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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
7th Attack
203/250

第三十九話『Reminiscence-追憶の果てに』(2)-2

 最表層は、海風が感じられる。

 先程とは打って変わって少し静かな病院に、一度ルナもレムも春美が付き添いで運ばれた。

 外からは海が見え、遠くの方には人が働いている様がよく見えた。


 先程は少し唖然としてしまったが、あれがダムドの基質なのかもしれない。

 様々な国に傭兵以外にも様々な人材を運び出すその一方で、あらゆる国の人々がこの企業間抗争が千年も続く、まるで戦そのものが当たり前のこの現状から逃れてきた。

 その果てに作り出された、様々な人種が入り乱れる一方で、海上という何一つ逃げ場のない、大地ですらない『船』という名前の領土に移り住んだ末に持った妙な仲間意識と奇妙な男気。それがダムドを構成する因子、とルナには感じられる。


 レムの方は、結局極度のストレス性の疲労という形になり、点滴で暫く様子を見る、ということになった。

 自分は、結局これと言って何も見つからず、病院の待合室にいざるを得なくなった。待合室には、誰もいない。


 だが、その病院の入り口にも軍がいる。体よく監禁された、と言えるかもしれない。一度状況に舌打ちせざるを得なくなった。

 もっとも、突破だけしようと思えば、いくらでも出来る。だが、それは下策でしかない。

 警戒心は、やはり強い。これもまた、戦乱を逃れた末に身についた結果なのかもしれない。


「お茶、飲みますか?」


 春美が、ペットボトルの茶を差し出して来た。それを取って、一気に飲む。

 春美が、自分の横に座った。

 だだっ広い待合室は、なんだか、時の流れがゆったりと感じられる。

 自分が何者なのか、そんなこともまた、雲散霧消してしまいそうな気分になる。


「記憶が混濁している、と言いましたよね?」

「はい、実は……」


 春美に一つずつ、レムに起こったことを話した。

 春美は静かに頷いたり、質問をしたり、ゆっくりとただ聞いてくれた。

 それがルナにはありがたかった。


「そうですか。そんなことが……」

「やはり、相当にショックだったと思います。あの子、自分の機体名にも、ホーリーマザーという名前で登録してましたから。それだけ、母を慕っていたんです」

「そして、気付けばここへやってきた」

「はい。正直、もう、何が何だか……」


 もう、頭が痛くなってくる。

 己を粉々に打ち砕きたい。自分で自分を殺せるのなら、そう何度思ったか、分かった物ではない。


「あたしは、所詮戦闘しか出来なかった。レムを護ると大口叩いても、結局事態を余計に混乱に陥れるだけだった。今頃仲間や軍が混乱してるのは間違いないし、状況は刻一刻と変わってる。ひょっとしたら根絶やしにされるかもしれない。レムのことだってそう。あたしは、ただあの子が空戦出来るからって、あの子に全てを押しつけた。挙げ句の果てにコンダクター能力者を一人残すことがどれだけ危険なのか、考えすらしなかった。後手後手に回りすぎてる。だから……」


 それが悔しい。

 言おうとしたら、すっと、頭の上に手が置かれた。

 横を見ると、春美が、自分の頭を撫でている。

 だが、その表情は、怒っていた。


「ルナさん、あなた一人だけで、今戦っているつもりになっていませんか?」

「え……?」

「急がば回れ、っていいますよね? 血気にはやる気持ちは分かりますし、あなたがレムちゃんに対し、責任を感じているのもよく分かります。でも、もし、あなたが今のまま戦場に戻ったとしても、呆気なく死にます。空破の何一ついい所を活かせずに、死にます」


 静かな怒りだった。初めて感じる怒られ方だ。

 なんだか、不思議と心にしみこんでいる、妙な怒られ方に、ルナには感じられた。


「それで、あなたはレムちゃんを、余計に哀しませますか? それは、完全にあの子の心を殺します。それは、絶対にやってはいけないことです。血のローレシアで肉親を失い、姉上(冬美)が目の前で死んで、その際に後事を頼まれたあなたなら、分かるでしょう? 肉親が、いや、魂の奥底で繋がっている絆が、一瞬にして消える様が、どれ程辛いか。それを、レムちゃんにも、背負わせる気ですか?」


 ロニキスにも、同じ事を言われた。だが、同じ事を言われているはずなのに、怒られ方も、感じ方もまるで違う。

 どちらも染み入る。それは間違いない。だが、ロニキスの物は一気に入り、一方で春美の方はゆっくりと染み込んでいく感覚だった。

 何故、そう感じるのかは、ルナには分からない。


 ただ、自分はまるで成長出来ていないと、思うより他なかった。

 レムを支えることが出来るのは自分しかいないと、エミリアにも言われた。

 最近怒られてばかりだ。子供と同じではないかと、情けなくなってきた。


「そうですよね……。結局、あたしは何処かに逃げたいと、まだそう思っているんです、きっと。情けないですよね。自分でレムを放っておけないって思いながらも、まだ逃げ出したい気持ちがあるって」

