表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
6th Attack
176/250

第三十四話『Salamander』(4)

AD三二七五年七月二二日午後二時一八分


 戦は生き物とは、よく言った物だった。

 新しい情報が入る度に、色々と検証を自分なりに重ねてみるが、情報が入る前の自分の予測と微妙に差異が生じていた。

 病室でやることは、それと過去の戦術の研究、それだけに、ゼロは止めていた。


 昨日、病室に帰ってくると、シンがここ数年間の古今東西で起きた、大きな合戦の事細かな詳細をまとめた物を置いていった。

 要するにこれを見て勉強しろ、ということらしい。

 それを見ていたら、気付けば寝る時を逃し、徹夜していた。


 徹夜は、慣れっこだった。だが、不思議な興奮が、戦模様を見ていると浮かび上がってきた。

 見てみると、ハイドラが実施した戦の模様が書いてある資料が、結構な数見つかった。


 改めて見ると、やはりあの男の戦は、即決即断で迷いがない。

 自分も迷いなく戦を勤めていたつもりだったが、それはただ単に『命令があれば戦う』と言う前提が存在していたからに過ぎない。

 その命令を誰が下していたかを考えると、例えば傭兵時代はクライアントが指示を出していた。


 ルーン・ブレイドに入ってからは、ロニキスやルナが、その役割を果たしていた。

 そして、実際ルナの動きや戦術は、かなりしっかりしたものだったと、改めてよく分かった。


 考えることを放棄するのは、存外簡単だが、考えをひねり出すのは、また違った難しさがある。

 その点では、所詮自分はただ力が無駄にあるだけの、ただの兵士に過ぎないとも言えた。


 病室のベッドに座りながら、机を用意してもらい、そこの上に資料を広げながら、戦の模様をチェックしていくが、まだ見落としがいくつもあるように思えてならなかった。

 同時に、戦とはこうも広いもんなのかと、愕然とする思いで地図を見つめている自分がいたことに、ひどく驚いた。


 戦略があるから戦術があると、戦の資料以外に積み上げられていた本を見ると、書いてあった。

 村正のあの動きも、そういった戦略に基づいていたのだろうかと、なんとなく思う。

 御母堂から、村正が部隊指揮について学んでいたと、今朝聞いた。

 それで、余計に興味が出た。


 兄貴にゃ出来たわけだ。弟である俺が、出来ねぇわけがねぇ。


 そう思うと、滾った。

 しかし、やはり一朝一夕に身につく物ではない。経験が、いくつも必要だった。


 簡単にほいほい策が思い浮かぶのは、天秤に恵まれている証拠だろう。いわゆる、天才と呼ばれるタイプだ。

 自分は、どう考えてもそのタイプではない。だが、戦の中身を考えることが多少出来るようになるだけで、少し、ルナを、仲間を助けることが出来るんじゃないかと、なんとなくだが思うのだ。


