《8》ネロ勝手に冒険者代表に任命される
話がまとまると、ネロとマーガレットはすぐに出発した。
マーガレットの荷物は、飛ばされた時に身に着けていたわずかなものだった。
「そういえば、お前、旅の資金はどれくらい持っていたんだ?」
「あ、ああ……私の貯金全部です」
「全財産を肌身離さず持っていたのか? 流石に不用心だろ」
「実家が首都にあるんです。ホリエナ湖から出たら、まず真っ先に実家に向かったので」
「……なら、もっとましな野営道具もそろえればいいのに」
「ネロさんって、けっこう裕福な生活していました?」
「え? ……まあ、……そこそこ」
リンミー家は領地はないものの、代々続く貴族なので副業のようなものがたくさんある。会社の経営だったり、荘園の管理だったり。また、親族の中には王宮勤めの者もいる。そうするとなぜか本家にも王宮から給料が支払われるのだ。
多分、貴族家からの人質扱いなのだろう。
王家に刃向かうと家族を殺す、という脅しだ。
そして人質を差し出す代わりに、一定の金額を支給される。
そういう、古くにあった慣習の名残だ。
「……私の家は、代々占いを生業にしています。呪術師の強力な術は使いません。占い屋と日用雑貨を売るような小さな店です。長く続いているので、占い屋としては信頼を持たれてはいます。けれど、本格的な冒険の道具をすぐにそろえられるほど、儲かっているわけじゃありません。だいだい、魔道具は高いんです。ほんとうに、高いんです。このテントに使っている布だって、ただ魔属性の糸を織り込んでいるだけなのに、普通のテント道具の十倍はするんですよ? ……これを一枚買ってもらうのと、コーカルまでの電車賃を工面してもらうだけで精いっぱいですよ。それに急いでいたので、すぐに家を出ましたし」
よく、貴族は市民と感覚が違うから行う政策もトンチンカンだと言われる。このような差のことなのかもしれない。
「そのなけなしの旅費と、自分の貯金を全額置いてきたのか」
「仕方がないでしょ! ……私のミスなんですから」
今から戻れば多少は返してもらえるとは思うが、そんな時間を費やす余裕はない。
ネロは荷物を肩にかけて歩き出した。
マーガレットが小走りについていて、横に並んだ。
しかしすぐに、マーガレットは遅れた。
すると小走りに横に並んで、けれど気が付けばまた遅れる。
ネロは立ち止まってマーガレットを待ち、追いついたらまた歩き出す。
それを何度か繰り返した後、マーガレットが怒りだした。
「ちょ、ちょっと、ネロさん、……女の子に優しくない男ってモテませんよ! 速い、速いです歩くの!」
「……、そうか?」
かしまし娘たちは余裕で横をや前をうろちょろして、しかも絶えず喋りっぱなしだ。だから自分の歩く速さなど気にもしなかった。
もしやあの三人娘はかなり特殊なのか。
「あー、悪い。ちょっとゆっくり目に歩くよ」
「お願いします。あ、……でも、やっぱりネロさんはいつも通りでいいです。私が速く歩くようにします」
「いや、合わせるって」
「いいえ! だって急いでるんですもん。私のペースに合わせるより、ネロさんのペースのほうが早く移動できるでしょう?」
なんだか健気なことを言い始めた。これが十代の女の子の考え方なのか。
急ぐならば、移動魔法を使えば一瞬なのだ。
ネロは何度もあの森に行ったことがあるし、ハルリア村ならば数えきれないくらい行っている。
しかしマーガレットの話から、ハルリアは確実に甚大な被害を受けていることが決定的になった。移動魔法を使った次の瞬間あわれ燃えカス、なんてことになったら笑えない。
そればかりか、あの世でロキとサヴァランにさんざん馬鹿にされる。
想像すると、それは自制に大いに役立った。
次の街、ゾエに到着したのは昼を少しまわった頃だった。
今日は日差しが強いので、ろくに寝ていないネロにはにこたえた。
暑い。
けれどカンバリアは気温がそんなに高くはない。暑いからと言ってマントを脱げば、逆に体が冷えてしまうだろう。
ハルリアあたりは温暖なので半袖でも過ごせるのだが、内陸になるとそうもいかない。
ゾエの町の入り口付近は野菜畑が広がっている。のどかな道が続く。歩いてると、遠くにとんがった塔がいくつか見えてくる。
そのとんがった塔のある部分が中心部だ。
人口は四千人。
城塞のない街で、ここまで規模が大きいのは珍しい。野盗の危険と隣り合わせだが、物流の迅速性を優先させて発展した。
