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《31》不穏そして汚染

 マーガレットのところまでファールーカを連れて行くのは簡単だったが、ネロはすぐにはそうしなかった。

 少し違和感があったのだ。

 爆炎の勇者一行は、一度森を出てから急に森に引き返したのだ。

 しかも柵を破壊してまで。


「君たちは……マーガレットを見つけたらどうするつもりだったんだ?」


「そりゃあ一緒に旅を、……、あの、……なにかを疑っておりますか?」


 ファールーカは眉をひそめた。

 ネロは表情を変えず、ファールーカを無言で見つめ返す。

 そこにデュジャックがやってくると、ファールーカはすぐにネロの反応を告げた。


「デュジャック、この方は私たちを良く思っておられないようよ」


「……やはりそうだろうな。魔法師だ。勇者一行など信用はせんだろう」


「……マーガレットを拾ったそうなの」


「なに?」


 デュジャックはネロを見た。驚いたような顔だった。


「ネロ魔法師、それは本当か」


「ああ。……マーガレットもお前たちと合流するために、ハルリアに向かっていた。私も任務でハルリアに向かっていたので、偶然出会い、共にここまで来たんだ」


「マーガレットはどこに! 怪我はないのか! どこにいるんだ!」


「今は疲れて寝ている」


 デュジャックとファールーカはとっさに上を向いた。

 そして走り出そうとしたので、ネロは前に立ちはだかった。


「二階に仮眠室があることを知っているようだな。……この建物には何度も来ているのか?」


「……」


「……」


 ファールーカとデュジャックはなぜかハッとしたような表情を浮かべると、緩やかに不安げにそれを変え、お互いに顔を見合わせた。


「……来た、かもしれん」


 デュジャックが言った。


「おかしな魔法にかかっている。突然、自分の居場所が変わっているんだ」


「デュジャック、どういうこと? 私の感覚とはちがうわ。私は……時間の進み方が違うように感じているの。瞬間移動とは違うわ」


「時間、ああ、時間もそうだが、気がつくと違う場所にいるじゃないか。そりゃあ、時の進み方もおかしいが、……、まるで知らない場所に移動していることの方が気味が悪い」


 二人は同じ魔法にかかっているようだったが、その正体は分かっていないようだった。


「この森にはどうやって引き返したんだ」


 デュジャックは腕を組み、目をつぶった。

 ファールーカがしどろもどろと答えた。


「……、それは。……、あの、ネロ魔法師はどのようなお話しを聞いておりますか?」


「私は君たちに聞いているんだ」


「……覚えていないのです。正門から出た記憶はありますが、気がついたら森にいて、マーガレットを探さなければならないと必死に歩き回っていました」


 デュジャックもうなずいている。

 ネロは二人の話を聞き、精神操作系の魔法が頭をよぎった。

 操られている。

 時間が飛ぶ、場所が飛ぶというのは、その間に誰かに精神を乗っ取られているからだ。そう直感した。

 マーガレットを会わせるわけにはいかない。

 乗っ取られている間にマーガレットを探していた、というならば、乗っ取っている相手がマーガレットを探しているのだ。

 マーガレットの大量の魔力が目当てか、それとも他の理由だろうか。

 マーガレットを見つけたとたんに、この二人が豹変する可能性も出てきた。


「……、マーガレットは本当に疲れているんだ。寝せてやってほしい。君たちも疲れてるだろ。…………、その変な魔法も、きっと体力を奪っているはずだ。どんな魔法が少し見させてくれ」


 ネロは淡々と告げた。

 今度はファールーカとデュジャックが不審に思ったようだ。


「ネロ魔法師、本当にマーガレットはいるんですか?」


「いたとして、本当に無事なのか? 嘘ついてるんじゃないだろうな」


「まさか、あの子に何かしたんじゃないでしょうね!」


 なんとも不快極まりない誤解である。だがネロは慣れている。

 そして、マーガレットに絶対に会わせるわけにはいかなかった。

 杖を引き抜き、構える。

 そして威圧した。

 ファールーカとデュジャックもロッドと剣を構えた。

 勇者のパーティーであるだけに、かなり隙のない構えだった。

 だからとてネロは怯むことはなかったし、負ける気もしなかった。

 邪魔をするならば殲滅する。

 魔法師としての心構えと、貴族としての自尊心が放出されていた。

 敵に対しての戦意とは違う、権力者としての威圧だった。

 ファールーカとデュジャックに怒りが滲んでいるのが手に取るようにわかる。

 圧政者と虐げらる者の構図を肌で感じているのだろう。

 それは違う。

 これは圧倒的な力の差だ。

 

