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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
6th Attack
178/250

第三十五話『No Escape』(2)

AD三二七五年七月二二日午後一〇時一五分


 情報は、逐次流れてきた。

 ベクトーアとフェンリルが本格的な武力衝突を始めて、そろそろ二四時間を越える。


 夜戦を仕掛けるという愚は、流石にベクトーアもやらなかった。相手がいくら減ったと言え二万八千機もいるのだ。

 それに突っ込むのは愚か以外でも何者でもないことは、かつて戦場にいたザウアーは身を持って知っている。

 かつてそれが原因で壊滅した友軍を、何度も見たからだ。


 何年も前、まだ自分達が若かった頃、スパーテイン達は止めたのに、無謀にも大量の敵がいる所に夜戦に行って、そのまま帰ってこなかった上官がいたのを、今になって思い出す。

 暫く膠着するだろう。だが、どうもこの戦の目的が掴めない。


 それに、あのハイドラが何処に行ったのか、それも分からない。

 ハイドラもフレイアも、それぞれに何か別の目的がある。しかも、それはフェンリルという国のためではない、利己的な何かだ。

 何故か、ザウアーにはそう思えた。


 江淋(コウリン)が来たと知らせが入ったのは、そう考えた後に、テーブルに置かれていた茶を飲み干した直後だった。

 入ってきた江淋の顔に、少し汗が出ていた。

 それに、皺に隠れている目の奥底に、少し、驚愕の表情が覗き出ている。

 珍しいと、ザウアーには思えた。


「江淋、何か、新しい動きがあったか?」

「会長、かつて、私に依頼されました血のローレシアとコンダクターの件、覚えておりますかな?」


 そういえば、一ヶ月ほど前にそういうことを出していた。

 今はそれほど必要な情報とも思えなかったが、江淋がそんなことでわざわざ直接来るとは思えない。

 何かつかんだのだろうと思った直後、江淋が茶封筒を渡した。


「会長、例の先天性コンダクターの名前、知っておりましょう」

「ルナ・ホーヒュニング、だったか。血のローレシアの生き残り、だったな。今はフレーズヴェルグと名乗る、ルーン・ブレイドの若き長、それに、やたらスパルが成長を楽しみにしていたな」

「その者なのですが、一つ、奇妙な点がありました。私の子飼いの情報屋から仕入れた話で、まだ裏取りも出来てはおりませぬが、何か、引っかかるのです」


 茶封筒の中身を見てみろと、暗に江淋が言っていたので開けると、診断記録が入っていた。

 一番上には、ルナ・ラナフィスと書かれている。まだホーヒュニング家に養子に入る前の診断記録だ。

 日付も、今から二十年前のものだった。

 本人の出生記録である。


 なんでこんなものがと思って見てみると、なるほど、江淋が疑問を抱くはずだと、唸らざるを得なくなった。

 出産時に、母親が死んでいる。今は数が減っているとはいえ、これはごくたまにある出来事だ。

 だが、その事項の下に、ただ一文、『本来胎児は肉塊同然で死んでいるはずなのに、何故再生したのか分からない』という、奇妙な文言があった。


「どういうことだ?」

「肉塊同然の状態であった赤子が、生まれる直前で生き返ったという話がありました。人体ではおおよそ不可能な話です」

「まさか、それが先天性コンダクターの誕生に関わっていると?」

「可能性は、十分にあるかと。これ自体、相当ラナフィス元外務長官が口止めなさっていたようですが」


 なるほど、確かにこれは何かきなくさい。

 だが、口止めしたくなる理由も分からなくはない。自分がディールだったとしても、恐らく同じ行動に出るだろう。


「やはりあの外務長官も、人の親か」

「今思えば、敵ながら惜しい男でした。人の親ではありましたが、それでも一歩も譲らぬ剛胆さもありました。今思いますと、あの者は外交という(いくさ)()で戦う、ある種の武人だったのでしょう」

「俺は、結局会うことはなかったな。生きていれば、今頃この戦も、ここまでぐたぐたにはならなかったか」

「ワシもそう思います。あの者が生きておれば、或いは」


 江淋が、少し遠くを見る。

 確かに、考えてもみれば、上手く行きかけていた和平交渉も、ディールが死んだことで瓦解した。

 そしてフェンリルがその後出てきた。

 これ自体、なんとなく前から考えていたが、何か一本の線で繋がっている気がする。

 フェンリルが何か関わっているのではないか。ずっと、その疑念だけは抱き続けていた。


 しかし、調査に送っても、まるで結果が帰ってこなかった。

 奥に行けば行くほど、深い闇がある魔窟。フェンリルはそういう組織だと、ザウアーには思えた。


 一度、フェンリルと共同戦線を張ってベクトーアを潰すという考えが出たこともあった。

 だが、飲み込まれる。一度会っただけだったが、フレイアというあのフェンリルの会長には、そういう印象しか持てなかった。


 おおよそ人間らしくない。こいつに関わるべきではないと、直感が告げた。それに従ったのは正しかったと、今でもザウアーは思っている。

 フェンリルに、もう少し探りを入れるべきであろう。だがそれは、今のベクトーアの戦が終わってからでも遅くはない。


 それより、今はこれだ。

 泰阿(たいあ)。かつて、楚王が持ったとされる、伝説の剣と同じ名前のコードネームを授かった、夜叉第二の剣。

 今はスパーテインが、極秘裏に工廠で作成に取りかかっていると言うが、出来るまでどれ程掛かるかは分からない。

 あの男の頑固さ加減は、身に染みてよく分かっている。二日経った今でも、殴られた頬が痛むくらいだ。


 だが、出来ればベクトーアとフェンリルとの戦が終わるより前に、作り終えて欲しい。

 そうでなければ、何か、まずいことが起きる。そう、勘が囁くのだ。


 どちらにせよ、こちらもフェンリルに出兵して痛手を被り、ベクトーアに派兵することも厳しいこの状況は、逆にこちらの方も戦力や内政を整えるにはいい機会だろう。

 それに、自分を見つめ直すという意味でも、いい機会なのかも知れない。


 俺は、まだ青いな。


 頬が痛むと、そう思った。

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