その分、ギルドの力が強く、多くの冒険者が集まっている。
そしてその分、野盗も強い。
お互いに刺激しあって強くなってゆく。
良いのか悪いのかよく分からない。
雑多な感じもあるが、物と人にあふれていて活気があり、マーケットには新鮮な野菜が山盛りになっている。
「マーガレット、ゾエにはギルドが六つほどある。手分けして爆炎の勇者の情報を集めようか」
「いいんですか? お願いしても」
「ああ。……けど、名前を出せばわかるほど有名なんだろうな?」
「当たり前です! むしろネロさんこそ、聞き込みついでにギルドのことを学んできてください!」
ほんと失礼しちゃう、とマーガレットはふてくされた。
ゾエの街にはギルドのほかに魔法師団の支部がある。ネロの本当の目的は、そこだ。
情報収集は必要な出張の場合、支部がある街では必ず顔を出すようにしている。
マーガレットと別れた後、ネロは先に魔法師団ゾエ支部に向かった。
ゾエ支部は街の中心部の隅にある。
二階建てのその建物の周りには、弁護士などの事務所の入った建物などが並び、静かだ。
魔法師団の旗が掲げられている。
入り口に近寄ると、扉が音もなく開いた。
「こんにちは。どうぞ」
という声がして、カウンターの向こうにいる眼鏡をかけた男性の魔法師が振り返った。
建物の中は心地よく冷えていて、壁には宇宙図の壁画が描かれている。
「こんにちは。……コーカル支部から来ました、ネロ・リンミーですが」
「ああ、コーカル本部の。ようこそ。どうしました?」
「出張でリテリアの森に行く最中なんですが、最新情報があればと思いまして」
ネロはカウンターに立ち、服の下から魔法師のペンダントを引っ張り出して見せた。
「リテリア? はい、お調べしますね。……えーと、ああ、森の柵の件ですね。はいはい、サヴァラン所長からの直々の任務ですか。はああ、そうですね、ちょっとお待ちください」
眼鏡の魔法師は、カウンターにある魔法水晶を操作しながら、どんどん背中を丸めてゆく。
できるだけ水晶に顔を近づける魔法師は、たいがい古文書や呪文解析および開発にのめりこむタイプ。
現場で働くよりも研究室に籠っているほうが向いている。
ゾエではギルドが強いので、このようなインドア派でもやっていけるのだろう。
しかし二人以上で勤務しなければならないのに、室内にはこの魔法師しか姿がない。
「今、お忙しいんですか?」
「え?」
魔法師は眼鏡のつるをつまみながら顔を上げた。
「いえ、お一人しかいないので。ほかの皆さんはどこかなと」
「ああ、はい、そうですね。ここには三人在籍しているんですが、一人は休暇。一人はギルドのほうに行っているんです。ほら、リテリアの森が立ち入り禁止になったので、ギルドから苦情が来ましてね。その対応ですよ。町役場にも同じような苦情が行っているんだそうですよ」
「立ち入り禁止だと、ギルドは困るんですか」
「冒険者は自由を大事にしますからね。立ち入り禁止という束縛が気に食わないんでしょう。しかも腕に自信がある者ばかりなので、多少の危険など気にはしない、むしろ望むところだ、……と。あとは、リテリアの森を通って近隣の村や漁場に向かう一般の人たちが、文句を言っているんです。ま、これは理解できますけれど、ギルドは面倒です。説明をして納得してくれるような人間が少ないので。えーと、情報がでてきましたよ。どのあたりまでご存知ですか?」
「恥ずかしながら何も知らないんですよ」
「ああ。はい。サヴァラン様からのご依頼ですもんね。承知しておりますよ」
どのような承知の仕方なのかは謎だが、ネロがサヴァランの使い走りということは多くの魔法師が知るところだ。きっと、また無茶振りされてるんだな、と思っているに違いない。
魔法師は椅子に座るように促してくれた。ネロは軽く会釈して椅子に腰かけた。
「リテリアの森の柵が壊れていると報告が上がったのは二週間前ですね。公園の監視員からです。柵自体は監視員が応急処置をしたようですが、結界が壊れている可能性があるということで、魔法師団に調査依頼が来ました。対応したのはハルリア村の魔法師ですね」
「ハルリアの」
「はい。報告箇所の結界は張り直したが、他にもほころびを感じ取ったので、もしかしたら魔法の知識のある密猟者や野盗が侵入したのかもしれない、よって魔法師団の警備部隊に来てもらいたい、という依頼が三日前に出されていますね。それと専門の結界師」
三日前。マーガレットが言っていた爆発とやらがあった日だ。
