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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
5th Attack
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第二十九話『心を持つ者達』(4)-2

 大地を、蹴り上げながら走り続ける。

 走ることしか、この機体には出来ない。だが、それで十分な機動力を得る。

 それが、自分の愛機である『FA-0702スカンダ』の、大きな特徴だった。


 人間の骨を模して作られた、超軽量級エイジスだ。何せ乾燥重量が三五tしかない。

 ブースターを付けずにどれだけ機動力を出すことが出来るか、その実験をする機体でもあった。


 ビリーはそんな機体に、客人を乗せたことを、若干だが後悔していた。

 村正の母を、そのまま連れ出したのだ。あのままあの街に置いておけば、裏切り者の母といらぬ誹謗を浴びかねないし、ハイドラに対する人質に使われる可能性も否定できない。

 だから、フェンリルの本隊が来るより前に、動いた。部下を使って一度セーフハウスに行ってもらった後、アルティムからラングリッサへと急行した。


 たった一つだけ、ラングリッサに二時間も掛けずに行くことの出来る手段がある。

 アフリカ全土に、いつの頃に作られたか不明の地下超高速鉄道網が存在する。それを使った。あまり使いたくはなかったが、この際仕方なかった。

 そして、セーフハウスもいつ見つかるか不明だから、早急にハイドラの元に向かうことにしたのだ。


「御母堂、申し訳ございません。このように狭い機体の中、それも乗り心地のよろしくない機体に乗せるなど」

「いえ、こうして運び出してくれる、というだけでありがたいですよ、ビリー殿。贅沢は、何も言う気になりません」


 村正の母は、既に初老の域に達している。しかし、恐ろしいほどに、芯はしっかりしていた。故に、尊敬を込めて、皆が『御母堂』と呼ぶのだ。実際、自分も昔から知っている身だ。この呼び名が、染みついてしまった。


「ビリー殿、村正は、我が子は、どのように死んだと聞き及んでおいでですか」


 部下を使って、情報は集めてあった。

 村正は、ハイドラからの命令で弟を救いだし、そしてヴェノムに撃たれ、致命傷を負った。

 その後、ただ一本の刃と化して、先陣を駆けて死んだのだ。


「小生が聞き及ぶ限り、村正は、我が弟弟子は、雄々しく、男らしく、戦士として立派に生き、そして死んだと、聞き及んでおります」


 正直、これ以外何も感想がなかった。

 若干、その死に様が羨ましいとすら、ビリーは思った。

 戦場で、死は選べない。だが、村正は確かに、己らしい死に様を選んだ、いや、選ぶことが出来たのだ。

 武人として、羨ましく思えた。


「夫も、そのようにして死にました。全く、親子揃って、似たように死んで」

「血は繋がって無くとも、インドラ殿と村正は、確かに親子でございました。魂の繋がり、と申しましょうか。それが、間違いなくあったように、小生には思えるのです」

「魂、ですか。それもまた、仏教の教え、ですか?」

「いえ、これは、小生の持論にて」


 そうこうしているうちに、レーダーに反応があった。

 これが、フェンリルの遊軍だったとすれば、正直かなりまずい。この状況で、客人を乗せたまま戦闘をするのはかなり至難だ。


「私のことはお構いなく」


 御母堂が、まるで自分の心を読んだように、言った。


「しかし御母堂」

「いいのです。ここで死ぬるなら、そこまでの命だと、夫は常々言っておりました。それに、あなたにも志があるのでしょう。ならば、ここで果てるわけにはいかない。私一人のために、あなたが命を落としていい理由は、何もありません」