「逃げ出したい、ですか。でもそれは、多分誰もが抱えていることです」

「え?」


 ふと、春美の顔が、いつにも無く暗くなった。

 一瞬だけだが、そう見えた。


「逃げ出したいと、私自身が思うことは、多々ありました。父上が兄上に重症を負わせた末に裏切り者になってしまったときも、姉上が亡くなったときも、私は、逃げ出したかった。死にたいとすら思った。だけど、人間は生きる限り出来ないんですよね、逃げるというのは。常に生きるしかない。退路なんて、何処にもない。なら、前に進む。あなたもまた、そうでしょう?」


 ルナは、一つだけ頷いた。

 春美が、こんなに饒舌になることもあるのかと、少し意外に感じると同時に、人は誰しもそういう環境下にあるのだと、感じることは出来る。

 そういうことを最初に教えてくれたのは、実父であり、実兄であり、そして、ガーフィとレムだった。

 そのレムが苦しんでいるなら、自分なりに支える。そう思っている。


 だが、そう思っている『つもり』になっていないか。

 真剣に悩んでいるのか、本当に真剣にやっているのか。

 それは、多分自分が今のレムと本気で話していないからだ。


 話したい。

 そう思えた直後、大きな頭痛がした。

 頭を押さえ込む。

 だが、この形は、憶えのある頭痛であると同時に、己の第六感が相当まずいことを告げている。


「ルナさん?!」

「大丈夫です、これは、アイオーンの共鳴……。しかも、かなりでかいです、やばい……! まさか、この感じ、十二使徒?!」


 警報が、大音量で鳴り響いた。


『緊急事態発令。周辺海域に、アイオーン多数出現。タイプは海上戦闘用アイオーン『ティフェレト』がメイン。繰り返す』


 復唱した後、更に警報が大きくなった。


『追加事象発令。シャチの様な姿の質量、極めて大のアイオーンを一種確認。タイプ推定、十二使徒『バルトロマイ』と推察。総員、迎撃に当たるべし。繰り返す』


 やはりそうか。

 ルナは、唸らざるを得なくなった。


 自分達への追っ手の可能性すらある。だが、仮に自分がレムを連れて逃げたとしても、それはダムドの破壊を意味しかねないし、それをやるのは今後の戦力を考える意味でも下策だ。ダムドは上手く取り込めれば、相当有利に働く。

 海中戦闘も出来るティフェレトがいることを考えると、水中に近いこれ以上下の表層の病院にレムを移すのも下策だ。危険ではあるが、レムはここに置いておくしかない。


 下策の選択はないが、選択肢が他にない上、退路はない。春美の言った通りだ。

 自分が、今レムを護るしかない。

 春美にレムを頼み、すぐに入り口にいる兵士の元へ駆け寄った。


「あたしの空破、出していい?」

「だが、あんたは客人だぜ? 敵は、俺達だけで仕留めるつもりなんだが……」

「うちらルーン・ブレイドは十二使徒を二体相手にしてるけど、簡単に仕留められるほど、十二使徒は甘くないわ。相手に出来るプロトタイプエイジスは多い方が無難でしょ? だったら、あたしを出しなさい」

「本気、なのか?」

「当たり前でしょ! ダムドの人達には、こうしてレムも保護してもらった、その借りもあるしね。少しでも役に立ちたいんです」


 一度、頭を下げた。

 元はと言えば自分の責任でもある。十二使徒などという切り札の一つを差し向けた地点でアイオーンが自分達を殺す気なのだと、間違いなく分かる。

 これで三度目だ。相手は相当に自分達に神経を尖らせ、執心している。


 だが、逆に言えば、このコンダクターという物にそこまで執心する理由がある、ということでもある。

 何を考えているのか、少し気にはなる。また、戦うことで少しずつ分かるかもしれないと、何処かで感じている自分がいるのも確かだった。


「行きたいのかい、フレーズヴェルグさんよ」


 いつの間にか、マクスが近くまで歩いてきていた。


「はい。これは、あたしなりの恩返しです」

「分かったよ。行こうぜ」


 マクスが踵を返すと、甲板に出た。

 マクスが瞳を閉じ意識を集中させると同時に、ルナもまた意識を集中させる。


 甲板に、空破と鳳凰が立ち並ぶと、コクピットにまで聞こえてくる大歓声が響き渡った。

 カメラのレンズを望遠にして、病院を見る。

 レムは、どうなっているのか。


 話したい。本当に、じっくりと話したい。ロニキスの言う『話せ』とは、レムと腹を割って、徹底的に、魂の赴くままに話せと言う事だったのだと、今になって、急に気付いた。

 空破のマインドジェネレーターの音がそれを気付かせたのか、それとも、目の前の状況が、そう思わせたのか、それはよく分からない。


 一度瞳を閉じ、気を整え、無にする。

 そして、開いたとき、それは波しぶきと共に確かに現れた。

 警報がコクピットで鳴り止まない。


『来やがったぜ……得物だ!』


 マクスの声と共に、その巨大なアイオーンは海を割り、海上をホバリングする様に鎮座している。

 蒼い身体に鎧の様な物を身につけ、眼は赤く、獣の様な瞳孔をした、シャチの様な何か。

 十二使徒、バルトロマイだと、レーダーが告げた。


 そのシャチは大声を上げ、また海を割る。

 一度つばを飲んだ後、もう一度、気を整えた。

 負けられない。一度両頬を叩いて、気合いを入れ直し、ルナは空破に拳を構えさせた。

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