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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
7th Attack
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第三十九話『Reminiscence-追憶の果てに』(3)-2

 ただひたすらに暗い道が続いている。光も、一片も差し込まない。

 何処だかは分からない。いや、ひょっとしたら、忘れているだけなのかもしれない。


 自分には、今記憶が無い。姉もいるし、親戚だった人も、同じ所にいた。父親とも、電話越しとは言え話をした。

 だが、母親だけは、いなかった。それに、それについてだけは、誰かも話してくれなかった。何故なのかは、分からない。


 大事なことのはずなのに、何か、抜けている。

 そんなことすらも忘れてしまいそうな程に、ここは暗かった。


 死んだのか。何故か、そんな言葉が浮かぶ。

 死んだのなら、所詮そこまでだった。そうとも言葉は言う。


 何故、そんな言葉が随所に浮かんでくる。

 だが、その言葉を発しているのは、紛れもなく自分だった。

 自分の声だ。達観した、というよりは、諦念の感情の方が多いと、何処かで思える声だった。


 思い出そうとして歩いたとき、何か足に感触がした。

 目をこらす。血だまりを、いつの間にか踏んでいた。何故か、暗闇の中でそれだけが鮮明に映っている。

 驚いて、その血だまりから一歩後ずさったとき、肩に後ろから何かが触れた。

 振り向いた瞬間、『それ』に首を絞められる。


『それ』が何なのかは分からない。ただ、人、ではないかとレムは直感した。

 抗う気は、まったく起きなかった。

 感触に、憶えがあるからだ。


 母の手の感触に、死んだ母の手に似ている。

 それで、頭が繋がってきた。


 そうだ。自分は、母親を殺したんだ。だから誰も何も言わなかった。

 謝りに行こうと、レムは、霞んでくる意識の中でただそう思った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 眼が覚めると、何故か点滴を打たれ、よく分からないベッドの上で寝ていた。

 周囲には、誰もいない。ただ、自分だけがこの白い部屋の中にいる。

 病室なのだと直感するが、何処の病室なのか、頭がぼぅとして分からない。

 夢なのか、それとも現実なのか、それさえも何処かハッキリしない。


 ただ、ハッキリしていることがある。

 母に、謝りに行こう。それだけは強く思う。

 自分が何をしたのかも、ハッキリと思い出した。


 点滴を引っこ抜いて、外に出る。

 広い廊下にも、誰もいない。ただ暗い廊下が続くだけだ。人の気配も何も無い。


 ただ、歩く。何処へ歩く。

 謝りに行ける場所。あの世、という奴だ。

 滅多切りにした。いくら十二使徒になったからと言っても、母親をあんなにして、許されるとはとても思えない。

 多分、母は怒っている。ならば、謝らなければいけない。人ならば、それが当然だと言えた。


 そう思っていたら、いつの間にか、屋上に出ていた。

 下が、騒がしい。

 何だろうと思い目をやると、戦場が広がっている。アイオーンとM.W.S.の乱戦が起きていた。

 数ではアイオーンが勝っているが、空破が指揮を執っているのか、なかなかに悪くない。


 だが、そんなこともどうでもいい。

 屋上の柵を乗り越える。風が、僅かに吹いている。


 誰か、人の声がした。やめろと、言っている声。それも、脳に響く声。

 聞いたことのある声だ。セラフィム、だったか。


 それも、もうどうでもいい。何もかも、どうでもいい。

 これで、謝りに行けるんだ。


 思った直後、青の巨体が自分の目の前に訪れた。

 五〇mはあろうかというシャチの様な化け物。十二使徒の一つだろう。


「ほぅ、自ら命を差し出しに来るか」

「どうせ、謝りに行かなきゃ行けないしね」

「所詮、心が壊れた人間など、こんな物か」


 十二使徒が鼻で嗤った後に口を開ける。

 口の先端に光が収束していくのが見えた。


 これで死ねる。

 死? 死とは、なんだろう。何故か、よく分からない。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 なんとか対アイオーンの体裁は整えた。

