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《11》いざリテリアの森へ


 翌朝、ネロはパッチリと目を覚ますことができた。

「…………、体が軽い」

 大きな窓からは爽やかな朝日が差しこんでいる。青い空が鮮やかだ。

 チャイムが鳴った。

「リンミー様、ご朝食をお持ちいたしました」

 ネロはベッドから飛び降りてガウンを羽織り、寝癖を撫でつけながらドアを開けた。

「良くお休みになれましたか?」

「ああ。すっかり疲れがとれたよ。チェックアウトまではまだ時間があるかな?」

「はい。チェックアウトは正午となっています」

 窓際のテーブルに並べられたサンドイッチとスープ、そしてスクランブルエッグ。食後には温かい紅茶とサクランボのケーキ。

 出かける前にもう一度、バスタブにお湯を張ってゆっくりしよう。

 そんなことを考えていた。

 だがネロがお湯に浸かった瞬間に、部屋のチャイムが鳴った。

「……」

 無視していたが、チャイムはしつこく鳴り続ける。

「……ああ、わかったわかった!」

 再びガウン一枚でドアを開けると、出発準備万端のマーガレットが立っていた。

「おはよう、なにかあったのか?」

「…………」

「おい?」

「ハッ! ちょ、なんて格好してるんですか!」

「お前が風呂の最中にしつこくチャイムを連打するからだろうが」

「で、で、でも! っていうか、なんでお風呂に入っているんですか。早く出発しますよ?」

「やだよ」

「や、やだ? え? でも、もうお日様昇っていますよ?」

 そうか。

 冒険者は基本、日没とともに休み、夜明けとともに起き出すのだった。

 マーガレットとしてはとっくに出かける時間なのだろう。

「……マーガレット」

「はい?」

「お前、ろくな旅道具がないんだったよな?」

「え、ええ。まあ、はい」

「今夜から野宿が続くだろう」

「野宿は慣れていますよ」

「そして杖も壊れているだろう?」

「……はい。……そうですけど?」

 マーガレットは徐々に不安そうな表情に変わっていった。

「あの、もしかして、ここから旅は別々、ですか?」

 別々も何も、一緒に旅してまだ丸一日経ったかどうかだ。

「お小遣いをやろう。それで、お前用のテントと代わりの杖を買って来い。昨日の時計塔の前で正午に集合だ」

 そう言ってマーガレットに数枚の紙幣と一枚の金貨渡してドアを閉めた。

 金だけ持ってトンズラされても別に構わないし、一緒に旅をするのでも別に構わない。

 ネロはバスタブに戻った。

「あー……、気持ちがいい」

 気分もいい。

 なにより体が嘘のように軽い。

 いや、昨日がおかしかったのだ。

 すべてはあの『魔公サヴァランのタリスマン』のせいだ。

 あれは本当に護符だろうか。

 やはり呪符なのではないだろうか。

 着けていただけで、魔力はおろか、生命力ごと吸収されていたような気がする。

 いや、気ではなく、確実にそうだ。


 ロキはあのタリスマンをいつから持っていたのだろうか。

 ネロが手渡された時、ロキに目立った疲労などはなかった。

 いや、疲労困憊という感じだったが、あれは仕事のせいだろう。

 そもそも、本当にただの白い箱の中に入っていただけなのだろうか。

 封印を施されていないのはどう考えてもおかしい。やはりロキが解いたのか。

 しかし素質はあるとはいえ、今はただの一般人である。素人に解除できるような封印をするはずがない。

 なにせあれは、魔王のためのタリスマンだ。

 かつての魔王の力を封じるために作られた。

 魔力を、法力を、精神力を、体力を、そして魂を封印するための、この世でも最も危険な封印護符といっていい。

「封印?」

 ネロは己の考えに違和感を覚えた。

 あれは封印ではない。吸い取ると言ったほうが近い。

「吸い取る?」

 吸い取る。魔王の魔力を。

 あれは魔王のために、魔公が作ったタリスマンである。

 ということは、魔王がタリスマンを身に着けていたとでもいうのか。

「いや、……まさか」

 わざわざ自分の力を吸収するタリスマンを持つはずがない。

 魔王にとっては呪符にあたる。

 普通に考えて、身に着けている者に魔王の力が及んだら、それを吸い取る。そのような機能のはずだ。魔王が放つ魔法などを吸い取り、無効にする。

 しかし、それではどうやって魔王の力だけを見抜いき、それだけを吸い取るのだろう。

 もしや探知できなかっただけで、実際は魔王の力だけではなく、近くにある全ての力を吸収していたのだろうか。

 けれど、それでは護符どころか災厄の根源だ。世界中の命あるものすべては吸い込まれてしまう。

 この世界は、今このように存在している。

 ロキは、四大元素魔法のほとんどを無効化すると言っていた。

 ネロもその効力を読み取った。

 手にしていたロキは平気そうだった。つまり、ロキの力は吸い取っていない。

 けれど、ネロの力は吸い取られた。

 なぜ俺の力は吸い取られた?

