第三十八話『竜-修羅と化した二竜』(2)-1
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AD三二七五年七月二三日午後一時三八分
情報が入ったのは、一度作戦会議を終えた後、執務室に戻って自分の遅めの飯を食った後だった。
フィリム第二駐屯地に襲撃の可能性有り。
その情報を受けたとき、やはりかと、自分が思っていたよりも少し冷静にガーフィ・k・ホーヒュニングは受け止めることが出来た。
知り合いの情報屋がいる。フィリム第二駐屯地にいる、うどん屋の親父だ。親方と呼ばれているが、それ以上の名前は知らない。
店の名前はなんか無駄に画数の多い漢字四文字だったことは覚えているが、どういう名前かはよく覚えられないし、日本語として意味が通っているのかも分からない。
元々、親方自身が犬神竜三に雇われている、というよりも、犬神一門の裏を担っている人間である、とのことだった。
竜三が自分とのパイプ役としてこの男を紹介したのが、ガーフィが親方と会うきっかけだった。うどんは最初の頃は偽装のつもりだったらしいが、どんどんはまってしまった末に趣味になり、そして店を開くようになった、とのことだった。今では裏方なのか、それともうどん屋なのか、自分でも分からないと苦笑することが多い。
それが縁で、何度か飯を届けてもらうという私用と同時に情報をもらう公用も行っている。また、情報の統括も行っていた。
様々な間諜がおり、その間諜から寄せられたありとあらゆる情報から取捨選択する。
情報網は二重三重に持っておくに越したことはない。そういう考えは昔から自然と身についていた
そんな中でフォースに周辺を探らせている最中に、定時連絡が来なくなった。
あの男が定時連絡をしなかったことは全くなかったので、何かあったというのは直感で理解出来た。
実際、定時連絡を寄越すべき時間の少し後に、青ざめた表情のフォースが店に来たというのだ。
そこでフォースがレムをフィリム第二駐屯地に足止めした。その段階で、親方が動いた。
二重スパイにされたこと、弱みを握られていること、シャドウナイツが来るであろうこと、メンバーは二人であること等を暗号でフォースが口にしたようだ。
どういった暗号なのかは分からないし、聞かない方が無難だ。何処から漏れるか、分かった物ではない。
その情報を、親方が持ってきた。電話や通信は、場合によっては暗号が解読される危険性をはらむ。だからこそ、こういう時はアナログに走って暗号を伝えてもらうようにしていた。
そのために、わざわざフィリム第二駐屯地から少し離れた国防総省まで足を運んでもらい、ざるそばも持ってきてもらった。
そして、このざるそばがキーとなっている。
ざるそば自体には何の価値もない。あくまで価値があるのは、それに付いている『すだれ』だ。
これに特殊な薬品を三度ほど付けると、特殊なインクで描いていた文字が浮かび上がるようにしている。もちろん、薬品の配合はこれに協力しているベクトーア化学部第六課の機密事項だ。
その『すだれ』に、奇襲してくると予測される相手と、今後取る策の案、更にはフォースが独自に調べていた物が何処にあるのかまで、事細かに書かれてあった。
親方という他の国の人間を間諜にすることは危険かもしれないが、あの男にはイントレッセが今はいる。どうもイントレッセの雰囲気が、親方の昔死んだ娘に似ているらしく、溺愛しているとのことだったので、それをホイホイ置いていくとも思えないので、そこは心配していない。
しかし、状況からしても恐らく、フォースはもうこの世にいないだろうとは、なんとなく想像がついた。
それ故にか、今執務室には、フォースが今まで秘書として立っていた場所に、親方が立っていた。
「やってくれるな、シャドウナイツも」
一度、ガーフィは舌打ちした。
「しかし、仮にそちらのご息女のうちのどちらかでも拉致する、或いは殺すことを考えているにしても、それなら」