「……それで、魔法師団は警備部隊を送ったのか……分かりますか?」
「いえ、送れていませんね」
「……なるほど。…………立ち入り禁止にしたのはいつの時点でですか?」
「えっと。ああ、……、これは市長からの直接命令ですね。ネロ魔法師のお兄様? 弟君? ですかね。さすがお仕事がお早い。四十五分後には立ち入り禁止命令が発布れています。柵には電流を流しているようですな」
「電流か。……そうすると、リテリアの森の中にいた人々も逃げれないのでは?」
「そうですね。ギルドが文句を言っている理由にはそれも含まれています。まあ、電流を流したのは警備員の判断なので、魔法師団や役所に文句を言われても困るんですが。警備員としては、危険な野生生物が逃げ出して、街や村を襲うことを懸念したのでしょう。ええっと、警備員の監視室にやってきた人々は、順次外に出して、病院などに送っているそうですよ」
「けが人は?」
「怯えた動物に襲われて、瀕死になっていた冒険者が一人。監視室に集まっていた中に、医療魔法に長けた魔法使いがいたので、その者の術によって一命はとりとめたそうです」
「それは良かった。けれど……となると救援隊は向かっていないわけですか?」
「コーカル市が軍に要請中だそうです。ですが、……軍にしては初動が遅すぎますね。……だからですか? ネロ魔法師がここにいるのは」
「柵の修理が目的ですよ」
「そうでしたね。失礼しました」
「しかし、衝撃波がなければ、柵はずっと放置だったのですかね。二日? も放置だなんて危険だ」
「それは確かに。対応が遅いですなあ」
「魔法師団の警備兵以外が派遣されたような形跡はないですか?」
「うーん……、分かりませんです、すみません」
「いえいえ。本来であればこちらが調べておくべきなのですから、こちらこそわがままを言って申し訳けございません。ちなみに、俺がリテリアに向かうことは、森の警備員に伝わっているんでしょうか? なんせなんの説明もなく命令を出されたもんで」
「大変ですねぇ。警備員にはネロ魔法師がどんな方か知られていないと思うので、不審がられますね。あははは」
「あははは」
いや、魔法師にはどんな方だと広まっているんだ。苦笑いしか出ない。
「でも大丈夫でしょう。コーカル本部より、一名の魔法師を派遣したという情報が更新されています。おそらくネロ魔法師のことでしょう」
「ほんとうですか。ああ、よかった。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらは公開されている情報を伝えただけですから」
「いえありがとうございます、助かります」
眼鏡の魔法師とネロは交互にぺこぺこと頭を下げた。
しかし、三日前、か。
「その柵が壊れているという箇所は、どのあたりなのですかね? リテリアの森は広大ですが」
「そこまでは…………。魔法師がハルリアから派遣されたのですから、ハルリアに近い場所だとは思いますが」
「そうですか。ちなみに、ハルリアとは連絡が取れますか?」
「いいえ。うーん、……試してみましょうか」
「そうですね。連絡が取れればこちらとしても楽ですので」
しかし連絡はつかなかった。
電話はもちろん、水晶などを使った通信も通じなかった。
「…………無理でしたね……」
これは望み薄い。壊滅の可能性が濃厚だ。
ロキにもう少し詳しく聞くべきだった。いや、ロキが話すだろうか。話さないだろう。
「いつから音信不通か分かりますか?」
「いつから、ですか?」
「ええ。衝撃波のあったのと同時なのか、それより前に、実はもう通信が途絶えていたのか…………、もしくは衝撃波のあとにも通信を試みた形跡があるのか、です」
「なるほど!」
眼鏡の魔法師は目を輝かせた。なにかの琴線に触れたらしい。
「む、……これは……」
「どうしました」
「三日前から途絶えています」
「三日前」
「ええ。通信記録はありませんものの、遡ることができないのです。三日分」
「つまり?」
「時が三日前から途切れております」
「時?」
「ええ。なんと説明いたしましょうか。私どもの魔法公式で読み取れる過去が、三日前で途切れていて、そこから今に至るまでは別の公式……、別の魔力の術式に変わっているので、読み取れないのですよ」
その説明に既視感があった。
呪文が書き換えられている。そう、マーガレットのロッドだ。
「つまり、読み取れないものの、発信機自体はある。ということですか?」
