第三十四話『Salamander』(3)
3
AD三二七五年七月二二日午前十時二十八分
戦局は、惨憺たる物となっていた。
昨日は、海岸線から退却せざるを得ず、六十キロも戦線を後退させた。
奇襲されて、連携を取るべきはずだった物が取れず、あっさりと海岸線を取られた。
気付けば自分達の領土だった海岸線は無数の敵スコーピオンが埋め尽くしている。
被害を報告に来た部下から、昨日の最終的な話を聞いても、自分の旗下には、何も被害がなかった。
武器弾薬も、すぐに届いたので、安心して使えた。自分の愛機であるイレブンテイルにも、消耗した分の弾薬及び武器はすぐに届いた。
だがそれでも、やはり三万機の数は圧倒的だった。
今朝方、一度、海岸線付近の一拠点を取り戻すために、五大隊ほどが敵の左翼から突っ込んだ。
それでも、やはり兵力の差は歴然としていた。
陣形すらない弱兵であったことは間違いないが、コクピットに銃弾を撃ち込んでも、なお相手が前進してきたのだ。
通常の方法では殺せない。それが分かっただけで、結局五大隊のうち一大隊と三小隊を失って、その司令官は撤退を指示した。現在、荒野で戦闘中とのことだった。
エドは殿軍の増援として、自分の旗下を半数と、竜三を伴い進軍していた。
対峙して、既に十時間。夜の間は、フェンリルは動かなかった。
夜戦をやるのは、やはり危険だったから避けた。それで朝から奇襲を仕掛けたらしい。
横に、竜三の愛機である『XA-024風凪』が来た。
三面モニターの一角に、竜三の面倒くさそうな顔が出てくる。
「どう見る、竜さん」
『例の噂になってる無人機だらけ、という説はあながち間違いではなさそうだな。となると、コクピットを破壊するより、スコーピオンのバッテリーユニットをショートさせるのが、一番上策か』
「或いは、足をぶち抜くか、だな」
少数の兵力でいっても、大兵力の元に蹂躙されるのは目に見えて明らかだ。地の利はこちらにあるといえど、相手の総指揮官はこの前までベクトーアの中枢にいた人間だ。割と秘密のルートなども知られている可能性がある。
だが、自分達にはどうしても、あの作戦だけが頼りだった。そのためには、一機たりとも落とさせるわけにはいかない。
隊が壊滅させられた後、全軍に向けて通信が入ったのだ。
防衛部隊の指揮官である、ザックスからだった。
朝からこの暑苦しいおっさんの面を見るのかと苦笑した後、通信のスイッチを入れると、憔悴しきったザックスの顔が、三面モニターの一角に映った。
目が飛び出るようになっている。やつれているから、余計にそう感じた。目の下には隈が入り、少しばかり無精髭も生えている。
昔、ザックスの指導を受けたことがあったが、見た目と裏腹に真面目に考えすぎるところが、昔からあった。今それが如実に表れているのだろう。
竜三は昔からザックスをよく知っているからか、苦笑していた。
『全軍に告げる。今日はある程度の敵のやり口が分かっただけ良しとして、適当にいなせ。しかし、無理に敵を沈めようとするな。自分が生きることを考えろ。徐々に敵を削りつつ、退却しろ。退却場所は、首都一歩手前『インプラネブル要塞』とする。以上』
インプラネブル要塞、ベクトーアが誇る、名の通り『鉄壁』とまで言われた要塞だ。
同時に、首都最終防衛ラインでもある。
そこまで兵を引くということは、背水の陣を敷く、ということでもある。
だが、逆に分かりやすくなった。
負ければ死ぬのだ。何せ敵は最初の奇襲でいくらか減ったとはいえ、それでも二万八千機はいる。
それを相手にどう戦うか、検討する道筋が一本出来たのだ。
もっとも、死ぬ気はこちらには毛頭ない。
だが、どちらにせよ全軍が到達するまでには時間稼ぎが必要だ。
案の定、自分達にその時間稼ぎのための殿軍の援護、及び撤退してくる軍勢の確保という役割が回ってきた。
各所で、そういう部隊が出来ているらしい。
またかと、思わず苦笑した。
しかし、それはそれでありがたかった。今は少し、体を動かしたいと言う事もある。
『隊長、レーダーに反応ありやしたぜ。味方だが、結構やられてる』
「こっちでも確認した」
味方は、確かに隊員の一人が言ったように、前に通信があったときよりも更に数が減っていた。
