プロローグを兼ねたご挨拶
ようこそ親知らずエッセイへ。
はい、そうです。ここには親知らずを抜くという字面だけで本能を揺さぶって恐怖を呼び起こすようなことについてのあれこれしか書かれておりません。タイトル偽装はございません。
ただし、普通に検索すればわかるようなことや一般教養みたいなことを書くつもりはありません。親知らずの別名とか8番とか、そんなのは正直言って知りたい情報ではないかと思います。
何が知りたいかって、親知らずを抜くって何をどうするのっていうところでしょう。筆者自身もそうでした。抜歯が決まってから何度グーグル先生に頼ったことか。
もちろん、それで概要はなんとなく把握しました。ただし同時に変なものも掴まされました。「親知らず 抜歯」という直球な検索ワードを投げ込んだら手術中と思われる画像が出てきたのです。いやそういうのが見たかったわけじゃないんですけど。歯茎がペローンとめくれて中が見えてる画像を好んで眺める趣味は持ってません。
気を取り直して調べていくと、抜歯の方法にも色々とあることがわかってきました。ちゃんと生えていれば苦労もなく抜けるし、埋没なんてことになっていれば大掛かりなことになってくる――親知らずって奥が深いですね。深いから大変なんですけど。
筆者は上下左右、すべての親知らずを抜きました。虫歯になっていたわけではないのですが、懇意にしている歯科医の方と相談した結果、抜くべきだろうということになったのです。残念ながら歯並びがよろしくない傾向にあるので、これも運命かなと覚悟を決めたのは数年前。
そして運命とは奇妙なもので、当時抱えていた不発弾こと親知らずは四本それぞれ異なる特徴を持っていたのです。真っ直ぐ生えて全身を見せている優等生、問題なく抜けるだろうという程度だけ頭を出した一般枠、頭を少しだけ出して斜に構えた半端者、完全埋没で横向きという超問題児――特に後ろの二本は曲者で、当然の権利とばかりに下顎の微妙な箇所から生えていました。
このエッセイでは、奇しくも多様な親知らずを抱えてしまった筆者がどのように抜歯を切り抜け、その後どうなったのかを記していきます。体験談を見聞きするのが好きだから自分でも書こうという趣味半分、これから親知らずを抜く人の参考になればという淡い期待半分と曖昧な何かを抱えておりますが、どうかお付き合いくださいませ。
最近では親知らずが元から存在しないという羨ましいことこの上ない人々もいらっしゃるようですが、そんな方はいかに自分が恵まれた体を持っているか、この話を読んで再確認してみるといいんじゃないですかね。
いいよね親知らずがないって。筆者の同年代で適当なメンツに聞いたら悉く「親知らず? 最初っからないよ」と返事が来て、なんだコイツらふざけんなコラと怒りで人が殺せるなら大惨事になっていたほどの憤怒ではらわたが煮えくり返ったのも今ではいい思い出です。
ちなみに治療中は歯科助手のお姉さんが胸部装甲を押し付けてくるという都市伝説がありますが、そんなものは所詮二次元だけの幻想です。希望は捨てて大人しくチェアユニットに身を預けてライトに照らされながら口を開けて歯が抜かれるのを待ってください。