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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
6th Attack
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第三十二話『Through the night』(4)

AD三二七五年七月二一日午後四時五六分


 既に、外は夕焼けだった。

 計画通りに作戦が進行さえしていれば、恐らくこの夕日を見ながら日本酒を飲んでいたのだろう。

 しかし、それは当面の間延期になった。理由は至極簡単、負けたからだ。

 犬神竜三はキセルを吹かしながら、落ちていく夕日を眺めていた。


 撤退の殿を任されたのに、休む間もなくベクトーアとフェンリルの国境近辺の海岸付近に、今の雇い主であるエドワード・リロード率いるベクトーア陸軍第四M.W.S.大隊と共に配備されて、既に二時間半が経過していた。

 疲労の色は見えるものの、士気は総じて高い。何せ鬨がたまに大声で上がるくらいだ。


 あれだけの数のアイオーンとフェンリル軍を相手にしておきながら、よくもまぁそこまで元気でいられるものだと、竜三は何処か呆れていた。

 だが単純に、少し自分が老いただけなのかとも何となく思っている。後少しで三十路だ。もう二十代のように無茶が効くようになっていないのもあるのだろう。


 海岸付近では、この部隊のクレイモアが補給部隊から物資を受け取りながら整備に取りかかっていた。その様を、自分は海岸付近の岸壁に設置されたテント付近の休憩所で、一人キセルを吹かしながら見ているだけだ。

 この部隊もかつて自分が指揮を執っていたルーン・ブレイドとほぼ匹敵するだけの力を持っていると、竜三は思っている。だから退屈しないで済むのだ。

 面倒事は嫌いだが、退屈なのはもっと嫌いだったので、今の形でちょうどいいと、どことなく竜三は感じていた。


「竜さん、ちょっと来てくれ、そろそろ会議始まるぜ」


 エドが、大声でテントから顔を出してこちらを呼んだ。

 そういえば、ザックスと会議を行う時刻がそろそろだということに、竜三は今更気付いた。


 何処か、自分でも驚くほどに鈍くなっていることに、竜三は気付いた。

 少し俺も疲れているのかという思考を頭の片隅に追いやった後、火皿に溜まった灰を地面に捨て、キセルを帯に挟んだ。


 陸軍特有のオリーブトラブに塗られたテントの中には、多数のモニターが既に設置されている。ただ、モニター以外、光はない。

 そしてモニターの向こうには、見知った禿頭の男が控えている。


「久しいな、ザックス」


 元々、共にルーン・ブレイドにいた仲だ。こちらは戦闘隊長として、あちらはそれに指示を出す司令官としての地位にいた。

 だが、実姉である冬美が戦死したことで、自分もザックスも、あの部隊を離れた。


 ザックスが、冬美に惚れていたのは知っていたし、冬美もまんざらその気でもなかったのを、竜三は知っていた。

 大雑把で型破りな姉だったので、同じような性格のザックスとは気があったのだろう。


 しかし、死んだことで気付けば疎遠になった。逆に言えば、ひょっとしたら自分とザックスを繋いでいたのは、冬美だけだったのではないかと、たまに思う時があったが、今の部隊に入ってからは、その情も薄れていたのを、今になって思い出した。


「まさかお前が、またこうして指揮することになるとは、思いもしなかったぞ」

『それは俺も同じだよ、竜三。あのまま俺は教導隊にいるもんだとばっかし思ってたぜ。ま、状況が状況だし、ガーフィの大将に言われちまえば、それまでだな』


 ザックスが苦笑した。前に比べて痩せたなと、なんとなく面を見ていて思う。

 会議自体は、作戦前の最終ブリーフィングのような物だった。あと一時間で空軍がロキに同時奇襲を敢行する。陸軍である自分達は、状況の変化に応じて動くので、暫くは海岸線で待機、ということだった。

 特に不満は何もない。防衛もまた任務だし、自分の犬神一刀流は、元より防衛が特化しすぎて『即座の攻撃』へと転化してしまった経緯があるだけに、防衛の方が得意だという感覚もあった。


