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「……。で?」

「……。で?」


 仁王立つ久霧の視線は、絶対零度の冷たさだった。


 結局、久霧の回し蹴りが石動の顔面に叩き込まれることはなかった。直前できちんと寸止めしてくれた。妹が安易な暴力に走らないでくれたことに深く感じ入る石動だったが、その分、注がれる無言の圧力には、逃げ場がない。


 ひとまず、少女を放置するわけにもいかず、久霧と二人で、石動の自室に運んだ。そこまではよかったのだが、その場で正座を命じられ、そのまま久霧による糾弾タイムが始まってしまった。


「一条に河原へ連れていかれたと」

「はい」

「そこで巨大ひじきを見つけたと」

「はい」

「そのひじきが女の子に変わったと」

「はい」

「で、家まで連れてきたと」

「はい」

「馬鹿じゃないの!?」


 正論すぎて、ぐうのねも出ない。


「どうして家に連れてくるの!? まず警察でしょ!? 馬鹿なの、兄貴、馬鹿なの!?」


 そうなのだ。放置しておくわけにもいかず、思わず家に連れてきてしまったが、常識で考えるなら、自分はあの場ですぐに一一〇番をかけるべきだった。動転していたとはいえ、道中、誰ともすれ違わなかったのは、奇跡に近い。目撃されていたら、事案では済まなかっただろう。


「大体、どうやって家まで連れてきたの。まさか、まさか裸で街を――」

「いや、学ランでくるむくらいはしたよ?」

「馬鹿―――――!!」


 フルスロットルで叫ばれ、耳がキーンとなる。

 ちなみに、その学ランは、少女を部屋に運ぶ際も使われ、今もベッドに横たわる彼女の大切な部分を隠すのに、一役買ってくれている。


(にしても)


 ぜえはあと肩で息をする久霧を、石動はちょっとした驚きと共に見上げる。


「……。なに、その目」


 じとっと、睨まれる。


「あ、いや。その。信じてくれるんだなって思って」


 どうして警察に――それは、石動の説明が事実だと信じたうえでないと、出てこない台詞だ。警察に通報するのがとっさにためらわれた理由もここにある。こんな荒唐無稽な話、普通は信じない。なのに、久霧は、それが全部本当だという前提で石動を怒ってくれている。そのことが、なんだかうれしかった。


「そ、そりゃあ、……兄貴の言うことだし」


 久霧は、ごにょごにょとそんなことを言う。怒っている最中に思わぬ褒めをくらって、不機嫌さ三割、謎のきまずさ七割といったところか。ちょっとかわいい。


「でも、それ以外は疑ってるからね」

「それ以外?」

「兄貴自身が騙されてる可能性ってこと。一条にかつがれているとか」

「あるかなあ」


 だまされることはあっても、だますことはなさそうなのが、一条だ。第一、これが一条の仕込みだとすると、ベッドに横たわるこの少女は、彼の知り合いということになる。奴にこんな美人の知り合いがいるなんて、ありうるだろうか。実はビートルズと親戚だと言われた方が、まだ信じる余地がある気がする。


「ん……」

「!」


 その時、ベッドの方からそんな声が聞こえた。


 少女だ。


 どうやら目を覚ましたらしい。

 布団の上で、少女の長い睫毛が重たげに持ち上がり始める。石動が床で正座しているせいで、ちょうど目線の高さがかみ合った。


(金色?)


 そこにあったのは、石動が初めて出会う瞳の色だった。

 銀色の睫毛の向こうにあったのは、相対するような鮮やかな金の瞳。


 銀の髪に、白い肌ときて、金色の虹彩だ。


 作りものめいていて、現実味がない。外国人――という単語が一瞬浮かぶが、外国人も何も、石動は、彼女が人型になる前の姿を知っている。


 少女の瞳が、ゆっくりと横にスライドして、石動の方を向く。


 視線が合うと、次は首が追従する。続いて肩が。少女の体が、完全に石動の方へと向き直る。手をついて、少女はのろのろと上体を起こす。かけていた学ランが滑り落ち、彼女のへその辺りで止まる。それ自体がまるで一枚の絵みたいで、石動は顔をそらすことを忘れていた。