 ただ闇雲に乱戦してもアイオーンはそう簡単に勝てない。確実にトドメを刺すために二機のM.W.S.で一体のアイオーンを破壊する様に命令し、ルナはただひたすらに一機だけで駆けていた。


 下級アイオーンのコアの場所など把握している。

 しかし、開けた場所なら全方位にオーラシューターが放てるイェソド一体でも驚異になるというのに、こんな密集状態にしてしまったら、その全方位オーラシューターは放てない。

 つまり、イェソドの持つ特性を何も活かせていない。


 何を考えているの、バルトロマイは。


 思った時、ハッとした。

 奴は何処に行った。周囲を警戒すると、見つけた。

 と同時に、駆ける。


 レムがいた。バルトロマイの目の前で平然としている。

 いや、違う。

 よく見ると目はうつろだ。死ぬつもりでいるとしか思えない。


「マクスさん、少しの間指揮頼む!」


 マクスの静止を振り切って、更に駆けた。邪魔する者は、誰もいない。

 だが、間に合うか。明らかにバルトロマイの口からは、オーラカノンから発射されるようなオーラにも似た物が収束され始めている。


 諦めねぇよ、俺は。


 ゼロの声が、急に聞こえた。

 いつもゼロは諦めなかった。自分もまた、諦めなければいい。


 それに、死ぬ気でいるレムを叱ってやらないといけない。

 怒ることが出来るのは、決して死人ではない。生きている人間だけの特権だ。


 機体が悲鳴を上げている。マインドジェネレーターも、甲高い音を立て始めた。

 その時、IDSSが急に光り出し、空破の右手甲にヒビが入った。

 故障か。だが、何か違う。気は正常に流れているし、何故か、不思議と心が落ち着いている。


 そして、その手甲から、青い気の固まりが噴出した。

 しかし、オーラシューターのような形ではない。まるでそれは、一枚の薄い壁。高さは空破にほぼ匹敵、いや、それ以上にどんどん大きくなっていく。

 青に染まった奇妙な壁だ。その壁が、レムとバルトロマイの境に出来上がった直後、バルトロマイが口からオーラを放つ。


 だが、その壁は平然とバルトロマイのオーラを完全にはじき返した。

 バルトロマイのオーラの照射が終わっても壁は健在だし、実際、その壁はまだ空破の右手に繋がれたままだ。ということは、これは自分の気で出来ている。


 だというのに、特に何も感じない。あれだけの出力があったであろうオーラカノンを防いだにも関わらず、自分の気には一片の乱れもない。

 この装備は、なんだ。オーラブラストナックルかと思ったが、それにしてはいくらなんでも高さがありすぎるし、第一手甲が割れてまで出てくる物とも思えない。


 いや、それより先に、レムだ。

 左手は未だに健在。左手のオーラブラストナックルを展開する。

 バルトロマイは、完全に固まっている。計算外のことには弱いのかもしれない。

 だが、故に隙は生半可ではなかった。そのまま一気にバルトロマイを殴り飛ばすと、一度舌打ちをしてからバルトロマイが海へと潜った。


 僅かにバルトロマイが距離を取る。これでレムの安全はどうにか確保された。

 いや、違う。これは、自分とレムとの対話の時間が設けられただけだ。


 だが、それで十分だ。そう思うと同時に、空破の右手甲から出ていた『壁』も収縮を始め、空破の腕へと収まり、ヒビもまたなくなった。

 一度息を吐いた後、空破の腕を病院の屋上へと付け、コクピットを開ける。


 レムは少し呆然としていた。まず、屋上の柵を乗り越えていたので、後ろから首根っこを掴んで投げ飛ばす様に柵の内側へと持って行く。

 胸ぐらを掴んでから、自分の顔をレムのまだ少しうつろな表情の所へ持って行く。


「あなたバカなの?! 死ぬ気?! なんで?!」

「だ、だって……私、お母さん殺しちゃったんだよ……? だから、謝りに行かないと、ダメなんだよ……。絶対に怒ってるから……だから……」


 それで死のうとしたのか。

 それが分かった瞬間に、心が憤怒一色に染まるのをルナは感じる。それを見ている自分など、今の自分には無用の長物だ。

 全身全霊で、レムを、このふざけた、それでいて、かけがえのない妹を目覚めさせる。


