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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
6th Attack
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第三十四話『Salamander』(1)

AD三二七五年七月二一日午後八時三分


 剣は、まだ折れたままだった。

 刃こぼれもいくつか起こしている。

 両刃刀。玲と今は名乗っているジェイスから、使い方を習った物だ。


 昔、まだゲリラの村にいたとき、様々な武器を学んだ。ハイドラが、やり方を教えてくれたのだ。

 最初に握ったのも、そういえばこういう片刃しかない剣だったのを、ゼロは今になって思い出した。六歳か、七歳くらいの時だったか、それくらいだった。

 それを用いて敵を殺したのは、確か握って一月も経たなかった頃だった気がする。


 何故か、そんなことが頭の片隅で蘇った後、一度、剣を上段に構えた。片足を引く。三つ呼吸を数えて、駆けた。

 刃先が、擦れ合う金属音がして、ビリーと位置が入れ替わった。


 叢雲の中にあった道場にも似た施設で、ビリーにリハビリがてらに一騎打ちをしていた。

 四方に鏡が張り巡らされ、己の型の確認も出来る。なかなかいい施設だ。

 ルナから借りた孫子兵法の本を、粗方読み終えたタイミングだったので、ありがたかった。

 もう一度読もうにも、だいたい頭の中に入ったから、というのもある。


 不思議と、昔から記憶力だけはあったのだ。だが、それがいい方向に向いたことは、あまりない。

 単純に使い方が下手くそなのだと、本を見て言われた気がしたことに、少し腹が立ったのも、余計に体を動かそうと思ったきっかけかもしれない。


 互いの得物は実戦と同じ物を用いている。

 最初に訓練用の切れ味が全くない刀を勧められたが、あくまでも実戦と同じ得物にした。

 そうすることが、ルーン・ブレイドでやっていた訓練の一つだったからだ。

 そして、やはり己の体を元に戻すのも、使い慣れた武器がもっとも効力を発揮する。


 それに、訓練とは言え、一歩間違うと死ぬという、半ば殺し合いのような戦いをルーン・ブレイドでは常に繰り広げてきたのだ。今更訓練用の物を使おうとは思わなかった。

 ただ、それでも普段の力が出せないと、ゼロは感じた。左半身が、少しばかり疼いている。


 再びビリーの方を向いて、また駆けた。ビリーもまた駆けている。

 顔が見える。槍。かわした。

 直後、そのまま柄で、横腹を殴られた。

 鈍い衝撃が、腹に来る。


 舌打ちした後、義手でビリーの鳩尾を殴り飛ばした。

 ビリーと自分と、同時に地に伏した。

 一度呼吸を整えると、ビリーは、既に立ち上がっていた。

 自分もそれに合わせて立ち上がる。


 体のエンジンは、徐々に付いてきているように思えてきた。

 体は、やはり動かすに限る。


「ちぃ、やるな、クソ坊主」

「一騎打ちは滾るな、ゼロ殿。やはり、男の勝負はこうでなくてはならん。戦って初めて分かることもあるのだからな」


 ビリーが、微笑を浮かべてから言った。少し、狂気にも似た感情が見え隠れしている。

 戦に魅入られた男の笑みだと、ゼロにはすぐ分かった。


 また、互いに刃先を向けた。

 七時くらいから稽古を付けてもらい、ざっとこれで七戦目になる。

 今のところ勝負は五分と言えた。


 確かに強いが、ハイドラのような圧倒する物はないと、ゼロには思えた。

 圧倒さといえば、正直ビリーより、何故かシンの方が感じた。

 シンとは一度得物を持って対峙したが、それほど剣技自体は大したことはなく、あっさりとシンが負けた。


 だが、妙な大きさを感じたのだ。

 その大きさがいったい何処から来ているのかは、よく分からない。

 先程の隙のなさと言い、何かこいつは胡散臭いと、どことなく思うのだ。今シンは別の仕事で道場にはいない。


 一度水を含んだ後、再度構えたとき、ハイドラが不意に道場にやってきた。

 ビリーが槍を納めた後、ハイドラに一礼する。


 ゼロは、正直ハイドラと今は名乗っているエビルにどう接していいものか、迷っていた。

 村正の母と名乗る老婆と、何時間か話をしたが、あの老婆の言う、村正やインドラと接していたときのハイドラと、自分の左半身と右手を切ったときのハイドラは、乖離しすぎている。


