《45》ロキによるネロ直伝の時短レシピ
コーカル市庁舎のまわりが一斉に華やいだ。
やじうまで集まっていた人々のほとんどは、そのまるで春の祝祭のごとき色合いに気づかなかった。
それもそのはずである。
彩りなすべて数多の妖精たちのきらめきによるもねだからだ。
赤、青、緑、黄、ほか様々な色の粒が一斉に沸き上がり、コーカル市庁舎を囲んでいる。
まるで花輪である。
さしてその花輪は見る間に増幅し、ゆっくり、ゆっくりとコーカル市庁舎の結界を絞めてゆく。
そして、パン、と結界が破裂した。
その瞬間、数多の妖精たちがコーカル市庁舎の中へなだれ込んで行った。
すべては、マスターの名のもとに。
ロキ・リンミーの命ずるがままに。
ロキは廊下を歩いていた。『走るな』と張り紙がされているが、迫り来る者たちは誰も守っていない。そもそも咎めるものもいないので、仕方がないことではある。
ならば自分が注意しなければならない。
それらは隊列をなし、激しく足音を立ててやって来た。
その黒い人影たちは、回廊を優雅に歩くロキを見て止まった。
「ロキ・リンミーだな! 大人しく降伏しろ!」
回廊に声が響けば、ロキは歩みを速めた。
「これはこれは、……どちら様でしょうか?」
わざとらしく両手を広げ、首を傾げてみせる。
「私は魔法師団ヘリロト本部のダレン・ヒルである。ロキ・リンミー。貴様は玉座簒奪の罪により逮捕する! 大人しく降伏しろ!」
「魔法師団に逮捕権などありましたっけ?」
「王室より特権を与えられた!」
「公務員が王室の下に入ったのですか? 王室は王家の私物、公務員が仕えるのは国。王室と国は似て非なるもののはずでは?」
ロキは歩みを止めなかった。ダレン・ヒルを筆頭にした魔法師たちが、槍に似たロッドや剣に似た杖を構えた。
「非常事態による特権だ! ごちゃごちゃぬかすな! 止まれ、両手を上げて膝をつけ! これは命令である!」
ロキは手を下げ、胸を張り、極めて優雅に彼らに地が付いて行く。魔法師たちが魔力を溜めているのが分かった。
「魔法勝負でもするつもりか?」
ロキはニヤニヤしながら訪ねた。
「抵抗するならばやむ終えない。死にたくなければ投降するんだな」
「つまり、私の生死は問わずっていう命令なわけだな。……で、この建物の破壊も、場合によっては、致し方がないと?」
「……、そうだ」
「大人しく捕まれば、この建物は破壊しないでくれるのかな?」
「……」
魔法師たちは答えに窮していた。
「ロキ・リンミーを殺し、建物は破壊。破壊理由はロキ・リンミーが抵抗したから。もしくは、下克上の証拠隠滅に自爆? とかかな?」
「……、貴様が生き残る道は、素直な投降、それのみだ。わかっているならば膝をつけ!」
「お断りだ」
その瞬間、魔法師たちのロッドや杖が光った。
ロキ抹殺。
その命が無言で下されたのだ。
一斉砲火。
しかし、
パキュン
という鈍い音ともに、ダレン・ヒルが手にしていた槍が弾かれた。
「な……?」
ダレンが目を丸めている間に、ロキは引き金を躊躇なくひいてゆく。パキュン、パキュン、パキュン……。
ロキの手には一丁の銃が握られていた。
クラシカルな装飾の飾り銃。
そこから放たれる弾丸は寸分の狂いもなく魔法師たちのロッドを弾いていった。
「悪いね、手元が狂ってさ。お前らの心臓に当たらないみたいだ」
「やれ!」
ダレンが叫ぶと、今度こそ魔法の一斉砲火が始まった。火だか風だかわからないくらいの様々な攻撃魔法がロキに向かって放たれた。
魔法師たちの怒りがふんだんに含まれているため、すこし粗っぽい。
