第三十二話『Through the night』(5)
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AD三二七五年七月二一日午後五時五四分
教え子を戦場に出すほど、不安になることはない。それは、何年経っても同じ事だ。
部下を、友を失うのが怖くなって、教導隊に行った。軍を辞める道もあったが、受理されることはなかった。
ルーン・ブレイドのトップにいたのだ。あまりに深く、軍を知りすぎた。それで離れる道は閉ざされ、バイク屋を開こうかと思っていた道も閉ざされた。
そして今、自分はまたこうして、防衛部隊の総指揮官として、戦場にまた戻った。
三八だ。そんな齢になったのに、未だに色々と引きずっていることを、ザックスは時々恥じる。
後六分で奇襲が開始される。
既に部隊の展開はある程度済んでいるが、どうしても軍に導入させたいものがあった。
携帯端末から、その機体のデータを出す。
何度見ても、凄まじい物だと思った。
YBM-075。コードネーム『シャムシール』。第三課が完成させた次期主力M.W.S.の試作機だ。
空破のデータから採取された格闘戦能力だけでも相当だというのに、更にビーム兵器標準装備ときた。
恐らくウェスパーなら、泣いて喜ぶんだろうと、すぐに想像が出来る。実際カタログスペック上でも、クレイモアどころかナインテイルすら一蹴出来るだけの力がある。
もっとも、費用はクレイモアの九倍だ。高すぎる。
完全に金食い虫だ。前にルーン・ブレイドの隊長機だったハンマーフォールと全く同じだ。
どうもこの国は金遣いが異様に荒っぽい。そこは昔からのこの地域に根ざした人間のクセでもある気がする。
まぁ、それで面白いのが作れるならそれでいいかと思っている自分もまた、同類なのだろうと、ザックスは少し苦笑した。
しかし、このコストでまだ三機しかロールアウトされていないが、三機とも出したい。
そこまで思って、ハッとした。
ルーン・ブレイドはまだ『実験部隊』としての側面を残しているだけに、未だにそのクセが抜けきっていない。
もう隊長職を辞めてから二年だ。二年経ったのに、どうやら自分は未練がましいらしいと、今になって気付いた。
それに、実験部隊に実験機をぶつけるのは、悪くない。第一、こちらとしても、ルナに『増強戦力』を送る約束をしているのだ。
後二機を何処に配備するかは、戦況を見て判断すればいい。
「少佐、その、さっきから何ニヤニヤしてるんです?」
呆れたような口調で、副官が聞いてきた。
「いや、少し、昔の血が騒いだだけだ」
実際、フィリムの近郊に設けられた臨時親司令室には、先程から百名を越えるオペレーターの怒号が響き渡っているし、上層部との折衝も頻繁にある。
暗闇の部屋の中は、モニターとスイッチ類、キーボードなどから発する光以外に明かりはないが、この喧噪が、自分をまた戦場に引き戻す。
頭がクリアになってきた。
現場には現場なりの戦いがあるが、ここにもここなりの戦いがある。
だから、後はやるだけだ。
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目を開けると、三面モニターの正面にはまだ、無機質なグレーに塗られた輸送機のハッチが映っていた。
まだ空は見えない。早く戦場に出たい、さっさと空を舞いたい、そして殺し合いをしたい。アッシュ・ラウドは、メットのバイザーをもう一度締め直してから、唇を軽く舐めた。
『姐御、そろそろ作戦時間だぜ』
部下の一人の面が、側面モニターの一角に映し出された。同時に、その部下の乗っている機体である『BM-070AクレイモアA型』も見える。
クレイモアを空軍仕様にした機体だが、腕は双方共に人間のようなマニピュレーターではなく、軽量化のため単砲身の四五ミリマシンガンに変更され、胴体はわざわざこれのために新造した背部ウィング付きときた。
