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《35》マントの影の一閃

 ネロは直ぐに近くの川へ降りた。生きた水辺にはかならず水の精がいる。公園の噴水にすらいるし、井戸にもいる。リテリアのような場所ならば、水辺でなくとも水の精が飛び交っているのだが、川の側にも水の精の姿は一つもなかった。


「まさか、そんなことあり得ない」


 自分が精霊憑きではなくなったのかもしれない。

 ネロはそう、祈りにも似た可能性を考えた。

 しかしそれは違うのだ。第一、ピクスリアが妖精がいないと言っていた。魔の精が詳細に見えているピクスリアの能力は、疑う余地がない。

 このまま水門付近をくまなく調べたかったが、ネロは水門小屋に戻った。

 そしてすぐに魔法師団へ必要最低限の報告を急ぎ作成して送った。

 精査できていない状態での報告は、混乱を招くだけのようにも思えたが、異常な胸騒ぎがする。誰かこの連絡を受け取ってくれ。

 幸いにも直ぐに受信と既読の印が出た。

 同時に電話の受話器を上げて緊急連絡番号を押す。


『こちら魔法師団コーカル支部 お名前を』


『ネロ・リンミー、結界課所属、リテリアにて結界修復中に異常を検知、報告文書を送りましたが詳細を伝えたく、所長に繋いでいただきたい』


『まず所属長へお繋ぎいたします』


 言われると思った。

 真っ先にサヴァランに伝えたかったのだが、最高責任幹部と一般平団員では直接報告は難しい。

 電話は結界課に回され、やや疲労困憊ぎみの課長が出た。


『やあネロ……。旅は順調かね』


『順調に異変を関知しましたよ。簡単に文書で送りました』


『さっきみたよ。精霊課の課長も読んだみたいだ。たしかにおかしいね。自然な状態じゃない。けど、周りに異変はないんだろう?』


『ええ、全く。川魚も食べました』


『食べちゃったかー。目に見えない異常があったら、なにか影響が出るかもね。あと、この、勇者ピクスリア一行にかけられた正体不明の魔法と、二名の消息が不明っていうのは?』


『勇者ピクスリアのパーティーと合流しましたが、どうやらなんらかの魔法をかけられている模様。勇者本人の魔法は一時的に解除しましたが、他二名は解除前に姿を消しました。その言葉通り、消えたんです。使役の精霊を放ち、行方を探しておりますがまだ発見にいたっておりません。現在は勇者ピクスリアとその仲間の魔法使いマーガレットと行動を共にしております。私が精霊を視ないようにしていたために、今回の状況を直ぐに把握できませんでした。勇者ピクスリアが気付き、私に訊ね、周辺を調べたところ妖精や精霊の気配を一切感じられず、急ぎご報告いたしました』


 ネロは早口で、しかしはっきりとした発音で伝えた。これからの行動の指示を仰ぐものではなかった。


『こちらとしては至急戻り、勇者もふくめて精密検査を受けて欲しいところではあるんだが、……君は所長命令で動いているからなあ』


『私の報告がお役に立てれば幸いです。ところで、私の報告は、どのようにお役に立ちましたかね』


『さあて。こればかりは判らんなあ。こっちは上の動きとは真逆に動いている、としか言えん。市民たちからの相談を受けて解決する仕事に忙殺されているよ。……いわば君と同じだ、これも情報収集だよ』


『コーカル市ではどのような異変が?』


『結界が書き換えられた、もしくは壊れたことによる様々な支障ってところかな。あとは動物たちの混乱』


 出張に出る前と変わってていないようだった。

 ネロも、市内及び郊外でどのような異変があるか知りたいところではある。共通点が分ければ、対処の方法や原因が絞れそうだ。

 しかし、訊ねても課長は答えないだろう。


『……リテリアでは動物はあまり見ません。鳥はいるようですし、魚もいます、……が。どうも静かだ。……魔獣も神獣も、まだ出会っていませんね』


『そうか、……そのあたりのことを専門家に調べさせたいとこなんだが、まだ立ち入り許可が下りないようなんだ』


『前の報告の際に、こちらからも嘆願したのですが』


『上がどうもねえ』


『所長ですか』


『いや』


『市長?』


『いや』


『……国』


『ともかく、気をつけて調査を進めてくれ』


『はい。ありがとうございます。それと、ピクスリアの聴取から分かったのですが、……ハルリアは望みありません』


『……聞かなかったことにしようかな』


『この目で確認して来ますよ。それと、ワープ魔法は使わない方が身のためのようですよ。……業火であったそうなので』


『分かったよ。血迷ったロゼあたりが、君に助けを求めてワープしないように言い含めておこう』


『はは。よろしくお願いいたします』


 受話器を置き、フーッと息を吐き出した。


「……」


 なにやら雲行きが怪しい。増援などは見込めなさそうだ。

 軍も動かず、魔法師団も来ない。辛うじて、森の自治権を少しだけ持っている森林警備員などが動けているだけだ。

 どうやら、サヴァランはギリギリの所で、なんとか矢を放ったらしい。

 ネロは奥歯を噛み締め、ニヤッと口を歪めた。

 そしてロキも、ギリギリのタイミングで、矢を放った。


「これだから上のやつらは」


 擦れあう二つのペンダントを、服の上から握りしめた。

 あの二人は原因が分かっていて、自分を差し向けたのか。そう考えたが、違う気がした。

 具体的にはなにも見えていないのだ。見たいし知りたいし動きたい。

 しかしそれができない。

 上のやつらは、やつらで見なければならない相手がいる。


 国だ。


 カンバリア共和国、その中心。


 あの二人は今、国に顔を向けている。外に背を向けて。

 そしてその背にたなびくマントの影で、ネロは動いているのだ。


 国が異変を関知し、それゆえに動かないと決めた、その前にあった依頼。

 そして市長の家族という私的な繋がり。

 わずかな隙間を縫って放たれたのは自分。

 カンバリア共和国の全魔法師と全軍隊の代わりとして、たった一人で放たれた。


「はは。無茶苦茶だ」


 猶予は、彼らが隠す背の向こうに、国が興味を示すまで。

 いいね。

 面白い。

 上に立つより、やはりずっと面白い。

 『弟』を勝ち取って、本当に良かった。

 


 続く。

 


 

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