 ネロはバスタブから出た。

 ガウンを羽織りながら空間魔法を発動させる。

 そして異空間の狭間に手をいれて、躊躇した。

 触れればまた生命力が吸いとられるかもしれない。

 が、躊躇いは一瞬。

 ネロの指は、優しくタリスマンを掴んだ。

 窓からそそぐ光が透明な石に当たり、ほんのりと紫色に反射する。

 今、魔力や他の力を奪われている感覚は無い。

 ネロは目を細めて、魔力の触手を慎重に伸ばしていった。

 そっと、触手の先が石に触れた、その瞬間だった。

 魔力の触手が、強い力で引きずり込まれた。

 慌ててネロは魔力の量を絞った。

 しかし一度魔力の旨味を知ってしまったタリスマンは、触れているネロの指から魔力を貪ろうとしている。

 こうゆうことか。ギリッと奥歯が軋んだ。

 ネロは一昨日の夜、全身全霊の魔力でタリスマンを探った。

 タリスマンは、自ら入り込んでくるネロの魔力を、喰っていい力なのだと認識した。

 そのことに気が付かなかったネロは、服の下、つまり素肌にあたるようにタリスマンを装着したいた。

 その間ずっと、タリスマンはネロの素肌から魔力を吸収し続けていたわけだ。

 魔力だけではない。ありとあらゆる力、生命力そのものをだ。

「くそ。やられた」

 ネロは異空間にタリスマンを放り込んだ。

 とんでもないブツをつかまされた。

 今のところ、あのタリスマンはネロにとって呪符である。

 けれど、やはりおかしい。触れている者から生命力を吸い取るのであれば、やはり魔王はあのタリスマンを身に着けていたことになる。

 魔公サヴァランが作ったタリスマンを。

 人間が作ったタリスマンを。

 普通に考えておかしい。絶対におかしい。

 きっとなにかあるはずなのだ。あの呪符に等しい護符の、正しい活用方法が。

「あいつらはなにか知っていた感じだったな」

 夢の中と鏡の向こうで笑っていた、あの少年たちを思い浮かべた。

 聞いてみるか。

 いや、不用意に頼れば、後々それを質にとられる可能性がある。これ以上の危険はまだ冒せない。




 正午より三十分ほど早く、ネロは待ち合わせの場所にいた。

 天気は今日も快晴、そして暑い。リテリアの森は涼しいかもしれないが、ハルリアはここよりもっと暑いだろう。

 マントが煩わしくなった。けれど、ハルリアの潮風と瑞々しい果物を思い出すと、涼やかな気分になる。

 ロキがあそこのフルーツサンドが好きだった。帰りにワープ魔法が使えそうならば、買って帰ってやろうか。

 しかし行きでワープ魔法が使えないのは少々痛い。時間がかかりすぎる。

 ネロは考えた末、ゾエを出る前に馬を借りることにした。乗合馬車という選択肢もあるが、あれは停車場で頻繁に止まるので、進みが思ったほど早くないのだ。


 正午を少し過ぎた頃、マーガレットが大きな荷物を抱えてやってきた。

「すみませんネロさん、遅くなりました」

「いや、今来たところだからちょうどよかった。というか、お前、どうしたその荷物」

 背中に、ほぼ己の身長と同じくらいの大荷物を背負っている。

「野営度具です!」

「……、テントとハンモックくらいじゃなかったのか」

「ほかにも色々です。枕とか毛布とか。リテリアの森は夜は冷えますから」

「そっか」

 にしても多すぎるだろうとネロは思った。

 同時に、これは馬ではなく馬車を借りたほうがいいな、とも。

「あと、杖なんですけど、……ネロさんにお借りしたお金だと、かなり高級な杖を買えたんですが、色々考えて、一番使い慣れているのにしました」

 そう言って、マーガレットは樫の木でできた杖を見せてくれた。

 マーガレットの肩の高さ位の長さで、若い木を使用しているようだ。

「学校で使っていたのが、これと同じような奴だったんで。しっくりしますし」

「ふうん。ま、量産品だけれど、悪い品ではないな」

「はい。でも……。……私、これでも学校での成績は良かったんですよ? でも……、それはあの杖に替えてからなんです。この杖の時は、へたっぴなほうでした。なので、不安です」

