第三十九話『Reminiscence-追憶の果てに』(3)-4
一気に、拳で貫いた。灰となって、イェソドが消えていく。
数は、途中から数えるのをやめた。
最初は一〇だったが、どんどん増えていく。
ルナは、焦り始めていた。
レムが沈んで既に五分は経つ。このままでは、本当にバルトロマイの言う通りどちらが先に消滅するかのチキンレースだ。
ただ、諦めない。諦めてたまるものか。両方とも生き残らないと、絶対にダメなのだ。
恐らくここまでアイオーン側も必死になるということは、相当自分達がアイオーンにとって重要なのはよく分かる。
だからこそ、余計に消えるわけにはいかない。
そう、ただ思った時、レーダーが反応した。
「こんな時に!」
アイオーンの増援か。
そう感じたが、何か、軽い。同時に懐かしい頭痛のような感覚が襲ってきた。
ずっと何処かで忘れていた感覚だった。
そして、それを知っている。
「レム……?」
波しぶきが空破を包んだ直後、大きな音と共に海を割って、それは現れた。
パールホワイトのカラーリングをした機体だった。背面に備えたテールバインダーは、まるで天使を思わせる。
それが出現した瞬間、戦闘が一瞬止まった。バルトロマイを筆頭に、どのアイオーンも震えていると、ルナには感じ取れた。
緑色に輝くツインアイが、頭部に凛と輝く。見たことも無いプロトタイプエイジスだった。
「な、何、この機体?!」
『俺達の所持物でもねぇ。ありゃなんだ? そっちの増援機体、ってわけでもなさそうだな』
「あたしが聞きたいくらいよ、マクスさん。それにしても」
美しい。そう思える機体だった。
『姉ちゃん、遅くなった!』
レムだ。しかも、いつものあの明朗快活な明るい声だった。
三面モニターの一角に、レムの顔が映る。ハッとした。
生気が眼に灯っている。さっきまでのレムとはまるで別人のような表情だ。
記憶も戻り、トラウマもひょっとしたら払拭したのかもしれない。そう思えるほどに、眼に覇気がある。
同時に、レムがいる背景も、唖然とした。
何故か、浮いている、としか思えない。
背景にあるのは空だ。
「あんた、どこにいるの?」
『このプロトタイプの中だよ。こいつ、全方位モニターが付いてるから、多分そっちからしたら違和感しかないと思うけどさ』
どうやら相当未知の機能付いている可能性のある機体だ。今までのエイジスとは根本的に違う何かを、この機体は持っている。
「ていうことは、あんた、そのプロトタイプのイーグになった、ってわけね」
『そゆこった! 主役は遅れて登場、ってね!』
レムの機体が、親指をこちらに向けて上げた。
何故か、かつて僅かにあった悲壮感が、今のレムからは感じられなかった。
不思議な、それでいて、圧倒されそうになる、奇妙な感覚でもある。
だが、そういう時に限って、人は死にもする。そういう場面を、何度か見た。
「レム、決して、死に走らないでよ」
『うん、分かってる。分かってるよ、姉ちゃん。さっき、ああして殴られたしね。それに、話したいことは、私も山ほどある。だから、生きよう。私は、生きるために今ここにいる。お母さんのことまで含めて、全て抱え込む。逃げても仕方ないし、私らしくないからね』
レムが、何処か大きく感じた。
成長した。軍人としてではなく、人として成長したのだ。
そう思えたとき、泣きそうになったが、まだ戦を終えていない。
語り明かすのは、レムも言ったように生きて、生き抜いてからだ。
「ちぃ、たかがプロトタイプが一機増えた程度で、勝ち誇ったような面を……」
『あぁ? だまらっしゃい、噛ませ犬!』
バルトロマイが何か言おうとしたのを、大音量でレムが吠えて静止する。
ぴたりと、また戦場が静寂に包まれた。
同時に、レムの機体が、右手の中指をバルトロマイに向けて立てた。
『さっきから喚いてばっかいるんじゃないってーの! しかもこうして主役たる私が来た。そして敵たるあんたは無駄とも言えるほど自尊心がでかい。図体にそのまま現れてるとでも言うのかね。そんな奴が勝てるっつーお約束なんざぁ、この世に存在しないんだよ! 口先だけでギャーギャー喚いてねぇで、掛かってこいや、アホんだらぁ!』
バルトロマイの顔が紅潮しだした。アイオーンにも関わらず、紅潮した。巨体であるため、その赤さは余計に目立つ。
明らかに怒っているのがよく分かる。なるほど、指揮官としてはバルトロマイのコアは相当無能だと、ルナは心底思った。
気の量だけは多かったのか、それともアイオーンにもそんなに変わる人材がいないのか、それとも更に別の目的があるのかは知らないが、逆にこれは実にやりやすい。
それと同時に、こんなのに手間取ったのかと、少し情けなくなった。
一度ため息を吐いた後、ルナもまた、空破の右手の人差し指を自分に向けて挑発した。
「おー、よく言ったわね、レム。確かに、この程度の奴が指揮官なようじゃ、アイオーンもおしまい、ってとこね。人間様なめんじゃないわよ、掛かってきんしゃい」
不敵に笑った自分がいる。その視点だけは忘れないようにしている。
もちろん、戦に絶対はない。だが、勝てる。そう思えるのだ。
バルトロマイの顔が余計に赤くなった。今までの身体の蒼さは身を完全に潜めている。
その一方で、周辺の下級アイオーンは、軒並み動こうとしない。指揮官だけが無駄にヒートアップしている。
兵卒が離れていく上、指揮官にそれを統制する能力が無い軍隊は、当然弱い。
「こ、こ、この下等生物共がぁ!」
また、バルトロマイが波しぶきを発した。
しかし、レムとその機体は、雄大に空に構えている。
両腕に、何か武器のような物が形成された。
ホーリーマザーが持っていた、ブレードライフルにも似た銃剣だった。
雄大に、そして気高く、その機体は大空に高らかと銃剣を掲げ、構えた。
『さて、いっちょ行こうかね、姉ちゃん』
「OK。いつでも」
ニッと、レムもまた、不敵に笑った。それに、ルナも笑い返す。
IDSSを強く握る。行ける。そう思うほどに、魂が高ぶった。
『さぁ、借りを返すときだね。レミニセンス・c・ホーヒュニング、XA-100聖兵、推して参る!』
レムが咆吼を上げたまさにその瞬間、聖兵が、空を駆けた。
まるでそれは、空に自由に羽ばたく鷹のように、ルナには思えた。