ざっと被害は二大隊を越えようかと言うところに来ている。乱戦にはなっていたし、質ではこちらが勝っているように見えたが、流石に数の差というべきか、押され始めていた。
流石に急を要する。逡巡はしなかった。
小さく隊をまとめた後、スコーピオンの横腹に突っ込んだ。狙うのは、足のみに限定させた。
三機、四機と一回突っ込む度に足を破壊する。それで、味方の士気が上がったのを、エドはなんとなくだがつかむことが出来た。徐々に撤退するべき道が作られていく。
一度突っ込んだらすぐに離れ、また突っ込む。それを繰り返した。流石に長居をすれば、今撤退中の隊と同じ運命を歩むことになる。それだけはなんとしても避けなければならなかった。
何度かそれを繰り返し続ければ、多少は敵を減らすことも出来るだろうし、何か見えてくるかもしれないと、エドには感じられた。
輸送機が何機も飛んできて、少し戦線から離れた所に緊急着陸したのは、五回目に突っ込んだときだった。
なんでも新型機を輸送している最中だったが、急な要請で飛んできたらしい。
陸路ではなく空路で撤退させるだけでも、こちらの負担はかなり減るから、素直にありがたかった。
後は、撤退が完了するまで死なずに突っ込むことだけだ。隊を二分し、片方を輸送機の防衛に、もう片方は、まだ自分が率いて突っ込ませることにした。
突っ込む度に、敵陣に徐々に乱れが生じているのが、はっきりと分かった。
確かに無人機は驚異だが、足のみを狙い続けるのが功を奏した。
バランスを崩して戦闘不能になる機体が何機もいたのだ。それで追撃の手も、徐々にだが緩くなっていく。そしてそれを立て直そうにも、すぐに立て直させる指揮官がなかなかいなかった。
撤退中の部隊は、早々と逃がした。流石に限界が近づいていることが、よく分かったからだ。
中には、弾切れを起こしながら、ナイフ一本で戦っていたクレイモアまでいたのだ。そいつらを救助しつつ、回収が完了した輸送機から、順次去っていく。
それに銃口を向ける機体がいたと気付いたときには、竜三が既にその機体を一刀両断していた。
これらの動きから察する限り、やはり何機かは有人機がいるのは間違いはないだろう。
だが、恐るるに足らんと、エドには感じられた。
十回くらい突っ込んだところで、一度旗下の部隊はマガジンを変え、自分も、背後のウェポンラックから新しい武装を取り出した。
十一回目。突っ込んだとき、急に、敵陣の厚さが増した。
竜三が、一度舌打ちをした音がした。
どうやら、本物の人間、それも結構なエースの乗るスコーピオン部隊に当たったらしい。
警報が鳴った。敵が、横から来ている。
ホバータイプの足を付けた、スコーピオンのカスタムタイプが一大隊、こちらに突っ込んできた。確か、サンドスコーピオンとかいう名前だったはずだ。
そのまま、そのサンドスコーピオンが、こちらの横腹に突っ込んできた。
それで、こちらの旗下が、二機やられた。輸送機に入ろうとしていたクレイモアも、四機やられている。それと同時に、その四機が入ろうとした輸送機も半壊した。
バカな。いつ隊を分離したのだ。
そう思った直後、更に大きな警報が鳴った。敵が、間近にいた。
まずいと思った直後、イレブンテイルの左腕と足の装甲の一部が、持って行かれた。
一度舌打ちした後、先程突っ込んできた隊の後方にいたサンドスコーピオンを撃ち抜いた。
流石に相手はホバー装備型だけあって、切り返しが早い。
また、突っ込んできた。竜三が、その隊の横腹に突っ込む。気刀を一閃する度に、二機、三機と敵が消し飛んでいく。
竜三が突っ込んだのが相当効いたのか、少し、敵の隊の足が止まった。
その間に、味方の部隊を後退させた。
こちらもそろそろ限界が来ようとしている。
だが、自分達の乗る輸送機はない。
このまま死ぬか。
そう思ったとき、ノイズ混じりの通信が入った。
半壊した輸送機からだった。
「大丈夫か?」
『い、いや……。腹が、既にぶち抜かれてる……』
咳き込む声がした。相当の血を吐いたのだろう。長くないことを、エドはよく知っていた。
『だが、輸送機の中にある機体だけは、幸い傷がない……。あんたはまだ戦えるんだろ。だったら、それ使ってくれ、頼む。それで、俺達の、仇を……国を、護って……』
それ以降、通信からは何も聞こえなかった。
