《20》ネロ・リンミーの名にかけて!
「改めて、私は結界修復の技師として派遣されました、ネロ・リンミーと申します。どうぞネロとお呼びください」
ネロはあらたまって頭を下げた。
「リテリア国立自然公園の監視員のカルジュという。ネロ殿とは何回かお目にかかったことが」
「覚えてくださっていたとは光栄です」
「忘れる道理がない」
そりゃあそうだろう。同じ顔をした有名人がいるし、そいつからなにか通達もあったに違いない。
「魔法師団とコーカル市長、どちから連絡が来ていましたか?」
先にネロから聞いた。
カルジュ監視員は一瞬口を一文字につぐみ、それから神妙な顔つきで言った。
「市長からの通達には、あんたが来るとは書いてなかったが?」
「市長から連絡があったんだな」
どうやら腹の探りあいはお互い様のようだ。
「あんたはどちらからの命令で来たんだ? それによっては依頼の内容が変わる」
「いや、まずその依頼内容とやらから聞かせてもらおうか? 因みに、私が最初に受けた依頼は、ハルリアの魔法師から結界修復の依頼があったから行け、というものだ。それは、……森がこうなる前のこと。聞けば、元はこちらから魔法師団へ柵の修復を依頼したらしいな。それでハルリアの魔法師が対応した、と」
「その通りだ」
上司と兄からは全く詳細を聞かされていなかったが、これで合っていることが今証明された。
さて、どうやって話しを持っていこうか。
最終的にはハルリアの現状とその原因をつかむのが目的だ。それがロキの命令である。
サヴァランについては詳細不明だ。
サヴァランがなにを知りたいかは分からないが、おそらくネロ自身が知りたいことと同じだろう。
魔法師として何を知りたいか。それを追求すればサヴァランが求めるものに辿り着く。
柵を直すという建前と、ロキの命令と、サヴァランと自分の欲求を満たす探求。
「私が依頼を受けた時と『今』は、状況が違う。柵だけ結界を張り直すだけでいいならそうするが、これを見る限りそうは言っていられないのでは?」
ネロは模型に突き刺さる無数のバツ印のピンを見下ろしてから、カルジュの目を真っ直ぐに見据えた。
「……、依頼内容を聞かせてもらおう。カルジュ監視員」
「こちらが出した依頼は二つだ」
カルジュは言った。
「一つは、カンバリア国への救援依頼。二つ目は、魔法師団への柵の修理依頼」
「カンバリア国への救援、とはなんだ」
「爆発だよ。……沿岸部で爆発があった。ハルリア村の辺りだ。自然公園の警備員も何人か巻き込まれたし、森の一部が炎上した。まだ燃えているかもしれんが、近寄れない。あの変な衝撃波があったからな。軍は救援には来てはくれんし、森の動物たちの様子がおかしい。そんな最中にあの衝撃波だ。磁場も狂うし、結界がことごとく変になった。この辺りも、見た目だけなら普段となんら変わらない、大自然が広がる森だ。だが中身がまるて変わっちまったんだ」
「具体的にどのように」
「具体的になんて言えるか。少なくとも、俺たち専門家が長年信じてきた研究結果が、信用できるものではなくなった、そう言える」
「……、つまり、そこの棚にある神獣図鑑の内容が、今のリテリアの森の神獣には当てはまらなくなったということか?」
「ああ、その通りさ」
「爆発の話しは初耳だが」
マーガレットがそのようなことを話してはいたが、それ以外のどこからも聞いていない。ここで聞いたのが初めてと言っても過言ではない。
「……きっと国の上層部しか知らんのだろう」
ではロキもサヴァランも知らないのだろうか。いや、サヴァランはもしかしたらなにかをつかんでいた可能性がある。
「はっ。国なんて頼りになんねえ。コーカル市もだ、コーカル市の権限でも軍を動かせないとよ!」
「そのようだな。で、コーカル市からの返事はそれだけか? 私が来るとは聞いてないとさっき口にしていたが、……誰が来ると?」
「誰が来るもなにも、………………、コーカル市はこの件を魔法師団に一任する、と」
「魔法師団に一任だと! 市長がそう決めたのか!?」
嘘に決まっている!