うーん、煽りに弱いな。
そんなことを考えながらロキは魔法を防いでいた。
ネロ直伝、というよりもネロが改良をしたよくわからない防御魔法でだ。ロキの知っている防御魔法や結界魔法とはあきらかに違うシステムだが、ものすごい時短で魔法が発動する。しかも慣れれば詠唱不要という、なんとも便利な魔法だ。
欠点はひとつ。
持続性がない。
それでも、向かってくる攻撃魔法から身を守るには十分すぎる効果だ。
いつ終わるかとも分からなかった攻撃が止んだ。
ロキも時短レシピの防御魔法を繰り出すのをやめた。
「……なんで当たらない……」
ダレンが半笑いを噛み殺したような表情で呟いた。
「いや、こっちが知りたいくらい。なんでお前らの魔法、私に届かないんだ?」
煽る。
それで魔法師たちが一段と苛立ったのが分かった。
「ではこちらから行くぞ。コーカルへの反逆者たち、市長自ら捕まえてやる」
言った直後に魔法師たちが動いた。これまでとは違い、陣形をとって回り込んできた。
本気になってくださったようだが、すでに遅い。
ロキは命じた。
《妖精たちよ そいつらを捕らえろ》
呼応して、地面から蚊柱が唐突に巻き上がった。
「なんだ!?」
「うわっ!」
というような声がそこかしこで上がる。
蚊柱は鮮やかな色彩で、魔法師たちを捕らえていた。儚い妖精たちだ。だが集団になれば儚くはない。捕らえることのできない巨大な集団的生命体へと変わるのだ。
部下たちが次々と妖精の餌食になっていく中、隊長のダレンのみが無事てあった。彼は強力な竜巻を自身のまわりに起こし、儚き物たちを近寄らせない。
「なるほど、妖精使いか」
「いや、そんな大層なもんじゃない。ただ憑かれてるだけさ」
「妖精憑きね。どうりでマカロン様が警戒するわけだな」
「マカロン?」
「ハニー・マカロン。王室魔導師長だよ」
「ああ、あの品の無い女」
「王はお前を殺せと言ったが、あの方は生かしたまま連れてこいと言っていた。王命が第一だが、……どうだ、マカロン様の元へ下るならこれ以上は攻撃しない」
「ふぅむ。まるでそっちが優位のような言い方だな。部下は全て俺が封じたぞ」
「部下はな」
目の前からダレンが消えた。ロキはとっさに剣を抜いたが、手の甲に強烈な一撃が繰り出され、痛みとともに剣は弾かれた。ロキの体が飛ぶ。
それはダレンの攻撃ではなく、ロキを守るための力。
風の精霊の力だった。
《マスター 油断しすぎだ 左だ》
風の精霊の声がして、左からカマイタチのような風刃が迫った。
ダレンの姿はない。
ロキは風の精霊に身を委ねてそれを避ける。
《おい 風はお前の領分だろ どうにかしろ》
《あれは風じゃない》
《どういうことだ》
《風だが風じゃない 体術だ》
体術か。風をまとい、肉を裂き骨を砕くのだろう。もはや全身が剣。
「相性が最悪だ」
風の精霊によって難なく避けられてはいるが、無ければ今頃床に転がっていた。さすがは隊長というとろか。
ふと、少し離れたところにダレンが姿を表した。
「とんでもない妖精に憑かれているようだな。ここまでコケにされたのは初めてだ」
だがダレンは笑っていた。
「まあいい。こちらも時間が稼げたよ。では、健闘を祈る」
そしてダレンの姿が消えた。
《逃げたぞ 追うか?》
《いや、》
答えようとしたとき、地鳴りがした。
地震か、と思った。同時に、やられたとも思った。
地下道に何がが起こっている。
《やつは後だ! 地下まで飛べ!》
《不思議な言葉だな ウケる》
《いいから!》
《りょーかい マイマスター》