輸送機の中に、何かある。それも、敵に渡してはならないものがある。
そう、エドの勘が呟くと、副官に隊の指揮を任せ、半壊したイレブンテイルと共に、輸送機に駆け寄った。
カーゴは、少しひしゃけている。半壊状態のクレイモアがいたが、コクピットは空いていた。
無事に逃げおおせていればいいがと、何故か柄にもないことを思った。
反応は、奥の方からだった。
ガレキを掻き分けながら、中を進んで、思わず息をのんだ。
今まで見たことがないM.W.S.が、そこに横たえていたのだ。奇跡的に、傷も、ほとんど負っていない。
思わず、つばを飲み込んだ。喉が鳴る音がした。
噂には聞いていたが、恐らくこれが、次期主力量産機の試作型機だろう。
マッシブな外見といい、なかなかに悪くない。
イレブンテイルも、限界に来ていた。そのまま膝を折り、轟音を立てて倒れようとするのを、AIが無理矢理、近場の壁をつかんでバランスを整えた。
もう、コンソールパネルも、ノイズだらけになっていた。
限界、という奴なのだろう。
コンソールパネルに、手を置いた。
すまねぇな。俺は、まだ生きなきゃならんらしい。だがよ、イレブンテイル、我が愛機よ、お前の魂はまだ俺の中で生きるぞ。例え俺の愛機が新型機になっても、な。
とんと、軽く叩いてから、コクピットを開け、新型機のコクピットへと駆けた。
まだ新品だった。シートも掛かっている。
ハッチを閉めると、すぐに機体が稼動して、網膜認証が行われ、その後声紋認証をやるように、AIが淡々と告げる。
それを終えると、OSが完全に立ち上がった。
「エドワード・リロード殿、ようこそ、YBM-075シャムシールへ。現在装備兵装は、ビームパックとなっております」
一瞬、我が耳を疑った。
ビームと、今確かにAIが言ったのだ。
そんなこちらの戸惑いなどお構いなしに、シャムシールの三面モニターが周囲の様子を映し出す。
イレブンテイルが、少し寂しそうな目で、こちらを見ているような気がした。
「あばよ、相棒」
そう呟いて、機体を起き上がらせる。
音は、悪くない。手持ち武装として、イレブンテイルのバックパックに残っていたアサルトライフルを一本持ち出した。
上手くフィッティングしたことを確認した後、そのまま、来た道を逆走して、一気に外に出た。
陽光が眩しいと、エドは思った。
まだ、戦闘は続いている。竜三は、たった一人で上手くあの有人部隊を押さえ込んでいた。
輸送機も、あらかた飛び去った後だ。
防衛の必要がなくなったこともあってか、何体かは攻撃側に回っている。
「上等だ! 俺がいない間よく持たせた!」
そんな声が、いつの間にか出ていた。
『隊長、その機体は?!』
「新型機らしい。あの壊れた輸送機のパイロットに頼まれた」
まずは、こちらも戦闘に加わるべきだ。
それでまた示威行為にもなる。
しかし、恐ろしく軽快な機体だった。そのクセに扱いやすい。
イレブンテイル程の重武装感がないからかとも思ったが、それ以上に何か色々と材質の面から含めて違う。
一度フットペダルを軽く踏み込むと、一気に機体が加速した。
そのまま、五機、六機と粉砕していく。そのまま後続が続いたことで、ついに敵部隊が崩れ始めた。
いける。そう思った。
一度敵から離れた所で、コンソールパネルの武器群をチェックした。
やはり、背部に『ビームランチャー』という文字がある。これをタッチして、ビームランチャーを展開させた。
長大なカノン砲だった。三面モニターの端にも見えるほど大きい。
すぐに、冷却ユニットとなっているフィンが展開した。
弾数は、十二発と出ている。
そんなに撃てるのかと、半信半疑で、一発、敵の足めがけて撃った。
黄色い光が、荒野を這うように駆け、直後、ターゲットとしていたスコーピオンの下半身が、完全に融解し、轟音を立てて地に伏した。
絶句していた。極めて強力極まりない武装であることは間違いない。
だが、いくらなんでもこれだけの武器だ。エネルギーも消耗しているだろうと思い、燃料をチェックしてみるが、機体そのものの燃料はさして減っていなかったことに、更に唖然とした。
一方で、機体の燃料計の横に書かれた燃料計のようなゲージは減っていた。
どうやらこの機体、ビーム兵器用に別のバッテリーユニットを装備しているらしい。