「もっと簡単に殺せる、だろ? 俺も正直そう思う。何故こんな回りくどい方法をやる必要がある」
親方が一つ頷いた。
実際、本当にルナかレムを殺すか拉致するなら、もっとスマートなやり方はいくらでも存在する。奴らはそれが可能なはずだ。
何故それを実行しないのか、それとも別の目的があるのかは、まだよく分からない。
直後、やはり襲撃された、という確定情報が入ってきた。次々報告が入るが、少々状況は芳しくない。
すぐに、もう一人の秘書を呼び、旗下をいつでも出撃させられるようにしておけと命令しておいた。既に、いつでも出られると返答がすぐに帰ってきた。
あの基地を失うと言う事は、インプラネブル要塞の後方を取られかねないし、下手するとそこを中心に攻められかねない。
そうなると、中でかつてフォースが押さえ込んでいた内乱分子が、どういった行動を取るか、火を見るより明らかだった。
動かせる兵力はほとんどない。それを考えると、自分の旗下を連れて行くよりほかないだろう。
陸軍と空軍に連絡を入れると、あっさりと了承の返事はもらえた。特に陸軍はなおさら動かせる兵力が無いとのことで助かると言われた。
空軍もまた同様だったし、実際空軍はまだ使うときではない。
報告にあったハイドラ旗下にのみ配備されているあの妙なスコーピオンを相手にするには、空軍の力は欠かせなくなってくるだろう。
スペック自体は一切不明だが、今侵攻中のスコーピオンの中にそれがいないことを見ると、恐らく今でもその空戦型機はハイドラ旗下のみ、最悪でもシャドウナイツの旗下ごく一部にのみ配備されているとみて間違いない。数自体はそんなに多くないはずだ。
だが、そもそもM.W.S.で空を飛べるのだ。それだけでも特筆すべき事である。
確かに、MSMとして空戦に対応出来るシステムは華狼がゴブリン用にフライヤーユニットを開発したこともあるし、自分達ベクトーアもA型タイプのクレイモアは完全空戦特化型機だ。
だが、燃費がバカにならない故に滅多に使うことが出来ない、ある種の決戦兵器でもある。
恐らくハイドラが仮にフレイアの命で出撃することがあれば、本当にあの空戦型のスコーピオンを決戦兵器として持ち込んでくるだろう。それの相手を、空軍にはしてもらわなければならない。
しかし、それを使うことはあるまいと、ガーフィは見ていた。
人工衛星から撮った写真が一枚、諜報部から渡されたのだ。
その空戦型のスコーピオンが、フェンリルの拠点と化していたベクトーアの海岸線の一拠点を強襲している図だった。
しかも、最終結果は文字通りの『全滅』に追いやったのだ。ハイドラの操る蒼天もまた、確認されている。
同時にそこの写真に写っていた一機だけ真っ赤な機体も見覚えがある。紅神だ。やはりゼロを一度ハイドラの所へ間諜として行かせたという話は本当だったようだ。
前からルーン・ブレイド諜報部や、それ以外の数多の諜報部から寄せられた情報の通り、ハイドラが裏でフェンリルから手を引こうとしているのは間違いないだろう。
しかし、奴は何がやりたいのか、それだけがちっとも分からない。
反乱かとも思ったが、大義名分が必要だ。そうでなければ、ただの謀反人として扱われて終わるだけで、民心はすぐに離れる。
確かにハイドラに対する民衆の支持は絶大だ。だが、フレイアと二分する程かと言われると、そこまでは流石にまだない。
フェンリルもハイドラも探ろうとすると深い闇がある。
だからこそ、より自分の旗下を動かそうという気になったのだ。
自分は、曲がりなりにもベクトーア海軍総司令だ。その総司令自らを囮として、ハイドラを引き釣り出したい。少し、そう思っているところがある。
もちろん、今回の侵攻作戦にハイドラが出てこないことが最も望ましいが、目的だけでも掴めれば御の字だ。
注進が駆け込んできたのは、その矢先だった。
思わず、立ち上がった。
フィリム第二駐屯地はかろうじて防衛に成功するも、空破、紅神共に行方不明だというのだ。
撃破されたのではなく消えたという。
