第三十五話『No Escape』(6)-2
理屈のままいくと、確かにこの戦の流れは納得が出来た。
ようやく、自分にも戦が分かるようになった気がする。いざ実戦を行い、初めてそれは分かることだった。
いや、あくまで気がするだけだ。少なくとも、今はこの戦場で勝たなければ意味がない。
デュランダル。出力は十分すぎるだけあった。
滾っている。IDSSを握る力が強くなると、波紋がIDSSを伝う。強く握れば握るだけ、エイジスはそれに答えた。マインドジェネレーターが甲高い咆吼を上げる。
しかし、それは自分の咆吼なのかとも、少しゼロは思った。
紅神を駆けさせる。
敵。スコーピオン。見慣れた敵だ。なぎ払った。五機、六機と、スコーピオンを切り裂いていく。
相手は無人機だ。ならば、完全に行動不能にする以外に手は無い。
確かに、それは面倒だろう。だが、もし中心に有人機があったとすれば、無人機の動作から徐々に解放され、その分、動きが良くなっていく。そういうのを見分けるのは得意だった。
そいつらを、後は集中的に叩いていけばいい。必要最小限の戦闘で、大勝利が得られる。
まさしく、孫子の言う『戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり』の通りだ。
多少戦いはするが、大規模戦をするよりよほど損害を少なくできる。
そして、徐々にこの場所で戦闘する意味も、分かってきた。
多少ハイドラの感じている解答とは違うだろうが、この戦闘自体、恐らくディスが見ている。
あの男の持つ陽炎は強行偵察型だ。今頃情報はベクトーアの各軍に通達されている。
つまり、今頃ベクトーアの連中が駆けてきている。
案の定、レーダーが反応した。北から二機、かなりの早さで進軍している。信号は味方だ。空軍か、とも思ったが、高度は低い。それに、二機は重なって表示されている。
となると考えられるのは、大型の輸送ヘリにM.W.S.が懸垂されている、ということだ。
しかし、何故か懐かしいという感情が急に心に押し寄せた。そう思いながら、スコーピオンを切り裂いた直後、後方から来ていたスコーピオンを先程信号があったその味方から放たれた光が貫き四散させた。
AIの解析曰く、ビーム光らしい。
傍目に見ていてもなかなか悪くない威力に思えるが、しかし、このビーム光、何処かで見た気がする。
なんだろうか。そう思いを逡巡した後、ハイドラが最後の一機を切り裂いたところで、全ての機体が動作を停止した。
その直後、ハイドラを守護するように、ファルコの旗下の部隊が蒼天の周囲を囲んだ。
『警戒するだけ無駄だろう。もし本当に撃つ気なら、既に俺達は撃ち抜かれている』
ハイドラが、落ち着いた口調で言った。
『しかし総隊長、相手はベクトーアです。総隊長の立場は、一応表向きはまだフェンリル副会長です。いくらフェンリルに対し表向きアグレッサーとして来たとしても、反乱だとは受け止められませんし、いつ撃ち抜かれても文句は言えませんよ』
『そうだな。確かに、そういう立場でもある。だがなファルコ、お前は、何が向かってきているか、一度見るクセを付けろ。もっとも、お前ならばあれは見たら少し、怒るかも知れないが』
確かに、ハイドラの言う通り、ファルコがあれを見れば、少し納得いかない表情くらいは見せるだろうと、ゼロは思った。
実際、自分でも、複雑な胸中にある。
ヘリが、ゆっくりとその懸垂していた機体と共に、スコーピオンの残骸が転がる地上へ降り立つ。
目の前の機体。よく知っている機体だ。独特の紫のカラーリングに、プロトタイプエイジスの特徴を備え、そして、紅神と非常に良く似た特徴を持っている風貌をした機体。
XA-012紫電。紅神の兄弟機にして、村正が、自分の兄が、命を燃やし尽くした機体だった。
だが、右腕は仮設の無骨なアームに変更になっていた。その手首にはマニピュレーターすら存在しない。
一方の左手には、自分が叢雲に置きっぱなしにしていた『YB-75試作型ビームカノン』という、紫電の身長にも匹敵する長大極まりない武装を持っている。右腕の仮設アームはそれを身体に固定すると同時に、YB-75にエネルギーを送り込むためのパイプとなっていた。
先程の光の正体はこれだったわけだ。前に使ったことがあるので、通りで見覚えがあるビーム光なわけだと、少し納得出来た。
しかし、それ以外はボロボロに近い。よく見ると、デュアルアイのカバーにはヒビが入っているし、体中に無数の弾痕と傷跡がある。レヴィナスの自己修復能力ですら治せないのか、それとも自己修復能力すら死んでいるのか、それはよく分からなかった。