「疑わしき者を通すわけにはいかない」


 ネロは魔法師として、そして貴族として告げた。


「通りたければ、疑いを晴らせ」


 にらみ合いが続いた。

 先に折れたのはデュジャックだった。


「仕方がない。……では、どうすればいいのだ?」


「デュジャック!?」


 剣をおさめたデュジャックに、ファールーカが批難の声を上げた。しかしデュジャックは困り笑いを浮かべて首を横に降る。


「ネロ・リンミーと言ったら、あの悪名高いリンミー家の一員だ。逆らうのは得策じゃない。時間だけを浪費して、しまいにはこちらに全く不利な状態で決着がつく。まずは話を聞いてみるのがいいだろう。リンミー家の、影に潜っている方は、……まだ話が通じると……聞いているが?」


 後半はネロに向けられていた。


「影に潜っている方ね。確かに私はリンミー家の表とされる職種には着いていないが、話が通じるかどうかは責任は持たない」


 あまりなめた口をきくなよ、愚民。心の中でつい毒づいてしまった。普段は隠している性格が露になりそうだ。


「君たちにかかっている魔法を詳しく調べたい。もしかしたら操作系の魔法かもしれないからな。今すぐにでも解析したいが、……」


 ネロは顎に手を当てた。

 解析中、それに気がついた術者がこいつらをけしかけてくるかもしれない。


「……そうだな、……、見たところずいぶん複雑な魔法のようだ。……簡易的な中和薬を試してみようか」


「薬……?」


「私たちに何を飲ませる気です?」


「そう警戒するなよ。毒は飲ませない。むしろそれが毒になるようなら、お前たちは敵だ」



 ネロは勇者ピクスリアが眠る部屋にファールーカとデュジャックをつれて入ると、そのドアを閉めた。

 魔の精を呼び出し、一体をマーガレットの元へとやり、残りを部屋の適当な場所に配置した。

 見張らせるのだ。

 魔の精たちはめいめい好きな場所に座り、時には飛び回り、楽しそうにネロ達を見ていた。


 ネロは解析呪文を口のなかでしょう呟き、指先に魔力を込めた。

 指先の魔力が呪文に呼応して変化して行く。

 その指で、まずはファールーカの額に触れた。

 ファールーカは一瞬だけ抵抗を見せたが、暴れることなくじっとしていてくれた。

 ファールーカの魔力は特殊だった。魔力よりも法力が強く、魔人には珍しい。精霊の力もある。

 その力を産み出している器官や細胞を確認できた。

 魔人の肉体は専門ではないが、生み出す場所がきちんと存在しているのならば問題はない。

 あとは、異質な魔力、もしくは法力を見つけ出せばいいのだ。

 そして異物を解析し、中和薬を飲ませる。


「……んんん?」


「どうしました?」


 異質な魔力がない。

 異質な法力もない。


「……デュジャック。君のもみせてくれ」


 答えは出さずにデュジャックの額に触れてみた。

 デュジャックは一般的な人間と同じで、微弱な法力を脳から発していた。

 一般に魔法が使えないとされる人間も、僅かながら魔力や法力を持っている。それは生体エネルギーというもので、生き物が生きて行くために生産される力だ。

 デュジャックは一般的な魔力と法力しかない、魔法が使えない人間である。

 他の魔力も法力も探し出せない。


「んー?」


「どうされましたか」


「……んー?」


 ネロはデュジャックからはなれ、眠りこけている勇者ピクスリアを見下ろした。


「んー。こいつは魔力と法力がたっぷりありすぎるから、探るのしんどそうだなあ」


 腐っても勇者である。

 意識してみれば、たっぷりと魔力と法力を備えているのだ。

 僧侶や魔法使いのそれと違い、訓練で整えられていないので、濾していない原酒のようにくどくてあくが強い。

 しかしネロはピクスリアの額をわしづかんだ。

 どっぷ。

 そんな音がしそうな感覚とともに、ピクスリアのくどい力が流れ込んできた。

 しばらく放出されて無かったのか、出したくてたまらなかったらしい。


「うあー、濃い、濃い、気持ち悪い」