「ふざけるな……ふざけんじゃないわよ!」


 思いっきり、レムを殴り飛ばした。

 屋上で少し、レムの身体がバウンドする。

 何が起きたのか分からない、レムはそういう表情をしていた。

 もう一度近くまで寄って起こしてから、抱いた。


「バカね、レム。確かに、あなたのお母さんは怒るかもしれない。でもね、レム、怒る理由は、そういう理由でじゃない。怒る理由は多分、そうやって自分で死ぬ道を選んだ事に対して怒ると思う」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 殴られたときの衝撃は、桁外れだった。その後、ルナが抱いてくれたときの心の響き方は、それを遙かに凌駕していた。

 ずっと忘れていた感覚。暖かい感覚だ。

 痛みはあるが、そんなこと忘れてしまいそうになる。


「あの時、十二使徒になったとは言え、お母さんと対峙したとき、あなた少しお母さんと話したじゃない。それで、あたしにも少し分かった。この人は、きっとレムを大切に思ってくれていた人だろうって。だからこそ、生きて欲しいって思っているのだろうって。違う?」


 思い返す。

 母の最期の言葉。


 真実を見据えて生きて。


 そう、母は言ってくれた。

 単純に自分は、十二使徒になった母という真実から、目を背けていた。


 逃げた。逃げ出して、全てを忘れた。

 逃げてはいけないところで、逃げた。

 その思いを受け取らずに、自分は何をやっているんだ。


「だからね、レム、自分で死ぬなんてことはやめて。それで哀しむのは、天国のお母さんだけじゃない。何より、あたしが哀しい。アリスだって、ブラッドだって、ブラスカだって、ああ言ってるけど、ゼロだって、何より、あなたが関係した、みんなが哀しむ。人間はね、生きている限り、人の想いを抱えながら生きていく義務がある。それを放棄して自死を選ぶのは、ただの自己満足以外の何物でもないわよ。だから、辛くても、投げ出すな。生きろ。そのために、あたしがいる。あたしが支えてやる。いくらだって、あなたを支えるから、だから、レム、命を投げだそうとしないで。自分の命は、半端なく重いわよ」


 胸を、急に突かれた感じがした。

 ハイドラと、不思議と同じ事を言っている。


 あの時も、殴られて、その末に怒られた。

 自分は、結局まだ成長出来ていない。同じ事を繰り返している。

 情けなさと、申し訳なさ、そして、想ってくれることのありがたさと、ルナから伝わる暖かさが、レムの心を少しずつ満たしていく。


「姉ちゃん」

「ん?」


 ルナが、自分の肩を支えながら、じっと自分の顔を見る。

 やっぱり、不思議な、圧倒される眼だ。それでいて、優しい。


 そうか。私、思えば姉ちゃんの目も、いつの間にか避けていたのかな。


 真剣に、向き合おうとしなかった。それが、多分、自分の一番の罪だ。


「私、一人じゃないの……? 生きて、いいの……?」


 ルナが、小さく頷く。じっと、自分の目をまだ見ていてくれていた。


「当たり前、でしょ? この世に生を受けたからには、例え何があっても、精一杯生きる。そして、笑い飛ばせ。あたしがふさぎ込んだとき、あなたの姉になったとき、そう言ってくれたのも、あなただったじゃない」


 そうだ。それが、自分の信条だったはずだ。

 自分で、自分に背いていた。

 それこそ、死んだ母が一番望まないことではないか。


 自分は、何をやっているんだ。


 ルナは必死に思っていてくれたのだ。それは心底嬉しいが、そう思っていたことを知らずに、その想いを受け止めてこなかった自分もまた、悔しくなった。


「ごめんなさい……姉ちゃん……ごめん……ごめん……」


 うつむいたとき、急に気配を感じた。

 空破へ向かっている。殺意にも似た何か。

 下から来る。


 さっき空破が吹っ飛ばした十二使徒か。

 それも、狙っているのはルナだ。


「姉ちゃん!」


 いつの間にか、叫んでいた。

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