 第一自分も、左半身を切られたとき以外の、当時はエビルと名乗っていたハイドラの印象は、老婆の話している印象に近かった。

 優しすぎて不器用な男。だが、こと戦闘になると、異様に冷徹になる。そういう印象をずっと持っていた。

 だからこそ、自分を切ったときのハイドラは、まるで別の存在のようにも感じるのだ。


 自分は人間ではないと、ハイドラが言った。

 思えば、この男の片目は、アイオーンのそれに極めて似ている。

 まさか、アイオーンの類なのかとも思ったが、それにしては人間くさすぎる。

 イントレッセや、ルナの第二人格として散々戦ったイド、更にはレムの中で過ごしているセラフィムなどのような、何処か人間を超越してしまっているような、達観や諦めなどの感情は感じないから、違和感があるのだ。

 何者なのかと、ディス達が勘ぐりたくなるのも納得出来る。


「悪くない闘気を出すな」

「総隊長、いかがなさったのです?」

「ちょっと寄っただけだ。どちらにせよ、これから忙しくなるのは事実だしな。下手したら、ベクトーアは本気で滅ぶぞ」


 どくんと、心臓が唸った。

 ベクトーアが滅ぶとはどういうことなのか。

 いや、それ以上に、どうして自分はそんな情報に心が揺れるのだ。


 ベクトーアに肩入れしすぎていると言う事だけは分かる。

 過ごしてきた期間は、幼少時のゲリラの村より短いが、充実していたのは事実だったし、何より、不思議と今になって、楽しかったと思えるのだ。


 いつの間にか、自分の中で何かが変わった。

 そういった感情が芽生えたこと自体、ゼロには新鮮な驚きだったし、同時に、やはりそういう感情が湧く地点で、自分は傭兵には不向きだったのだろうと、改めて実感することが出来た。


「それは、どういうことだ?」


 聞くやいなや、ハイドラが道場に地図を広げた。フェンリルとベクトーアがでかでかと描かれた地図だが、同時に華狼も僅かに載っている。

 地図には、みっちりと注意書きが書かれていた。陣容まで書いてある。

 しかし、見た瞬間、唖然とした。


「スコーピオン三万機だと?! どっから出してきたんだ、こんな数!」


 ベクトーアの全兵力を動員しても、三万機の殲滅は不可能に近い。

 しかも、もう既に三万機のうち、二万機は上陸を果たしていた。


「さて、ゼロ。お前はこの地図を見てどう思った?」


 ハイドラが、こちらをちらと見る。

 サングラスは、外していた。本心から話をするとき、こういう態度を取ると、あの老婆から教わった。

 ひょっとしたら、ハイドラは、自分以上に赤い眼にコンプレックスを抱いていたのかもしれない。


 敵を知り己を知る。孫子が言っていたことだが、やはり敵の中にいるだけで、随分と中身が見えてくるものだ。

 もう一度、地図を見た。やはり敵の数は多い。つまり、動員兵力が多いと言う事だ。


「まず、補給路だな」


 最低でもこれは確保しない限り、三万機の意地は不可能だ。

 案の定、フェンリルは海外線付近のベクトーアの補給基地を一個襲撃した形跡がある。そこを拠点の一つとすることを考えているのだろう。


 同時に、アフリカ大陸の海岸線には、ロキという会社がある。

 これが前にルナ達が睨んだような、フェンリルの秘密工場だとすれば、そこからも補給が受けられる。

 今のところ補給路はこれといって問題はないだろう。


「だが、戦線が伸びきった場合は、どうだ?」

「それについてだけが引っかかるが、『戦わずして人を屈するは善の善なる者なり』って孫子のオッサンも言ってたって本に書いてあったな。早期決着を図るために、あえて大兵力を動員して、下の士気を下げる、って手口もあり得るんじゃねぇか?」