量産機に金かけ過ぎだろうと、あきれ果てた自分がいた。
冷却フィンが、銃口を放熱した後、すぐに第二射可能だと、AIが言ったところで、我に返った。
まだ、敵は多いが、徐々に潰走を始めている。そのまま、一度散った部隊へ向けて、もう一発ビームランチャーを放つ。三機に貫通して、そのままスコーピオンは上体を折り、轟音を立てて荒野に伏した。
竜三が、有人部隊を壊滅させて合流した直後、スコーピオンの動きが急に悪くなった。
こちらの攻撃を、避けようともしない。
なんだ。
そう思ったとき、音声のみで通信が入った。
『こちらはジョーカーデス、そこのベクトーアの部隊、聞こえるか』
一つ、息をのんだ。
変声機を使っているため、男か女かすら分からないが、ジョーカーデスという名の人間がいるという噂は、耳にしたことがある。
ベクトーアの諜報部にいるらしいが、詳しいことは誰も知らない、というより、知ったら殺されるという噂が立っていた。
実際凄腕らしく、惨殺された死体以外、何も残らなかった敵基地さえあったという。
そういえば、この前のラングリッサからの撤退時にも、敵陣で突然、何もないところから黒い気炎が立ち上ったのを、一瞬だけ見た。
あれがジョーカーデスなのかもしれない。
「あぁ、聞こえるが、あんた、何の用だ?」
『今スコーピオンにECMを掛けている。その間に生き残った人員連れてさっさと逃げろ。足止めは十分だ』
確かに、言われてみればその通りだ。
そろそろこの機体はともかく、他の機体の燃料が帰投分のみでギリギリの状態にある。
相手の動きは、確かに鈍いというより、動かなかった。
「恩に着るぜ。野郎共、生き残った奴を回収して、撤収だ!」
ふん、と、ジョーカーデスが呆れるように言ったのを最後に、通信は切れた。
すぐに、生体反応を確認しながら、生き残った兵士を回収した。人数自体は、数えるほどしかいなかった。輸送機であらかた運ばれていったためだろう。
部下に回収させた後、そのまま、集合ポイントとなっている要塞近くまで急いだ。
周囲に敵はなく、味方もまた、撤退していった跡があった。
「なんとかなった、か」
『どうにかな。だが、まだ前哨戦だぞ』
竜三の声は、相変わらずけだるそうだった。
汗一つかいていない。
だが、言う事はもっともだ。
なら、前哨戦じゃなくなったときに、汗の一つでもかかせてやるか。
呵々と、エドは笑いながらそう思った。
ザックスから通信が入ったのは、要塞まで後数キロの所だった。
あの暑苦しい禿頭の親父が、三面モニターの一角に映った。
『お前がまさかシャムシール回収することになるとはな』
「この機体、凄いッスな。金のかけ方まで含めて」
『おかげで三機しか作ることが出来なかったみたいだぞ。まったく、この国の連中は、ど派手に金を使うもんだ。金食い虫とまで賞された、ルーン・ブレイドを率いてた俺が言うのもなんだけどよ』
「そのど派手な金の使い方がありゃ、戦後の復興も少し楽になるでしょうぜ」
『いっちょまえの口効きやがるな、後でB-72ケツの穴に突っ込むぞ』
「それだきゃ勘弁願いたいッスわ。流石に痔にはなりたかねぇッス」
豪快に、ザックスが笑った。思わず、自分も笑った。
隊の連中は、呆れて物も言えない状態になっていた。竜三が、凄く重いため息を吐いている。
『ま、どちらにせよ、シャムシールは大事に扱えよ。新型機ってのもあるが、こいつを運んだあのパイロットのためにも、な』
それで、ザックスからの通信が切れた。
最後、少し、ザックスの表情は、寂しそうに見えた。
思えば、あの男は、ザックスという男は、多く死を見つめすぎているのかもしれない。
シャムシールを渡してくれた輸送機のパイロットや、自分の旗下の二人には、せめて自分の方から遺族に報告に行こう。そういう気分に、エドの思いは固まった。ザックスから通信が来るまで、あまり考えないようにしてきたことだった。
死んだ奴らの分で、押しつぶされるのもまた、自分はごめんだった。だが、頼まれたことは頼まれたことだ。それをやり通すのもまた、男の生き様という物だろう。
そう考えると、魂が滾るのを、エドは感じた。
日が、既に中天に差し掛かっていた。
気持ちのいい日だろうにと、少し、残念がっている自分がいたことには、大して驚かなかった。