その上各所の装甲もいくつか簡略化され、一部にはフレームが露出している。はっきり言ってクレイモアとしての原型を止めているのは、その扁平で大きなバイザー式カメラアイを持つ頭部くらいだ。
完全空戦対応であるのは立派だ。だが、何度見ても思うのは、わざわざクレイモアの『素体』としての力やM.W.S.本来が持ち合わせる汎用性を削ってまでこんな機体を作るなら、新規に作った方が安上がりだったのではという気がする。
まぁ、この国の連中なら『やりたかったから』で済ませるのだろう。それはアッシュ自身がよく知っている。
元々自分はクリシュティナ・ロシュテルという名前だったが、出自はベクトーア参加の重工業大手企業国家役員の一人娘で、更に祖先を辿れば名門貴族、世間一般で言うところの『お嬢様』にあたる。今思えば超が付くほどの温室育ちだったと、自分でも分かるほどだ。
だが、流石に戦争が悪化したから自分にもテストパイロットも兼ねて軍に行くように父に言われた。
元々自分の家にも何機かのM.W.S.がコレクションされていたし、昔から触っていたこともあるのだろう。
だが、どうせこれも、なんとなくあの父親の思いつきだったのだろうと、アッシュは今になって思う時がある。
父は割と『やってみたかった』という理由で無茶苦茶な物をいくつも作った。そのチャレンジ精神というか、そういうのはこの国の国民性でもあった。
そして恐らく、自分の乗っているこの機体もまた、そういう経緯が最初にあるのだろうと、どことなく思っている。
BA-09-S。世間一般では『欠陥機』の烙印を押された、ベクトーア第九課開発の完全空戦対応型エイジス。その二号機を与えられ、『ブリュンヒルデ』と名付け駆ること早二年になるが、この機体との一体感は気に入っていた。
最終ブリーフィングで、内容を確認する。ロキの支部を奇襲する。そのためには、電撃的な作戦を決めることの出来る、この部隊のような部隊が欠かせない。
もっとも、相手がどう出てくるか分からないところはある。それも、出たとこ勝負だろう。
だが、割と大量に敵がいるだろう事だけは、予想出来た。
それでいい。餌は、いっぱいいてくれた方がこちらには嬉しい。鷹になった気分を味わえるのは、こういう時だけだからだ。
「お前ら、餌は山ほどあるだろうぜ。あたしらで食い散らかしていいって、あのザックスのジジイが言ってンだ。一粒たりとも食い残すんじゃねぇぞ」
『うす!』
相変わらず、自分の部下は威勢がいい。それでいいと、アッシュは思った後、IDSSに手を置くと、波紋がIDSSに現れた。
甲高い音を立てて、マインドジェネレーターに熱が入る。
カウントが始まると、ゆっくりと格納庫の扉が開いた。
空は既に暗く、月も雲が隠してくれている。
奇襲には絶好の日取りだ。
カウントが〇になると、コクピット内に甲高くブザーが鳴った。
ブリュンヒルデの背部ブースターが爆音を鳴らし、カタパルトと連動して、雲が見える暗闇へと機体を投げ出す。
外に出た後、すぐに姿勢を安定させて、ブリュンヒルデの両手に『T-09特殊銃剣「ブレードライフル」』を召還した。マニピュレーター周辺にリングが何重にも浮かび上がった後、銃剣が形成される。
ただ、今回のブレードライフルはフルオートでの射出が可能になったマイナーチェンジ版だから、それのテストにも今回の任務はちょうどいいだろう。
後は、ひたすらに地図に従いながら襲撃する基地まで一気に駆けた。部下のクレイモアも、全機付いてきている。
目標まで後二キロになった段階で、高度を下げた。ただ、速度は最大速度を維持したままだ。
Gが、体に一気に来ている。だが、この感覚が、アッシュには快楽にも似た感覚をもたらす。
目標が見えた。
周囲には北を除いて荒野しかない。その北は港になっている。
なるほど、ザックス達が警戒するのも同意だ。
コクピットに警報が鳴り響いた。