 結局、会議の後、何もザックスは言わなかった。冬美のことは吹っ切ったと言うより、話したくないのだと、暗に通信越しにも目が告げているのを、竜三は見た。

 通信を切ると、一瞬だけ真っ暗になって、そのまま周辺の地図が映し出された。

 用はないと思い、テントを出る。

 少し時間が経ったからか、夕日が先程より更に西へ沈んで行っている。


「竜さん、ちょっと話がある」


 エドが、神妙な面持ちで話しかけてきたのは、キセルを吹かそうと思ったときだった。


「どうした、エド」

「いや、単純に、竜さんらしくねぇって思ってな。なんつーか、鈍いぜ」


 む、と、思わず唸っていた。

 この男は遠慮がないが、想像以上に人を見抜く。だからこの若さで大隊長を務めることが出来るのだろう。

 だが、鈍いと言われると、何が原因か、いまいち計りかねている自分がいた。


 何が原因なのかと思って夕日を見る。

 真っ赤だった。

 それで、急に思い出した。

 親父の機体だ。XA-025草凪。あれの色が、赤だった。


「アフリカで、親父と斬り合った」


 恐らく、それが自分に影を落とす理由だろうと、ようやく胸のつかえが取れた気がした。


「犬神家は、代々家系が傭兵だと聞いたが?」

「親父は、そこにいたのさ。力を付ける、と言って家を出て、行き着いた先がフェンリルだったんだろうな」

「敵味方に分かれる親子、か。なんつーか、皮肉だな」

「いや、事はそう単純なことではないと思う。俺が気になったのは、剣を交えたときだ」

「あぁ、その話は聞いてるぜ。竜さん、斬り合う前にコクピット解放して、その親父さんと話したんだっけ?」


 エドが、岩肌に座りながら言った。


「あぁ。だが、あの親父は、何処か奇妙だった」

「奇妙?」

「海外で力を付け、国を強くする。そしてゆくゆくは日本を列島に負けない最強の国家にする。それが親父の抱いた夢だった」


 父は、息子である自分から見ても、少し行きすぎたところのある愛国者だった。

 国家に忠誠を誓うという意味では、犬神家なのだから当たり前だ。実際、竜三の忠誠は、あくまでも日本にある。ベクトーアにいるのも、成り行きに過ぎない。


「夢、か。悪くない夢なんじゃねぇのか?」

「別に俺も、ただ単に力を海外で付けるということには、異論はない。現に俺もこうしてお前の所に雇われているわけだからな。だが、何処か、禍々しいのだ」

「禍々しい?」

「あぁ。親父が乗っていた赤いプロトタイプエイジス、草凪という機体だが、あれは風凪の兄弟機だ。あれと刀を奪って、親父は国を出奔した。だから俺はそれを追っているという話は、前にもしただろう。あの時から、既に四年経ったが、あまりに四年で変化が激しすぎる」

「自己研鑽の結果そうなった可能性は? なんか精神使い切って真っ白になるって奴は結構聞いたことあるぜ?」

「俺も最初はそれと、年のせいかと考えた。だが、冷静になって考えると、どうもそれとは違うのだ」

「というと?」

「親父は、四年間何をやっていた? それ以前に、あんな目立つ機体を持っていたのに、何故誰も行き場所を知らず、何も情報が入らなかったんだ?」


 エドが、目を丸くした。だが、その後少し考えるようにこちらから目をそらした後、すぐにハッとした表情で、こちらを見返した。


「そうか、あれだけでミリタリーバランスが一変する物を、もし四年前にフェンリルが持っていたのだとすれば、それを公表しなかったのは、何か別の理由がある、っていうことか」

「そうだ。あれがあるだけでも国威が発揚される。例え傭兵だろうと、そんな化け物マシンが来たと公表するだけで、フェンリルの士気は上がり、他国の士気は下げることが出来る。実際、あのハイドラとてひょんと現れたが、奴の持っていた蒼天の存在はすぐさまマスコミ各社に報道されたからな。だが、草凪に限っては、その報道は一回たりともなかった。そして、あの草凪が実戦で投入されたのも、あのアフリカで蒼天と戦ったときが最初だ。第一、千年前にたった百体しか作られていないマシンだから、戦闘を何処かでやれば必ずと言っていいほど目立つし、もし仮に別の地域で傭兵やら山ごもりなりやっていたとしても、親父はあれだけ目立つ男だ、今の時代記録はそこら中に残る。陽炎のような特殊なタイプならば、話は別だがな」


 XA-089陽炎は今、ルーン・ブレイドの諜報部に所属しているディスが持っている。

 あれは光学迷彩などを標準で装備していることもあり、強行偵察や隠密行動のみならず、暗殺などと言った表沙汰にはあまりしたくない任務にも適している、言わば『目立ってはいけないプロトタイプエイジス』なのだ。実際、陽炎は表向き存在しない機体として扱われている。


 だが、草凪には特にそういった機能はないため、別に目だっても問題ない。むしろ、目立たせた方が国威の点では有利となる。

 シンボルはいつだって重要なのだ。


「つまり、四年間がまったく空白、ってわけか」

「あぁ。第一、確かに親父は行きすぎた愛国者であったのは事実だが、俺と戦い、五郎入道正宗と草凪を強奪してまで日本を出奔する理由が、『国を強くしたい』という理由だけだと思うか?」

「動機付けとしちゃ確かに弱いな。つか、その話聞く限りだが、なんか急な出奔すぎないか、お前の親父さん?」


 相変わらず思うが、エドは頭の回転が結構早い。ルナとはまた違った戦術をひねり出すのみならず、状況整理能力も、ルナとほぼ互角だと言っていい。

 こういう連中が結構いるのが、ベクトーアという国の面白いところだと、竜三は思っていた。


「実際、急な出奔だった。四年前のあの日、俺は夜に少し月見酒をやっていたんだが、物音がした。その音がする方向に行ってみたら、親父が急に『強くするため国を出る』と言い出した。それで俺が止めに掛かって、斬り合いになった。それでこの額の傷が付いた、というわけだ」


 傷は、四年経った今でも治らない。恐らく、一生治ることはないだろう。実際この傷で生死の境をさまよったのだ。後数センチ深ければ、脳に達していたと、あの時医者に言われた。


「で、それで対決して禍々しい、か。なんつーか、ルナといい竜さんといい、イーグってみんなそういう表現するよな。なんで気でそういうのが分かるんだ?」

「なんとなく、だ」


 恐らく説明しても理解出来ないだろう。第一、自分も理解出来てないのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

 他人に説明出来ないということは、即ち自分が理解していないと言う事と同義なのだ。


 しかし、あの一騎打ちで打ち合ったときの禍々しさは、なんだったのだろうか。

 そして恐らく、今回もあの男は来る。それと、あのアイオーンと化した狭霧も、やってくる可能性が高いだろう。

 それまでに答えを見つけたいと、竜三は思った。

 横でエドが、まだ少しむくれていた。

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