 仲間を助けたい。そんな感情が、自分の中で出てきたことが、正直一番の発見だった気がする。

 あいつらはどうしているのかと、何故か思った。


 不思議なことに、今日起こった戦闘は、意外とベクトーアが奮戦した。

 籠城策を取るらしく、要塞に集結しているが、一方で海岸線の拠点に奇襲を仕掛けた部隊もいる。

 五大隊ほど向かったようだが、結局二大隊失った。

 だが、スコーピオンの足止めと、五大隊分のスコーピオンの撃破をやっていた。

 それで警戒したのか、少し、フェンリルは進軍を遅めにしている。


 しかし、何かが、足りない。この地図を見て、何度もそう思った。

 ベクトーアの詳細な、それこそこの地図に入っていない道まで、あらかた頭に入っているが、足りないのはそういうものではない。

 何か、何かが欠けている。

 それが何かを考えていたとき、ハイドラが病室に入ってきた。


 何故か、あまりこの男を殺そうという気が起きない。

 殺すとしても、戦で殺す。そういう気構えだけは、何故か備わり始めていた。

 今日も、サングラスはしていなかった。


「シンがまとめた資料、存外参考になっているようだな」

「あのオッサン、何もんだ? いくらなんでも、隙がなさ過ぎる。それに、時たまだが、獣みてぇな気を発するときがありやがんな」

「人は、表面だけでは判断できんのだ、ゼロ。そのことだけ、覚えておけばいい。いずれ、あいつの正体も分かるはずだ。お前が死ななければ、な」


 ベッドサイドに椅子を持ってきて、ハイドラが座った。


「そして、前から疑問に思ってたが、てめぇも何もんだ?」

「何だと、お前は感じるのだ?」

「アイオーン、だとも最初は思ったが、気の流れが違いすぎる」


 ほぅ、とハイドラが唸った。

 もう少し、かま掛けてみようと、ゼロは思った。あまりハイドラも、そのことだけは隠す気がないように感じられる。


「コンダクターの抱えてるアイオーンの気と、明らかに違いすぎる。諦めがなさすぎるんだよ、てめぇは」

「諦めるなとは、お前に散々教えただろう。俺がそれを実践しないで、どうする」


 ハイドラの目が、一瞬厳しくなった。

 その諦めないという言葉が、自分を生かしてきた。

 こいつに何度も殺され掛けた。いや、自分は左半身を切られたときに、本当に死んだのかもしれない。

 だが、昔から『諦めるな』と言い続けてきたのは、ハイドラことエビルだった。

 そしてそれが自分の力になっている現状は、皮肉だと何度も思った。


「まぁな。俺が対峙してきたアイオーンは、軒並み妙な諦めの感情がありやがったが、てめぇにはそれがねぇ。アイオーン特有の目を片方保持しておきながら、もう片方は通常の人間のそれと変わんねぇ。それだけならまだしも、十年、いや、会ってから十五年以上経ったクセに、何故てめぇは年をとらねぇんだ」

「言っただろう。俺は人間ではないと。正確には、人間だった、というべきだろうが」


 あまり、語りたくないのだろう。いや、語るときはもう少し経ってからだと、ハイドラが考えている節がある。

 これ以上は無駄だろうと思い、また地図に目を戻したとき、ふと、気になることが出てきた。


「なぁ、てめぇシャドウナイツのトップだろ。なんでそんな奴が、この戦に参戦してねぇんだ。それ以前にここは何処だ。そして、何故シャドウナイツが何処にもいねぇんだ」


 戦線での大きな違和感が、ようやく分かった。

 これだけの大規模な戦なのに、ハイドラ含めてシャドウナイツが一人たりとも戦線にいない。

 それだけならまだしも、確か傭兵としてプロトタイプエイジスを使っている、日本人の傭兵がいたはずだが、その影もない。


 その瞬間に、ハッとした。

 再度、地図をもう一度見る。

 ベクトーアの配置状況までは詳しく分からないが、大方ほとんどの戦力が要塞で籠城戦を繰り広げるために展開していると考えるのが妥当だ。約三万機の兵力から首都を防衛するために、籠城戦をするのは至極当然の判断だと言える。


