第三十六話『神KAMI-UTA歌』(2)-2
時間不明
音。
この世界には、様々な音が響き渡っていた。
人の声であったり、路上を歩く足音であったり、車の走行音、果ては、M.W.S.の動く音。
ありとあらゆる音が、昔から好きだった。
特に、様々な音を使って一つの作品を作る『音楽』というものに、いつの頃からか惹かれるようになった。
特に、ピアノの音が、大好きだった。
あれだけは、人間が真似出来そうにない、様々な音程を出せると、子供心に信じた。
だが、自分には高嶺の花だった。
家もなく、親もいない。ただのストリートチルドレンでしかなかった自分には、買えるだけの金額など、あるはずがなかった。盗もうと思っても、子供の手には小さいし、警備も厳重だった。
そんな時に、手をさしのべられた。
人体実験。子供の頃は何のことか分からなかった。
恐怖心などは、特になかったと思っている。自分は、その時の実験で成功した少ない生き残りだった。
それで得た報酬で念願だったピアノを一つ買った。キーボード、シンセサイザー、ギター、ベース、ドラム、金管楽器まで、様々な楽器を買った。買っても有り余るほどに金が手に入った。
それから、色んな音に手を付けて、いつの頃からか、この世の音のほぼ全てを聞いた。
負の感情が入り交じるような音も、大量に聞いた。
あらゆる感情という『音色』が、いつの頃からか分かるようになった時、自分の中で欲望が生まれた。
世界が滅びるときの音色を聞いてみたい。
それだけは、一度しか聞くことが出来ない。
だからこそ、不思議な魅力がある。
そう、いつの頃からか思うようになっていた。
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AD三二七五年七月二三日午後一二時一五分
風が吹いている。
悪くない風だ。だが、北半球と南半球で風の音も、空気も、全然違っていた。
そして、警報の音も、だ。
フィリム第二駐屯地。そこに、レムがいるという話を聞いた。いや、そう仕向けた、と言ってもいい。
フォースを二重スパイに仕立て上げた。それでレムの行動をコントロールし、この基地にいさせた。病院を一個ずつ潰していくのは面倒だが、この施設ならば、ついでに破壊するだけでも戦況をかなり優位にすることが出来る。
しかし、意外に早く気付かれた、というのが、ロックの感想だった。流石に精鋭部隊だらけの基地とは聞いていたが、練度が段違いだ。
うちの軍とはえらい違いだと、思わざるを得なかった。多分、華狼でもこれ程早く対応する部隊は、恐らく称号を持っている連中くらいだろう。
正面から堂々と、正面にいた警備兵を二人、気付かないように殺したつもりだったが、一瞬でばれた。
反応の早さには、正直驚いているが、堂々と正面切って進んだ。今のところ、何も抵抗はない。
だだっ広い基地を、疾駆した。
「どうしたんだい、ロック?」
「いや、風の音色を確かめていた」
正直、辟易した。
音楽性の欠片もない男と共に行動しなければならないことなど、正直納得がいかなかった。
欠伸をした後、横にいたヴェノム・マステマ・ゼルストルングを見る。
「二重スパイの始末は、もう済んでいるだろうしね。あのバカは、なんて名前だったっけ?」
「フォース、だったか」
「そう、それだ。あいつ、本当に喧嘩弱いんだよ。処理すると分かった瞬間、やめてくれって、何度も何度も叫んでいたよ。だから一本ずつ指へし折っていったりしたんだけど、その度に叫び声しか上げなくてねぇ。目玉くり抜いたら余計にでかい声出すものだからさ、手足を引きちぎったんだ。そしたら出血性のショックかなぁ、それで何も言わなくなっちゃった。でもさ、こんな仕事したからには、そうなる覚悟くらい持たなきゃねぇ」
ヴェノムが笑い、左手、いや、左手に見えるアーマードフレームの指先に付いた血を舐めながら言った。
実際、あのフォースを上手いこと二重スパイに仕立て上げることに成功したのは大きかった。
何せガーフィの直属だったし、実際信頼していたのは事実だろう。だからいくらでも情報を引き出すことは出来た。
その気になればあの男の所在なり弱みなり、いくらでも握ることが出来た。だから弱みを握って二重スパイとし、そして用が済めば殺す。それだけのことでしかない。
だというのに、ヴェノムは無駄足を踏んだと思えた。どう考えても殺すのに時間を掛けている。こいつの悪いクセ、いや、壊れた結果そうなったのだ。
すぐに殺せばいいものを、死んでいく奴の叫び声が聞きたくて仕方がないらしい。そういう音楽は、正直悪趣味だと言えた。ただの不協和音でしかない。
死の音色は、自然にして一瞬で生まれるからこそ美しいのだ。
まぁ、そんなことをヴェノムに言っても仕方がない。
それに、今やること自体、端から見ればまともではないのだろう。後天性コンダクターとはいえ、相手は一六の少女だ。
子供一人処分するのに、シャドウナイツ二人を導入する。それだけフェンリルも人材難と言う事でもある。
『あの計画』のためにも、早く方を付けるつもりだった。だからわざわざヴェノムをこちらへ持ってきたのだ。
銃声。前方からだ。一度舌打ちした後、後ろに背負っていたキーボードを出し、そのキーボードの柄に付いていたスイッチを押すことで、刃先が出現する。
自分の得意な武器の一つは、実際には剣術だ。よくイーグは機体に自分のイメージ伝える都合上、機体に採用された武器と同じような武器を使う傾向が強い、というかほとんどがそうだ。
