第二十七話『闘気を立ち上らせる者達』(1)-1
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AD三二七五年七月二一日午前一時九分
昔から、海で育ってきた。
海は、全ての生命の母だ。故に、時々海から声が聞こえる。いつの頃からか、そう感じるようになった。
今、海は悲しんでいる。何に悲しんでいると聞こうとしたが、何故かそれが聞こえない。
いつもは、よく海が語りかけてくる。志とは、生命の死とは。色んな事を、海から学んだ。
実際、それを航路に活かして、自分は生きてきた。元々海賊だった自分が何年間も逃げ続けられたのは、それが原因だったといえる。
だが、四年前になるのか。突然、ある男が自分の所にやってきた。
ザウアー・カーティス。華狼の会長となりたてだった男。
その男は、信じがたいことに供も連れずに現れ、あろうことか自分をスカウトした。
昔、同じように仕官を求められたとき、自分はその使者を半殺しにして華狼に帰した。海賊であった自分が言うのもなんだが、妻の死だけで暴政を働くようになったバカに仕える気は毛頭無かったし、実際ザウアーがその通りだったら、寝首をかいて、自ら独立しようと思った。
何せ、自分には大義名分が存在する。かつて華狼があった場所に存在していた企業国家『ラスゴー』の会長の末裔だと言うことだ。
皆殺しにされたと思っていた、劉家の跡取り。自分はその最後の一人だと、劉・楼巴は調べて初めて知った。よくもまぁそれを考えると、自分の祖先は生き残ったものだと心底思う。
もっとも、今反乱を仕掛けようとかそういうことは考えない。得にならないし、自分はザウアーのことが嫌いではない。退屈しないからだ。
帝釈天級陸上空母六番艦『ケツアルカトル』の甲板に寝そべりながら、月を見る。今日は不気味な赤色だ。
「嫌な月だ、そう思っているのか」
いつの間にか、ザウアーが横に来ていた。なんでも南部の視察に行くついでだそうだ。
自分はこのままアフリカに向かった華狼の部隊を援護するために、わざわざディバイド海峡近郊まで出張ったのだ。
この男のことだから、恐らく場合によっては自分が指揮を執るのだろう。武闘派の会長だし、何よりこの男が軍を率いると尋常ではないほど強くなる。
総大将の力、という奴なのだろう。
しかし、相変わらず思うが、常に古風な朝服を身にまといながらも、最新鋭の空母にいる姿は違和感の塊だと、楼巴は思っていた。
「ああ。不気味ッスなぁ。海の音も、今は聞こえねぇッスわ」
「ん。お前にしては珍しいな」
「海は、泣いているんですよ、会長。だが、何で泣いているのか、それが分からん。分かれば、苦労はしないし、第一、俺はそうやって生きてきたんです」
「俺にはどうも、そういうことは分からん。だがお前、相変わらず思うが、それで寒くないのか?」
一度、溜め息を吐いて、起き上がった。
半裸にしているのは、潮風により強く当たることで、風の声を聞くために、自分がやっていることだ。
ただ、半分趣味も混ざっていることも承知している。
背中の竜。召還印だが、わざわざこの形になるようにプログラムを特別にいじくってもらったのだ。それ自体が、半分自慢でもある。
もっとも、こうしてバカなことをやっていれば、自分を担ぎ上げようとするバカも減るだろうという考えもあってのことだ。
劉家というのは不思議な物で、古い歴史を紐解けば、古の高祖『劉封』にまで遡るのだ。以後劉家は歴史のそこかしこに出ては中原を駆け巡った。
そんな家系を始祖に持つらしい一家の末裔が、今やこうして空母の甲板に寝そべっている姿を見たら、さぞ古の人は泣くだろうと、楼巴はいつも苦笑する。
「こんなんで寒がっていたら、海賊なんざ勤まらんでしょうが」
それもそうかと、ザウアーは呵々と笑った。
しかし、不気味な海だ。まったく声が聞こえないのは、いくらなんでもおかしい。こういう日に荒波にぶつかると、こちらも色々と困るのだ。
今のところ気象条件は良好だから、波が荒れることは多分ないだろう。
だが、嫌な予感だけは、未だに抜けない。
その予感がなんのかは、楼巴にはよく分からなかった。




