第二十九話『心を持つ者達』(2)-3
Gが、異様な程にきつかった。
速度計は、見てみればファントムエッジすらも上回る速度でいる。
コクピットも振動しっぱなしだ。こんなアホな改造よくもまぁやりよったと、ブラスカは心底思った。
目の前にアイオーンが来た。三体、全部イェソドだ。
ウェスパーが出撃前に『突っ込んでもどうにかなる』と言った。実際、ガトリンクの弾はまだ使いたくない。
ウェスパーの言葉を、信じた。更に、ブースターを加速させる。
肩を突きだし、そして、アイオーンにぶつかった。僅かにコクピットに振動が来た後、イェソド三体が灰に変わっていた。
エイジスでアイオーンをひき殺したのだ。しかもこちらの被害は皆無である。こんなことをやったのは、多分この機体が有史以来初だろうと、内心呆れた。
レーダーを見る。狭霧を、捉えた。
足を、強引に踏ん張らせて、急旋回する。その間に、ガトリンクの弾をばらまいた。周囲のアイオーンが、消えていく。
その間にも横Gが一気に体に襲いかかってきた。何せこのブースターは直進しか出来ない。だからこうやって足を踏ん張らせて旋回させて、また加速する。
こんなピーキーな機体によくもまぁしてくれたもんやな。頭に、少し血が上ってきた。
旋回が終わったところで、ブースターを切り、通常のホバーモードに切り替える。
少し遅くはなったが、それでもそこまで機動性が悪いというわけではなかった。更に追加でホバーユニットを付けただけのことはある。
狭霧が見えた。
夜叉とまだ対峙しているが、少し押している。
「エミリオぉっ!」
叫んでいた。腕に付けられた武装を放ちながら、一気に近づいた。
狭霧が、ワイヤーを格子状に広げて防御を貼る。
だからなんなんや。
武装を展開しながら、突っ込んだ。
鋼糸が、粉砕していく。
直後に、援護攻撃。鳳凰だった。
アルマスが、上からオーラシューターを何発も撃っている。狭霧が、ワイヤーを解いて、避けた。
上手い具合に、鳳凰はこちらに狭霧が来るように誘導した。不知火の腕の武装をパージし、ハルバートを抜いた。
気炎が、刀身に上る。
一度、ぶつかった。位置が変わっただけだった。二度、三度と、位置を変える。なんとかワイヤーで狭霧はいなしているように見えたが、しかし、何故かエミリオらしさを感じない。
何か、別の存在がいるような気がしている。
直後、レーダーが敵の存在を告げた。セイレーンだった。
マシンガンを撃ちながら、近づき、そのまま狭霧を回収した。
逃がすかと、一気にブースターを加速させようとした直後、セイレーンと狭霧の反応がふっと消えた。
熱源も、何もない。
まるでこれは、アイオーンの次元移動と同じではないか。
「なんやったんや、今の……」
『まぁ、フェンリルが化け物持ってるってことはよく分かったな』
『アイオーンの殲滅、一通り終わったけど、被害は甚大みたいだね。華狼ズタボロだよ。ありゃ戦力の立て直し大変だね』
ブラッドとレムが、立て続けに言った。
カメラをズームすると、華狼の機体が粛々と強襲揚陸艇に乗っていく。しかも見てみれば、肩がない、腕がない、武装は破壊されているなど惨憺たる結果だった。だが、指揮官機は東雲を除いてほぼ無事のようだ。東雲だけ、左手がなかったが、空中を飛び交って周囲を警戒している。
もっとも、こちらもこちらで相当に被害がある。恩を売るためとはいえ、弾薬を少し消費しすぎた。
それに、あのセイレーンと言い、狂った狭霧と言い、よく分からないことだらけだと、ブラスカは思った。
『な、なぁ』
何処か、聞いたことのある声がした。
一瞬、幻聴かとも思った。
『あのさ、この蒼い機体のイーグって、ブラスカって言うのか?』
ハッとした。確かに、間違いなく、昔聞いた声だ。
通信のあった方向を見る。ナインテイルのカスタム機がいた。
まさかと思った。
「アナスタシア、なんか?」
コクピットを、思わず開けていた。
相手もまた、コクピットを開ける。
出てきたパイロットは、小柄だった。しかし、相手がヘルメットを脱ぐと、そこには確かに、見知った顔があった。
「よ、三年ぶりだな」
にっと、子供のように、アナスタシアが笑った。
間違いなかった。自分にとって、命の恩人でもあった。