うさん臭い!
ネロは心の中で大いに叫んだ。
けれど、まさに今現在進行形でうさん臭さに鼻を曲げているのは、目の前のカルジュだろう。
魔法師団に一任したと通達した当の本人と、まるで同じ顔の人間が来たのだから。
「あんたはコーカル市長から派遣されてきたのか? それとも魔法師団から派遣されてきたのか?」
「その立場によってどのように依頼内容が変わる?」
「……コーカル市長から言われてきたなら、……ハルリア一帯をなんとかしろ。魔法師団からなら、この森と結界をなんとかしろ、だ」
依頼というよりも、カルジュの本音のように聞こえた。
「まさか、あんたが来るとはな。……、コーカル市はここを見捨てていなかったと思って良いのか?」
「それは市長に聞いてくれ」
魔法師団に一任。
それはコーカル市が権限を放棄したとも取れる。
だが、見方を変えれば、魔法師団とコーカル市政が一つになったとも取れる。
「………………、ではこうしよう、ネロ・リンミーが市長の代わりに、魔法師団から派遣されて、ここに来た。これでどうだ?」
「……そう考えていいんだな?」
「ああ、かまわない。ネロ・『リンミー』の名にかけて、責任を持とう」
コーカルにおいて絶対権力のある貴族の一員として。
まあそれに、ネロの立場としては、コーカル市から一任されたらしい魔法師団コーカル支部長サヴァランの正式な命令があるのだから、目的遂行の建前に一切困らない。変な名目も必要ない。
必要なのはカルジュのほうだろう。
依頼主が誰に何を頼むのか、それは相手の立場によって変わってくる。
なんでも言うこと聞くよと言われても、医者相手に水道管を直せとは依頼できない。
今、ネロは魔法師団と市長の立場を手に入れたわけだ。
カルジュは、魔法師団と市長に伝えるべき内容を教えてくれる。
つまり、ロキとサヴァラン両方に納得いく情報が手に入るというわけだ。
ネロはほくそ笑んだ。
「分かった。ではあんたにこの森とハルリアを任せた」
「任されよう」
ネロは胸を張り、貴族然として答えた。
「…………因みに、魔法師団からはなんと?」
「腕の立つ修復師を派遣したので、困っていることはなんでも依頼せよ、と。魔法師団のサヴァラン所長の署名入りで。ゾエの魔法師団からもそのような通達が。サヴァラン所長肝いりの技術者だから、大いに頼れと」
「あ、そう」
「いやー、あんた凄い人に認められてるんだな」
「まあな……」
「なんでも頼って良いなら、保護センターの糞掃除と餌やりも頼んで良いか? 神獣の世話もできるらしいじゃないか。今、センターの人間のほとんど柵の外にいるから、人手が足りてなくてな!」
はっはっは。カルジュは大声で笑い、それから真面目な顔になった。
「まずは森の結界を最優先にしてほしい。今の魔物や神獣が人里に出たら、対処できないだろう。外にいる冒険者も厄介だ。……下手をしたら魔人と人間との関係が悪くなっちまう」
カンバリア共和国は魔物と人間が共存した国だが、それはかなり繊細な関係だ。魔物をむやみに傷つければ、魔人たちの反感を買うだろう。
だが、今ネロの足首に巻き付いている蛇同様、リテリアの森の生態系が狂っていて、奇妙な魔物も生まれている。
その魔物が人里を襲えば、人はギルドを頼り、冒険者は魔物と戦うだろう。
「ああ。私の一番の目的は、柵の修復だからな」
サヴァランの極秘任務も、ロキからの極秘任務も、ネロが食い扶持を稼いでいる正規の仕事より優先順位は下なのだ。
なにせ国家公務員法の一番下っぱ。
目の前の仕事が一番大事。
続く




