第三十六話『神KAMI-UTA歌』(4)-1
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AD三二七五年七月二三日午後一時一〇分
たった二日。
いや、前の作戦まで含めれば、約一週間になるのか。
たったそれだけしか離れていなかったはずなのに、ヤケに今ヘリの中とは言え、上空から眺めるベクトーアが懐かしい。
こういうのを郷愁というのだろうか。それがゼロにはあまり分からなかった。
ただ、ヘリの窓から見える景色は、前に見たそれと違い、町に人は見られなかった。
そして、もう一つの違いは、本来着くはずのフィリム第二駐屯地で戦闘が起こっている、ということだった。
相手は、最初はシャドウナイツ二人だったという。やはり自分の考えていた通り、この三万機のスコーピオンに混じって奇襲してきたのだろう。
後、聞く限りではインプラネブル要塞の士気が生半可ではなく高くなっていると言う事も聞いた。
ハイドラはこれを伝えたかったのだろう。士気の底上げ。まずは下の方の士気を上げる。
何事も『諦めない』ということだ。
だが、自分の考えが正しかったことが嬉しかったことなど、次の報告をヘリの中で聞いた瞬間に吹っ飛んだ。
アイオーン、のような物が暴れているという。
なんでも、空間がガラスのように割れており、そこから三〇mにはなろうかという『腕』が暴れているという、よく分からない報告が来たのだ。
酔っ払ってンのか、てめぇ。ウェスパーが大声でそう返したが、嘘ではないという。そして、要救助者複数名という話も聞いた。
そしてそれは確かに、基地上空に着いた瞬間に見えた。
俺は一体何を見ているんだ。
地上の風景を見て、その感想が最初に出てきた。
その青白い腕は、基地のど真ん中に固定されているように見えるが、その固定されていると感じる周辺には昔映画で見たブラックホールにも似たような物がある。
多分、あれが『割れている次元』とやらなのだろう。
片腕しかないそれは、人間のものとは違い三本の長い指を先端に持ち、その指の先端がオーラカノンとなっていた。関節も肘以外にもう一つ屈曲する部分がある。
おおよそ人間のものではないが、腕としか言い表せない、そういうものが基地で暴れ回っている。
その腕一本に、空破まで含めたこの基地の連中は苦戦を強いられていた。
「なんだよ、あれ……」
つばを、一つ飲み込む。おぞましい何かを、あの腕からは感じざるを得なかった。
「確かに三〇mはあるな……。あれがホントに腕だけしか出てないんだったら、本体はどんだけでけぇんだよ。十二使徒の比じゃねぇぞ」
「確かにそうだな、ウェスパー。で、どうする? こいつを予定通り降下するか?」
玲が自分を指さしながら言うと、ウェスパーはただ一つ、頷いた。
基より自分もそのつもりだった。
戦う相手がシャドウナイツからアイオーンに切り替わったと考えればいいだけのことだ。
それに、空破が戦っている。
見る限りだが、久々に惚れ惚れするほどに空破は動いていた。
突っ込んではオーラブラストナックルから立ち上る気炎を突き刺す。それを、何度もやり続けている。
それでこそ、俺の雇い主だな、隊長さんよ。
一応、今でも自分の雇い主は、ルナと言う事になっている。
ルナには山ほど借りがあるのだ。その借りを返しに行かなければならない。
ちょうどそう思った時に、空破が、指を一本吹っ飛ばした。鮮血にも似た何かが、腕から吹き出ている。
だが、空破はそれに当たらずに、純白に緑の、まるで戦乙女を思わせるカラーを保ちながら、また同じように攻撃を繰り返していた。
チャンスだと、ゼロには思えた。
「さっさと下ろせ」
「分かった。カーゴベイ、さっさと開けろ! 紅神だけ先に下ろすぞ!」
「了解」
すぐに後部にあるハッチへと向かうとすぐさまカーゴベイが開かれ、そこから一気に飛び降りた。
風が顔に吹き付けてくる。なかなか悪くない風だ。
自由落下中に意識を集中させ、紅神を召喚させる。
気付けば、自分は紅神のコクピットの中にいる。何度考えても、この感覚は不思議に思えた。
同時に気に掛かったこともあった。
最初、シャドウナイツが二人来たと言った。ならば、残りは何処に行ったのだ。それに、シャドウナイツのみと言われても、現在の蒼天の位置からして、プロトタイプエイジスは一切ここを襲撃するのに動員されていない。
流石にそこら辺はロニキスでも見えているだろうが、いくらなんでも非効率的だ。
何を考えているのか。ハイドラがフレイアと相反する行動を取ろうとしているのは間違いないが、だとすれば何故ハイドラはこうまで上層部の意に反する行動をし、そのクセにフェンリルも上層部に据え置いているのか、まるで分からない。