 こんな時でも、常に覚悟を持っている。

 想像を絶するほど、強い人だと、ビリーは改めて思う。

 ならば、遠慮するのは無礼というものだ。


 一度、頭部のカメラをズームさせ、機影を確かめる。

 一機だ。しかし、よく見ると味方だった。蒼天だ。


「総隊長」

『ビリーか、よく戻った。だが、少し集中させてくれ』


 声に、何か恐ろしい覇気がある。

 何を行っているのか、一度チェックすると、蒼天の頭部から、何かのユニットが展開している。


 まるでアンテナのように見えるそれは、蒼天の頭頂部から伸び、何かを発信しているようにも見える。

 あんな機能蒼天にあったかと思う。


 直後、敵反応。機数は一機。密林から反応がある。それも、プロトタイプエイジスだ。

 紅神だった。ということは、村正は本当にゼロを届けたのだろう。

 だというのに、何故来た。しかも、既にデュランダルに反応がある。

 ということは、ハイドラを本気で殺す気だ。御母堂を、下ろす余裕はない。


「御母堂、少し我慢していただきます」

「もとより、覚悟の上です」

「では、失礼致す」


 一気に、フットペダルを踏み込んだ。

 気槍(きそう)を召還し、握る。青い気炎が、刀身から上った。そのまま、地を這うように駆けた。

 元々、こういう機体だ。ブースターが付いていないが、もっともダイレクトに、自分のイメージを機体に反映できる。

 それに、ブースターなど使わなくても、この機体は桁外れの機動力をたたき出す。


 気槍を突きだし、紅神のデュランダルを止めた。

 一度、火花が散る。刃が、一度擦れあった。何度か、位置を入れ替えながら、刃を交わした。

 気を触れる限り、デュランダルには怒りや、戸惑いが見て取れる。


『邪魔すんじゃねぇ! てめぇみてぇな奴ぁ呼んでねぇんだ! エビルを殺させろ!』


 ゼロの、叫びにも似た声が響く。

 あの男は、村正が死んだことで、戸惑っているように思えた。身近な人間の死を、初めて経験したのだろう。それが戸惑いを生んだのだ。

 だから、自分の力を分からずにいる。それが、こういった感情に繋がっているのだろう。


 もっとも、誰かに焚きつけられた、という可能性は否定できないが、それはそれで別にいいと思っていた。


「小生も、この方を殺されるわけにはいかぬ。ゼロ殿、殺すには、我を倒して進まれよ」


 気を、一度貯めた。体が、燃えるように熱い。

 武器を、互いに構えた。気炎が上る。

 一つ呼吸をした後、互いに駆けた。二度、三度と位置を変える。


 体格差では、確かに紅神が有利だ。こちらには機動力しかない。

 だが、ぶつかる度に、何処かデュランダルの威力が弱くなっている。そんな気がしていた。

 実際、ハイドラに斬られたという。それが本当だとすれば、奴の体は満身創痍のはずだ。

 しかし、反比例して気の中に憎しみだけがやたらと大きくなっている。


『クリーガー、命令だ! ゼロを止めろ! このままでは奴は喰われる!』


 ハイドラが、叫んだ。あの狭霧と、同様の事態が起きかねない、ということだろう。

 ならばと、一気に地を這うように接近した。紅神に足をかけ、そのまま転倒させた。

 轟音を立てて、紅神が大地に倒れる。


 そのまま押さえ込んだ後、コクピットを出て、すぐに紅神のハッチを開けた。

 そこには確かに、村正とよく似た風貌を持つ男がいた。

 赤の目と、金色の髪を持った、そんな男だ。


 目に、憎しみの色が取れた。すぐに、両刃刀を取り出し、コクピットを飛び出した。いや、両刃刀というのは、おかしな話だ。片方の刃は、既にへし折れている。

 槍で、一度剣劇を抑える。なかなか、重い剣だ。


「しかし、憎しみのみでは、刀は答えぬぞ」


 剣をはじき返して、石突きで腹を、思いっきり殴った。

 そのまま、ゼロが動かなくなった。気を失ったようだ。

 もたれかかるゼロを、押さえ込み、寝かせた後、スカンダのコクピットへ急いだ。


「御母堂、大丈夫ですか」

「なんとかね。それにしても、あの子が」

「はい、あれが、村正の弟です」


