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《6》ネロ不本意にも勇者見習い認定される

 


 消耗しきった体を引きずって、ネロは食堂へと降りた。

 任務と全く関係ないところで、疲労が蓄積されてしまった。

 少しでも体力を回復しなければならない。

 魔法師失格だな。ネロは自嘲気味に、左の口角をひくつかせた。

 朝食を食べたらすぐに出立し、大きめの町で回復薬を買おう。

 自分が作った回復薬もあるが、それはいざというときのために残しておきたい。作るのに時間がかかるのだ。薬草も節約したかった。


「はあ……」


 魔公サヴァラン。


「全部あいつのせいだ。サヴァランのせい」


 ネロはぶつぶつ八つ当たりをつぶやきながら食堂のテーブルについた。

 すぐに女主人がやってきた。

 夜中まで働いていたであろうに、早朝からまた働いている。

 双子だろうか。


「なんだか昨夜より疲れてるねえ。やっぱり騒がしかったかい?」

「いえ、朝方まで調べものをしていたものですから、」

「そうかい? ならよけいうるさかったろう?」

「え?」


 すると女主人は目を丸くした。


「まさかあの大騒ぎに気がつかなかったのかい?」

「え? あ、はい」


 なにかが起きていたらしい。


「あの、一体?」

「ほら、あんたに絡み酒してた若い女の子。魔法使いの。あの子がね、他の冒険者にナンパ、というか絡まれたというか、そんな感じになっちゃってね」

「あー」

「で、ほら、戦士の集団がいたじゃないか。そいつらが女の子を助けようとしたら、それが乱闘に発展しちゃってさ」

「あー」

「でね、女の子が怒っちまって。魔法でドーンとやっちまったのさ」

「ドーン、と」

「そ。お陰で窓のあたりが吹っ飛んだよ。ま、冒険者が集まる店だからこんなことしょっちゅうなんだけどさ、女の子が狼狽えちゃってね。あの子は被害者側なんだ。気にするなって言ったんだけど……」

「まあ、気にしますよね」


 ネロの言葉に女主人は軽く笑った。それから眉を下げた。


「宿に泊まらず出ていっちまったよ。修理費にって有り金も置いてってね。……結構な額だよ。夜中に出て行っちまったのも気になるし、それにあの子、お金残ってるのかねぇ。どうするつもりなんだろうねぇ」


 どうするんでしょうね。

 なぜ、こんな話をされているのだろうか。

 ネロは嫌な予感がした。

 もしかして、助けてやれよと遠回しに言われているのだろうか。勘弁してほしい。

 ネロは内心冷や汗をかきながら、水の入ったコップに口をつける。


「ねえ、あんた助けてやんなよ。というか、一緒に旅したらどうだい? お互い一人旅みたいだしさ。あんたも仲間がいたら安心だろ? いいじゃないか、若くて可愛い女の子と旅だなんて!」


