気だけで分かる。

 こいつは、今までの十二使徒より何倍も場数を踏んだ、正真正銘の化け物だ。

 指先一つ動かしただけで全てが終わる。そんな気配すら漂っている。


『メッセンジャー?』

「お、この声からすると、ダムドの総帥ヘアード・ダムド殿と認識するが、間違いないか?」

『そうだ』

「なら、ちょうどいい。これはあんたら人間にとってもメリットの一つだよ」

『どういうことだ?』

「なーに、我が御神に代わり、伝えておくべきことがあってね。俺達アイオーンは、改めて人間に宣戦を布告するって。それだけ」


 場が、一気に固まった。

 確かに、聖戦の前には、突然現れた。

 だが、今確かに、バルトロマイは言ったのだ。宣戦布告を、間違いなく宣言したのだ。

 つまり、アイオーンは一勢力として君臨していることを、正式に宣言したことになる。


「だが、これはチャンスだろ? 俺達を滅ぼす完全な口実が出来上がったんだ。ありがたく受け取ってくれよ。俺は、色んな国に回って、それらを宣言して回らなきゃいけないからな。それじゃな。あんたらの戦、見事だったぜ」


 それだけ言った後で、バルトロマイは姿を消した。

 アイオーンレーダーからも反応はなく、アイハスもまた、リンクが途絶えていた。

 空破もガス欠になり、膝をついた。イドの声も、聞こえない。


 これから各国に嵐が吹き荒れるのは間違いないだろう。

 だが、来たら粉砕すればいい。

 それだけだと、ルナは思った。


 召喚を解除する。

 聖兵もまた、召喚が解除されていた。


 レムの顔が、見えた。だが、あんな状況にあったにもかかわらず、表情は、意外に明るかった。


 思えば、互いに苦労した。

 コンダクターとはなんなんだろうか。

 何故、自分達の家系だけ出てくるんだろうか。

 それは、今はどうでもいい。

 レムは復帰した。過去を、清算して、少しだけ、大人になった。

 それだけで今はいい。というより、それしか考えたくないし、考えられなかった。


 ルナはそう思って、手を伸ばす。

 互いに手が触れた。レムもまた、手を伸ばしていた。


 その瞬間に、周囲から喚声が聞こえた。

 熱気を帯びた、喚声だった。

 一応は、勝ったのだと、ルナは思った。そして、嘘でもいいから、勝利に沸こう。そんな雰囲気だった。

 マクスが、鳳凰のコクピットハッチに足を掛けながら、それを煽っていた。


「野郎共、勝ったには勝ったぞ! あの十二使徒をぶっ潰したんだぞ! こいつらの策生半可じゃねぇだろ! 勝ち鬨を高らかに上げ尽くそうぜ!」


 それで、更に熱気を帯びた喚声が大きくなっていった。

 ルナも、レムも、互いにそれに苦笑しつつも、少しだけ、嬉しかった。


「今回ばかしは、疲れたわね」

「まったくだよ、姉ちゃん。そっちもそっちで、無茶するんだからさ、こっちの心境少しは考えろっての。それに、どうにかなるっしょ。敵がどんなんだろうが、ね。さっきも言ったとおり、私ゃ姉ちゃんの矛でも囮でも、なんでもやったるからさ」


 呵々と、レムが相変わらずの顔で笑う。


(実際、こっちも初めて運用する装置だったし、ハラハラだったわよ。ま、でも上手くいったから、問題なしってことで。うん。そうしよう)


 セラフィムの声がした。勝手に納得しているが、本当に軽くなったと、呆れて物も言えなかった。

 だが、なんでもいいのだ。今、自分達は生きている。

 思いっきり互いに空に伸ばしていた掌を叩き合う。

 弾ける、いい音がした。


 互いにこうして手を触れあったのも、いつ以来だろうか。それが、何故か思い出せない。

 そう思うと、自分が情けなくなった。思えば、姉らしいことは、この義理とはいえ、最高の妹に対して出来ていない。

 だけど、今回は少し、そういうことが出来たのだろうか。

 なんとなく、頭の片隅で思ったら、レムと共に、互いに地面に突っ伏していた。


 眠気が、襲ってきた。死ぬような眠りではない。ただ、疲れすぎた。それだけの話だ。

 周囲が騒ぎ立てる声も、喚声も、少し遠く感じる。


「嬢ちゃん、大丈夫か?!」

「ヤバい、医者呼んでこい! 早くしろ!」

「救護班とっとと来い! 要救護者が何人かいるからとっとと運ぶぞ!」


 医師を呼ぶ声、心配する声、色んな声が、遠く聞こえた。

 レムも同じなのだろう。だが、そんなときでも、言いたかった。


「おかえり、レム」

「ただいま、姉ちゃん」


 レムのその声だけは、ルナの耳に、魂に、どんな声よりも大きく響いた。

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