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 クレーンゲーム機のないゲームセンターが滅多に存在しないように、ゲームセンターのない駅前も滅多に存在しない。

 クレーンゲーム機のないゲームセンターが滅多に存在しないように、ゲームセンターのない駅前も滅多に存在しない。

 既に大量の紙袋を荷物として抱えていた石動にとって、さして移動することなく目的地にたどりつけたのは、僥倖だった。


「これがゆーふぉー・きゃっちゃーなのですね!」

「揺すっちゃダメだからね」


 実物を前にしたいする美は大はしゃぎだった。だんだん彼女の性格が読めてきた石動は、彼女が不用意に筐体にダイブしない内に、先んじてクレーンゲームお馴染みの注意喚起を施しておく。案の定、帽子ごしに覗く彼女の顔は、きょとんとしたものだった。


「ダメなのですか?」

「なんで、そんな純粋な眼差しなの。ダメだよ。出禁されちゃうよ」

「難しいのですね」


 真剣な表情で、筐体の中のぬいぐるみ達と向き合ういする美。

 黄泉の住人でも、やはり女の子はぬいぐるみが好きなのだろうか。というか、黄泉の世界にぬいぐるみは存在するのだろうか。クレーンゲーム機はなさそうだが。


「そもそも、よくUFOキャッチャーなんて知ってたね」

「昔、お前さまが教えてくれました。私が持つ現世の知識は、ほとんどお前さまですから」

「ああ、それで」


 全く現世を知らないにしては、時々、妙に行動に戸惑いがないと思っていた。卵焼きは、フライパンとガスコンロがなければ作れない。


「さあ、お前さま。私に景品を取ってください」

「え?」


 いきなりのことで、何を言われたかわからない。

 隣のいする美は、何故か胸を張り、自慢げな御様子である。


「お前さまは言っていました。俺にかかれば、どんなくれーんだろうと、余裕だと。一発でとってみせると」

「いや、それふかしてるだけじゃないかな、黄泉の俺」


 何故そんな意味もない見栄を張るのか。

 自慢ではないが、クレーンに限らず、ゲームは全般的に苦手だ。こういう景品ものは、一条と来れば一条に取ってもらうし、久霧と来れば久霧に取ってもらう系男子の石動である。


 悪戯っぽく、いする美は笑う。


「大丈夫です。お前さまには、八雷神があるではないですか」

「まさか、ここで?」

「揺すらないから、大丈夫ですよ?」


 そういう問題だろうか? いや、レクチャーしてもらえるのはありがたいが。

 でも、少し安心した。どんな訓練をするのか若干心配していた。いきなり○○を倒せだの、××の地に△△を取ってこいだの言われたら、対処のしようがなかった。UFOキャッチャー相手なら、まだ遊びの延長で臨める。


「どうすればいいの?」

「そうですね……。右手を伸ばして。土雷(つちいかずち)を使うことにしましょう」


 言われるままに、筐体に手を伸ばす。


「いめーじするのです。雷と聞くと、何を思い浮かべますか?」


 何を――そう聞かれると、とっさに出てこないものだ。


「あれだよね。雲から雷がぴかっと落ちて」

「そうです。雷といえば、まずは空から地上へ落ちる――いわゆる落雷を思い浮かべると思います。けれど、地上から雲へと伸びる雷があることを御存知ですか? 土雷は、そういった地の雷を司るのです」


 聞いたことがある。

 雷とは、要は巨大な静電気だ。雲と地上を電極として、蓄積した静電気をいっきに放出する。雲と地上がそれぞれ電極なら、一方の電極からしか電気が流れないなんて決まりはない。冬の寒い時期は、地上から空へと駆けのぼる上向きの雷も多いのだという。


(それが――土雷の力だ)

  (それが――土雷の力だ)


 あれ、と思う。

 頭の中で、自分の声に、もうひとつ自分の声が重なる。まるで、かつて同じような台詞を喋ったことが、あるいは考えたことがあって、今まさに追体験しているかのように。


 脳裏に一瞬ビジョンめいた像が浮かんだ。

 白亜の城だ。広いテラスだ。そこはどこだ?