三年前、まだ華狼にいた頃、戦場カメラマンの卵だったアナスタシアが、取材の糧にすると、瀕死の自分を拾ったのだ。実際、その記事はそこそこに売れたことを喜んでいたのを、ついこの間のように思い出す。
そこで過ごした一ヶ月間は、自分でも驚くほど充実していた。怪我も、そこで治療した。義眼の埋め込み手術もやった。
ただ傷だけは、残し続けた。それが戒めになると、自分の中で思ったからだ。
そんな時に一緒だった女が、まさかここにいるとは、正直思わなかった。
「な、なしておどれがここにおるんや?!」
「住んでた地域を、出て行かざるを得なくなったのさ。フェンリルが出てきて、華狼とフェンリルで常に争ってきて取材規正も激しくなり始めた。親は脱出したがってたし、ちょうどいいかとダムドに入ったんだ。その後は食い扶持つなぐために、ヘヴンズゲートに入ったのさ」
相当、苦労したのだろう。何処か、昔より少し痩せた気がした。小柄だから、余計にそう感じるのかも知れない。
『え、何、ブラスカこの人と知り合い?』
『ていうか、お前、まさか……ペドか? こんな幼女に手を出すとは……』
『は、犯罪者だね……うん、やばいね、うん』
相変わらずレムとブラッドはこういう空気をぶち壊すのが得意だ。ホントにろくでもないコンビだと常々思う。
「おいそこ! こう見えてもあたしゃ二二だ! 断じてブラスカはペドじゃない! あたしが言うんだから間違いない!」
確かに自分の嗜好はノーマルだ。少なくともブラッドのように節操なしではない。しかしアナスタシアにこうも自信満々に言われると、こっちも苦笑したくなってくる。
偶然というのは、意外にすぐ訪れる物だと、今更にブラスカは思った。
空を一度見る。
月が、赤くなくなって、ほのかな青色に輝いている。
やっとまともな月を見ることが出来たと思った時、通信のアラームが響いた。意外にも、ロニキスからだった。
「どないしたんです、艦長?」
『まずいことになった。ストレイ少尉が今さっき叢雲を飛び出た。ハイドラを殺す気らしい。ディスがそれを追っている』
ゼロは、どうやら無事だったらしい。
しかし、ついさっきまで意識不明の重体だったはずだ。僅か数時間で腕までくっついた、ということなのか。
というか、ディスはいつの間に叢雲に帰ったのか。
そして、ディスが追っていると言うのがブラスカには気になった。
あの男は人を利用することに何の疑問も抱かない。それで間違いなく救われているため、そこまで問題視はされてこなかったが、胸くそ悪くなるときは結構あった。
ひょっとしたら、ディスがゼロを焚きつけたのかもしれないと、ブラスカには思えた。あの男なら、それくらいやるだろう。
『あいつ、あの怪我のまんま行ったら、死ぬぞ、マジで』
ブラッドがため息混じりに答えた。確かにあんな満身創痍の状態でハイドラに勝てると思えない。
ディスに秘策があるのか、或いはゼロを犠牲にしてハイドラの情報を引っ張り出す気か。
ハイドラの情報は確かに欲しいが、ゼロを犠牲にするのはかなり下策だ。
『流石にそれはまずい。ナビゲートは出来ているが、如何せんあれだけ機動力のある機体だ。陽炎のみでは不安なので、ホーリーマザーとファントムエッジにも行ってもらって戻るようにしてもらいたいが……どうする?』
『了解ッス。あいつぁホントにもー何やってんだかって感じッスよ。戻って来たら一発殴りたいですね、マジで。とゆーわけで、ブラッド、いこっか』
あっさりと、レムが言った。
しかし、こういうとき同じようにあっさりと言うであろうブラッドが、珍しく唸っていた。
『いや、俺単独で行く。嫌な予感が、なんかするんでな』
む、と、いつの間にか自分が唸っていた。
どうもこの男の勘は異常だ。ルナとは違う、野生の勘という奴が異常に働く。しかも悪い予感に限って当たる。
だが、何の予感なのか、ということまでは分からないらしい。自分には、そういう勘がないから、余計に分からない。
『んなこと言ってもさ。やっぱ一人より二人だって。それに、悪い予感なんざぶった切ればいいのさ。なーに、なんとでもなるって。行くよ、ブラッド。ちんたらしてると置いてくよ』
呵々とレムが笑った後、ホーリーマザーが、ゆっくりと空を加速していく。
ブラッドも腹をくくったのか、ファントムエッジをホーリーマザーに随伴させた。
何も起きなければええんやけどな。
何故か、そんなことを思った。