 全員が、ぽかんとしながら、自分を見てきた。

 確かに、考えてみれば、自分からこんな言葉が出てくること自体、自分自身で不思議に思っている。

 その点で唖然とされても、仕方のないことだ。


「念のために聞くが、意味、分かっているな?」

「あぁ。戦わねぇで屈服させるのが最上、ってことだろ」


 ハイドラが苦笑して、


「なかなかだな」


とだけ言った。褒められたのか呆れられたのか、どっちなのかはよく分からない。


 あの本の受け売りだがな、と言う言葉をゼロは飲み込んだ。

 ここでハイドラのペースに乗せられると、結局上手く利用されるだけで終わる可能性すらある。だから、あえて自分を少し大きく見せておくのもまた手だろう。

 実際、自分はディスにいいように利用されて、その末にここにいるのだ。


 頭に血が上りやすいというのは、自分の最大の欠点だ。それを上手くディスが突いてきたのだろう。

 それで悉く失敗し続けてきた。その末に、村正もインドラも、死んだ。いや、自分が殺したようなものだと、そう思うことが、余計に自分を冷静にさせるのだろうか。

 もっとも、『兵は詭道なり』という言葉も、孫子にあった。

 騙してみるのも、また一興かもしれない。


「だが、それはないな」


 ハイドラが、指で海岸線の一部をなぞった。

 奇襲を実施したと、書いてあったポイントだった。

 そこのポイントが制圧された今、そこがフェンリルの補給拠点となっている。全部で九箇所、長大ではあるが存在していた。


「たかが海岸線を制しただけで、ベクトーアが降伏すると思うか? 確かに士気は下がるが、それで抵抗をやめると思うか?」

「俺なら、間違いなく海岸線を制圧仕返しに行くな。だが、正面からドンパチするってなぁ、下策だろ?」

「そうだ。そして、同時に三万機という数にお前は目が行っているようだが、今その海岸線のポイントは、いくつあった?」

「九箇所」

「スコーピオンの数は?」


 三万機、と言いかけて、ハッとした。

 一箇所当たり三三〇〇機しかいない計算になる。数自体は多いが、やたらと戦線が分散している。

 そのクセに攻撃を仕掛けるときは全戦線に同時刻、かつ同時に少数とは言え九箇所を一気に奇襲した。一矢の乱れすらない。

 いくらなんでも、統率が取れすぎている。


「まさか、このスコーピオン、無人機か?」

「そうだ。このスコーピオンは、九十五%が無人機だ。命令はただ一つ。味方の信号を出している奴以外は殺せとなっている」

「それについて、小生から疑問が」

「ビリー、どうした?」

「無人機にその命令を仕向けたと言う事は、フレイアの奴、最初から虐殺が目的ですな」


 少し、ビリーの言葉の端々から、怒気を感じる。

 シャドウナイツの服装に違和感があると感じたが、その違和感の元はこの正々堂々とした考えから来ているのかもしれない。どちらかというと、華狼にいた方が、違和感がない。


「恐らくな。奴め、なりふり構わなくなってきた」


 ハイドラが、珍しく歯ぎしりをした。

 やはり、ハイドラはフェンリルから離れる可能性が高いと、ゼロにははっきり分かった。根本的にフェンリルの考え方と相容れない物を、この男は持っている。

 ならば何故、こいつはフレイアの所にいるのかが分からない。


 それ以前に、フレイアとは何者なのだろうか。ただのフェンリルの会長と言うだけではないとしか、口ぶりを聞く限り思えない。

 だが、今そんなことはどうでもいい。

 今すぐにでもベクトーアの増援に行きたいと、ゼロの心が叫んでいた。

 一時を共に過ごした連中がいるのだ。そいつらを助けたいと思う、そんな感情が自分に湧くこと自体、ゼロには新鮮な驚きの一つだった。


「ゼロ、お前が参戦するのは、まだだ」


 ハイドラの言葉で、少し頭に血が上った。


「あ?」

「お前一人行っても、今は何も変わらん。敵が密集している状況の中、たった一人で飛び込むのは勇猛ではなく無謀だぞ。その本にも、孫子が似たようなことを言っていると、書いてなかったか?」


 確か『小敵の堅は大敵の擒なり』だったか。

 小部隊の無謀な攻撃は大部隊に食い尽くされるという意味だった。

 確かに、紅神というプロトタイプエイジスがあるとはいえ、自分は今たった一人だ。悔しいが、無力であることに変わりはない。


「戦線も伸びきっていない今、行ったところで袋だたきにされるのは、目に見えている。まだ、時を待て。そして、全体を見てみろ。それからでも、まだ遅くはない」


 そう言って、ハイドラは地図を丸めた後、ゼロにそれを渡した。

 こんな機密資料いいのかと思ったが、戦は生き物のように常に変化する。一日前の情報など、大して役に立つはずもない。

 だが、見えてくる物は、あるかもしれないと、ゼロには思えた。


 少し、疲れてきた。普段使わない頭を使うと、どっと疲れる。

 体力を失ったからだけではない、感じたことのない疲労感だった。

 思えばルナは、ずっとこんなことをやっていたのかと思うと、頭が下がる思いだった。


「少し休め、ゼロ。状況が変わったら、知らせに行ってやる」


 そのまま踵を返し、道場を後にした。


「お前は、まだ死んではならんのだ」


 何故か、ハイドラがそんなことを出る間際に言ったのが、少し気がかりだった。

 だが、考えるだけの力が回らない。


 さっさと病室帰って寝るか。そうとしか考えなかった。

 左半身のアーマードフレームが重い。

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