第三話 水平埋没の親知らずも痛いのなんのって
ラスボスと言いましたが、やること自体は変わりありません。麻酔効かせて紙を乗せられて歯茎切ってチュイーンゴリゴリです。
違うのは、おそらく研修医であろう方々がオペに立ち会ったことでした。勉強会かな?
でも悪い気はしませんでした。正確に言うとそんなこと気にしている余裕がありませんでした。医者じゃないんだからオペに慣れろって方が無理な話です。
麻酔はその研修医さんが打ってくれました。やはり最初のうちは緊張するのでしょう。一度針を刺し直したような気がしましたが杞憂でしょう。ドクターも側にいるし平気でしょう。ちゃんと麻酔も効いたし歯茎切られても痛くなかったし良しとしましょう。
そういえば手術中に痛んできて麻酔を追加するなんてことが時々あるようですが、そういったことは今までのも含めて一度もありませんでした。さっき注射したばかりなのにメス入れて大丈夫か、と思ったことはありますが結果オーライということで。
深く埋没しているだけあって、手術時間も前回より多少長引きました。終わったかな、と思ったらまだ何かを突っ込んでガシガシやったり「ほら、ここが見えるでしょ」とか研修医に教えてたりと、今だからアレコレ言えますが当時は頭カラッポで呼吸を続けるだけの機械になっていました。
縫合の際も実演さながら研修医に披露して、ここをこうやって縫うんだみたいなことを言っていました。普段の丁寧な物腰とは違う毅然とした態度を感じ、こういうギャップに弱い人っているよなと今は思いました。
抜けた歯を今回も見ましたが、前回以上に無残な姿でした。分割というより粉砕という言葉がふさわしい有様を目にして、大変だったんですねと他人事みたいな感想を持ちました。ふと見えた毛玉みたいな小さいのは一体どうやって抜いたのか疑問だし元々どの部分だったのかも不明です。
あとは慣れたもので会計を済ませて薬を買ってすぐに飲んで帰宅しました。でも痛みは慣れません。普段味わうことのない傷みなので慣れるわけがないってものです。
しかも深いところをガシガシやったので前回よりも強烈でした。痛い→薬飲む→鎮痛→ジワジワと痛み始める→薬飲むといった薬物依存の悪循環みたいなことになりますが合法ですので安心してください。むしろ体験すると痛みの方がアウトローだろと言いたくなります。暴れたくなる痛みは拷問のネタに使えそうだと思いました。
二つで一つと言わんばかりに腫れも酷いものでした。むしろ膨らみと表現した方がしっくりくるレベルかと。上半身の膨らみはそんなところにあるものじゃないでしょう。
正直、痛みがとんでもなかったせいで他のことは記憶に残っていません。抜歯当日を一日目として、五日目くらいでようやく人間らしい理性を取り戻していたような気がします。思い出したくない記憶って脳が勝手に消してくれるんですね。人間って賢い。
それに大したこともしていないのは事実だし前回の話と大筋は同じです。ただ痛みが段違いだったということに尽きます。食事中に痛みが来ると最悪です。薬は食後なんだからもう少し待てよあっコラ待てって言ってるじゃないてっいてててああったくにゃろー! とか悶えることになりますから。
そういった過去の経験やら失敗とかを教訓として、歯ブラシを当てないとか執拗に確認しないとか細かいけど当然のことを注意して心掛けました。その結果なのかはわかりませんが、今回は抜糸を済ませても穴が開くことはありませんでした。糸を切られる謎の痛みも堪えられるってものです。
ついでに前回の手術痕も確認してもらい、正常に回復しているお墨付きをいただきました。これで本当に安心ですね。
これで処置はすべて終了です。もし抜糸したところが痛むようなら別ですが、そんなこともなかったのでようやく大学病院編が終了します。電車とバスを乗り継ぐ日々ともようやくオサラバです。雨の中バスを待ち続けるのはもう勘弁してください。そういう時に限ってダイヤが乱れてなかなか来ないんですよね。
そして見えてきた物語の結末。エンディングまで一直線に進みます。
残る親知らずはあと一つ。懐かしい始まりの歯科医へ向かいましょう。簡単に抜けると言われてはいましたが、果たしてどうなることやら。
願わくは、今度こそ雨天抜歯になりませんように。