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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
7th Attack
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第四十話『Hoffnung-希望とその先にあるもの』(1)-1

AD二二七一年六月二五日


 戦は、未だに起きる気配がなかった。ただ、己の気を集中させることだけは絶やさなかった。

 いつ何が起きてもおかしくない。特に自分が今いる環境下においては、なおさらだ。


 あの神出鬼没なアイオーン相手に、アイオーンレーダーすらないこの環境下で戦うことは相当の危険をもたらす。

 相手はどういう条件で出てくるのか、未だに分からない妙な存在だ。だいたい本来自分のいる三二七五年現在ですら、それが何なのか分かっていない。

 そんな未知の相手に、どう立ち向かうのか。兵法に則った戦を行う以外にないだろうと、ゼロは思う様になって来た。


 自分のいる基地にある図書館に籠もって、様々な戦闘記録や戦術書を読みあさり続けて、どれくらい経ったのかは分からない。

 

 だが、ヒゲが少し伸びた気がした。それだけしか、自分の身体に対しては思い浮かばなかった。


『人を知り、己を知れば百戦危うからず』とは、よく言った物だ。最初はまったく分からなかったが、色々な本や戦闘記録を見てみると、それが理にかなった物だと、どんどん分かるようになった。

 改めて色々と見てみると、如何に自分の考え方が下策をとってきたか、よく分かる。

基本原理が、単純な力押しでしかなかった。よくこれで生き残っていけたと、逆に自分で自分に呆れた。


 確かに、そういった単純な力押しなら、負ける気はしない。だが、それは所詮個人の力に過ぎない。

 個の力は、どうしても群に対しては、例えイーグでも限度がある。

 所詮、イーグとはいえ元は人間だ。延々休み無しで二四時間三六五日戦えるわけではない。


 群の力。それを考えると、どうしてもルナが思い浮かぶ。

 何故思い浮かぶかと言われると、一番長く戦闘で付き合ったから、というのがあった。

 スパーテインの方が、その点では遙かに上だろうが、考えてみればあの男との接点は皆無に近いし、ハイドラはと言うと、群の使い方もまずまずだが、個人の力が圧倒的すぎる上、正直かつて共に過ごしていた十年間も、いつも一人で戦をするスタイルだったから話にならない。

 結局消去法でしかない、という気もする。今までろくな指揮官に会った例しがない、というのを、何日か前からずっと後悔していた。


 ルナの力がどこから来るのか。それをまず、考えるようにした。

 奴は個人の力も強い。だが、自分と力勝負をしたら、七割方はゼロが勝てると、自分でも思っている。

 だが、ルナに知力を使われたら、ゼロは絶対に勝てないと、ゼロ自身が分かっていた。

 天才的な考え方や閃き、というものだけではない何かが、ルナにはあった。


 色々と考えていくうちに、いつの頃からか、ルナの強さの根幹は個の力を最大限に活かす術を知っていることだと、思うようになった。

 士気の上げ方然り、作戦然り。全てにおいて理にかなったプランを作成する。そして、兵を自分の手足の様にあっさりと動かすのだ。それも、まだ二十歳に成り立てで戦場に出て三年半しか経っていない人間が、である。

 他にも、優れた司令官は多い。ロニキス、ハイドラ、スパーテイン、そして、村正等、思えば自分の本来生きている時代は、そうした連中の宝庫だった。


 戦術ドクトリン、というのがあるらしい。本の中に書いてあったが、要は各々得意とする物が優れた司令官にはある、ということだった。

 ルナの場合は、少数精鋭による機動戦がそれにあたるのだろう。だからルーン・ブレイドは中隊規模でしかないが、元々ある個の力を更に引き出すことで、数多の敵をも蹂躙出来るのだ。


