第四十話『Hoffnung-希望とその先にあるもの』(3)
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AD三二七五年七月二三日午後二時三三分
策を考えろと、レムは言う。
気軽に言ってくれると思う一方で、頼ってくれるのが、ルナには少し嬉しかった。
アンデレともバルトロマイとも知れない、あの十二使徒の情報を一通り見た段階で、二つだけ、ルナには推測出来た。
一つは、あのシャチは本当にバルトロマイで、バルトロマイがアンデレに変態している。
もう一つの可能性は、バルトロマイとアンデレが融合しており、どちらかといえばバルトロマイの方が一個体における魂の占有率が今まで高かったが、レムに挑発された瞬間にそれが逆転したからあんなにすぐさま性格が変わった、と言う事だ。
一つの肉体に二つの魂が宿っているというのは、コンダクターである自分からすれば不可能ではない。
実際、ルナがイドになるということは、一個の肉体の中でルナよりもイドの方が、魂の占有率が高くなっていることに他ならない。
今はルナの方が魂の占有率が高いから、ルナはルナでいられるのだ。
だからこそ、あの十二使徒に対しそういう考えが浮かんだ。
警報。左側面から三体。
自分が物事をまとめようとしている時に、急に割って入ってくる奴は、昔から一番いらついた。
だから、オーラブラストナックルを展開し、コアの位置だけを問答無用に貫いて、駆けた。アイオーンが灰になることすら、確認しなかった。
「レム、あたしの護衛はいいわ。代わりに上空からある程度、敵位置の確認頼める?」
『分かった。何かあったら呼んで』
通信が切れると、聖兵が上空に一気に飛んでいく。位置は自分の頭上にある。その情報を共有すると、少々押され気味の場所へ行って一つずつ救援していく。
それ自体は、造作もなかった。やはり、あの聖兵が出てから、アイオーンが恐ろしく弱い。
なんとなくだが、最初にレムが覚醒したときに実施した『弱体化』なる能力を使ったときに起こった、アイオーンの文字通りの弱体化の結果に似ている。
だが、それは伏せておくべきだ。そういう考えを頭の片隅に押しやった後、また駆ける。
疾駆しながら、考えをまとめることにした。そうした方が、なお楽だった。
やはり、後者の方が可能性は高い。仮に前者だったとしたら、そんな不完全な変態を、それも一〇〇〇年前の知識を持ち合わせるアイオーンを抱えたコンダクターがいる前でやるだろうか。
相手が馬鹿だったら、それが十分にあり得た。恐らく、普段の戦闘で、何もしていないときにこいつが現れ、セラフィムがそう言ったとしたら、恐らく自分は真っ先に否定しただろう。
だが、今は違う。
自分たちは、ほんの目と鼻の先が海、それも水深数百m以上の、一歩間違えればそのまま引き落とされてもおかしくない場所にいる。
そして時を置かずに現れたのが、海中戦闘を得意とする十二使徒。
最初に名乗ったときに偶然を装ったようにも考えられるし、今の状況自体、どう考えても仕組まれているとしか、ルナには思えない。
あのジンなる存在の放った光。あの光が原因でここにいるのはほぼ間違いない。
では、それを引き起こしたのは誰か。
ユルグだ。あの銀髪をした、男だか女だか分からない奇妙な、それでいて、何故かフェンリル会長であるフレイア・ウィンスレットと似た雰囲気を醸し出している、あのアイオーンだ。
そして、その前段階として、シャドウナイツの二名、ロック・コールハートと、ヴェノム・マステマ・ゼルストルングが奇襲をかけてきた。
その二名を抱えるフェンリルと、アイオーンはどう考えても繋がっている。それは確実だろう。そのユルグが現れた妙なブラックホールにも似た空間から、あの二人は何処かへ消えたのだ。
それに、その前に出た、あのスコーピオン三万機だ。
恐らくこの大戦自体、奴らにとっては自分達を始末することも一つの目的だろうが、それすら前段階でしかない気すらしてくる。
だが、これ以上の考えは、今の戦闘には無駄なことだ。
アンデレとバルトロマイの情報を、ダムドの方へアップロードしておく。これ自体機密ものだが、これくらいの礼金は払っておいた方がいい。
案の定、ダムドの方からすぐさま通信が入ってきた。
『フレーズヴェルグ、これはいったい何だ?!』