 無表情な。というよりは、寝ぼけているのかもしれない。少女の口が、ぼんやりとわずかに開く。


 その唇が徐々に持ちあがり、


 作られたのは、こぼれるような微笑だった。


「あ――」


 これは、先ほどまでひじきだった。つい数十分前まで、腐臭を放ち、うぞうぞと蠢いていた。

 なのに、石動は思ってしまう。

 なんてきれいな微笑だろうと。


「お、ま、え、さ、ま!」

「わっ」


 少女がいきおいよく飛びかかってきた。

 急すぎて、避ける暇もない。そのまま、押し倒され、床に頭をぶつける。冷たく硬い痛みが後頭部を殴打した。


(~~っ!)


 しかし、痛みにうめく暇はない。


「おまえさま! おまえさま! ああ、会いたかった、おまえさま!」

「ちょっろ、ちょっろ、おひついて!」


 頬を顔に擦りつけられて、うまく喋れない。なんだ、この頬、ありえないくらいやわらかい。触れている箇所に、ぞくぞくと快感が走る。魔性のもち肌。


 しかも、やわらかいのは頬だけに限らない。少女の体にかけていた学ランは、ベッドの上に置き去りにされているわけで、つまり、少女は今そういう状態なわけで、それが彼女のやわらかさの正体だった。


(こ、この状態はまずい)


 石動は、本能的な危険を察知していた。理由は明らかだ。何故なら、今、石動の部屋にいるのは、石動と少女の二人きりではないのだから。


「兄貴からーー」


 膨れ上がる殺気が部屋を充満する。


「兄貴から離れろ、クソがぁぁぁぁぁ!」

「っ。ふ、ふせへ!」

「え? ふあ!?」


 とっさに少女の頭に手を伸ばし、そのまま自分の胸へと引き寄せる。


 ごうんっ。


 裂帛の気合い。

 日常生活の中において、空気を切り裂く音を聴く機会がどれほどあるだろう。先程まで少女の頭部があった位置を、久霧の回し蹴りが寸分たがわず通過していた。


 空振りにもかかわらず、久霧は態勢を崩さない。回し蹴りの勢いのままくるりとその場で一回転し、トントンと足でリズムを刻んで待機ポーズをとる。石動は戦慄した。自分の妹はいつの間にストリートファイターの登場人物になったのだろうか?


「……。兄貴、どうしてかばうの」

「当たり前だろ!?」


 今のは、本気だった。欠片も寸止めする気を感じなかった。本気で殺しにかかっていた。今日初めて会った相手に対してだ。怖すぎる。


 瞳からハイライトが消えたかんじの視線で、妹がこちらを見下ろしてくる。


「……。そう。そうなんだ。やっぱり、兄貴もまんざらじゃないんだ」

「? ーーあ」


 石動は、自分の窮地に気付いた。

 少女の頭を引き寄せた結果として、少女の体がますます密着してしまっている。上目遣いにこちらを見つめる少女は、戸惑いながらもうれしそうに頬を染めていた。


「おまえさま。そんないきなり大胆な……」

「あ、いや、これは」

「ふふ。でも、うれしゅうございます。ああ、これがおまえさまのにおい。はああ~、はあああ~~♪」


 そのまま、すりすりぐりぐり色々なところに色々なところを押し付けてくる。しかも、全裸で。というか、全裸で。色々が色々して、色々やばい。


「そうなんだ。そうなんだ。そうなんだ……」


 一方で、そんな少女の頭越しに見えるのは、石動たちを見下ろし、ぶつぶつと呪詛をループさせる妹の姿。前門の虎、後門の狼。もとい、胸の中の全裸少女、その後ろの呪詛モード妹。


(どうしろと)


 死の危険すら凌駕する魔空間がそこにあった。


「と、とにかく待って! ステイ! 仕切り直し――――――――!」


 収拾のつかないバラエティ番組の司会者のごとく、石動は絶叫した。


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