第二十九話『心を持つ者達』(2)-2
突然、陸上空母の反応が消えた。
何が起こったのか、状況をケツアルカトルに確認させる。
一瞬だけ、甲高い音が響いたらしい。その後衝撃波で一気に甲板上のM.W.S.一〇機と空母がやられた。既に空母は完全な鉄塊と化している。あの様子だと動力炉までやられたと見るのが妥当だろう。
そしてレーダーを見れば、アイオーンではない増援が一機いた。識別コードを確認すると、シャドウナイツのロック・コールハートが乗るセイレーンだった。
スパーテインは、夜叉のメガオーラブレードの出力をまた一段階上げた。
ザウアーは、確かに自分に言ったのだ。エミリオを殺せ、と。
確かにそれしかないのだろう。既に自分の部隊もいくつか喰われた。
『スパル、狭霧の始末を急げ。俺とディアルでセイレーンは止める』
「いいのか、ザウアー」
『お前にやられるなら、奴も本望だろうよ』
そんな上等な物ではないなと、言いかけて言葉を飲んだ。
実際、状況はまずい。既にヴォルフの東雲も限界に達し始めている。
一騎打ちに入るのは武人として本懐ではないが、この際しょうがないだろう。
一気に、隊を加速させた。途上のアイオーンは、陣形を分断させながら切り裂いた。
東雲が、鋼糸を支えている。だが、踏ん張りが利かなくなってきていた。
あれは内部も相当やられている可能性が高い。
「ヴォルフ、変われぇ!」
叫んでいた。
東雲が、すぐに下がる。蒼い気炎を、メガオーラブレードにまとわせ、振りかぶった。一気に、狭霧の左手を切る。
灰となって、左手が消えた。
文字通りにアイオーンとなったのだろう。今までのプロトタイプとは、消え方が違っていた。
もう一度、メガオーラブレードを振りかぶる。狭霧が、巨大な右手でブレードを押さえた。
気の火花が、コクピット越しでも分かるほどに散っている。いつもなら一刀両断できているが、それにしても強化されただけのことはあるのか、狭霧は片手で押さえきっていた。
「やはり戻れぬか、エミリオ」
『どうせ人間は墜ちるところまで墜ちるのが定め。人間をやめると、不思議と、殺すことに躊躇が無くなりましてね。人間が虫を殺すのと同じ感覚ですよ。ただ人間が化け物になり、虫が人間に変わっただけだ、スパーテイン!』
狭霧の腕が、メガオーラブレードを掴みに掛かった。
アラートが、コクピットに響き渡っている。
ふつふつと、何かが心の中で燃え始めた。そうだ、これが戦のたぎりという奴だ。
メガオーラブレードの出力を、最高レベルまで引き上げた。
気炎が、刀身から一気に上った。
叩き斬る。それだけを、考えていた。
急に、何かの気配を感じたのは、そんな時だった。
邪気、というべきなのだろうか。何か、妙な意志が流れている。
直後に、また音が聞こえた。何か、楽器のような音。
『固有振動、確認。オーバーロード、開始』
エミリオの、声がした。
しかし、なんだ。まるで抑揚がない。
いや、今狭霧から感じる気は、今まで対峙していた暴走したエミリオの気ではない。
もっと別の、何か。
直後、マインドジェネレーターが、狂ったように咆吼を上げ始めた。
メガオーラブレードに、狭霧から黒い気が流れ始める。
鋼糸かとも思ったが、全く違う。第一、指から出ていない。狭霧全体から出ている、と言った方が正しい。
その気が、ブレードを喰らっていく。喰う、という以外、表現が見当たらなかった。
お前は……なんだ。
聞こうとした。何故か狭霧が、不気味に嗤った気がした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
派手な戦というのは、嫌いではない。ナインテイルのカスタム機である『サラスヴァティー』を駆るアナスタシアにとっては、特にそうだった。
傭兵の特色を生かしてありとあらゆる陣営の武装を搭載した。その上汎用性を削って片腕もガトリンクガンに変えた。
だが、無駄弾は使わない主義だった。収支報告が面倒になる。
アイオーンを蹴散らした数も、そう悪い数値ではない。ルーン・ブレイドも、かなり優秀な力を持っていると、改めて実感できる。
しかし、やはり数が多い。というか、陸上空母一隻が消し飛んでから、余計に数が増えた。
「おい、ルーン・ブレイド、そっちの方は残弾どうなんだ?」
『まぁ、まずいな。素直に。もう一機の調整が難航してるのか知らんが、そいつが出てくりゃ形勢は変わるだろうよ、お嬢さん』
全身黒の機体から、通信が入った。割とこんな状況でも冷静だ。だからこそ精鋭でいられるのだろう。
しかし、なんだか腹が立つ男だ。確かに自分は童顔だし身長も低い。おかげでいつまでも子供扱いされているのが不満で仕方がなかった。