「ええ、まさしく、そのとおりですとも」
「魔法公式は分からないが、魔法力は発信されている、」
「ええ! そうなのです!」
「それは、どこを基点に調べているのですか? どこの、なにを、基点に?」
「ハルリア村の、魔法師団支部の、通信用水晶盤ですよ」
「つまり、ハルリア村の水晶盤は、まだ在るのですね?」
「はい。まだ『水晶盤は在ります』『ハルリア村に』そして『動いている』」
「よし!」
「ええ!」
ネロと眼鏡の魔法師は同じことを思っていた。
水晶盤が在る。
そして、動いているのだ。魔法公式は書き換えられているかもしれないが、存在そのものはなくなっていない。
口にすることをはばかられるようなことを、お互い予想していた。その可能性がぐっと低くなったのだ。
ネロと眼鏡の魔法師は、無言で頷きあった。
言葉にならない喜びを共有した。
ハルリア村は、『在る』。
そしてひとまず安心したネロは、次にもう一つ情報を求めることにした。
「そうだ。リテリアの森から脱出した人間の中に、爆炎の勇者とかいうのはいましたか?」
「爆炎の、勇者? ですか?」
「はい。どうやら人里に魔獣が出るという相談を受け、リテリアの森にいたようなんですよ」
「勇者ですか。勇者は魔法師団とは水と油ですから、……、少しお待ちください」
眼鏡の魔法師は再び背中を丸めた。
「あー……、勇者と名乗るギルドの冒険者が一人、森から脱出しています。ひん死の冒険者を助けたパーティーのリーダーですね。ですが、それが爆炎の勇者かどうかは不明です」
「そうですか。……、その人物から、人里に出た魔獣について詳しく話を聞きたかったのですが……」
適当に理由をつけてうなだれてみた。
「でしたらギルドに向かわれたほうが詳しいことが分かると思います。ギルドで話し合いをしている魔法師に連絡をしておきますから、顔を出してみてください」
「なにからなにまで、本当に助かります。ありがとうございます」
「いえいえいえ、とんでもないとんでもない」
再びネロと眼鏡の魔法師はぺこぺこと頭を下げあった。
その魔法師がいるのは、魔法師団ゾエ支部の前の道を右に進んだところにあるギルドらしい。
ゾエ支部を出て、魔法師団のペンダントをしまった。
マーガレットとは時計塔の前で落ち合うことになっている。途中どこかのギルドで鉢合わせしたら、お互いの情報を交換することになっていた。
運よく落ち合えればいいのだが。
そろそろ体力の限界が近い。目の奥がジンジンしてきて、目を開けているのもしんどい。
疲れのピークだ。早く宿を見つけて眠りたいのだ。
それとも、ギルドに向かう前に宿を取ってしまおうか。
いや、そんなことをしたらマーガレットがむくれるだろう。
眠気をこらえながら歩くと、トマス組合長のギルド、という看板を見つけた。
ギルドは全て横につながっていて、腕のある冒険者が引退すると組合長を継いだり、新しいギルドを作ったりする。
謎の名前がついているギルドは古いギルドだが、個人名が付いているギルドはたいてい新しいギルドだ。
トマスというのが名前からきているのだとしたら、ここは新しくできたギルドだろう。
中は険吞とした雰囲気。
屈強な中年男性と、黒いローブを来た若い男がにらみ合っている。
おっさんのほうが組合長だろう。
黒いローブは言わずもがな魔法師だ。
男性は戦士出身だろうか。すごい迫力だ。
だが魔法師も負けてはいない。赤い宝石で彩られた大きなロッドを携え、その長身から組合長を見下ろしている。
ネロは直感した。
この魔法師はあれだ、典型的ナルシスト魔法使いだ。
自分の才能をひけらかす、というか、魔法使いとして強さに自信があり自分のことを天才だと思い込んでいるタイプだ。凡人とは違うのだ、と。
魔法使いにはけっこう多い。
そして魔法師には顕著に多い。
腕っぷしは強くないくせに、強い魔法が使えるから自分は誰よりも強い、そんな俺最高、と思ってしまっている。
ネロは苦手だ。
ナルシスト系魔法師はエリート大学を出ている者がほとんどで、ネロのことをよく思っていないのだ。
しかも、ネロがサヴァラン直々の指導を受けたことにより、妬み嫉みが大爆発して、同期のナルシスト系からは嫌がらせを受けた。
最悪だ。
あの眼鏡の魔法師に通達してもらったのは失敗だったかもしれない。
ネロはそっとギルドを出ようとした。
しかし、
「おい、あんたも冒険者か?」
と、よりによって組合長と思しき男に声をかけられてしまったのだ。
