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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
6th Attack
177/250

第三十五話『No Escape』(1)

AD三二七五年七月二二日午後八時二一分


 ナイフを抜いて、相手と向き合った。

 すうと、一度大きく息を吸ってから、また大きく吐く。

 操縦桿のトリガーを押すと、マニピュレーターを通じて電気信号がナイフに伝わり、ナイフの刀身が赤色になった。それを確認した後、()史栄(シエイ)は自分の愛機であるゴブリンに、ナイフを構えさせた。


 華狼首都『龍走路(ロンズォウルー)』の中心地から東へ百キロの場所に位置する華狼軍の最重要拠点の一つ『青龍』。

 そこの一角で自分が副官を務める陸軍第十四機械歩兵師団は調練を頻繁にやっている。

 今はサーチライトと、周辺にいるゴブリンのモノアイから出ている灯光だけが、自分の周囲を照らしていた。


 一つだけ、息を吸う。

 気を、集中させることが出来た。コクピットの中にいるのは、ただ己一人だけなのだ。生きるも死ぬも、己の結果次第。それが、史栄には心地よいと感じるときが多々あった。


 三面モニターの正面には、自分の愛機と同じような姿をしたゴブリンが、同じくナイフを構えている。

 相手の息づかいが、コクピット越しにまで聞こえている、そんな気がする。


 悪くない。もっとも、自分が副官を務めるこの部隊の人員は、こうでなくてはならない。何せ隊長はあの武の固まりとも言えるスパーテインなのだ。

 武の固まりに仕えるからには、己も武を掴まなければならないし、そして、最強と呼ばれるからには、部下にまでそれを徹底させなければならない。

 自分がそうした武を、スパーテインには及ばずとも、少しでも体現出来なければ、この部隊の副官を名乗ることは出来ないだろうと、史栄は常に思っていた。


 ブザーが鳴る。模擬戦の開始を告げる音だ。

 それが鳴った瞬間に、一度、フットペダルを軽く押した。互いのゴブリンが疾駆する。


 一合目は、軽く刃先を互いに合わせた後、位置が入れ替わっただけで終わった。

 そのまま、二合、三合と同じ事を続ける。


 六合目で、相手の刃の動きが少し大ぶりになったのを、史栄は見逃さなかった。

 僅かばかり、そこに隙が出来る。

 突いてきた。そのまま、相手のゴブリンの右手首を左手で押さえながら、もう片方の手に握っていたナイフを、相手の頭部に突き刺す。

 頭部のセンサーが、ばらばらと地面に落ちていくのを見ながら、そのまま掬い投げた。

 ゴブリンが、轟音を立てて地面に突っ伏す。


「お前の悪いクセだな。ナイフを振りかざす際に、どうしても大ぶりになる」

『申し訳ございません、副官』

「輸送班、早くこいつを運んでおけ。次の相手をする」


 まだ、スパーテインは戻って来ていない。

 惨敗だった。その思いをスパーテインは、恐らく自分以上に感じているのだろう。それが、会長であるザウアーとの殴り合いに発展したのだと、史栄は考えていた。


 昔、それこそまだ軍に入りたての若造だった頃、スパーテインの父であり、『鳳雛(ほうすう)』の称号を持っていたグロースの元にいた。

 しかし、グロースが何処までカーティス一族に忠誠を誓っていたのかは、まったく分からない。

 多分、噂通り、忠誠などなかったのだろう。形ばかりの称号と、形ばかりの部隊を、当時の会長から与えられていたのだと、なんとなく史栄は思っていた。


 だからスパーテインの下に行く時もまた、あまり会長に忠誠を誓わない人間なのだろうと、最初に決めつけていた。

 だが、ザウアーとの結びつきは、まさしく静と動の関係そのものであるように、史栄には思えたのだ。魂の結びつき、とでもいうのだろうか、そういったものが、スパーテインとザウアーからは感じられた。

 この男になら付いていっても良い、そう感じることの出来る主君だった。


 この国に絶対に必要な『覇王』であり『帝王』という、絶対君主。それを支える最強の忠臣、それがいる限り、この国が揺らぐことはない。

 民を不安にさせないのは、軍人の責務だし、義務だ。

 だからこそ、スパーテインはことさらこの部隊の調練を厳しくした。


 かつて存在した華狼創生期において、鬼神の如く活躍した『ヴァーティゴ・アルチェミスツ』が作り上げていた部隊『赤兎』に勝るとも劣らぬ厳しさにしてきたのは、自分とスパーテインなのだ。