目標より反応、CIWSがそこら中から上がっている。やはり軍事基地だったらしい。
『姐御、やっぱし予想はビンゴだったな!』
「まったくだな! 第一中隊はあたしに続け、地上をCIWS共々制圧するぞ。第二中隊、港を潰せ!」
『イエスサー!』
部下の声と同時に、隊を割った。そのまま、自分の隊は駆けさせた。
CIWSが展開と同時に、ガトリングの銃口を、一斉にこちらに向ける。
ならばと、コンソールパネルに表示されたブリュンヒルデの簡易表示図の肩とスネをタッチしたその直後、肩とスネが開き、大量のマイクロミサイルが出現した。
元々この機体自体『人の形をした爆撃機』とまで言われていたのだ。先制攻撃は、仕掛けるに限る。
そのまま、ミサイルに内蔵されたAIによる自動ロックに任せて、全弾放った。味方のマーカーが付いていない動体反応を、問答無用で吹っ飛ばすように設定してある。
噴煙を上げながら、ミサイルが各々の目標へと向かい、地上を焼き尽くした。
炎が各所から上がり、暗がりを明るく照らした。その場だけ、まるで中天に日が差しているが如く赤く光っている。
特に、それに対しての感想は沸かなかった。なんとなく、自分が狂っているのだろうと、思うだけだ。
「よし、CIWSはこれであらかた潰したな。野郎共、とっとと次おっぱじめるぞ」
食うだけ食ってやると、フットペダルを踏み込んだその直後、急に警報が鳴った。
まだCIWSの生き残りがいたのかと思ったが、反応が違う。
M.W.S.だ。炎の名から、ゆっくりと機体が起動している。
見る限りでは、フェンリルの主力機であるFM-068スコーピオンだ。武装も特に変わり種のある武装ではない。
もっとも、奴は地上適性こそ高いが空中浮遊能力はないため、ブリュンヒルデや部下の乗るクレイモアA型の敵ではない。
だが、レーダー上で、敵機の反応を記す赤い点が、どんどん増えていく。実際、モニター越しに順々に立ち上がっていくスコーピオンを見ることが出来た。
心臓の鼓動が、跳ね上がっていくのを、アッシュは感じた。汗が頬を伝った後、メットの横に仕掛けられている吸引器に吸われていくのも、感じることが出来た。
だが、この敵の数は、なんだ。
CIWSの残骸と炎が支配していたはずの地表を今支配しているのは、百機以上のスコーピオンだ。
レーダーに地表を示す部分はなく、ただ、赤を記している。
この部隊だけで、この数を撃破出来るのかと思った直後、ザックスから通信が入った。
『アッシュ、お前のとこも大量のスコーピオン出たみたいだな!』
「『も』って……まさか、他の所もかよ?!」
『そうだ。だがな、アッシュ、お前の所はまだ少ないぞ。いいか、冗談だと思うなよ、今ここのレーダーで解析した限り、海岸線にいるスコーピオンの数は、三万機だ! そいつらが順次、ベクトーアの陸地に向かってきてやがる!』
頭が、一瞬真っ白になった。
三万機。聞いたこともない数だ。だいたい今のクレイモアの生産数は受注待ち含めて確か一二五〇〇機だ。
その倍以上の数のスコーピオンが、今ベクトーアに向かっている。そう、ザックスは言った。
もし、その三万機が一斉に攻めてきたら、どうなるか、容易に想像が付く。間違いなく、数で圧倒され、まるでバッタに食い荒らされた畑の如く、何も残らないだろう。
それを思い浮かべた瞬間に、自分達の取るべき行動は決まった。
まずは、最低でもここにいるスコーピオンだけでも、潰す。
「野郎共、大量の餌だぜ。だが、絶対に残すなよ! たたきつぶすぞ!」
威勢のいい了解という声だけが、部下から帰ってきた。
はたしてこいつらをどれだけ止めることが出来るのだろうか。
地表を埋め尽くさんばかりに立ち上がったスコーピオンの大群が、じろりと、こちらを見た。
「相手してやるよ、徹底的にな!」
アッシュは、また思いっきり、フットペダルを踏み込んだ。
いつもは感じるGの快感が、何も伝わらない。
それがアッシュには、非常に不快だった。




