ややあって。
ややあって。
「で。君は誰なの」
折り畳み式のテーブルを挟んで、片や石動と久霧、向かい側に少女を配置する形で、奇妙な三者面談はスタートした。ちなみに、テーブルを引っ張り出してきたのは、物理的な障害を設置することによって、久霧の不意の回し蹴りを牽制するためである。
少女は、不満そうに自分の体をぺたぺた触っている。
「この格好、おかしくありませんか?」
「……文句があるなら、脱げば」
隣から聞こえる久霧の冷え冷えとした声を、石動はつとめて無視する。
今、少女の身を包んでいるのは、白いワンピースだった。
さすがにいつまでも裸のままというわけにもいかなかったし、本人も目を覚ましてくれたので、服を渡して着てもらった。提供元は久霧だ。「提供」という表現が適切か否か激しく悩ましい非友好的態度ではあったが、全裸で居続けられるよりはマシだろうと説得し、なんとか貸してもらった。
「よく似合っていると思うよ」
「本当ですか?」
ぱっと、少女の顔が明るくなる。
「……当たり前だし。私の一張羅だし。ていうか、まだ兄貴にもお披露目前だったのに」
ぶつぶつと、久霧は低く呟き続ける。
そういう反応に困ることを言うのはやめてほしい。仕方ないではないか。入る服がそれしかなかったのだから。久霧だって「あと×キロ痩せたら着る」とか言って、タンスの肥やしにしていたわけではないか。
実際、少女に、そのワンピースはよく似合っていた。袖がないので、細い腕が映える。もともとが色白だし、髪も銀色なので、ベースカラーが白で統一され、見ていてうるさくない。薄手の生地には、スカートの裾をメインに細かいレース模様があしらわれており、ちょっとしたホームパーティくらいなら、このままダンスだって踊れてしまいそうだ。まるでお姫様みたいだーーなんていうと陳腐だが、その表現が最もふわさしく感じる。
そう、あの時もそう思った。まるで学芸会かピアノ発表会みたいで。泣いているのに泣いていないと言い張って。それがあんまり可愛かったから、自分はーー。
「……兄貴。見つめ合うの禁止」
「あ、うん」
久霧に袖をつままれ、意識を現実に戻す。何かを掴みかけた気がしたが、それは特に具体化することなく、既に石動の中から霧散していた。
「ええと、で、ごめん。とにかく、状況をはっきりさせていきたいんだけど、君は」
「いする美、と」
「え」
少女は、微笑する。
「名前です。私の」
「いする美さん?」
「さんは付けずに、ただ、いする美と。おまえさまは、いつもそう呼んでくれていましたから」
「じゃあ、ええと。いする美?」
「……はい。はい、おまえさま」
石動は、ぎょっとする。
何の気なしに、その名を呼んだ。そう呼べと言われたから、敬称を省いた。ただ、それだけだったはずなのに。
少女の瞳の淵が、涙に濡れていた。
「え? あ、ごめん。ええと、俺、何か」
「いいえ。いいえ、おまえさま」
ただ、うれしくて、と少女は言う。
たったこれだけのことで。じんわりと感じ入るような。失った幸せにやっと再会し、今まさにその喜びを噛みしめているような。いつもそう呼んでくれていた――彼女が先ほど言っていたことを思い出す。
「君は……知っているのか。俺が失った四年間を。俺たちは、もしかして、以前会ったことがあるのか?」
「はい、おまえさま」
少女は、瞳をうるませたまま、幸せそうに微笑んだ。
その表情が、胸をくすぐる。自分の足りないところにぴったりとはまる。
「私たちは、一緒でした。四年間を毎日のように。それからの更に四年を半分ずつ。会えなくなってからのここ十数日は辛うございました。でも、やっと会えた。やっと再び。おまえさまが、私の目の前にいる。私の名を呼んでくださる。それだけでこんなに、私はこんなに――」
四年と、更に四年。
それは石動が寝たきりだった前四年間、そして、目覚めた後、中学を卒業し高校に進学し今に至るまで石動が過ごしてきた後四年間に符号する。
いや、後者は別の言い方もできるだろう。
(俺が夢を見なくなった四年間)
そして「会えなくなってからのここ十数日」にも心当たりがあった。石動が再び夢を見るようになったのは、二週間ほど前から――つまり十数日前だ。
夢を見ない体質も、最近急にまた夢を見るようになったことも、誰にも話していない。であれば、それを知るのは石動だけのはずだ。偶然にしては、できすぎている。
「いする美。君は誰だ? 君は、俺の何を知っているんだ?」
彼女の名を呼ぶたびに、胸にうずくなつかしさが強まっていく。唇が、舌が、おぼえている。こんなふうに彼女の名を呼ぶのは、きっと今回が初めてではない。
「そうです。私は、いする美。そして、おまえさまはいする儀。私と私の王国を総べる、ただ一人のお方。それがおまえさま」
うっとりと、少女は歌うように言う。
「黄泉の王にして、私の旦那様」