 若くて可愛い。

 ネロはハッとした。

 職場は結界オタクの野郎ばかり。せっかく入った若い女子は、先輩であるはずのネロをおちょくってくる。

 しかも単発出張ばかりなうえに、圧の強い上司に休日丸無視の無茶振りをされて、全く出会いがない。

 最後に恋だのなんだのをしてから、いったいどれだけの月日が流れたことだろう。指折り数えかけて、やめた。むなしい。

 まさか、これが新たな出会いだろうか。

 そう一瞬だけ期待したが、すぐに自ら否定した。

 いや違うな。

 絡み酒されたしな。

 そもそもタイプではない。

 しかもなんちゃって勇者の仲間らしいし。

 そうだ、勇者とやらがいるじゃないか。


「いや、あの魔法使いの子は、勇者の仲間らしいですよ。きっとパーティーと合流してますよ」


 心配に及ばないでしょう、という笑顔で返すと、


「ならもってこいじゃないか! 強い味方ができてあんたも一安心だろ! 守ってもらいな!」


 そっちか。強さをひけらかすつもりは毛頭ないが、少女から守ってもらえと言われるほど頼りなさそうに見えるのだろうか。

 魔法師歴十年にして、ネロの心はポッキリ折れた。


「はあ、……そうっすね。まあ、……見かけたら声かけてみます……」

 涙がでそうだ。昨晩さんざん流したはずなのだが、涙というのは枯れないらしい。



 宿を後にしたのは、朝の八時を少し過ぎた頃だった。

 女主人が、女の子によろしく! と、大声で送り出してくれた。

 できれば会いませんようにと、朝陽に祈った。しかし、こんなときは大概、出会ってしまうものなのだ。

 日は高くなり、少し汗ばむくらいの陽気。

 ネロは木陰で休もうと思い、少し先に見えた林へ急いだ。 

 そこで、件の魔法使いを見つけたのだ。

 魔法使いの女の子は、巨木の根元で夜営をしていたらしい。

 三角に組んだ棒に布をかけただけの、テントとも言いがたいテント。その前で火をたいたのだろう、燃えカスのそばでこてんと横になっていた。

 どうしたものか。このまま見なかったふりをしてしまおうか。

 けれど素通りすることは、ネロの良心がとがめる。

 同じ魔術を生業をする者として、せめてあのロッドのことでもアドバイスしておこうか。

 そんな理由をつけてネロはしゃがみ、燃えカスの処理を始めた。

 ほどなく、女の子は目を覚ました。

 自分のいる場所が分からなかったようで、ぼんやりとした目であたりをきょろきょろと見まわしていたが、ネロの姿を見て数秒固まり、


「え? え? ええええ?」


 と変な声を上げた。


「どうも。水飲むか?」

「え? なに? なんであなたがいるんですか?」

「一休みしようと木陰に来たら、君がいたからさ。昨夜は宿に泊まらず飛び出したんだって? 宿屋の女将さんが心配していたぞ。かなりの金を置いていったとか。はい水」


 ネロは浄水ポットを傾けて、丸いグラスに水を注いで、女の子に差し出した。


「あ、どうも。……、すみません。ご心配おかけしました」


 コップを受け取った女の子は、殊勝に頭をさげた。

 昨夜とは態度がまるで違う。どうやらけっこう酒に飲まれていたようだ。そして素面に戻ったその姿は、より幼く見える。十五歳くらいだろうか。


「君、何歳? 本当にお酒飲める年齢?」

「十八になりました。飲めますよ!」


 カンバリアでは十八歳かた飲酒が認められている。それよりも幼く見えるのだが、自己申告を信じることにした。


「そう。二日酔いの魔法薬、いる?」


 ネロは親切心で聞いてみた。二日酔いの薬というのは『日常的に使う便利な魔法薬』として、魔法師国家資格試験の二級のテキストに載っている。作れと言われれば作れる。


「お持ちなんですか?」


 女の子が目を輝かせた。どうやら二日酔いがひどいらしい。


「いや、作ればある」

「……、そう、ですか」


 あからさまにしゅんとされた。

 完全に作れると思われていない。少しだけむっとした。


「じゃあ、自分で作ったら?」

「私、法術はあまり得意じゃなくて」

 おいおいおいおい。


 ネロにとって驚愕の発言である。

 魔法薬は魔力があれば誰でも作れる。

 魔力がなくとも、必要な薬草と必要な手順をふめば、それに近い効能の薬ができるだろう。


「いやいや、法術とか関係ないから。神力だとか法力だけが薬を作るのに適しているというわけじゃないから。そもそも、初期の魔術というのは薬を作ることが主流だった。魔術師は薬を作れてなんぼ! ド派手な攻撃魔法ばっか習得したって、実際に役に立つのはこつこつ魔法薬作って、こつこつ結界魔法張って、こつこつ治癒魔法かけられるやつなんだよ!」

「ううう、」


 ネロはつい力説してしまった。

 これは普段自分に言い聞かせている言葉だ。

 どんなに強力な攻撃魔法だ召喚魔法だと言っても、使い道がなければ無用の長物なのだ。

 必要なのは役に立つ力。

 だって俺は国家公務員。

 こつこつ結界張って守護魔法唱えて、いざという時のために魔法薬煎じているのが、国家公務員。


「しょうがない、今から作ってやるから、よく見てろよ」

「え?」

「そんな驚いた顔しないでくれ」

「え、本当に作れるんですか?」

「……俺って、どんな風に見えてるんだ?」


 女の子はわずかに首をかしげて、言った。


「街とかで女の子ナンパしている、頭軽そうな……?」

「……」

「あ、違います、イケメンですよ! イケメンって言いたかったんです!」

「……。いいよ、仕事の後輩にも同じようなこと言われているからな、慣れてる」

「あ、お仕事されてるんですね」

「なあ、本当に俺ってどう見えてるわけだ? 泣くぞ?」



 ネロは荷物を漁るふりをして、空間魔法で魔法道具の携帯キットを取り出し、女の子の前に並べる。


「うっわ、可愛い。こんな小さい魔道具あるんですね」


 そして薬草の入った小さな麻袋を幾つか取り出す。


「使うのは三つ。乾燥させたトウメト。フレッシュなものがあったら魔法スープのほうがいいな。美味いから。でも乾燥させると成分が倍増するから、薬につかうなら乾燥させたやつがいい。次にジンマヤナ。これも乾燥させたやつ。やはり、乾燥させたほうが成分が増す。そしてテンカギグの花びらだ。葉や根だと今度は逆に成分が強すぎる」