魔法師と冒険者全員が、一斉にネロを見た。
「……、えっと」
冒険者たちが目をぎらつかせている。
この魔法師は一体なにを言ったのだろう。
そして魔法師も、ネロを見て少し目を見開き、ゆっくりと嫌な笑みを浮かべた。
「これはこれは、どうやらずいぶんと面白い冒険者がやってきたようですね」
なんだ、この発言。
ゾエ支部からの連絡を見ての発言だろうか。なんだか怪しい。
組合長やほかの冒険者とやりあっていたのなら、連絡を見る暇はなかったかもしれない。
だとすると通達は受けていないのに、ネロの正体を知っている。その上での、この発言。
あ。嫌な予感がする。
「あんた、このインテリ野郎と知り合いか?」
「いえ、まったく」
ネロは即答した。実際に知らない顔だ。
だが、ネロが知らなくとも相手が知っているということはしょっちゅうある。
もしくはロキを知っていて、勘違いして話しかけてくる。
「あっちはお前さんのことを知っているようだが、どういう関係だ? にーちゃん、あんた、何者だ?」
「えっと……」
ネロが口ごもると、ナルシスト魔法師が声高に言った。
「おや、この冒険者をご存じない? しょせんこんな小さな街のしがないギルドといったところですか。あははは」
「なんだとこの野郎。こちとら仕事だと思って手を出さないでやってるんだ、それも知らずに良い気になりやがって。ここには腕に覚えのある冒険者が十人以上いるんだぜ? お前を袋叩きにして森に捨てるくらいわけねーんだ、ちったあ口を慎むんだな」
「あははは。あなたたちごときに倒される? 僕が? もっと面白い創作話を聞かせて欲しいものですよ!」
あはははは、と魔法師が額に手を当てて甲高い笑い声を上げる。いちいち癇に障る男だ。
見るところ、この魔法師は攻撃型だ。
というか、ナルシスト系はド派手な魔法を好む、もしくは精霊召喚を好む。
持っているロッドには呪文短縮の印が刻まれている。魔法陣ではないので、召喚魔法ではない。四大元素魔法の詠唱を短縮させ、魔法名を唱えるだけで発動できるようにしてあると思われる。
ギルドの冒険者たちの怒りが、爆発しかけていた。
組合長が抑えているが、あと一言でも魔法師がしゃべれば、暴動が起きそうだ。
暴動が起きる前に目的を果たしてしまおう。
「あー。すみません。俺、ギルドには登録していないんですが、……、ちょっといいですか?」
ネロは小さく手を挙げて、一歩前に出た。
「なにやらお取込み中のようなんですけれど、人探しをしてまして、伺ってもよろしいですかね?」
「はぁああああ? てめえこの状況でよくそんなのんきなこと言えんなぁ?」
と、横にいた鎧姿の大男にすごまれた。
すると、笑い声がそこらから上がった。
どうやらネロが怯えて体を縮こまらせたように見えたらしい。
そんな反応をしただろうか。
謎だ。
「爆炎の勇者を探しているんです」
冒険者たちがざわついた。
組合長がネロに一歩近づく。
「あんた、爆炎の勇者を探しているのか? なぜだ、理由は?」
おお。
本当に有名な勇者だったようだ。
疑って悪かったな、マーガレット。
「マーガレットという魔法使いを知ってますか?」
「ああ。最近仲間になったっていう女の子だろ。かわいい癖に、特大魔法をバンバン使いこなす猛者だ」
マジか。
「その子の知り合いでして。リテリアの森が立ち入り禁止になっているんでしょう? どうやら、マーガレットはその際に勇者一行とはぐれてしまったようで、一緒に探しているんですよ。まだリテリアの森に取り残されているのか、それとも、脱出してどこかのギルドに戻っているのか」
ネロは取って付けたようなことを言った。
ほとんど真実なので、嘘探知の魔法眼で見られていても大丈夫なはずだ。ネロの本当の任務までは知られることはない。
そして、この魔法師も、冒険者ごときにサヴァランの任務を漏らすことはないだろう。通達を見ていたら、の話しだが。
「なるほど。そうゆうことだったのか。残念ながら、爆炎の勇者の情報はここには届いていない。そうか、……リテリアの森にいらっしゃるのか。ならば、……どうにかなるだろう。なぁ、みんな?」
なにがどうにかなるのかは知らないが、組合長が冒険者たちに同意を求めると、うおおおおおおと雄たけびを上がった。
「爆炎の勇者が中にいるのなら百人力だ! 外からは俺たちが力を合わせて、こじ開けるぞ!」
と、誰かが叫ぶ。
うおおおおおおおおおおお!