『ち、やっぱ生きてやがったか、バカ弟子』
紫電から、聞き覚えのある、気怠そうな声が響いた。数日前から殴ろうと思っていた奴の一人の声だった。
ジェイス・アルチェミスツ、いや、今は玲・神龍か。
そういえば、叢雲に紫電が回収されていたのを、今になって思い出した。
それに元を正せば玲が紅神の正当後継者であるし、今現在でこそ医者だが、元々は最前線で戦うイーグだったのだ。
ならばこうして乗っていてもおかしくはないのかも知れないと、無理矢理このおかしい状況を納得しようとしているゼロを、なんとか客観的に、ゼロは見ようとした。冷静に見られる自分を忘れないようにするための鍛錬だと、強引に言い聞かせ続ける。
「うっせぇよ、藪医者。つか、なんでてめぇがそれに乗ってるんだよ」
『しょうがねぇだろ、すぐに出せるのがこれしかなかったんだからよ。しかし、ホントに戦況がやばくなったら返すとは。律儀に約束は守る男だな、ハイドラ・フェイケルよ』
『あの間諜から、そう聞いていたのか。そして、十年ぶりか、ジェイス・アルチェミスツ。いや、今は、玲・神龍と呼ぶべきか?』
『どちらでも構いはしねぇさ。ま、こっちの方にも色々と情報は入ってくるんでな。お前さんが色々とおかしい動きをしているって事まで含めてな』
「十年前? どういうことだ?」
十年前というと、左半身が疼いた。ハイドラを名乗るエビルに斬られ、その後今は玲を名乗るジェイスに、アーマードフレームを付ける手術を実施され各地を転戦した。
だが、その転戦している間に、ハイドラと遭遇した憶えはまるでない。
むしろ、遭遇していたとしたら、当時の自分が見過ごすとは思えない。
『あ? 言ってなかったか? おめぇがぶった切られた時に、救難信号送った相手がこいつだよ。つまりだ、てめぇの半身ぶった切った奴が、ぶった切ったクセに、ぶった切られたおめぇの救助要請してたんだよ。その時に会って以来だから、十年だ。まさかまた、こいつ経由で会うハメになるとは思わなかったぞ、おい』
絶句した。
だとすれば、紅神を自分が引き継ぐことすらも、ハイドラの掌の上で考えられていたことだったのだろうか。
それとも、玲とハイドラが結託していたのか。
結局、自分はあの二人の計画のコマでしかなかったのかもしれない。
そう思うと、ふつふつとした黒い怒りが、ゼロの中でわき上がってきた。
明確な殺意というものを、思えばここまで浮かべたのも久しぶりだと思う。
『おい、今ンなことでもめてる場合じゃねぇだろうが! 首都がやべぇんだ、早く調整すんぞ!』
これも、聞き覚えのある声だ。それで、不思議と怒りが沈んでいくのが分かった。
ウェスパー・ホーネット。ヘリの方から声が聞こえる。それも、随分とドスの利いた、でかい声だった。
これもまた、随分懐かしい。一週間くらい会ってなかっただけだったはずなのに、何故か、そんな感情がわき起こっている。
そういえば、あいつの声も、全然聞いてねぇな。
ルナの声も、ろくに聞いていなかった。それに、あの女は、一人でなんでもしょいこもうとする。
多分、レムが記憶喪失なのだとしたら、例え誰が何を言おうが、我を通そうとするだろう。
無理矢理空元気を作り出して、その末に果てる可能性すら考えられた。
あいつは、そういう女だ。
だからこそ、退屈しないで済む。それに、戦のやり方を、あいつからも学びたい。
それに、返さなければならない本がある。コクピットの後ろにあった武器ケースを開く。
少し、あの孫子の本は、ぼろくなっていた。
だけど、借りた物だ。あげるとは言われたが、元々の所持者はルナだ。ならば、返さなければ自分としても癪だった。
よく笑うし、よく泣く。色んな表情を出す。それに、自分に対して、何も警戒をしなかった。
そういう奴は、失いたくはなかった。
早々と先程紫電を懸垂していたヘリから見覚えのある整備兵が何人も出てきて、紅神の周辺でメンテナンスを始めた。
『それが、今のお前の仲間か、ゼロ』
ハイドラから、通信が入った。秘匿回線らしく、自分との間にしか通信回線は開いていない。
「ああ。そうだな。多分、そういうんだろうな」
『ならば、それを守り通せ。俺が言えるのはそれだけだ。後、さっきの戦略の答えだが、お前がここを陥落させた、ということに意義がある』
「ンだよ、それ?」
『それはだな』
直後、ハイドラが、急に息も絶え絶えになった。
心音が響く。
また、あの時と、自分の半身と手を、切り落としたときと同じになるのか。
