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《4》それはいとも容易く決められた

 

 実家、リンミー家は市の中心部にある。

 高級住宅街とされる区域に少し広めの森があり、その森がリンミー家の敷地だ。

 森の中にはいくつかの池と、昔からある小さな神殿と、離れとして使う青い三角屋根の小さな建物と、馬を遊ばせる馬場と小屋などがある。他にも、子供の頃に探検して遊んだ古い遺跡のようなものもあるが、その正体は謎だ。 

 そしてきちんと手入れをされた広い花園。その向こうに、ちょっとした城がある。それが住まいである。

 家に入る前に、花園の中の薬草園に立ち寄った。ネロが植物を栽培する場所だ。

 学生時代に趣味で始めたものだが、魔法師になってからは一気に数が増え、種類も観賞用の草花から薬草や毒草へと変わった。そして現在、その一画はいまやネロしか立ち入らない魔の国と称されていた。

 なんと不名誉な称号だろう。

 酷い。

 別に下手に採って食べたりしなければ害もないのに。 

 とても美しい植物園だ。手塩にかけて育てているのだ。 

 ネロとしては、ぜひ一度見てほしい楽園なのだった。

 めぼしい薬草を摘んだあと、植物たちに水と栄養剤を与えた。今回の出張は何日かかかるか分からない。その間に枯れてしまっては困る。以前、一週間ばかりの出張から帰ってきたら、やっと株分けに成功した植物が全滅していたことがある。あの悲劇、もう二度と起こしはしない。