再びの雄たけび。
一気にお祭り騒ぎになってしまった。
ナルシスト魔法師は舌打ちをして、ネロをにらんでくる。
うん。
ごめん。
ほんとこれに関しては申し訳ない。ネロは心の底から謝罪した。
なにが冒険者たちの琴線に触れたのかは知らないが、魔法師団とコーカル市にとって悪い方向に話が進んでしまったようだ。
「えっとー、爆炎の勇者の無事は、誰もご存じないんですね?」
ネロは少し声を張って尋ねた。
「あの方になんかがあるわけないだろう? 爆炎の勇者だぜ?」
「リテリアの森にいる。それだけで十分だ!」
「こうしちゃいられねえ、全ギルドに召集かけて、冒険者全員で柵を蹴破ってやろうぜ!」
血気盛んさを隠しもしない冒険者たち。頭で考えず体で考える冒険者たち。
そんな奴らがじりじりと魔法師に近寄っていく。
「なああんた。さっさと戻ってお偉いさんたちに伝えな? 俺たちから自由を奪うことは誰にもできないってな」
組合長がすごんだ。
けれど魔法師はひるまない。
「爆炎の勇者だかなんだか知りませんがね、そんな偽勇者が一人森にいて、あなた方雑魚がどれだけ暴れたって、世の中が思い通りになるとは限らないんですよ」
と諭すように言い放つ。
ネロとしては、ナルシスト魔法師に大賛成だ。
ピンキリの冒険者たちが暴れたからって、なにもならない。ただ、暴動民として軍に駆逐されるだけだ。
一定以上の力を持った冒険者たちが、一糸乱れぬ隊列組んで攻めてくるならまだしも、統制のとれていない烏合の衆など、せん滅する覚悟で挑めばなにも怖くない。
けれどこのナルシスト魔法師の鼻っ柱は、ひとまず折りたい。
が、めんどう事には巻き込まれたくはない。そっとお暇しよう。
ナルシスト魔法師の発言に、冒険者たちは当然、怒りを爆発させた。
誰かの号令で武器を抜き、魔法師に切りかかっていく。中には魔法の詠唱を始めるものもいた。
だが魔法師は焦る様子を見せずに、攻撃をスルスルとよけた。
先陣を切って攻撃をしている冒険者は、ネロから見てもわかるくらい初心者だ。実力者は黙って様子をうかがっている。
「攻撃が雑です。そして、ほら、呪文詠唱もこうすれば止まりますよ」
魔法師はパチンと指を鳴らした。
すると、呪文を唱えていた魔法使いが一瞬口をつぐんだのだ。それで詠唱が途切れた。
指を鳴らすことで、魔力の小さな爆発を起こしたのだ。おそらく、魔法使いの唇の前あたりで、シャボン玉がはじける程度の。
「皆さんが暴挙に出るというのなら、実力行使をさせていただきます。僕にはそのような権限があります」
なんだと。
外に出ようとしていたネロは、驚いて振り返った。
そんな権限、聞いたことがない。
そもそもギルドと魔法師団は裏でこっそりつながっている。
サヴァランにギルド長が泣きついてきて、ネロが尻拭いをしていたりするし、その見返りにギルド長が冒険者たちを抑えたりしている。
ここで盛り上がっているキナ臭い暴動も、いざとなったらギルド長が組合長たちを通して収拾させるだろう。
下手な実力行使は、魔法師団とギルドの関係に余計な軋轢を生むだけだ。
なにを考えているんだ、この魔法師は。
「実力行使だと? 笑わせる。大きな口を叩いて、泣きを見るのはお前さんだぜ?」
「今度は俺が行こう。本気でやらせてもらうぞ」
先ほど突撃していった冒険者たちではなく、腕に自信のある戦士たちが気合を込め始めた。
「どうでしょうね!」
魔法師は手にしていたロッドを掲げた。
その瞬間、青白い光が輪になって広がる。
「ぐあ!」
「ぎゃあ!」