自分の愛機であるFA-070セイレーンはオーラランスを持たせているのは、そうした錯覚を利用するためでもあった。
銃撃。避けると同時に、当たると思った物は、発砲されていく銃弾ごと切り裂いた。
相手の密集陣形。突っ込んだ。五人、六人と首をはねる。血が舞う前にまた疾駆する。それを繰り返した。
格闘戦を挑んでくる者も何人かいるが、まだ遅い。そのまま、また首をはねた。
二、三回それを繰り返したら、足音が聞こえた。後方。思ったよりも数が多い。
面倒くさくなった。
「ゼルストルング、アーシュケへースターを出せ。邪魔をする奴らは皆殺しにしておけよ。俺はターゲットを始末しに行く」
ヴェノムが、目を見開きながら、笑った。
「そうだよ、それを待っていたんだよぉ! さぁ、ロックぅ! 僕が君を真後ろから撃たないうちに早く行くんだよぉ!」
ヴェノムが高笑いをした後、背中に付けていたバックパックを展開する。
展開したバックパックから出てきたのは、ヴェノムの身長の倍ほどあろうかという、巨大な一個の武装群だ。
灰にする者。それがこの武器群に名付けられた名前だった。大型のガトリングガンを中心に、先端に槍の刃先にも似たブレード、そして対人用の小型ミサイル三発にグレネードランチャーまで付いた、歩く武器庫。
甲高い金属音と共に、それがヴェノムの右腕に固定される。それを見た段階で、気配を感じる方へ疾駆した。同時に、この音楽性の欠片もない男と離れられることを、少し喜んでいる自分がいた。
「消えなよ、虫けらぁ!」
モーター音が作動すると同時に、後ろに敵兵が来た。
すぐにヴェノムが振り向き、放つ。
撃つ度に遠くまで聞こえる品性のない笑い声さえなければ、このガトリングガンの甲高い銃声も、肉片が砕け散り、残骸となった臓物が周辺の施設の壁に叩き付けられて、そうやって血の海が出来上がっていくのを想像するに固くない音も悪くはない。
それに、この武装を扱うためだけに、ヴェノム、いや、正確に言えばその名前すら与えられていない男の手足を切断し、人体実験もやりまくり続けた末にイーグをも超越するだけの力を身につけさせたことで、全身をアーマードフレームにすることが出来たのだ。
元々ハイドラの扱っているカウモータギーのコアユニットになるはずだった武器だ。威力は保証されている。
単純に扱いにくさで使われなくなっていた武器を使うためだけにヴェノムは拾われたに過ぎない。
それで死ぬなら死ぬで、別に構いはしなかった。代わりになる人材はいくらでもいる。
曲がり角を一個曲がった段階で、気配が鋭くなった。
近い。そう思うには十分だった。更に駆けた。気配。余計に近くなる。それも、知っている気配だ。
角を、直角に曲がった直後、案の定、ターゲットであるレムはいた。
ただ、イントレッセもいる。
レムは帯刀すらしていなかった。心を壊すことに、成功はしているように思えた。
ターゲットはレムだけだ。すぐさまブレードを出して、レムの方へと駆けた。
駆けながら振りかぶる。
直後、レムの前に割って入られた。
イントレッセ。顔が間近に見えた。
イントレッセが舌打ちした後、右腕に巻いてあったベルトを引っ張った。
外れた瞬間に、すぐさまイントレッセの右腕は、巨大な硬質化した腕に変わっていた。
右腕以外の見た目は変わっていないが、右腕のみ、不釣り合いに巨大だ。何せ本人の身長の倍はあろうかというサイズだった。
元々イントレッセはリミッターを解除さえすれば、M.W.S.すらも一撃で破壊する三m強の化け物に変貌する。どうやら、その能力の一部を開放したらしい。
こちらも舌打ちした後、一度距離を取る。流石にあれだけ分厚い肉を叩き斬るのは困難だ。しかし、少しだけイントレッセの腕にも血のような何かがにじんでいる。
「『眼』か。まさかお前が、人の側に付くとは思わなかったぜ?」
本心だった。あれだけ千年間、自由気ままに生きていたというあのアイオーンが、まさか人の側に付き、あろうことかレムを庇うようにして出てくるとは思いもしなかった。
傍観しているだろうと思っていたのだが、それだけは誤算と言ってもいい。
何が奴を動かしたのか。それだけは分からなかった。
「わらわとて、初めはどっちにも付かぬつもりじゃったよ。じゃけどのぅ、久々に腹が立ったのじゃよ」
殺気が漂ってきた。イントレッセから寄せられている。
割と魂に響く、心地いいと思える殺気だ。普通の人間ならとうに気を失うか何かしているほどだった。
それくらいが自分にはちょうどいい。音もまた、そういう感覚から出てくる。
イントレッセが、ちらとレムを見た。
「わらわのこねたうどんを、こやつにまだ食わせておらぬのに、お主達が無粋に来たことにのぅ」
一瞬、我が耳を疑った。飯の件でキレたらしい。
だが、自由奔放なこいつらしいかと、かえって苦笑した自分がいた。
「ならば、お前共々殺らざるを得んか」
右足を、ゆっくりと引き、キーボードを下段に構えた。
イントレッセも、足を引く。
呼吸。二度、行った。
ちらと、相手を見る。
ターゲットは、あくまでレムだ。イントレッセは黙らせればそれでいい。
そのレムを見た。信じがたいことに、震えているし表情も強ばっているが、イントレッセのあの様を見ても、微動だにしていなかった。
それどころか、自分をじっと見つめ、殺気を向けている。
心は壊れているはずだが、魂は死んでいないのか。心と魂は、別のものなのか。
もう一度、レムを見る。
エメラルドグリーンの双眸から見える殺気の方が、イントレッセよりも遙かに怖くロックには感じられた。