 家に入るとすぐに執事がやってきた。


「お帰りなさいませ、ネロ様。今日はお早いのですね」

「いや、定時より遅くなってるけど」

「ロキ様もお忙しいようですから、魔法師団も大変なのかと思いまして」

「ああ。魔法師団も忙しい。色んな所に飛ばされてくたくただよ。また出張になった。多分、長くかかる任務」

「それは珍しい。ネロ様は仕事が早いのが売りですのに」

「え? そうなのか? 初耳だな」

「そうではないのですか?」

「まあ公務員だしな。時間厳守だ。あ、そうだ、ロキに呼び出されているんだ。お前になにか荷物を頼んだんだって? それを持って来いとか、……」


 言いながらネロは執事に仕事の荷物を渡し、その足で研究室という名の納戸に入った。

 自分の部屋を魔窟に変えたらメイド長が激怒して、日の当たらないじめじめした納戸をあてがわれたのだ。

 ちょっと扱いがひどい気がするが、そこならばどんなに改造しても誰も怒らなかったので、今や莫大な資金を投入して、魔法師団の研究室も真っ青な設備になっている。

 光に弱い植物の育成も行っている。 

 納戸に籠ってすぐ、ドアをノックされた。

 執事だった。


「なに?」

「ネロ様。ロキ様の元へ行かれるのですよね」

「うん。行くよ?」

「ではなぜ研究室へお入りに?」

「え?」


 なんでそんなことを聞かれたのかネロには理解できなかった。


「……。……、はあ。そうですね。失礼いたしました。お二人は双子であられましたね」

「え? なんだ? なんの話だ?」

「ロキ様がネロ様に魔法薬を煎じで欲しいと、そう伝言するよう承っておりました」

「なにそれ初耳」

「……。ではなぜ研究室にお入りに?」

「え? なぜって?」

「……まさか、そのままいつものように研究を続けるおつもりでしたか?」

「え?」

「ロキ様がネロ様に魔法薬を煎じていただきたいそうですので、研究は帰ってからにしてください」


 そう言って執事は微笑む。


「いや、あいつ、簡単な魔法薬なら自分で作れる」

「ロキ様にとってネロ様が一番甘えられるんですよ」


 嘘くさい。

 いや、確かにロキはネロに甘えるだろう。

 ちょっと極秘調査に行ってくれ、と。

 魔法薬は建前だ。


「さっき採った薬草を下処理したら、それ持って市庁舎に行くよ」

「ではここで待っておりますね」

「……」

「なかなか出てきませんので」


 執事は懐中時計を取り出して言った。



 黒いローブをまとっていなければ、ネロはまったく魔法師らしくはない。

 今のネロの姿は細身なパンツ姿に白いロングブーツ、胸元が少し開いたシャツにタイトなベストと丈の短いジャケットというものだ。

 基本、魔法師の制服は黒いローブであり、中の服装は自由だ。 

 だが魔術を生業とする人間たちは、なぜか黒を好む。

 法術を生業をする人間は白だ。 

 ローブの中身で、その人間の基本属性が魔か聖かが分かったりする。

 ネロは、ローブの中身も派閥がない。 

 そのまま腰のベルトに飾りのついた短剣を提げ、革のマントを羽織れば、『ギルドに登録中の冒険者です、けどもっぱら女の子ハンティングばっかしてるけどね』というチャラ男になれる。と、かしまし娘どもが言っていた。

 せめて貴族らしいと言ってほしいものだ。

 市庁舎に向かうのに、まさか他称チャラ男の姿で行くわけにもいかず、せめて貴族らしい恰好に着替えることにした。

 納戸を出ると執事につかまりかけたが、着替えをしたいと説明すると、一度自分の部屋に戻ることを許された。

 メイドに正装を用意するよう頼んだ。

 すると薬品臭いから風呂に入ってほしいと言われた。

 軽くショックを受けながらシャワーまで浴びた。

 なんなんだ。

 シャワーを終えると、正装のみならず白いマントに金の鎖飾りまで用意されていた。


「ネロ様も、普段からそういったお召し物でいてくださればよろしいのに」


 執事が実に残念そうに言った。

 俺の扱いちょっと酷くないか。ネロの憤りは、誰にも伝わらない。



 貴族然として赴いた市庁舎は、なにやら殺伐とした空気だった。

 案内の男性に市長執務室へ通されたがものの、そこには誰もいない。

 机の上はきれい整頓されていたが、隅に栄養ドリンクの瓶が五つ。ゴミ箱に固形栄養補助食品の包みがいくつも放り込まれ、台車には飲みっぱなしのカップやグラスが積まれたままだ。