 調練を行っているうちに耐えきれなくなって死んだ兵士までいるのだ。

 だからこそ、自分達は最強でなければならなかった。


 だが、結果は破れた。三人の兵士を失わざるを得なくなった。

 スパーテインはそれを重く受け止め、更にこの部隊を厳しくしようとしているのを、ひしひしとだが、ザウアーとの殴り合いの後に感じることが出来た。


 今の自分の調練は、ただの準備運動にすぎないと、今のうちに他の連中に体で覚えさせる必要があると、史栄は思っている。

 先程倒したゴブリンが、輸送車両に乗せられ運ばれていった後、急に通信が鳴った。


「何だ?」

『史栄中尉、面会です』

「面会? 私にか?」

『元々は隊長に会う予定だったようですが』

「誰が来ている?」

『俺だよ、史栄中尉』


 オペレーターに割って入ってきたこの声に、聞き覚えがあった。

 確か、ヴォルフと言ったはずだ。空戦のエキスパートだったし、自分の上官の一人でもある。

 一度話はしたいと思っていたし、元々はヴォルフの考える空戦戦略を自分達の部隊にも取り込みたいと考え、教えを請おうと思っていたところだったので、ちょうど良かった。

 先方を待たせるのもまた無礼となるので、解散を命じた。


 自分の愛機のゴブリンを格納庫に置いた後、近場の応接室で待っていたヴォルフの元に急ぐ。

 応接室に入ると、ヴォルフが、敬礼して迎えてくれた。

 僅かに、目が殺気立っていた。


 確か、エミリオとは同期だったはずだ。それが、今の殺気に反映されているのかもしれないと、史栄には思えた。

 少し、数日前より痩せた気がする。

 対岸に机を挟む形で座ると、少しヴォルフの表情が和らいだ。


「何を、お考えでしたか?」

「何、自分が腹立たしい、ただ、それだけだ」

「ハッセス大尉のこと、ですか?」

「まぁ、な」


 力なく、ヴォルフが苦笑した。

 茶を将兵が持ってきてくれたが、飲む気にはならなかった。ヴォルフもまた、飲んでいない。


「俺は、あいつを止められなかった。あいつを止めることが出来なかったと、一日経って余計に考えるようになっちまった。おかげで飯も喉を通らないときた。せっかく、妻と子供が、一生懸命に作ってくれた料理でな、俺は、それが好きでしょうがなかった。どんな時でも、それを食えたはずだったのに、今日ばかりは食えなかった。まったく、情けないもんだよ、俺は」

「しかし、裏切りは裏切りです。私は、そう思います。敵となったからには、そして、不覚を取ったからには、次は叩きのめす、それが、我々の、そして、我が主の考えです」

「さすが、あのスパーテイン中佐の部隊だ。末端の兵士まで、やる気に溢れてて、少し羨ましいぞ、俺は」


 ヴォルフが、少し苦笑しながら言った。


「しかし、プロトタイプエイジスについては、『あれ』の対策を立てなければならないのは事実です。本来なら、中佐と共に話を伺いたかったのですが」

「ガーディアンシステム、か。プロトタイプエイジスに乗ってかれこれ六年になるが、あんなの見たことなかったぞ」

「中佐も、まったく存じていなかったようです」

「だろうな。正直、あんな化け物になる装置なんだとしたら、運用にも危険が生じる」

「私もそう思いますが、今は状況が状況ですし、プロトタイプエイジスを封印するわけにもいかないでしょう」

「そりゃそうだろ。それに、もし仮にだが、あれだけの力、アイオーン化とかしなくても使えれば、相当な力になり得るんじゃないかって、思うようにもなった」


 確かに、狭霧があれだけの力を発揮したのだ。もし、ガーディアンシステムなる装置が、一気に力を解放させるような装置だったとした時、アイオーンにならなくてもあれだけの力が振るえるのだとすれば、間違いなく国にとっては有益な物になる。


「しかし、その力を御せるかどうかは、やはり人次第、ではないですかな」

「お、言うな、史栄中尉。もっとも、確かにスパーテイン中佐ほどの方なら、あれだけの力があったとしても、己の意のままに使えそうな気がする。その点、俺はまだまだだ。だからこそ、一段と力付けなきゃな」


 茶を、ヴォルフが一気に飲み干した。

 少しだけ、表情がさっきより穏やかになった。

 どうやら、少し愚痴をいいに来たのかもしれない。


「そういえば、中佐はどうした? 少し戦術で話したいことあったんだが」

「中佐なら、特別任務で別の場所に行っております」

「場所、どこだか分かるか? 前に、空戦について聞きたいと行っていたから、ちょっくらこっちとしても話したかったんだが」

「そればかりは、言えません」


 ヴォルフが、一度頭を掻いた。

 実際自分も、スパーテインが何処に行ったのかは分からない。

 ただ、会長から命令があったので暫く留守にするとだけ、自分に言った。


 今までにない話だった。

 夜叉も含めて、今スパーテインは何処かへ消え去っている。

 一度付いていくことも考えたが、自分には、留守を守る役目があるのだ。それを放棄するようでは、副官は務まらない。


「任務ってなら仕方ないかぁ。ま、幸い史栄中尉はいるからな、お前さんの意見も含めて、色々と話そうじゃないか」


 そうしていた方が、気が楽だ。

 ヴォルフが静かにそう言ったのを、史栄はあえて聞こえていないふりをした。


 空戦に関する話し合いは白熱した。

 それだけに没頭したい。そういう雰囲気を会議中にずっとヴォルフが醸し出していたことが、ヴォルフ自身の傷の深さを物語っているように、史栄には思えた。

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