 御母堂を、スカンダのコクピットから下ろした。静かに、ゼロの元へ行く。

 腕を、見ていた。


「どうやら、あの子は、弟に託したようね、己の意志を」

「意志、ですか」


 腕を、自分も見た。

 村正と、同じ刻印がある。村正の、腕だった。


「傷に、義肢。そしてあの時の目。この子は、どれだけ辛い経験をしてきたのでしょうね」


 静かに、御母堂は涙を流していた。

 あれだけ気丈だったこの人が、泣いたのを見たことがなかったのを、ビリーは思い出した。


「総隊長、如何、致しますか」

『預かろう。暫く。そうだな、それいいだろう、そこの間諜も』


 ハッとした。気配が、確かにそこにある。

 ゆっくりと光学迷彩を解き、密林の影から陽炎が姿を現した。


『そこの間諜、最初から、俺にゼロを預けるつもりだったな』

『うちの医者たっての希望でな。もう一度学び直させるため、だそうだ』


 間諜の低い声が、微かに響く。恐らくあれが、プロディシオが相当厄介になったという、ベクトーアの間諜だろう。

 そして医者と来れば、多分ゼロの師匠だとされている、ジェイス・アルチェミスツのことであるのは、間違いない。


 とすれば、ゼロを焚きつけたのは、最終的にはジェイスの判断、ということになる。

 割と黒いことをするものだと、若干呆れた。


『いいのか? 俺がもし、こいつをフレイアに売ったらどうするつもりだ?』

『あんたはフレイアと敵対している。その地点で、売る見込みはないし、あんたとしても、そんなことを急にやれば、逆にフレイアが調査しかねないから、売り込みなどやるはずがない。正直、あんたは意外な程心が単純だ』

『読まれやすい、ということか。忠告として受け取っておく。適当な期間預かろう。そちらが相当まずくなったら、こいつを寄越すようにする。それまでは、持ちこたえてくれ』

『もとよりそのつもりだ、ハイドラ・フェイケル』

『俺は何者にも会わなかった。ただ単にここにいるのは、蒼天の稼働テストのためだ』

『テスト結果だけは、報告させてもらうぞ』

『構わないさ。その程度ならいくらでもくれてやる』

『なら、俺も下がるとしよう』


 光学迷彩を、陽炎が敷いた。そして、気配もまた、消えていく。


『行ったか。流石に、あれはまだ見せることが出来ないからな』

「総隊長、何をやっておられるのです?」

『ガーディアンシステムのバグ取り、といったところか』

「ガーディアンシステム?」

『詳しくは後だ。今ちょうど来ている』

「来ているって、何がです?」

『衛星だよ。システム、起動開始』


 直後、蒼天のマインドジェネレーターが、けたたましい咆吼を上げた。

 頭頂部のセンサーから、光が空へと空へと上っていく。

 衛星と、ハイドラは言った。本当にその光は、宇宙まで届かんばかりに伸びきっていた。


 数秒ほど、照射を続けた後、光は消え、同時に蒼天も、機体を大地に跪かせた。

 ハイドラが、コクピットから出てくる。疲労の色が、僅かに見て取れた。珍しく、サングラスは取っていた。


「蒼天も燃料切れだ。後は、システムの条件に合うことだけだ。一時的、ではあるがな」

「しかし総隊長、ガーディアンシステムとは、何なのです?」

「プロトタイプエイジスにある、リミッターの完全解除装置だ。前に、俺がキーと言っただろう。あれの半分が、今のだ」

「では、残りの半分は」


 ハイドラが、ゼロを見た。色の違う双眸に、何処か悲壮感が見て取れた。


「こいつが持っていると、俺は思っていたのだが。それも、ひょっとしたら違うのか。或いは、何か別の条件があるのか。分からなくなってきた」

「ただ、この男を抱えるのは、危険すぎるのでは」

「いいさ。どうせ、俺は謝らねばならん。それに、ひょっとしたら、これが条件の一つなのかもしれん。人は、生きなければならんのだ」


 ハイドラが、サングラスをはめた。何処か、遠くを見たいのだろう。

 空を見る。少し、雲が出てきた。

 雨が降ると、ビリーは思った。

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