「……魔法薬が欲しいというのも、あながち嘘ではないのかもな」


 ネロは台車の上のカップを片付けてから、携帯型の魔道具を並べた。

 必要な栄養を補助する薬湯でも作ろうかと、ろ過水を小さな鍋に入れ、発火石をこすって熱を持たせると、


《風を》


 とささやいて、息を吹きかけた。

 発火石は緑色の光を灯した。

 それを魔道具の中に落とし、緑の火が出たのを見計らって御徳を設置して、鍋を乗せた。

 薬草を調合し、ガーゼの袋に入れて鍋に入れる。

 くつくつと沸き始めると、口の中で呪文を唱える。周りに聞こえてはならない。

 呪文には基本となる文言があるが、それをどうアレンジするかはその術者によって異なる。師匠から弟子に、親から子へ伝えられる呪文もある。

 ネロにはどちらもないので、独自に研究開発した呪文だ。誰かに盗まれては困る。

 薬湯が呪文に反応し始めた。

 そこで銀のスプーンを取り出して、くるくると混ぜる。

 銀のスプーンにもネロが魔法をかけている。一回や二回ではその効果は無くならないが、使っていくうちに少しずつ効果が薄れる。

 そして重ね掛けすればするほど効力は増すので、使わないときもネロは暇さえあれば様々な呪文を重ね掛けしていた。

 ただ、やみくも掛けては悪効果になる場合もある。重ね掛けに失敗すれば、全てを解除して最初からやり直しだ。魔道具の手入れは慎重にしなければならない。

 呪文を唱え、銀のスプーンを回し続けた。

 魔法薬が完成したかどうかの判断は、作り手の勘だ。

 あ、できたな。

 そう思ったところで、鍋を外した。

 発火石に《風よ》とささやいて火を消す。

 粗熱を取っている間、薬を詰める水晶の瓶を磨いて待った。


 瓶詰も済ませ、別の魔法薬の薬草を選んでいると、執務室のドアが開いてどやどやと人がやってきた。


「だからそれだと経済特区としての条例に反するといってるだろうが!」

「今こそ特別条例施行の時でしょうが!」

「それで市民にはなんて説明するんだ? ただ単に立ち入り禁止にするだけでは納得しないぞ!」

「市民はだいたいバカですから大丈夫ですよ!」

「バカだからダメなんだよ、やつらはそうなった理由というのを考えない。自分たちの利益だけを考えるからな! すぐに批判ばかりしやがる!」


 三人の男が相手の言葉を全部聞く前に自分の発言を叫び、二人の女がその発言を遮るためなのか、


「待って待って待って、それでは駄目に決まています!」

「単純にものを考えすぎです! まずは筋道立てましょうと言っているでしょう!」


 とキンキン声を張り上げていた。

 市民はバカだというのは施政者にとっては当たり前のことだ。

 施政者は空から地図を見ているが、市民は地面に立って自分の進む道の先を見ている。

 施政者は全体を見て物事を決めるが、市民は自分の視点から行く道を決める。

 施政者が理由があって行うことも、市民からすれば自分の見えていないところで勝手に決められた横暴だと思う。 

 そして批判。

 どちらの気持ちも状況も、そして立場もわかる。わかるが、施政者と市民というのは平行線をたどるのが運命なので、それに抗おうとするのがネロにはしんどい。

 市長を目指さなくて本当に良かった。ロキはよくやる。

 部屋に入ってきた五人のうちの一人が、ロキだった。 

 自分とほとんど変わりのない姿かたちだが、着ているものもまとう空気も、施政者としての威厳を放っている。

 そして今日はちょっとささくれ立っていた。

 ロキはネロに目もくれず、分厚い資料を机に叩き付けるように置いて、すぐに他の四人と喧々諤々言い始める。

 聞いていると、それはもう見事に平行線だった。

 ロキは特別条例施行に反対している。

 その条例を出すのに、市民へしなければならない説明の材料がそろっていないからだ。

 どうやら現在、ハルリア村の周辺を一時的に立ち入り禁止にしているらしい。

 その理由があの衝撃波だが、ハルリア村周辺の状況はまだ分からず、立ち入り禁止の説明もできていない。

 それだけでも一部の市民から不審の声が上がっているのに、特別条例で立ち入り禁止特区にしたら、それこそ理由説明が早急に必要になる。

 だが国で行っている調査も難航していて、しかも今回の件は極秘扱いにせよという国から通達されているという。

 そして、いっそのこと早めにこのコーラルからも市民を退避させるべきでは? という女性の主張と、それは時期尚早だという男性。これは罵詈雑言の口喧嘩に発展した。

 聞いているだけで神経が削られてくる。

 平行線ばかりで、とうとう言葉も出尽くされてしまったのか、五人が同時に沈黙した。

 その僅かの間ができたことで、彼らの集中力が切れたのかもしれない。


「少し休憩にしよう。時間は惜しいが、冷静さも必要だ。二時間後に再び会議室で。それまで情報を精査し、各々も頭の中を整理するように。なんなら、私の兄が薬湯を煎じてくれているので、少し持っていってはどうかな?」