 杖で学校の成績が変わるのだろうか。

 もちろん杖の性能によっては、多少の変化はある。あまりにも低品質な杖だと、高度な魔法に耐えきれず砕け散ってしまう場合もあるし、精霊が宿っている杖であれば、同じ属性の術の効果が増すこともある。

「杖が壊れたりする不安なら、俺が多少は直せるから」

「え。直せるんですか? ……そういえば、珍しい魔道具も持ってましたよね。もしかしてネロさんって、魔道具製作師さんなんですか?」

「ちょっとかじっただけだ」

 過去にそういう部署に配属されて、来る日も来る日も来る日も、魔法師団内で壊れた魔道具を修理したり、新しい杖を作ったりさせられていたのだ。簡単な修理ならお手の物であるし、妖精を呼び出してその加護をふんだくる荒業も覚えた。

「お前の持ってたあの杖はちょっと難しいけれど、その樫の木の杖くらいなら直せるだろう」

「ほんとですか! 凄いです! ネロさん、勇者を目指すのもいいですけど、魔法薬師とか道具師とかを極めて、その手のお店を開いたほうがいいと思いますよ!」

「はは……そうだな。考えておくよ。老後の楽しみ的な……」

「早いうちが良いですよ! コーカル市とか、どうせなら首都に出店したらどうでしょう? そうなったら私の実家のお得意さんとかに宣伝しますから!」

「ありがと」

 そうだな。魔法師団でこき使われるのに疲れたら、小さな店でも開いてのんびり暮らすのもいい。

 日がな一日植物の世話をして、魔法薬を作って、恋のおまじないを書いたかわいいコースターとか作っておまけに配って、最新のフラスコとか仕入れて、遠心分離機とか仕入れて、猫とか飼って。

 それいいな。

「大繁盛間違いなしです! チェーン展開しましょう。カンバリアは平和ですから、平和じゃない国に大規模出店して、ぼろ儲けです!」

 それじゃのほほんのんびり猫とか撫でれないだろう。暇な店先に座って、店番しながら猫と戯れないじゃないか。

 応接室で革張りの椅子に座ってツンとすました猫に高級キャットフードを手から食わせながら葉巻くゆらせてるほうの老後はいらん。

 そんなん、実家のお爺様と変わんないじゃないか。

 葉巻くゆらせてないし、飼っているのは神獣の白い鳥だが。

 少し前までは光から生まれていると言われていた、通称ライトニングバード。

 正式名称、ホワイラ。

 コーカル市の自然保安庁が、リテリアの森で乱獲していた密猟者から救出、保護したのち、森に還そうとしても上手くいかなかったため、リンミー家で責任をもって世話をしているのだ。

 というのは建前だ。

 森に還すのに失敗したのは本当だが、『うちには魔法師団員の孫がいる。野生の魔物動物や神獣の治療なんかもやっているから、うちで保護するのが最適だ。世話をする資金も土地もある』とか言って、嬉しそうに持って帰って来たのだ。

 完全にペットとして手なずけて、人と会う時は必ず肩にのっけている。

 世話をしたのは俺なのに。世話をさせられたのは俺なのに。

 たまにロキも世話をさせられていたが。

 ネロはマーガレットに荷物を持つと提案したのだが、頭がもげそうになるくらい激しく首を横に振られた。

 なぜ断固拒否されたのか分からなかった。

 少しだけ心に傷を負ったネロに、マーガレットは言った。

「ネロさんに頼ってばっかりで申し訳ないなとは思うんですが、もう一つ、お願いをしてもいいですか?」

「ああ。いいけど」

「魔法師団について来てください。お願いします」

「はぁ?」

「もう一度ギルドを回ってみたんですけど、やっぱり爆炎の勇者については正確な情報がありませんでした。どこから流れたのか、リテリアの森の中にいるって話しになっていて、それを知った冒険者たちがリテリアの森に突入するって息巻いていて……」

 どうやらネロが口にした中途半端な話しが、だいぶ大きく広まってしまったらしい。

 実際は、爆炎の勇者の安否は不明だ。そして、もしかしたらリテリアの森をすでに出ている可能性もある。

 冒険者たちは、不確かな情報だけで暴動を起こそうとしているようだ。

 困ったものだ。

 コーカル市庁舎の執務室で、ロキが額に手を当て、低く呻き声をあげているような気がした。

「でも、魔法師団での情報は、勇者を名乗る一団が森を脱出したってネロさん言ってたでしょう? もう一度、……確かめたいんです。でも、魔法師団って、私には敷居が高すぎて」