 自分には、そういったものはない。それは多分、自分が指揮官の器ではないからだ。短気にはやって味方を殺すハメになるのは、愚の骨頂である。

 学べる相手は、いないだろうか。そんなことを考えていると、いつの間にか図書室の机の横に飯が置かれていた。


 ラフィーネからだった。『三日も経っているのにまったく気付かないから、適当に置いていく』と、メモに書いてあった。

 どうも自分は、一度何かに集中すると、それに没入しすぎるクセがある。ある意味、悪いクセであった。

 唸った後、流石に悪いかと思うようになった。それに、腹も減っている。


 兵法の本をどけた後、周囲に誰もいないし、特に飲食が禁止されているわけでもないようなので、一度その飯に手を付ける。

 まだ、暖かさが残っていた。多分、今日の物だろう。


 しかし、チャーハンのようだが、一口入れて、少しおかしいと感じる。

 あのパサつきとは、何か違う。少し湿っている。いや、それだけではない。何かが鼻を刺す。強いて言うなら、ミント臭のような、何か。

 それ以前に、この味は、なんだ。いや、味と言っていいのかも分からない。


 まさか、毒か。

 だが、普通の毒ならナノインジェクションで浄化できるはず。にもかかわらず、目眩が、どんどん酷くなっていく。


 倒れた。それは分かった。だが、倒れた痛みも感じない。


 消されるのか、俺は。


 後悔、というのは、こういうのを言うのだろう。

 また、死にたくないと思った。

 強欲だなとも、自嘲している自分もいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 風が、肌を刺激した。

 そんなに強い風ではない。柔らかい、いい風だ。

 それと、少し潮の臭いもする。海の香りだ。


 眼を開ける。

 岩場の上に、いつの間にか寝転んでいた。

 体を起き上がらせ、頭を振る。


「どこだ、ここぁ?」


 なんか、最近いつの間にか全然違う場所に移ることが多い気がする。

 しかし、本当にここは何処だ。少なくとも、行ったことのある場所ではない。

 何が起こった。一度考える。


 飯を食った。それで、目眩がして……。


「まさか、あの世か?」

「半分正解で、半分不正解、だな」


 ハッとする。聞き覚えのある声。

 いや、違う。もう一度、聞きたかった声だ。


 声のした方を向いた。男が一人、岩場に座りながら、海に釣り糸を垂らしていた。

 心臓の音が聞こえた。眼を、見開いていた。何度も、目をこすった。

 だが、まごうことなく、その男は悠然と岩場に座っている。


 金髪を、怒髪天の如く逆立て、シャドウナイツ特有の黒のロングコートを着たその男には、右腕がない。右側の袖は、風に煽られて揺れている。


「兄……貴?」

「ちょっと待ってろ。今魚が引っかかる」


 言った瞬間、男は少し力を込めたのか、一度唸ってから、釣り糸を上げた。

 小魚が一匹、その釣り糸に垂れ下がっている。

 少し、男は肩を落とした後、横に置いてあったクーラーボックスに魚を入れた。


 男は釣り糸を横に置き、自分の方を振り向いた。

 赤の眼をしている。

 まごう事なき、村正その人だった。


「よぅ。変なところに来たな、おい」


 呆れるように、村正が言った。


「これは……幻なのか?」

「それも半分正解で半分不正解だ。俺そのもの体は、三二七五年の霊安室の中だしな」

「そうか。やっぱり、死んだんだな、兄貴」

「あぁ、俺は、死んだんだよ、物理的に」


 幻でも何でも、構わなかった。自分の作り出した、都合のいい幻影かもしれない。

 だが、言いたいことがあった。

 一つ、頭を下げた。


「すまねぇ」


 自分が、殺したような物だ。それだけは、ずっと残ると思っている。

 それだけは、解消させたい。謝れるなら謝りたい。そう思い続けていた。

 ところが、村正はと言うと、大欠伸をしているだけだ。


「あ? なんだって? そんなのどーでもいいんだよ。どうせ死ぬときは死ぬし、俺は刃として生ききった。ついでに、お前の様子とか多少見たが、蒼機兵第二大隊隊長も、ファルコに継がれたみたいだしな。俺の役目は終わったよ」