左手のガトリンクは弾が尽き始めている。
奇妙な音が鳴ったのは、そんな時だった。
何かが、折れた音がした。
音の方向に、カメラを向ける。
思わず、目を見開いた。
夜叉の剣が、真っ二つにへし折れた。刀身は、あの腕のでかい化け物が持ったままだ。
夜叉が、一度下がる。
相当にまずいことになったと、アナスタシアは心底思った。あのスパーテインが追い詰められるというのは、正直予想外だった。
というか、天然レヴィナスがへし折れるなど、聞いたこともない。
いや、あれは、折れたと言うべきなのか。まるで、喰われたようにも見えた。黒い気がブレードを一度僅かに覆ったのを、アナスタシアは一瞬だが見た。
何なのだ、これは。
そう思った直後、あろうことか一機、こちらに向かってくる。
『あれは……セイレーン? 何故、こんな所に』
聞いたことのある声がした。ベクトーアの、あのベージュ色の機体からだった。
なんとなく、声の色がソフィア・ビナイムに似ている。まぁ、空耳だろうと思った直後、レーダーが反応した。
恐らくこれがセイレーンとか言う機体だろう。確か、シャドウナイツの機体にそんなのがいたはずだ。
背部のウェポンラックからカノン砲を選択し、セイレーンをロックした直後に、撃った。弾丸がオーラランサーで切り裂かれる。
旋回しながら、ウェポンラックからSMGを選びカノン砲と交換した後、ガトリンクと共に撃ちまくった。
狙いは正確だった。それにコクピットを狙った。しかも、当たっている。
だが、セイレーンは傷一つ無い。それどころか、銃弾がボディに当たってもはじき返している。
ルーン・ブレイドの黒い機体が、肩のオーラカノンを数発撃ったが、それもはじき返した。
音響兵器に似た何かかも知れない。微量の周波数で装甲全体に超音波を流し、それで攻撃を防御する。理論上は不可能ではない。しかも、それがあるからか、迷うことなくこちらに突き進んでくる。
だが、だとすれば、倒す方法などあるのか。
直後、ガトリンクの弾が切れたことをAIが告げた。
まずい。
思った直後、セイレーンが既に目の前に来ていた。オーラランサーが、気炎を上げている。
コクピットを、明らかに狙っていた。
あ、これは死ぬなぁ。そう思って、目を閉じた。
一瞬だけ、走馬燈とか言う奴が巡った。
会いたい男が、一人いた。妙な訛りを持った、傷だらけの男。もっとも、傷だらけだったのは三年前だったから、今はどうなっているかは知らない。
ただ、もう一度だけ会いたかったと、アナスタシアは思う。
味方の増援が来たことをアラームが告げたのは、その直後だった。
ハッとして、SMGを放った後セイレーンを殴り飛ばすと、思いの外、吹っ飛んだ。
あれ、と、正直目を疑った自分がいた。いくらコクピットを殴ったとは言え、吹っ飛びすぎだろうというくらい、吹っ飛んでいく。
そのまま一度、セイレーンが急制動を掛け、どうにか態勢を整えたが、攻撃する気配はみじんもない。
いつの間にか、喘いでいた。
何をボサッとしているんだよ、アナスタシア。しっかりせんかい。
自分に言い聞かせ、レーダーを確認すると、とんでもない速度で一機、こちらに突っ込んできた。あのルーン・ブレイドのBA-09-Sをも上回っているのが、よく分かった。
しかも、それが陸上から来ているではないか。
遠目でも分かる。けたたましい土煙を上げながら爆走してくる、真っ青な重装甲の機体。
頭部には、どういう訳か、一本傷がある。人間で言う、左眼の所だった。
そういえば、あの男もまた、左眼がなくなっていて、義眼への交換手術に立ち会ったのを思い出した。
その機体は、両手に大型のガトリンクガンを持っていた。確か、機種は『「BHG-012H」三〇ミリガトリンクガン』だったか。更にその下に、数多の武装を取り付けてある。
まるであれは、武器庫ではないか。
ガトリンクをセイレーンに向けて放ちながら、更に機体が加速していく。
見てみると、別の機体のブースターを付けている。現地改修型、といったところだろうが、それにしたってあの大型ブースター、確か前にBA-09-Sが発表時に付けていたブースターではないか。
つまり、陸戦機に空戦用のブースターを付けるという、端から見ればおかしい発想の基に、あの機体は改造されている。
「な、なんじゃ、ありゃぁ……?!」
『あー、やっと来たか。遅ぇぞー、ブラスカ』
ブラスカと、黒い男は言った。
まさかと思った。
自分の探していた男の名前じゃないか。
ただ一度だけ、会いたかった。その男の名前だった。
ブラスカ・ライズリー。三年間、探し続けていた男だった。