 しかし、三万機という数そのものが囮だとすれば、どうだ。

 三万機という雑魚の中に、僅か数人で戦局を一変させるような化け物、即ちシャドウナイツを導入すれば、どうだ。


 警戒している部隊は何隊かあるだろうが、それでも、ベクトーア全本土を防衛に回るのは無理がある。

 その中を少数で動くのだ。捕捉することは困難を極めるだろう。


 そして、もし自分が指揮官だったら、何をやるかを考えたとき、一つの考えが浮かんだ。

 首都を、奇襲する。


 制圧などする必要はない。一瞬だけでいいから襲撃する。

 すると、要塞の連中からしてみれば、いつも後方からの攻撃にも備える必要が出てくる。

 兵力を分散させることが出来れば、数を用いて蹂躙出来る。

 だが、それでもこの戦の目的が、まるで見えてこない。虐殺するにしても、意味があると思えないのだ。


 いや、そういうことまで考えるのはやめた方がいいと、ゼロは思った。

 これ以上予測しても、仕方のないことだ。

 後は、実戦だろう。

 しかし、ずっと疑問に感じていたこともある。


「なぁ、ここは、何処だ?」

「ラングリッサ近郊、と言いたいが、正確にはそこから三〇〇キロ、北に行ったところになる。どうせお前のことだ。そろそろ出ようかと思っているのだろう?」

「ああ。こうも予測出来るとなるとな」

「なら、一度戦をやってみるか?」

「何?」

「お前の考えが何処まで合っているのか、試してみたいだろ? どうせ俺も、そろそろ一人実戦に出したい奴がいたから、ちょうどいい。少し、スコーピオンを壊しに行くぞ」


 また、違和感を覚えた。

 聞き間違いでなければ、スコーピオンを破壊すると、ハイドラは言った。

 フェンリルにありながら、フェンリルの部隊を襲撃することに、何の躊躇いもハイドラは持っていない。


 やはり、異様な独立精神が、この男にはある。

 それを見極めることは、まだ出来ないかもしれない。

 だが、実戦に出て、分かることもあるかもしれない。


 敵を知り、己を知る。実戦でそれが出来るかは、まだ半信半疑だった。

 ただ一つだけ、やりたいことがあった。

 借りた本を、返したい。

 凄く単純だし、恐らく、他の奴からはバカにされるだろう。それくらい単純だ。


 だが、自分は元々単純な人間だ。

 単純な人間には、単純な人間なりの意地がある。


 その意地を通しに行くか。


 そう思って、ベッドから立ち上がった。

 色々な痛みが、いつの間にか消えていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 やはり、シャドウナイツがいない。

 ルナは、一人部屋に籠もって地図を見て、そう感じた。


 諜報部からの報告で、華狼の方で小規模だがシャドウナイツと戦闘した形跡があるという話は出た。

 だが、それ以外に何も見えてこない。


 このように蹂躙するような戦は、まずナンバー2であるヴェノムが非常に好む戦の流れだ。

 だが、戦線にはそのヴェノムすらいない。


 三万機。その数を何処から用意したのかも分からないが、それ以上にこの戦の目的がまるで見えなかった。

 和睦を目指しているとは、到底思えないし、威圧行為とも思えない。かといってベクトーアに本気で降伏を迫っているかというと、そうでもない。

 目的が何かさえ分かれば、多少は違うかもしれない。だが、それを見極めたときが、反撃の機会であるように、ルナには感じられる。


 叢雲は、首都と要塞付近を頻繁に往復し続けている。

 何か異常があれば、すぐにでも飛んでいく。それが今の自分達の役割だ。


 レムは、首都の病院で治療を受けることになった。

 昨日、アリスも交えて色々な話をした。どうでもいい話が、ほとんどだった。だが、不思議な充足感が、ルナにはあった。

 単純な話にこそ、価値がある。そう、レムが教えてくれた気がしたのだ。


 レムは、自分から戦力にならないからと、首都に残った。

 だが、後天性コンダクターという性質上、狙われる可能性は否定出来ない。そのため、護衛として何人か、ディスの私兵を借りた。イーグ相手ならまだしも、特殊部隊程度ならば、いくらでも相手に出来るほど調練してあると、ディスがあっさり言ったのだ。

 相当調練を重ねたのだろう。あのディスが、少し熱くなったように、ルナには思えた。そういう人間的な要素もあるのかと、妙に驚いた記憶がある。


 どんなときでも、勝つのは人間なのだ。


 一辺倒にしか動けないコンピューターだらけのフェンリル軍に負けてなるもんかい。


 それに、諦めるなと、散々ゼロが言ったのだ。

 ゼロは、今どこにいるのか分からないが、近いうちに会うだろうという予感だけはしている。

 同時に、何かとんでもないことも起きるのではないかという予感も拭えない。


 だが、どんな事態になろうとも、寸分もルナは諦めるつもりはなかった。

 諦めた瞬間、それは人を捨てると言う事だと、なんとなくだが感じ始めたからだ。

 ゼロに会ってから、余計にそう思うようになった気がする。


 そして、自分もまた、長なのだ。

 長がどっしりと構えていれば、自ずと隊は落ち着くし、その考えも伝搬していく。

 ロニキスが、その重責を物ともせず落ち着いているのを見て、自分もまた落ち着いたのも事実だったし、自分を見て、何人か落ち着いた人間がいたのも、事実だった。


 そして、隊の士気も、この状況下にあって極めて高いと、ルナには感じられた。

 ベクトーアの国民性が持つ、楽天性がそうさせるのか知らないが、ヤケクソとは違う、士気の高さだった。


 どんな敵だろうと、ぶっつぶす。


 そう思ってから、用意されていたコーヒーを飲んだ。

 熱く、そして、少し苦かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