「さっき出てきたプロトタイプエイジスの中にあったデータから出た、あの十二使徒の知りうる限りの情報よ。精度は保証するわ」
『しかし、あんだけのデカブツだぞ、どうやって潰す気だ?!』
そこが問題ではあるが、同時に、デカブツだから簡単だ。
ターゲットが大きければ、その分攻撃は当たる。
「あのデカブツだけをピンポイントで狙ってみる手に出るわよ」
そのためには今いるプロトタイプエイジス三機を、とにかくあの十二使徒に対し集中できるような環境を整えてもらうよりほかない。
幸い聖兵が出てこの方、形勢は徐々にこちらが押してきている。だが、いつ力尽きるかはまだ分からない。
ダムドとの通信を、一時的に切った。聖兵に繋ぐにしても、セラフィムの存在は出来る限り秘匿しておくべきだからだ。
これだけの人種のるつぼであるダムドだ。産業スパイなど潜り込もうと思えばいくらでも入り込める。
「セラフィム、あっちのでかい方、コアの位置は分かる?」
『アンデレとバルトロマイ、両方いると?』
「間違いないでしょうね。そうじゃなけりゃ、この二十分弱延々とあの巨体を精神だけで保つなんて無理があるでしょ。マタイだって十分が関の山だったのに」
『一応、聖兵にバックアップさせてたアンデレのコアの位置は送るわ』
CG画像が三面モニターの一角に写る。アンデレのコアの位置。本体の中心部だ。
だが、そこはあまり装甲板で防御されていない。側面から突く以外、手段はないだろう。
あの装甲板が移動しないとも限らないが、何故かコアの位置だけがら空きにしてある。
今はコアが別の位置にあることも考えられるし、何かの罠である可能性も、また考えた。
だが、それはないと思えた。いや、思いたい。
もはやこれは賭けだ。
だが、それを突破しない限り、自分達に未来はない。
「レム、あんたの役割はあいつを徹底的に挑発しまくって、ダムドの甲板上までおびき寄せて」
『策、来たね。あとこの武器、チャージモードとか言うのもあるみたいだけど?』
「チャージして何するの?」
『オーラカノン撃てるみたい』
「セラフィム、それ威力どれくらい?」
『ざっと今のデュランダルの五分の一は余裕で出せるわ』
「ならば十分に使えるわ。レム、もう一つ目の仕事、頼める?」
『そいつのチャージをしながら挑発しろってことっしょ?』
レムが、不適にニッと笑った。
よく分かっていると同時に、この明るさがないと、やはりレムではないと、ルナには思えた。
だからこそ、後でまだ、言いたい言葉があるのだ。
そのためにも、生きる。そのための策だ。
それだけ分かったところで、ダムドに再度通信を入れる。
『どうした、フレーズヴェルグ』
「そっちの方、何か策はある?」
『短時間で考えても、あれだけの図体吹っ飛ばすには、やっぱあんたらの力借りないと厳しいな』
「分かったわ。こっちの方で、策が出たわ。もっとも、博打だけどね」
『上手くいく保証はない、ってか』
「だけど、このままジリ貧になって死ぬより、遙かにマシだと思うけどね」
つばを飲む音が聞こえた。
自分がやったのか、それとも、周りの誰かがやったのかは分からない。
ただ、一瞬が長い。
『分かった。やってみてくれ』
急に、違う声に変わった。
威厳に満ちた、いい声だ。今までとはまるで違う。
だが、昔聞いたことがある気がする、不思議な声でもあった。いつ聞いたのかは、思い出せない。
「あなたは?」
『失礼。私はダムドの長、ヘアード・ダムドだ。この私が責任を持つ。やってみせろ、フレーズヴェルグ』
名は何度も聞いたことがある。ダムドの長にしてヘヴンズゲート社長だ。
まさか、事ここに来て急に出てくるとは思いもしなかった。
『全軍に告げる。これよりフレーズヴェルグの指揮下に入れ。勝手は許さんぞ! 分かったな、野郎共!』
『応!』
鼓膜が破れるかと思うほど、大量に、それも一斉に返答が来た。
やっぱりこの集団は無駄に暑苦しい。冷静なようでいて、トップもこれだ。
だが、この男が号令をかけた瞬間、士気は確実に上がった。有無を言わさぬ求心力が、ヘアードには存在する。
そういう存在は、嫌いではない。
上がった士気。プロトタイプエイジス三機。そして想像以上に長い戦闘時間。
全てが揃った。
緊張は、ない。不思議なほどに、心は澄み切っている。
風が吹いたのを、AIが知らせてくれた。その風に生きるための策を乗せる。それだけだと、ルナは思った。
「全軍、策を告げます」
ただ、それだけを声に出した。