第二十一話『翼をもがれて』(3)-3
AD三二七五年七月二〇日午後三時七分
四方八方に偵察を出し、あの青いスコーピオン達をおびき寄せ、基地から離す。
ルナから聞かされた大まかな計画の一歩目はそんなところだった。
しかし二歩目が大きすぎる。まさか単独でラングリッサに向かうとは、ゼロも思ってもみなかった。
ロニキスとロイド、ルナの三人だけで決めたらしい。アリスは知った後に、呆れて物も言えないような状況になっていた。
そのせいかは知らないが、彼女は妙にこの二日間でタバコを吹かすようになった。
何でもブラッド曰く、苛つき始めると吹かすらしく、苛つき度合いもタバコの本数によって分かるそうだ。
あの女は見た目以上に何処かがさつなところがあると、ゼロは自分の愛機であるプロトタイプエイジス『XA-006紅神』のコクピットの中で感じていた。
この部隊には珍しい単独行動の哨戒任務に当たること既に二日。正直いつになったら堂々と戦えるのかと、ゼロは心底感じていた。
自分は兵士だ。ただ『戦え』と命令してくれさえすれば、命を落とさない程度には戦う。
だというのに未だにその命令は下されない。
そして、アフリカに来てから、いや、来る少し前から、嫌に左半身と頬の十時傷が疼いている。
しかも暑い。この三重苦が、嫌に自分を苛つかせる。
誰でもいい。誰か来いよ。俺と戦おうぜ。
そう思った直後、レーダーが一瞬だけ反応した。反応を見るに敵機である。
紅神のレーダー範囲の外枠ギリギリに、一瞬だけ映った。
ひょっとしたら、あの青い奴らかもしれない。
「鋼からホームへ。今レーダーが一瞬だけ反応した。少し様子を見てくる」
『了解した。ただしストレイ少尉、深追いはするなよ』
ロニキス自らが反応を返してきた後、
「了解」
とだけ返して通信を遮断した。
方角からすると北だ。
レーダー範囲にギリギリ入ってきたことを考えるとこの森を抜けた先になる。
少し遠出になるが、この際しょうがないだろう。
しかし、左半身の疼きが、先程よりも強くなった。
何があるってンだよ。
紅神の足を進める度に、少しずつ疼きが強くなる。
何でこんな事になっているのかは、よく分からない。
そして、森を抜けたら、原野が広がっていた。
うららかな陽光が注いでいる。
だというのに、今までにないくらい、左半身が疼いた。
いや、これは、痛みなのか。トラウマが蒸し返されるような気分になる。
レーダーをチラと見ると、一カ所に固まっている勢力がある。
数は七機。しかし、何の行動も取らないのが異様に気になる。
俺を誘っているのか。面白ぇ。
フットペダルを踏み込んで、一気に機体を加速させる。
肌を、気が伝わっている。
懐かしい、それと同時に、殺したい。そんな感情が、この気を感じるとわき出てくる。
バカな。あいつなのか。
その予感を抱きながら、丘を越える。
そして飛び出したところで、紅神のブースターを思わずゼロは止めた。
心臓が、うなりを上げた。
真っ青な機体がいる。
スコーピオンが六機。まるでマントのようにウィングバインダーを前面に掛けている。
しかし、そんなことはどうでもいい。
その中心にいる機体を見たとき、目を見開いた。
真っ青な中に、血管のように赤いラインを通した、独特のカラーリング。
XA-004蒼天。最初期に開発された、伝説とまで歌われた十機のうち、紅神と共に現存する最後の二機。
その機体を有しており、かつ、この気の流れ。
間違いないと、ゼロは思った。
自分の半身を裂き、仲間を切り裂き、そして、元々仲間だった男。
師だった男。誰よりも、敬愛していた男。
自分の心が、魂が、叫びを上げている。
お前はこの時のために生きてきたのだ。だから、殺せ。
「何いけしゃぁしゃぁと生きてやがんだ、エビル!」
エビル。あの男は昔、自らをそう名乗っていた。
もちろん、本名とは思っていない。今彼が名乗っているハイドラ・フェイケルという名も、偽名の一つだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。探して十年。いや、殺す機会を見つけるまでに、十年だ。
何度か、殺そうと思ったことがあった。そのためにわざわざアルティムまで足を運んだこともある。
だが、奴は一向に隙を見せなかった。それに、自分に力がなかった。
だが、今なら、今の実力なら、殺せる。
そして、相手自ら絶好のチャンスを作り出した。
だというのに、その男は、悠然と蒼天を紅神の方向へと向け、
『久しいな、ゼロ』
と、懐かしそうな口調で言った。
間違いようのない声だった。同時に、旧来の友にでも会ったかのような口調でもあった。
てめぇにその口調で話される筋合いはねぇ。さっさと俺に殺されろ。
そして、地獄で詫びてこい。
咆吼。原野全土が震えんばかりに、上げた。
紅神の手に、特殊両刃銃剣『デュランダル』を召喚させ、蒼天に向け構える。
「何をやったか忘れたなんざぁ言わせねぇ!」
『俺はお前に武を教えた。そしてお前の半身を切り、仲間を殺した。俺の持つ贖罪の一つだ』
話し方に何処か哀しみの臭いを感じる。
だが、どうでもいい。何もかも、どうでもいい。ただ、こいつを殺す。それ以外何もない。
『だが、俺もまだ死ぬわけにはいかないからな』
蒼天は手に持っていた巨大な銃剣の刃先を、紅神へと向けた。
『戦おうか、ゼロ』
そうハイドラ、いや、エビルは言った。
相手が構える。昔からの構えだ。自然体に構えている。
だが、そんな余裕も今日ここまでだ。
つばを、一度飲み込む。
「俺が、殺してやる!」
叫んでいた。
IDSSを強く握り、そしてゼロは、フットペダルを一気に押し込む。
互いの機体が、甲高い咆吼をあげていた。