 突然ネロが話題にあがった。

 兄じゃねえよ、俺は弟だよ、という主張も忘れるくらいに唐突だ。 

 部屋の隅にいたネロは、ロキを含めた五人に顔を向け、小さく会釈をする。


「良ければどうぞ。疲労回復と意識回復の薬です。少し強めですので、お湯で三倍に薄めてお飲みください」


 薬は四つ分の小瓶に収まっている。

 ロキを含めて五人いるが、全員が欲しいとは言わないだろうから、大丈夫だろう。

 しかし意外にも四人全員がそれを持って行ってしまった。





「なあロキ、よっぽど疲れてんだな」

「まぁな。というかネロ、なんで全部魔法薬をあげてしまったんだ。これであの四人が余計元気になってしまったら、まとまるものもまとまらない」

「持っていけと言ったのはお前だろうが」

「まさか本当に持っていくとは思わなかったんだよ。魔法薬なんてうさん臭いだろ」

「魔法薬品会社に訴えられるぞ」

「だって、手作りだぞ?」

「悪かったな、俺の手作りで」

「全部持たせることはないだろう?」

「まさか本当に貰っていくとは俺も思わなかったんでね。うさん臭いだろ」

「だろ?」

「それも俺の手作りだぞ」

「他人がよく信じられるものだよ」

「それより、頼まれてた荷物持って来たぞ」

「そりゃどうも。助かるよ。……、で、今お前が調合しているのは何だ?」

「睡眠導入効果のある疲労回復薬」

「さっきのとは違うのか」

「ああ」

「さっきのはもうないのか」

「ない」

「そうか」


 ロキはソファに体を投げ出すように寝ころんだ。

 目をつむっている。

 同じ顔だが、頬のあたりが少しこけた気がする。そういえば自分も疲れているので、同じくらい頬がこけているかもしれない。結局は同じ顔だ。

 ネロはそう考えると、自然と笑みがこぼれた。


「……少し寝るなら、その間に同じものを作るが、どうする?」

「それはありがたいね。できれば奴らのものよりも強力なものを頼みたい」

「三十分でできる。そしたら起こす」

「なあネロ。お前、ハルリア村に行ってくれないか」

「いいぜ」

「助かる」

「ちょうど、極秘な出張があったからな」

「ついでに、極秘なタリスマンも貸してやる」

「怖いな」

「凄いぜ。『魔公サヴァラン』のペンダント」

「『サヴァラン』」

「そう。サヴァラン」

「極秘といえばサヴァランだな」

「凄い怖いな」


 魔公と呼ばれる大魔術師。

 魔公サヴァラン。古代の大魔術師だ。

 魔法に関わる者にとっては神と同等の存在である。

 サヴァラン所長の祖先にあたる。


「どこで手に入れたんだ、そんなもん」

「ここの地下金庫室でな。本物かどうかは知らん。本物だったら国宝級だ」

「そんな色んな意味で危ないもんを俺によこすのか」

「使い方も記されていないから、お前で適当に調べて使ってくれ。俺がみたところ、四大元素からの影響はほぼ受け付けない」

「優れものだな」

「ほかにも色々ありそうだが、詳しく調査する時間はなかった」

「お前、勝手に封印を解いたりしちまったんじゃないだろうな?」

「白い箱に入ってただけだから、封印も何もないだろう」

「なんで魔公の作だと分かったんだ」

「魔公の紋章が刻まれていた。だから」

「うさん臭い」

「国宝級だぞ」

「うさん臭い。いいから眠ってろ」


 ロキのかすかな寝息が聞こえてきた。

 魔公サヴァランか。

 真偽のほどは定かではないが、その名前を出したということはロキもなにかを勘ぐっているだろう。

 まあいい。

 権力者同士、好きなように腹の探り合いをしてくれ。

 ネロはあえてなにも口を挟まず、素直に使いやすい手駒に甘んじることにした。



 目覚めたロキは、ネロの煎じた魔法薬を原液のまま一本飲み干し、シャワーを浴びて清潔な服に着替えた。

 薬が効いたのかは知らないが、身だしなみを整えたロキには疲れの陰は一切見えない。

 そしてネロに、汚れた服を実家に持って帰ってくれとか、タブレット型の栄養剤を今度持って来てくれだとか言いながら、透明な石の嵌った大きめのペンダントをさりげなく手渡ししてきた。