その光によって冒険者たちが吹き飛ばされた。
いや、光の輪によって壁に勢いよく押し付けられたのだ。
押し付けられている人々の首や胴体に青白い光の線が浮かんでいる。
「てめえ! こら、くっ、なんだこれは!」
「ほらね、口ほどにもない。初歩の光魔法一つでこの様ですよ。これでよく大口が叩けましたね」
あきれた口調で、魔法師はロッドを下げる。すると光の線は消え、冒険者たちがどさどさと床に落ちた。
咳き込んだり、あばらを抑えたりして、すぐに動ける者はいないようだ。
この魔法師、なかなかの手練れだ。
ロッドに呪文短縮の印が刻まれているとはいえ、呪文詠唱をまったくせずに魔法を発動させた。
幹部候補になってもおかしくないだろうに、どうしてゾエ支部などに配属になったのだろう。
ああ、性格の問題かな。
ネロは勝手に納得した。
ナルシスト系はコミュニケーションに謎がある。
「しかし、さすがですねえ、……僕の魔法が効きませんか」
ナルシスト魔法師が面白くなさそうにネロを見た。
「冒険者さん、あなたが代表して、僕と一騎打ちしませんか?」
「え? なんで?」
ネロは理解に苦しんだ。
「冒険者仲間がこんなあっさりやられて、さぞ悔しいでしょう? 冒険者は自由を叫びながら群れていないと寂しい精神的弱者ですしね。どうです? あなたは僕の魔法に耐えうるだけの強さをお持ちのようですし」
「いや、いやいやいや」
俺関係ないじゃん、とは言えない雰囲気だ。
冒険者たちがなにやら力のこもった目でネロを見ていた。
己への悔しさだったり、魔法師への怒りだったり、望みを託すようなまなざしだったり、様々な感情がこめられている。
いや、待ってくれ。
待ってくれって。
「一度あなたと手合わせしたかったんですよ。ふふふふふ、あはははは」
ナルシスト魔法師は笑う。
なんなんだ。というかお前誰だよ。
というか、なにが手合わせだ。目障りだからひねりつぶしたいだけだろ。手合わせだとか言って、そういうことだろ。
そして事が終わった後で、暴動を起こした冒険者の一人だと思ったので倒しました。同じ魔法師だとは思いませんでした、などと言い訳するに決まっている。
「なあ、若いの。あんた、どうやら魔法師団には名が通っている冒険者のようじゃないか。やってやれよ。同じ冒険者、自由民として、この公僕を叩きのめしてくれよ」
そう言ったのは、一番先に復活を果たした組合長だった。
ネロの肩にポンと手を乗せて、にやっと笑う。
この組合長、けっこう余裕そうだぞ。
不意をつかれた攻撃で吹き飛ばされたが、まともに組み合ったらナルシスト魔法師を倒せるんではないだろうか。
だが完全にネロを差し出す気でいる。
そして組合長の言葉に、まだ復活できていない冒険者たちが賛同し始めた。
「やってやれよにーちゃん!」
「受けて立てよ、それが冒険者だろ!」
「怖気づいたのか坊主!」
「弱虫か!」
なんだろう。一応味方側にいるはずの奴らから罵倒されている気がする。なぜだろう。不思議だ。
そういえば、マーガレットはどうしているだろうか。ネロの思考が逃避した。
ちゃんと情報を得られていればいいが。
そして、この状況、サヴァランに筒抜けだったりしないよな。まあ筒抜けだったら、ここで杖を抜いた言い訳をしなくて済むので、それはそれでかまわないんだけど。
けど、いい加減眠りたい。
ほぼ徹夜だったんだけどなぁ。
睡眠不足過ぎてお腹痛くなってきた。
先に宿を取っておけばよかった。
そんなことを考えながら、ネロはベルトに差していた杖を抜いた。
続く