何度も、ハイドラが息を吸っては吐き続けた。気を整えようとしているのかもしれない。
ある程度、息の流れが緩やかになったところで、また、通信が開かれた。
『いいか、これだけは伝えておく。『ジン』には、気をつけろ。それと、次に会った時は、俺の真の目的を教えてやる』
それで通信が切れると、ハイドラは、ファルコと共に集積場から早々と引き上げ、先程接岸していた船に機体諸共乗り込んでいった。
そのまま、海の方へと、徐々に船が遠ざかっていく。
ある程度それを見届けた段階で、ウェスパーから整備が終わったと告げられた。
「で、俺はどうすりゃいい?」
『言っただろ、首都がやべぇって。だから早く首都防衛に来いってよ、艦長とルナからの催促が滅茶苦茶うるせぇことになってるぜ』
「わーった。で、どうやって行くンだ?」
『なんのために俺達があんなバカでかいヘリで来たと思ってンだ。空路で行くに決まってンだろ。紅神の召喚、一度解除して早くヘリに乗れ。状況次第ではフィリムで戦闘もあり得るから、出来る限り早く移動した方がいい。だから紫電の懸垂もする余裕ねぇから、そいつの召喚も解除しろよ、玲』
『了解した』
玲がそう言うと、すぅと、粉雪のように紫電が消え、その場に玲が立った。相当急いでいたのか、玲は白衣のままだった。
兄貴の魂はこうして何処かへ消えていったのか。
なぁ、兄貴、やっぱし、あんたとは、もっと戦って、最後に決着付けたかったぜ。堂々とした決着をよ。だってのに、なんで、もう死んじまったんだよ、それも、俺を残して。
勝ち逃げじゃねぇか、バカ野郎。
そう、何故だか感じられた時、頬を、一筋の涙が通った。
泣いていた。急に、気持ちの判断が付かなくなった。遺体を見た時にすら、ここまで混乱しなかった。だというのに、この止めどなく魂を揺さぶる感情は、なんだ。
いや、男は、泣く物ではないのだ。それに、あの兄貴が、泣いている俺を見てどう思う。
だから、膝を折るのはまだだろうが、ゼロ・ストレイ。
涙を拭った後、両頬を、同時に手でひっぱたいた。
よく、ルナがやっていたことだ。これで、あいつはよく気合いを入れていた。
なんとなく、入った気がする。
それをやった後、紅神の召喚を解除した。コクピットの中から、いつの間にか、地面に立っていた。
海周辺で感じる独特の風の臭いと、先程破壊していったスコーピオンの油の臭いが混じり合っている。だが、慣れた臭いだった。
だが、先程までいた南半球は、北半球とまるで風の臭いが違う。何故か、そう思えた。
「よぅ、少し顔つき変わったか、バカ弟子? つかよ、てめぇ、泣いてたか?」
玲が、相変わらず抑揚のない声で言った。
「は? なわけねぇだろ」
「まぁいい。どちらにせよ、さっきの戦闘で紫電のエネルギーはパァだ。俺の役割はこんなもんだろ」
「なぁ、藪医者。兄貴は、兄貴の死体は、どうした?」
これだけはいささか気になった。前に自分と村正が戦闘した際に、自分の血液が付いた村正のフィストブレードが一本、何処かへ消えたという話は、竜三から聞いていた。
何か裏で動いている連中がいると、すぐ考えた。村正の死体など、まさしくその実験体としては最適だ。死人に口なしとはこのことだ。
玲が煙草を吹かして、空を見た。
「叢雲の、霊安室で冷凍保存してある。お前と同じく、あいつはナノインジェクションを施されているからな。下手すりゃ死体だろうと、人体実験にされちまう危険性がある。ンなことはしてもしょうがねぇだろ。仏になっちまったもんは、例えなんであれ、大事にしなきゃなんねぇだろ。だからよ、てめぇが帰ってきたら、燃やすつもりだった。跡形もなく、な」
「わりぃな、気ぃ使わせちまってよ」
「よせよ、てめぇらしくねぇぞ、バカ弟子。それと」
言うと、玲は無針注射器を二の腕に刺し、抜いた後、無針注射器ごとゼロに投げた。
受け取ると、その中に入っていたのは、七色に輝く液体だった。
何度も見たことがある、液状化されたレヴィナスだった。
「村正からの遺言だ。意識があったかはしらねぇが、紫電、おめぇにくれてやる、だそうだ」
「そうか、あの、バカ兄貴が」
何処まで過保護なんだか。
無針注射器を、少し、強く握っていた。
文句を言いたくても、もう言えないのだ。それが、少し悔しかった。
また、泣きそうになった。だが、まだこれ以上は泣きたくはなかった。
あの泣き虫だったルナを、やはり思い出してしまう。
そう思って、走ってヘリに乗り込んだ。玲も、それに続いている。
ヘリがゆっくりと飛び去ると、ヘリの窓から外を見た。
陽は、中天に達しようとしていた。