 蒼機兵。聞いたこともない言葉だった。それとも、記憶の片隅の何処かで忘れていたことなのか。

 幻だとしたら、そもそもそんな言葉が出てこない。

 いや、これ自体勝手に自分が作り出した作話の可能性すらある。


「お前、まだ疑ってるな」

「ったりめーだ。だいたいよ、ンな聞いたことねぇもん死んだ人間が言うんだぜ? 普通に考えりゃ都合のいい幻だって誰だって思うに決まってンだろうが」

「まぁ、普通はそう思うよなぁ」


 村正が、後頭部を左手で掻きながら言った。


「お前さ、俺の手を移植しただろ」

「あぁ」


 右手を見た。

 自分の手ではない、村正の手だ。どうしても、手のことを聞かれると胸が痛む。

 特に本人からそれを聞かれると、尚更だ。目の前にいる村正には、その右手がないのだ。袖が、また風にゆらされる。


「俺の魂の情報が、その手に記録されていると言ったら、お前どう思う?」

「は?」

「紫電のレヴィナス入れたまま、お前の手に俺の手が移植されてるんだよ。俺達の血液は普通の人間のはまったく使えないし、未知の物だ。おかげで勝手に変えるのはどうなんだと、お前の言う藪医者とかいうのが、俺が物理的に死んだ後、イーグのまま移植手術を実行した。結果、紫電のレヴィナスの中に僅かだが残ってた俺の気が、消えかけだった俺の意識を再度集め、こうしてお前の手の中にいる、というわけだ。つまり、お前の中に幻ではない、本物の俺がいる、ということだ」


 一度、頭を抱えた。アイオーンが存在する段階で、魂という物があるとは認識出来ていたが、まさかこんな身近に会うことになるとは思いもしなかった。

 昔は怪談だかいうのがあったらしいが、眉唾物の話だったし、今になってはただのギャグだ。

 だが、そんなギャグに限りなく近い状況が、自分の身体で起きているというのだ。

 多分、言っても誰も信じないだろう。だから、黙っていようとだけ思うには十分だった。


「つまり、てめぇの魂が右手にまだ残ってて、それが勝手に集約したもんが、今のてめぇってことか?」

「そういうことだ。意外に頭の回転速くなってるな。ハイドラ兄に負けたのが、よっぽど効いたみたいだな。それに、あのディスだったか? あいつにいいように言いくるめられて、逆上して一人で勝手に出て行った時のてめぇなら、俺は殺せると思ったぜ?」


 呵々と村正は笑うが、その目はまさに、刃のような怜悧さがあった。

 相変わらず、霊体になってもそこだけは死んでいないらしい。


 いい加減とっとと成仏しろよ。そう言いそうになった。


 だが、言われていることはもっともだ。あれだけの惨憺たる負けがなければ、多分延々猪武者のままだった。

 皮肉だなと、思うより他ない。それを幽霊に言われるのだから、余程単身でハイドラに向かい、あろうことかビリー如きに負けたあの時の自分は酷かったのだと、心底思う。


「で、暢気に釣りしてたって訳か?」

「まぁな。ここ、俺の気次第で勝手にフィールドが変わるんだよ。おかげで海釣りも川釣りも渓流釣りもやりたい放題だ。だから俺からすれば最高の釣り場なんだよな」


 勝手に人の意識ン中を釣り場にしてんじゃねぇ。


 また言いたくなったが、あえて黙っていた。

 どうもこのままだと、村正のペースに押さえ込まれる。そうなったらその地点で負けだ。

 戦と、同じだと思うことにした。そう思えば、不思議と自分が平常心でいられた。


「お、こんだけ挑発されても己の中で処理出来るようになったか。冷静さも身につけられたな。ま、今はそれだけでもよしとするか」


 村正がため息を吐いた後、また、違う声がした。

 女の声だった。だが、誰の声だ。

 でも、聞いたことのある声だ。

 村正が、頭を掻いている。


「どうやら、そろそろお前、お目覚めの様だな。ま、多分お前があの時代に戻るまでは、俺もいるだろうから、適当なタイミングで捕まえてみりゃいいさ。何がトリガーかは知らんが、少なくとも多少意識集中すれば、会えるだろ」

「なら、暢気に釣りでもしてろ。意地でも俺は諦めねぇ。あっちの時代に帰るっつーのはな」

「当たり前だ。お前、ハイドラ兄が相当待ってたぞ。俺達のキー半分、お前が持ってるって、ハイドラ兄はずっと言ってたからな。いいか、絶対に帰るぞ」


 すっと、意識が引っ張られていく。

 風景が、幻の様にすっと消えて、自分の身体の感覚が元に戻っていくのを、ゼロは感じた。


 死人とは言え、ようやく知り合いと会えた。

 幻だろうが何だろうが、今はそれで十分だった。


 ただ、最後に村正が羨ましかったと言ったことだけは、あえて聞こえない様にした。

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