何が起きている。ルナやレムはどうなったのだ。
思った直後、窓に振動が来たと同時に、警報が鳴り響き、すぐさま兵士が部屋に駆け込んできた。
「准将、奇襲です!」
「何があった?! 状況報告しろ!」
「はっ! 多脚歩行戦車を撃破した老人が一名現れました! 現在我が方の警備兵が止めていますが劣勢です! それ以外にも随伴兵が五名、恐らく特殊部隊と思われます」
老人と言われて、一瞬ハッとした。
犬神竜三がかつてここに来た理由。父を探すためにここに来たと、かつて言っていた。その男は、報告によればこの前の戦闘で見かけた際、齢五八とは思えぬほど老人になっていたとも聞いた。
「待たれぃ、注進。その老人、もしや侍のような風貌をして、刀を差しているか?」
「あぁ、それは間違いないぞ、情報屋」
親方の言葉で確信した。
間違いない。厄介な男が来た。
犬神竜一郎。プロトタイプエイジスのイーグだ。ここで召喚でもされて暴れられるのが一番まずい。
しかも、今イーグはほとんど出払っている。この国防省を護ることの出来るイーグは限られているが、数名、いないことはない。
その筆頭が自分だ。将の蛮勇は命取りにもなるが、蛮勇に頼らざるを得なくなる場面もある。
「分かった。奴の相手は俺がする。他の兵は特殊部隊の相手をしろ。それと、これを機に工作部隊が来ていないとも限らん。念のため探し出せ。それと、空中戦艦を持ってこの近辺にいる部隊には増援を要請しろ。直ちにだ」
すぐに、兵士が復唱して部屋を飛び出した。
一度息を吐いた後、ヘッドセットをする。
もう一つ、旗下がいる。表向きの旗下と違い、いわゆる『影の部隊』だ。ルーン・ブレイド諜報部のような特殊部隊は、陸海空全ての総司令が持っているが、規模その他は全て極秘となっており、ガーフィも他軍の規模がどの程度かは知らない。
自分の部隊は、ざっと今動かせるだけで総勢一五〇名。ただ、全員の顔は知らず、それを束ねている十名程度を知るだけだ。全部でそういった者達の数は一〇〇〇を越えるが、方々に散っているため、これが参集出来る限界だった。
もう少し後方に気を配ればと、今更後悔しても、時は既に遅いし、常に時は流れている。
その『影の部隊』のトップに、連絡を繋いだ。
「俺だ。動かせるか?」
『敵工作部隊の探索、及び敵の退路についての調査は、ご命令があればいつでも』
「よし、やれ」
復唱が返った後、また、一度息を吐く。
ここの陥落は、もはや士気とかそういう話ではなくなってくる。つまり、自分が負けることは許されない。
後は、俺の問題、だな。
壁に引っかけてあった槍を持ち、短く折りたたんであった柄を展開する。
三つ叉の槍。かつて最前線にいた頃からずっと使い続けている槍だ。それを二振り握る。
そういえば、先程からずっと、親方がいることに気付いた。
「逃げないのか?」
「逃げる気はおきませんし、ありませんよ。確かに、イントは心配ですが、それよりも、己が役目を果たさぬと」
「役目?」
「御当主(竜三)より仰せつかっております。もし、竜一郎殿を見かけたら、捕縛せよ、とも」
「それで、場合によっては俺に変わっておびき出す、とでも?」
「否、竜一郎殿は必ず、あなたの前に来るでしょう。そういう方なのです、あの方は。俺の仕事は、その後です」
「お前も、仕事人だな」
「准将も同じでございましょう。ご息女の件も含めて、この戦は負けられませぬぞ」
そうだ。ルナも、レムも、どうなったのか。
何度か頭をよぎる。子供達は、どうなったのか。生きていて欲しい。そう思った後、ふと思い出す。
レムの誕生日だった。
後で何かプレゼント買ってやるか。
そこまで思考して、やめた。
映画とかでよく見る、典型的死亡フラグを立てようとしている。
そんなことやるわけにはいかんのだ。
また、一度ため息を吐いた後、槍を一度振るう。
逐次入る情報に耳を傾けつつ、部屋を出て、気を発しながら一気に駆けた。
高揚している。そう、感じることが出来た。
叫びたかったが、それだけは避けた。