第三十五話『No Escape』(5)-2
いい線を付く。
実際、そういう絵図を描いている奴がいるのは、少なくとも間違いないだろう。
恐らく、フィリポと共に現れたユルグというあの奇妙なアイオーンが何か絡んでいる。なんとなく、そんな気はずっとしている。
そういう解答を考えさせることをゼロが言ってくること自体が、正直、ディスからすれば意外な答えがだった。
ゼロは、猪武者の類だと思っている。それは今でも変わらない。
血の気が多すぎるのだ。なんでここまで無駄に血気盛んなのか、はっきり言って理解に苦しむ。
だが、その分利用はしやすい。バカだが、力はあるので策を巡らせるには、十分すぎるだけの利用価値がある。
所詮人は利用出来る価値があるかないか、それでしかない。だから暗殺者時代も、利用出来る奴はとことん利用し、その上で始末した。
ハイドラの真意を探る。あの男は、自分達の今後すらも左右しかねないことをやっている。そういう気配があったので、気付けばあの男に執着していた。
ハイドラが完全に敵ならば確かに厄介だが、中立という立場になったり、フェンリルから離れてくれさえすれば、ある程度状況は楽になる。
だが、確かにゼロの言う通り、ハイドラはフェンリルから吸い取るだけ吸い取るつもりだろう。
つまり、まだ明確に反乱をするつもりはない。
だとすれば、何が奴の目的なのか。
それを探るためにゼロをけしかけたが、結局大した収益はなかったと言っていい。
もっとも、ゼロを始末したところで、今はマイナスの方が大きいからそうしない。ただ、それだけのことでしかない。
貨物船の甲板の近くで完全に気配を消して陽炎を召喚した後、そういうことをコクピットで、ずっと考え続けていた。
動力炉を手持ちの武器で破壊すれば、船は沈む。実際、自分はそれが可能な位置にいる。サーキュラーをガンモードにすれば、それは造作もないことだった。
裏切るなら、そのまま始末しろと言うのも、ロイドと話しあって決まっていた。
もっとも、ゼロは裏切らないだろうという、核心に似た物はあった。単純であるが故に、単純な事柄に拘るクセがある。
何故か『エビル』と呼んでいるハイドラに、ゼロは復讐心を抱いている。それは非常に単純であり、利用するのは簡単だった。
レーダーが敵影を捉え、陽炎のコクピット内でアラームが鳴り響いた。
カメラをズームすると、確かに、海岸線にスコーピオンの大部隊が見える。
数は二五〇と表示された。詳細なデータも、片っ端から入ってきている。
なるほど、ハイドラが演習として考えるわけだ。この程度の数ならば、プロトタイプエイジスならばどうということはない。
すぐさま、秘匿通信網を開いて、情報をアップロードした。全軍にその情報はすぐに共有される手はずになっている。恐らくそれは、紅神にもアップロードされているはずだ。
ロイドから秘匿通信が入ったのは、それから数秒経ってからだった。
あの暑苦しい面が、三面モニターの一角に映る。だが、その表情からは、珍しく焦りが見えた。
「珍しいな、あんたがそういう表情をするとは」
『ジョーカーデス、鋼は、後どれくらいで動きそうですか?』
「多分もう二分で動くだろうな。中の機体のエンジンに片っ端から火が入っている」
『ならば、その今から奇襲しようとしているところの制圧した後、鋼を連れてすぐさまフィリムに向かってください』
ロイドの話し方に、少し熱がある。
この熱の持ち方からするに、何か情報を掴んだのだろう。それも、とびきりの物だ。
「シャドウナイツか?」
『そうだ』
珍しく、ロニキスが通信に割り込んできた。
ロイドの顔が小さくなり、眼がぎらついた表情のロニキスが三面モニターの一角に映る。
頬が少しこけているが、どうもこの男は戦になると生き生きとする、妙なクセがある。
すぐに、携帯端末の方に写真がアップロードされた。写真には、フェンリル軍のヘリが写っている。
高官クラス以外使わないヘリだ。
『今送ったのは、今から三時間前、偶然偵察衛星が捉えた物だ。場所は華狼の国境沿い。それにこのヘリだ、シャドウナイツが乗っている可能性は高いだろう。何か会談でもしたのかとも考えたが、奴らがそれをやっている気配はない。つまり奴らは』
「華狼を一度襲撃したその足で、そのままベクトーアに乗り込んでフィリムを奇襲、そしてその上でレムの拉致、もしくは殺害をやろうとしている、といったところか」
『そうでしょうね。そのため、ここにおいて、我々も戦力を二分することにしました。ホーヒュニング大尉が提案したんですけどね』
「ほぅ、あいつにしては珍しく大胆な策に打って出たな、ロイド」
『部隊編成表に関しては、こんなところですがね。一部の部隊は既に向かっていますよ』
編成表の簡単なテキストファイルが、携帯端末に送られてきた。
インプラネブル要塞には、ブラスカを隊長として、アリスとアナスタシアとエミリア、そして叢雲そのものが向かうことになり、それ以外のメンツはフィリムに直行している。
既に、ガーフィ旗下の部隊にまで通達が入っているらしく、部隊の展開が急ピッチで進んでいるとのことだった。
ブラスカを残したのは、奴が無難な指揮を執るからだろう。悪くはない選択肢と言えた。
「どちらにせよ、早くに戻る。俺の私兵は全て、消えた空中戦艦の探索に回っているが、こちらの方はまだ尻尾すら掴めん」
急に、怪訝な顔をされた。
おかしな事を言った憶えはない。
『あなたの私兵、二人ほどホーヒュニング少尉の護衛に回っているのでは?』
そうロイドに言われた瞬間、急に頭が回転し始めたと同時に、この連中の甘さを呪った。
自分が子守に近いことなど、やるはずがない。
それに、あのフェンリル軍のヘリは『わざと』見せたのだとすれば。
いや、自分もまた相手を見誤っていた感もある。
あくまで現在の総指揮を執っているのはイーギスの偽物であったフェンリルの間者であり、ハイドラではない。
そして、相手はあろうことか間者の部隊なのだ。シャドウナイツなど、思えばそれの最たる者ではないか。
ハイドラに執着するあまり、甘さが出た。
一度、舌打ちした。
舌打ちなど、何年やっていなかっただろうか。
さて、どう動くか。
考えた直後、甲板が急に動き出した。甲板に置いてあったコンテナの上部が割れ、そこから蒼天を真ん中に、紅神と、この前見かけたスコーピオンのような何かが、ゆっくりとせり上がってきた。
一機のスコーピオンは、右半身が紫に染まっていると同時に、色々とチューニングが施されている。
ひょっとしたら、この前『閻』で破壊した機体を改修したのかもしれない。
どちらにせよ、ハイドラは『アバドン』とまで異名される程、生存者がほとんど残らない戦いを行うという。
どのような戦をするのか、見るというのも、対策を立てる意味で悪くない。
回線には情報が流れ続けているが、今のところ、そこまで動きはない。
少しだけ、ハイドラの戦を見てみよう。
何故か、そんなことを思う自分が、ディスには珍しく感じられた。