 透明な石のまわりを、紫色の小さな石が縁取り、さらに赤い石が隙間を埋めている。 

 その縁取りの上に銀製の鎖がつながれていて、どうやら銀の鎖部分にも強い魔法がかけられているようだった。

 手のひらに魔力を込めて持つと、透明な石の中にうっすらと光が浮かび上がる。魔公の紋章だった。

 紫色だ。

 サヴァランの瞳の色を彷彿とさせた。


「じゃあ頼んだぞ。洗濯」

「ああ。分かったよ。洗濯な」


 そう言ってネロはロキと別れた。

 市長執務室の前でだ。

 ネロは汚れた服のはいった袋を提げている。

 その場面を市役所員数名に見られた。 

 だからこその、洗濯、という言葉であるが、これが兄弟間格差が周囲にはっきりと認識された瞬間となった。

 なんだこれ。




 実家に帰り、執事に洗濯物を押し付けた。


「ロキは元気そうだったぞ」

「それは一安心です」

「だが、タブレット型の栄養剤とかが欲しいと言っていたな」

「ではご準備しておきましょうか」

「じゃあ俺はこれから出かけるから」


 と軽く告げる。


「そうでございますか」


 執事も慣れたもので詳細を聞いては来ない。 

 いつもの鞄にいつもの魔道具を入れ、向かう土地で必要になるかもしれない道具や薬を加える。忘れてはいけないのが、着替えと石鹸。

 愛用の石鹸を持って野営に行くと、サヴァランやほかの魔法師たちにあきれられた。これだから貴族の世間知らずは、と。

 なんで石鹸ごときで白い目を向けられなければならないのか分からない。 

 ネロの荷物は多い。けれど空間魔法を用いれば、ほとんど手ぶらのように旅ができる。

 サヴァランの作る部屋には到底及ばないが、テントの中だけを自分の思うようなしつらえにすることだって可能だ。

 その取り出し方は簡単だ。

 野営地が決まったら、もともと魔法陣を書き込んでいた布でテントを張る。

 そして呪文を唱えるだけ。

 空間魔法が下手な奴だと、テントを広げたら中に詰めていた家具がぺっちゃんこになっていた、なんてこともあるが、空間魔法が得意な奴は、テントの中に強固なシェルターを持ってくることもあるらしい。

 そこまでされると、石鹸ごときでとやかく言われる筋合いはない気がする。

 頑張れば家ごと持ってこれるそうだ。

 ただそうなると建築法だとか土地法だとかに触れる。

 私有地の森に突然家を出現させられたら絶対に訴えられるし、国立公園にそんなもん取り出して植物を潰したら、始末書と減給が待っている。

 そして、もしも自分の家の敷地内でそんなことさせれら、マジで攻撃魔法ぶっ放して粉々にしてしまうかもしれない。そんくらいイラッとする。

 マントは防御力の高い素材で、肩から膝までの長さの物にした。ぬかるみを考えてロングブーツ。底の厚いタイプ。手袋は革製で、裏地に自分の考えた魔法の呪文を刺繍している。 

 着替えはテントの中に詰め込んで空間魔法でしまった。

 布なので、たとえぺしゃんこになってしまったとしても大したダメージはないだろう。


 旅支度の最後に、ネロは杖の選定に入った。

 町や村の施設の結界修繕であれば、三十センチ前後の細い杖にする。

 腰に差しておけば邪魔にならないし、そもそも杖を使わない場合も多い。

 公式な儀式に出たり、修繕先が格式ある場所であれば、自分の身長ほどもある大きな杖に、魔宝石を嵌めこんだ美しいものを選ぶ。

 道だとか森の中のような場所での任務であれば、歩行に使うにも便利な、足の長さより少し長い程度の物。

 めったに使わないが、剣が魔法の杖を兼ねている物もある。


「さてと、……どうしようかな」


 悩んだ末、ネロは剣タイプの杖と、二十センチほどの小さな杖を選んだ。

 剣タイプは護身用にもなる。

 自称勇者たちが好んで使うのであまり好きではないが、魔力にあてられた魔物や神獣に襲われる可能性もある。物理攻撃のできる剣は持っておくべきだろう。

 うっかり殺したら、サヴァランに頼んで実験材料にでもしてもらえばいい。証拠隠滅だ。

 小さな杖を普段使いにして、剣タイプは腰か背中に装備することにした。ギルドの奴らへの威嚇にもなる。


「じゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。ネロ様。お早くお帰り下さいね」

「ああ。早く帰ってくるよ」


 こうしてネロは、執事に軽く挨拶だけを残して、全く詳細の語られなかった極秘任務へと向かった。

 ハルリア村を見てくる。

 それだけの任務。

 それだけしか知らされていない任務。

 もうすっかり夜だ。 

 気持ちいい風が吹いていた。本当に、早く帰ってこられるといい。


 続く

 


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