実力主義だからかとも思ったが、あれだけ意に反する行動をし続けるのは上層部からすれば危険以外の何者でもない。
初代ルーン・ブレイド隊長のダリーも相当扱いづらかったという話は聞いたが、奴は扱いづらさこそあれど、反旗を翻すような真似はしたためしがない。
そんな危険極まりない人物を据え置く理由は、なんだ。
何かこの戦いで見えるだろうか。まったく関係のないアイオーンとの戦いのはずなのに、そんな貪欲な考えが、いつの間にか備わっていた。
かつてこんなに自分は物事を考えただろうか。
いや、ない。そう断言出来る。
相手を、紅神のデータがはじき出した。
ジン。
確か、マタイが最後に言っていた奴だ。恐らく、これがアイオーンの親玉だろう。
親玉はでかいというお約束を物の見事に再現している。
警報が鳴った。高熱源体反応。ジンの指からの気だ。
紫の気が、紅神へと向かってきている。
想像以上に表面積があった。少なくともただのオーラシューターから出るオーラの比ではない。
一度舌打ちした後、ブースターを横に吹かし避けたつもりだったが、紅神の横を通り過ぎた後、その紫の気は、すぐさま角度を一八〇度変え、後ろから向かってきた。
「何?!」
そう呟いたときには、直撃していた。左腕が瞬時に融解していく。
コクピットに警報が響き渡る。今のでバランサーも少しやられたらしい。
一回で仕留めないと、何か面倒になりそうだ。
そう思うと、すぐさまブースターの角度を変え、デュランダルを召喚する。
刀身に炎にも似た赤の気炎が昇った。
そして、フットペダルを踏み込んで加速する。
咆吼。いつの間にか上げていた。
ジンの腕の根元にデュランダルを突き刺した後、すぐに紅神の各部を展開し、デュランダルをガンモードにした。
オーバーヒートを起こさず、すぐに放てるだけの出力で、すぐさま先程突き刺し僅かに穴が空いている場所に撃ち、すぐに大地に着地した。
確かな手応えがあった。確認してみると、腕が完全にちぎれていた。先程まであった、時空の割れ目とやらもなくなり、ただひたすらに地上は見慣れた風景を映し出している。
一度、呼吸を整えた。
久々に、帰ってきた。何故か、そんな気がした。
『ゼロ……?』
空破からの通信だった。
三面モニターの一角にルナが映る。
「よぅ、久しぶり、ってわけでもねぇか」
『あんた、今まで何処に?』
「聞いてねぇのか?」
『少しだけよ』
そう、ルナが暗い顔で言った。
相変わらず、少し泣きそうな表情だった。そういうところは、変わらない。
『あ、あの、あ、あなたは……?』
レムの声。確かに、ルナの横にはレムがいた。
ハッとするほどに、覇気が感じられない。
なんというか、喧嘩し甲斐がない。
「てめぇ、ホントに変わったな……。つまんねぇ感じになりやがってよ。前なんざギラギラしてたじゃねぇか、それがどうしてこうなるんだよ?」
真面目にその感想に尽きる。あの自信過剰ぶりが傍目には面白く感じられたのだが、今はそれがまるで感じられない。
『あんたねぇ……』
『聞き捨てならんこと言うねぇ、バカチン。散々人様心配させておきながらいけしゃあしゃあと今更現れるたぁ、いい度胸してんじゃん? それに空中からかっこつけて現れるとか、何、今更厨二病でも煩ったか、えぇ?』
ルナも自分も、唖然としてしまった。
この感じは、明らかに前に散々喧嘩をやりまくったレムと同じだった。
だが、すぐに顔が青ざめていく。
『ご、ご、ごめんなさい! わ、私、な、なんでこんなことを……』
「普段からてめぇはそうだろうが、ガキンちょ」
一度、ため息を吐いた。
本当に普通の子供だ。それ相手に喧嘩を吹っかけるのは、少し気が引ける。
なんとなくだが、今は記憶が混濁している時期なのかもしれないと、ゼロは思った。
横たえているジンの腕を見る。こうして見ると、かなり大きかった。太さは、紅神の全高ほどもある。
「で、隊長、これはなんだ? ジンとかいうが、こんな腕一本だけか?」
『本体がどっかにあっても不思議じゃ……って、え? なんであんたジンって知ってるの?』
「は? 紅神が知らせたからに決まってンだろ。何言ってンだ?」
『空破、まったくその情報出なかったわよ?』
それこそ、顔をしかめる話だった。
プロトタイプエイジスならば、情報はほぼ共有しているはずだが、何故空破だけそれがないのか。
或いは、空破はジンを見たことがないのか。それはよく分からない。
直後、また警報が鳴った。
「今度はなんだ?!」
ジンの腕が、急に光り出した。
『熱源反応はないわ! だけど、これは……?!』
ルナの声が、急に聞こえなくなった。
何か叫んでいるようだが、何も聞こえない。
光が、徐々に広がっていく。
眩しい光だった。
そう思った直後、光が自分を飲み込んだ。
死ぬ感じだけは、何故かしなかった。