「テンカギグはあまり見かけないですが、トウメトとジンマヤナは普通に食卓に並びますね」

「トウメトは実の部分、ジンマヤナは根の部分がどちらも食材として流通しているな。だが、食用は美味しさ重視だからな、魔法薬用に栽培したものを使った方がいい」


 ネロは自家栽培もしているが、薬草問屋からまとめ買いもする。どちらも良く使う定番の薬草だ。 

 それらを目分量でつまみ、鍋に入れた。発火石に火をつけて、鍋をセットする。カラ炒りし、水を注ぐ。じゅわっと湯気が立つ。


「あとは呪文を唱えながら魔力を注いで、一煮立ちさせれば、完成。簡単だろ? 何十種類も薬品混ぜたり、特殊操作しなくていい、単に煮出すだけ」


 ネロは銀のスプーンを渡した。

 女の子はスプーンを受け取って、ぱちぱちと瞬きをする。


「このスプーン、なんか重いですね」


 おそらく含まれている魔法力が重さを錯覚させているのだろう。魔法力のない人間では気づかない。


「あとは魔力を注ぎながら、呪文を唱えるだけだ。やってみな」

「あの、私、呪文とか知りません」

「呪文を知らなくても、魔力を注ぎ込めさえすればだいたいできる。必要な薬草は入っているからな。あー、でもそうだな。呪文なんつーもんは、術者の魔力を具現化するのが役目みたいなもんだから、お前が望んでる効果を唱えれば、簡単な呪文みたいにになるんだよ。師匠もそう言ってなかったか?」

「言っていたような、いなかったような?」

「ともかく、やってみな」


 すると女の子は、頭痛いのなくなれー、胸がむかむかするのなくなれー、と唱え始めた。

 ただ、魔力を込めることをすっかり忘れているようだ。銀のスプーンでかき混ぜているだけで、それなりの魔力は溶けだしているだろうから、注意するのはやめよう。ネロは女の子の師匠でも何でもない。

 少しして、湯気に完成の香りが生じた。


「できたみたいだな」

「ほんとですか?」

「あとはそれを濾して煮詰めて粉末にすれば、持ち運びにも便利な粉薬になる。今回はコップ一杯の分量だから、粉末にしても耳かき一杯分にもならないだろう。だからこのまま飲め」


 ネロは手際よく濾し、コップに移した薬を渡した。

 女の子はそれをじっと見つめて、動かない。

 それをよそに、ネロは残りカスを丁寧に別の袋にしまった。このでがらしは帰ったら薬草園用の肥料に加工するのだ。

 女の子はまだコップを見つめたまま固まっている。なぜか薬を飲む決心がつかないようだった。

 トウメトをジンマヤナを煮ただけのような汁だ。安全だろうに。味の保証はないけれど。

 女の子はおもむろに水を足した。そして一気にあおった。 

 そして数分後。

 効果があらわれたようで、おおおお、とか言いながらネロを振り向いた。


「凄いです! ありがとうございます!」

「そりゃどうも」

「凄いです! 魔法使いよりもずっと魔法使いらしいです! もしかして魔法薬師を目指していたりするんですか?」

「誉めてもらってどうも。あ、俺はネロ。今さら自己紹介ってのもおかしいが、別に魔法薬師は目指してない」

「あたしはマーガレットといいます。魔法使い歴五年。ギルド歴一年。よろしくお願いします」

「魔法使い歴五年? 学校は?」

「行きましたよ。魔術師の職業学校に。卒業してすぐにギルドに入りました」

「ふーん」


 魔術大学や法術大学には進まなかったのか。しかし魔術系の職業学校ではどんな授業をしているのだろう。魔法使いを名乗るこの卒業生は、基本中の基本の薬の作り方を知らないようだ。

 それとも単に、マーガレットがバカなだけなのか。


「でももったいないですよ! この知識と技は使うべきです!」

「まあ、これは趣味の延長なんでね」


 結界課魔法陣修繕係ではまず使わない。


「では何を目指して冒険者になったんですか?」

「え?」


 思いもよらない言葉だった。

 何を目指してとか、冒険者とか。

 冒険者か。

 まあ、もしも万が一、自分が冒険者になるとしたら、目指すのは……


「勇者、かな」


 片手に伝説の剣を。

 もう一方の手では大魔法を。

 山のように大きな魔王に立ち向かって行く自分。

 いつ捨ててしまったかも忘れた子供の頃の夢。

 国家公務員という堅実な道を捨ててまで冒険者になるとしたら、それに見合った無茶な夢を追いかけたい。


「ネロさん。何歳ですか?」

「三十二」

「うわ」

「なんだよ」

「思ったよりいってたので」

「どーせおっさんだよ」

「ネロさん、勇者志望なんですか」

「あー。いや、目指すとしたらの話で、本気じゃないから」

「その剣は、勇者に憧れて?」

「え? いや、そうゆうつもりじゃないけど、うん?」

「形から入るのも大事だと思います! ネロさん、見た目に反して真面目そうだし、見た目に反してたまにおっさんくさいしゃべり方になるけど、いいと思います!」

「いやうん、なんだろう、応援されてるのは分かるんだけど、なんだろうこのモヤモヤした感じ。なんなの? 俺ってほんと、どんな風に見えてんの?」

「大丈夫、イケメンですから!」


 続く



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