第四十話『Hoffnung-希望とその先にあるもの』(4)-1
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AD三二七五年七月二三日午後二時三九分
策に乗ってみよう。不思議と、そういう気分になった。
状況が状況だ。他軍であろうが、その指示が優れていれば、それに従うまで。
兵は、所詮兵でしかないのだと、マクスは鳳凰のコクピットで、一度気を集中させる。
命令された通りに動く。それ以上動けば、クライアントが許してくれない。あくまで給料分の働きをするが、それ以上のことはしない。逆に言えば、金のない仕事などやりたくもないし、見合わない仕事ならばその程度の仕事しかしない。
それが自分達傭兵の基本概念だ。
だが、何故か今回は、タダでやってみようと思った。当てにされている、というのもまた、少し嬉しかったからかも知れない。
もっとも、そうしなければ間違いなく未来がないのは事実だが、それでも、やってみたいと思えたのは、純粋に驚いていた。
『作戦、始めるわよ』
フレーズヴェルグの声がした。
IDSSに触れると同時に、リンクを確認する。感度良好。アルマス全十機は、放てる。
先程上がったプロトタイプエイジスが、先行した。なんでも、聖兵という名前らしい。
まるで空中であることを感じさせないかのように、空を疾駆していた。あれだけ早い空中戦闘可能型機は滅多にない。
そういえば、前にルーン・ブレイドと任務を受けたときも、ああいった空中型機に乗っていた奴がいたのを、今更思い出した。
ひょっとしたら、その機体のイーグが、聖兵を拾い上げたのだろうか。
なんとなく考えてから、状況を見る。
手に持つのは双剣。青の気炎が、一段と上る。
「小賢しいぞ、下等生物!」
アンデレの頬が、釣り上がった気がした。
アンデレの周囲に、輪のような水が出来る。それは、アンデレの周囲を警戒するように飛び回り、やがてその形状を変えていく。
それはまさしく、大型のカノン砲のようにも見えた。前方へ伸びる。明らかに聖兵を狙っていた。
「喰らうが良いわ、下等生物が!」
言った瞬間、その水で出来た砲台から無数のオーラが、聖兵へ向けて飛んでくる。
それをいとも簡単に避けながら、更に一段と機体を加速させた。
早い。同時に、綺麗だと、純粋に思った。
真面目にあの滑空をイメージしたジオラマ作りたいと、こんな時でも思ってしまう。パールホワイトのボディが、そう思わせるのだろうか。
これでまずフレーズヴェルグの読みが一段当たった。
奴は間違いなく、一個の事柄に集中すると周辺が見えなくなる。指揮官には確かに不向きだと、マクスは呆れながら思った。
なるほど、フレーズヴェルグがこんなのに苦戦していたのが馬鹿馬鹿しく思えたとは、よく言った物だ。
残敵の掃討は周囲の味方に任せているが、それで既に敵陣がガタガタだ。今いるアイオーンのコアの位置を教えてくれたおかげともいえるが、そこだけ狙えと言われれば、確実に狙い撃てる。
曲がりなりにも自分の所属しているヘヴンズゲートが世界最大のPMSCsでいられるのは、その兵力だけでなく、技術力があるからだ。
対処する方法を教えられれば、それを着実に実行するだけの腕と心構えを叩き込まれる。
当然それは、人間に対しても然りだ。
相手が聖兵以外見えていない隙に、ゆっくりと鳳凰を甲板の先の方へと近づけていく。
アンデレを、聖兵が斬りつけた。案の定、弾は一発たりとも当たっていなかった。
また、アンデレの表情が怒りに変わる。よく顔の変わる奴だと、呆れてしまった。
『どっちが下等生物だ。悔しけりゃ当ててみな』
そういって聖兵はまた中指を立てて挑発する。
更にアンデレ全体が赤くなった。水で出来たオーラカノンを消すと、叫び声を上げながら、聖兵へと向かってきた。
徐々に、こちらの射程圏へと向かってくる。
いや、今回の作戦では射程は関係ない。あくまで重要なのは、アルマスの基部に付いたワイヤーユニットを伸ばすことの出来る距離が重要なのだ。
もっとだ。もっと来い。もっと引き寄せろ。
心が疼く。叫ぶ。もう少しで暴れられるからと、少しだけ、心を落ち着かせた。
一度、目を閉じる。距離計が数値を知らせてきた。
目標は直上にいる。案の定、聖兵に釣られてきた。
同時に、周辺の味方機も、配置についた。
自分の出番だ。目を開き、アルマス一〇機を全て解放した。
そのアルマスに付いたワイヤーで、アンデレを縛っていく。
十機全てが、自分の思うがままに動くこの装備だから出来る技だ。
いつまで持つかは分からないが、相手を縛るには、トドメを刺すための時間としては十分だ。
縛り上げた後、アンデレを地上へと引き釣り降ろした。アンデレの肉に、ワイヤーが食い込んでいる。
我ながら上々。舌を、舐めた。
そして、縛り上げたワイヤーの先端に付いているアルマスの一部を、甲板へと突き刺して強引にアンデレを固定した。
そんな状況でも、強引に脱出しようと試みている。それと同時に襲いかかる、軋み。
コクピットに警報が響き渡っている。
あんなバカでも曲がりなりにも十二使徒だということを、今になってマクスは思い出した。
『マクス、体制整ったぞ!』
ヘアードの大声が、ヘッドセット越しに響く。いつにも増して、熱が籠もっていた。
レーダーを見る。味方が既に、鶴翼に展開していた。
数、ざっと二〇〇機。二〇〇機のM.W.S.と、一二〇機の多脚歩行戦車、それと五〇門のアンチM.W.S.榴弾砲を装備した砲兵。
そして、両翼の囲んだ真ん中に、アンデレがいる。
自分は、展開した鶴翼の中心部だ。
「な、なんだと……?! いつの間に、こんな布陣が……?!」
「気付くのが遅いぜ、十二使徒。ま、こっちも少し遅かったけどな」
まずは、自分からだ。
絡みついたアルマスのオーラシューター計一二〇門の一斉射。
アルマスは確かに、一発当たりならばそれ程強くはない。だが、ちりも積もれば、という言葉がある。
零距離から一二〇発の一斉射撃。赤いオーラが、アンデレを貫いた。
流石にアンデレの表情が苦痛にゆがんでいる。
『全軍、一斉射! 弾薬が尽きるまで撃ちまくれ!』
ヘアードの声と同時に、両翼から一斉に銃撃が発生した。
目指すところは、アンデレのコア。ただし、破壊出来ない可能性も、十分にある。
送られてきたデータでは、確かに十二使徒は再生能力も有していることを考えると、恐らくこれだけ撃っても足りないだろう。
銃撃が止む。煙が僅かに上った後、そこには、消し炭になりかけているアンデレがいた。骨のような物まで見える。
だが、まだ動こうとしている。
コアのような物は、確認された。送信されたデータ通りの場所に、七色に輝く正四面体のような形をした物があると、すぐさま報告があった。
「惜し……かったな……。だから、貴様らは下等生物なのだ……」
勝ち誇ったかのように、喘ぎながらアンデレが頬をまた釣り上げた。
だが、だからこいつはバカなのだ。