「そんな高い敷居でもないだろう。その地域のくだらない相談まで請け負っているんだぞ? 例えば、ペットが最近なんだか弱ってきているけれど、悪霊のせいじゃないか? とか」

「そりゃあ、……、でも、入りにくくって」

 気持ちは分からないでもなかった。ネロも、ギルドに立ち入ると疎外感を覚える。

「よし。じゃあ行くか」

「ありがとうございます」

 情報が更新されていないか、ネロとしても気になるところだ。

 かたくなに荷物を持たせてくれないマーガレットから、せめてもと壊れた杖を預かった。

 樫の木の杖も壊れた杖も、杖としては大き目の部類になる。

 大荷物な上に、そんな杖を二つ持ちというのはかわいそうだ。

 そして、女の子に大荷物を持たせて平然としている大人の男に注がれる、周囲の白い眼。

 それにさらされている自分も結構かわいそうだとネロ思った。


 魔法師団ゾエ支部の自動扉が開くと、マーガレットは

「うわっ」

 と小さくびっくりしていた。

「こんにちは、どうぞ」

 さっそく声をかけてくれたのは、昨日対応してくれたの眼鏡の魔法師だった。

 その優し気な声に、マーガレットは緊張を解いたようだ。

 しかし、カウンターの向こうにいたのは、クロシーダだった。

 自尊心の塊であるということが一目でわかる。

「どうしました?」

 と尋ねてくる態度も、高飛車だ。

「あ、っと、その……お尋ねしたいことがあるんです。人探しなんですが」

「そういったことは魔法師団ではなく交番へ行けばいいのでは? また、魔法師団に情報が来ていたとしても、多くは関係者以外には漏らせない内容ばかりですよ? それでもお尋ねになりたいわけですか?」

「あ、……すみませんでした」

 マーガレットは完全に委縮した。そりゃそうである。

 クロシーダの言っていることは極めて正論なのだが、言い方というものがあるだろう。

 こいつほど受付に向いていない人間はいないのではないだろうか。

 仕方がないので、ネロが代わりに訊ねた。

「リテリアの森を脱出したという勇者について、なにか詳しい情報がないかと思いまして。ありましたら、教えていただけませんか? こちらの少女の知り合いでして、心配しているんですよ」

「……」

 クロシーダは片方の眉をゆがめただけで、答えない。

 俺は関係者なんだからさっさとしゃべれよな、とか思ったのだがちゃんと顔に出てくれただろうか。

 クロシーダがわざとらしいため息を吐いた。

「勇者ね。はいはい、勇者勇者。リテリアの森から出た勇者というのは、ピクスリアという二十代前半の男でしょうか?」

 クロシーダが言った途端、マーガレットはカウンターに乗り上がらんばかりに詰め寄った。

「そうです! ピクスリア・アーチ! 爆炎の勇者です!」

「勇者一人、僧侶一人、戦士一人、狙撃手一人、魔法使い一人。計五名のパーティーですか?」

「はい! そうです!」

「そして、牡鹿が一頭と、牡鹿に牽かせている荷車が一台」

「はい! 牡鹿はティルトナ山岳地帯にいる大型のフルト鹿で、馬よりも大きくて、角には炎魔法の刻印が刻まれています!」

「密猟ですね」

「ち、違いますよ! 悪徳サーカスで炎の曲芸をさせられていたのを助けたんですよ!」

「嘘はつかないように。そのフルト鹿はサーカスで暴走し、団長を角で突き刺したうえに炎で殺害。ほか、サーカス団員を次々と魔法で襲って住宅地に逃げ、爆炎の勇者はその駆除依頼を受けたものの約束を反故にして殺さずに家畜にした。そうでしょうが」

「いや、その、見方によってはそうかもしれませんけど!」

「ピクスリア一行は、再びリテリアの森に入りましたよ」

「え? 勇者が? なぜ?」

「希少な野生動物を密猟する気かもしれませんね」

「そんなわけないじゃないですか! なんなんですかさっきから!」

「あくまで可能性の話です。リテリアの森は常に密猟者との戦いです。そのために電流柵と結界が必要なのです。また野獣も魔獣も神獣も関係なく、密猟者に襲われた動物たちは人間を敵だと思っていますから、人里に降りて暴れないようにするためにも、電流柵と結界が重要なんですよ? わかりますか? 冒険者さん?」

