第三十八話『竜-修羅と化した二竜』(3)-2
妙な影と、気配を感じた。
それで避けてみたら、ナイフが飛んできたので、距離を取らざるを得なくなった。
まるで頭蓋骨にも似た仮面を付け、大鎌を構え、黒の装束に身を包んだ男がガーフィの前に来た。何者なのかは分からないが、恐らくベクトーアの何かであろうことは、竜一郎にも想像が付く。
恐らく忍びのような者なのだろう。その様は、あたかも死神のようにも思える。
男が大鎌を下段に構えた。
少し様子を見よう。そう思い、竜一郎も刀を抜いて、上段に構える。
一度、呼吸を整えた。身体が、徐々に熱くなってきている。気を体に溜めすぎた。
状況が状況だ。早めにこの男とはケリを付けたいが、この男もまた強者だろう。
面白いではないか。魂が、高揚する。
強者が来れば来るほど、己の力をより強められる気がする。
力だ。力が、とにかく欲しい。力を強化するのに、実戦とその時にやる強者同士での戦いに勝る調練は存在しない。
熱が、少し外に出た。
刀に気を込め、疾駆した。男もまた、疾駆している。
意外に、先に男の方が仕掛けてきた。鎌の剣先が、一気に下から来る。
身体を反らせて避けた後、そのまま反動を付け、一気に振りかぶる。
すぐさま避けられ、距離を取られた。同時にナイフがまた飛んでくる。
横に避けて、少しだけ距離を詰めるが、同時に少し相手が下がった。
時間稼ぎのつもりなのだろうが。だとしても、この男、ガーフィを護る素振りなど全くない。実際、ガーフィはこの男の後ろに槍を杖代わりにしてかろうじて立っている状態だ。
鎌鼬を飛ばそうと思えば、このままガーフィの首を取れる。だが、その間にこの男は自分の首を取る。
なるほど、忍びとしては相当出来ている。だが、同時にこのボロボロの主君すらも囮に出来る冷酷さも持ち合わせている。
「ほぅ。ベクトーアの人材は豊富で羨ましいのぅ。ワシのいるフェンリルとはえらい違いじゃな。して、男よ、名は何という?」
男は、無言でまた鎌を構えた。這う様に身体をかがめて疾駆してきた。
応えぬか、小僧!
「無礼者が!」
言った瞬間納刀し、交差した状態で刀の柄に手を掛ける。
咆吼が、急に聞こえた。
この男の咆吼ではない。聞いた憶えのある、懐かしい咆吼。
しかし、何処からだ。
思った瞬間、目の前の男がすぐさま下がった。
気が、一段と強くなる。気の場所。上空だ。見た瞬間、思わず、目を見開いた。
竜一郎も、後ろに下がって距離を取ったその瞬間、鎌鼬が飛んできた。
避けきれなかった。左の肩から鮮血が吹き出る。
自分の立っていた場所に轟音が響き渡り、土煙が巻き起こる。
「空から攻撃とは、やってくれるではないか」
若者は、想像を絶する手段をたまにやってくる。
それは、自分には出来ないことだ。いや、昔の自分でも、目の前の相手と同じ立場なら、やっただろう。
単純に年を取って、考えが鈍っただけだ。
一度ため息を吐いてから、再度刀の柄に手を掛ける。
「兵は詭道なり。孫子の教えの通りだ。ガキの頃、散々読まされた、あれの通りにやったまでだ、父よ」
土煙が開ける。
この間会って以来だ。相変わらずの気怠そうな表情を崩そうとしないが、同時に纏う気配は、何処か風格を帯び始めている。
「その通りだな。竜三」
呵々と、いつの間にか笑っていた。
自分の先程まで立っていた大地は抉れ、その場所には、刀の柄に手を掛けた、竜三が立っていた。