 酔いそうで、すぐに離した。

 手の中で混ざってそうで気持ち悪い。


「手首から切り落としたい」


 冗談であるが、気持ち悪いのは本当だ。

 魔公のタリスマンに吸い取ってもらおうかと本気で考えた。

 とはいえ、良いサンプルが取れた。

 ピクスリアの魔力を、自分の魔力と一緒に放出し、紙に書いた魔法陣に浸透させる。


「なんと器用な……」


 ファールーカが呟いている。


「この魔法陣は簡易的な魔法解析式だ。一般にも出回っているぞ。知らないのか」


「知りませんでした」


「ならメモしとけ。今後役に立つかもしれない。もう少しくわしい専門式が知りたければ、俺の知っているやつで良ければあとでいくつか教えよう」


「……よろしいのですか?」


「調べれば本に載っているし、特許があるわけでもないからな」


 話している間に、魔法陣がほどけた。

 反応した部分の文字を読み解いてみたが、ピクスリアの魔力から解析できたのは主に睡眠の魔法で、これはファールーカがかけたものだろう。

 睡眠の魔法では反応しないはずの文字めあり、それを集めてみたが、情報は少なかった。

 もう一度ピクスリアに触れる。

 入り込んでこようとする魔力や法力を押し返し、ネロの解析魔法を潜り込ませた。


「くっ、う……っ」


 ピクスリアは苦しそうに呻いた。

 その時、ピクスリアのなかで活発に動き出した魔力があった。

 とっさにそれに照準を会わせると、微かだが、ピクスリアのものとは違う種類のものだった。

 種類まではわからない。

 ピクスリアの魔力とほとんで同化されてしまっている。

 時間がたちすぎていたか。

 長いこと異質な魔力を体内にとどめておくと、細胞や器官がそれを取り込み、同化してしまうことがある。

 汚染ともいう。

 回復魔法をかけすぎて、効きにくくなること。

 呪いを受けすぎて、体がそれを覚えてしまい、たとえ呪いを解いても症状がで続けてしまうこと。

 同化や汚染が進めば、大変なことになる。

 このままでは、なぞの精神操作が体に刻まれてしまう。


「……、……、……、解毒しようか」


 思い付いたのは、いわゆるデトックスだ。

 大量の魔力を注入し、大量に放出させる。

 そして空にして、新しい魔力を生成させるのだ。


 しかし、ファールーカとデュジャックにそれをいきなりやるのは気はが引けた。

 なので、


「おい、起きろ」


 と、ピクスリアをひっぱたいた。


「ってー! な、なんだなにが起こった!」


 ピクスリアはびっくりして、そして混乱しながら目を覚ました。


「よお、起きたかナンチャー」


「え、あ、あれ? 先輩? 先輩だ! 先輩がいるううううう!」


「お前をこれから俺の魔力でいっぺん潰す。そしたらこれをのめ」


「え?」


 ネロは特性万能薬の瓶を差し出した。


「落として割るなよ、もったいないからな」


「え? え? これなに? どんな状況?」


 ネロはガシッとピクスリアの頭をつかみ、全力で魔力を流し込んだ。


 ドン!


 そんな衝撃と共にピクスリアが


「ぐえっ」


 と呻いて白目を向いた。

 その手から万能薬が落ちそうになったのですかさずつかみとり、ピクスリアの口に突っ込む。


「ぐふっ、んぐふっ」


 ピクスリアは白目を向いたまま薬を飲み干した。

 万能薬は速効性がある。

 目を覚ました頃には、純粋なる己の魔力のみになっているだろう。

 手遅れでなければ、だが。


「これでだめなら、魔法師団で集中治療だな」


 サヴァランが喜ぶサンプルとなるかもしれない。


「こいつの様子を見てから君たちにもやってみようか。今はひとまず、抗精神魔法薬を作るから、それを飲んで休んでく……れ……?」


 振り替えると、そこにファールーカとデュジャックは居なかった。

 忽然と消えていた。



 続く。




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