「何が言いたいんですか?」

「ピクスリア一行は、森の警備員や監視員が止めるのを押し切って、再び森に入りました。よりによって、その重要な柵と結界を破壊してね」

「……勇者が?」

 なんだと。

 ネロはマーガレットに気が付かれないように舌打ちをした。

 これだから勇者というのは嫌いなのだ。

「そんな、爆炎の勇者はその辺の無法者とは違います。きちんと規律を守る人です」

「これは事実です。なんでも、森の取り残されているはずの仲間を探すのだとか。そんな理由で森の近隣住民を危険にさらし、森の動物たちをも危険にさらす。まあ、仲間想いは人々を感動させますが……、あまりにも状況を読み取る能力が欠如している。なんて愚かで浅はかな行動! まったく、秩序を保とうと努力する私たちをどれだけないがしろにすれば気が済むというのでしょうね!」

「……森に取り残されている、仲間?」

 マーガレットは愕然としている。

「一度リテリアの森を出た一行の内訳は、勇者、僧侶、戦士、狙撃手、この四名。魔法使いがいませんね」

「そんな。まさか、爆炎の勇者は、私が森にいると思って……?」

 おそるおそるマーガレットがネロを見た。顔面蒼白だ。目が潤んでいる。

 しかし、その表情はけっしてマイナスの感情を表しているわけではない。

「勇者が、私を心配してくれてます……!」

「……ああ。そのようだな」

 ネロとしては、クソ面倒なやつらだな、の一言に尽きる。

 これが、世間一般からみれば武勇伝の一幕であることはわかる。

 しかし、公務員や施政者からみれば、迷惑極まりない大犯罪である。

 とっ捕まえて百叩きの後に独房にでも放り込みたいが、ギルドに登録されていると何かしらの力が働いて刑が軽くなる。そればかりか、勇者という肩書を持っている奴らに関しては無罪放免、むしろ勲章モノとかになるのだから納得いかない。

 しかも、割をくうのはだいたい魔法師団だ。

「結界修繕では右に出るものがいないという技術者が派遣されているのですが、どうも現場にまだ到着していないようでして。彼さえさっさと到着していればこんなことにはならなかったでしょうね。いったいどこで何をしてるのやら。道草くっているのなら、そのまま毒草でも食べて死ねばいいものを」

 おいおいおいおい。こいつ、昨日のことを根に持っているのか。

 凄いことを当人の目の前で言っているぞ。

 殺伐とした空気の中に、眼鏡の魔法師がやってきた。

「まあまあクロシーダ、勇者一行に勝手をされて腹立たしいのはわかりますが、ここでそんな風に文句を言ってもしかたがない」

「しかし支部長? ここで言わずしてどこで言えと? ああ、コーカル市長に申し入れでもしましょうか?」

 こいつ!

 ネロはギリギリと奥歯を噛んだ。

「それよりもお嬢さん。あなたはピクスリア一行のお仲間ですか?」

「はいそうです! わたしがその魔法使いなんです! 私だけ、森の外に吹き飛ばされて、私も勇者を探していたんです!」

 マーガレットは半泣き声で叫んだ。

「勇者も私を探してくれていたなんで、私、私、嬉しくて……」

「そうですか。ではとっとと勇者に会ってくださいね」

 眼鏡の魔法師も、口調は柔らかいが結構な言いぐさをする。やはり魔法師は魔法師か。

 勇者が疎ましいらしい。

「あなたが勇者の元に行けば全て解決なのです。私が今から、あなたとそちらの男性を、リテリアの森の手前までお送りしましょう」

「え?」

 マーガレットはきょとんとし、

「ちょっと待て」

 ネロは嫌な予感のために一歩退いた。

 眼鏡の魔法師の手にシュッと長いロッドが現れる。

 ロッドの先にある大きな飾りは、まるで星読みの羅針盤のようだ。光る球体のまわりを、大きさの異なる輪が不規則に回転している。

 その飾り。

 時と空間の魔導士が使うものによく似ている。

 よく似ているというか、あきらかのそれそのもの。

 この眼鏡の魔法師が好んで研究しているのは、時空魔法だ。

「ご心配なさらずとも大丈夫です。転送先の状態は、安全。そう計算で出ましたので。ついさっき」

 眼鏡をクイッと上げて魔法師は笑い、ロッドの先をネロの鼻先に向けた。

 魔法師の口元に、呪文がふくまれる。

 音は聞こえないが、唇のわずかな動きで理解した。

 これは強制転移魔法。相殺するには、ネロの初動は遅すぎた。

 しかも、マーガレットという荷物がある。

 ネロは抵抗を諦めた。

 下手に抵抗すれば、時空のねじれに挟まって、ズタズタに切り裂かれるだろう。

 目的地に到着したのは細切りにされた肉塊だった、という事態だけは、誰だって避けたい。


 続く



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