 手摺りに肘をつき、一人の男が眼下の広大な森を眺めている。顔に浮かぶ不敵な笑み。精悍そうな体つき。異界の風が男の髪を梳き、衣の裾を揺らしている――何故だか、それが自分の姿であるという確信があった。


 そして、男は石動(じぶん)の声で言うのだ。


(それが――土雷の力だ)


 知っている。


 自分は、この土雷の力をおぼえている。


「つまり、土雷を使って、積まれているぬいぐるみを浮かせればいいんだね?」

「そうです。ごくごく小さな爆発を起こすように。でも――」

「――でも、ぬいぐるみは傷つけないように。地を駆ける雷は、雲を翔ける雷よりもずっと強力だから」

「お前さま?」


 わかっている、ポップコーンの要領だ。


 ぽんっと一瞬だけ土雷の力でぬいぐるみを弾ませるのだ。自分の好みで位置を変えることができれば、どんなアームの弱いクレーンも問題にならない。

 右のてのひらがむずむずと痒くなる。毛細血管を駆け巡る力を感じた。


 イメージしろ。雷がそこに住んでいる。


 地を這い、空を昇り、雲を食い破る――それが土雷。


 ならば、飼い慣らし、喉を撫で、解き放て。


 石動は、流れるような動作で百円玉を筐体に投入する。右手でガラスに触れ、左手でボタンを操作する。

 右へ。奥へ――緩慢に移動するアームは、ゆっくりとぬいぐるみの山の中に下りていく。


 しかし、結局どの景品にも爪が引っ掛かることなく持ち上がる。握力がなさすぎるのだ。アームがしたことといえば、いたずらに、ぬいぐるみの山を掻き回しただけにすぎない。


 でも、それでいい。


(ここ)


 最小出力で土雷を使う。

 かっと閃光が瞬くことすらなかった。が、目敏い者が注意に注意を重ねれば、ぬいぐるみの山が、一瞬だけ持ちあがるのがわかったかもしれない。まさしくポップコーンの要領。必要なのは、その一瞬だけでよかった。


 ――ざらざらざらざらざらざら!


 わずかな均衡のずれにより、ぬいぐるみの山が雪崩をおこしていく。

 こうなれば、目的は達したようなものだ。あとは、景品の方から勝手に穴へと落ちていく。その様は、さながら陸揚げされた漁網から一斉に魚がこぼれ落ちる瞬間のようだ。取り出し口が、あっという間にぬいぐるみでいっぱいになる。


(できた。それも、あっさりと)


『おい、見ろよ、あのカップル』

『うわ、すげ。あの量、一回で?』


 周囲の客が自分達を中心にざわめいている気配を感じる。

 少し派手に雪崩を起こしすぎたかもしれない。力を使ったのがばれないように注意したつもりで、結果で注目を集めてしまっては意味がない。


「……。ちょっと取りすぎたかな」

「すごい、すごいです、お前さま。一発で使い方を思い出してしまうなんて」


 石動の袖を申し訳程度につまみ、不規則にぴょこぴょこ飛び跳ねるいする美。不器用ながら全身でうれしさを表明してます!といわんばかりのはしゃぎっぷりである。こちらを見上げる視線も、いつにも増して熱っぽい。瞳孔にハートマークの幻影が見えそうだった。


「さすが。さすが。私の旦那様。ああ、私の旦那様。本当に。本当にかっこいいです。どうして、そんなに素敵なの。もう。もう。今日のいする美はダメです。幸せすぎて、どうにかなってしまいそうです、ああ、ああ――」

「いする美、落ち着いて」

「はい、お前さま。落ち着いてます。いする美は、充分に落ち着いております。はい。もちろん。はい。でも、ああ、なんて、ああ、ああ――」


 すごくダメなにおいがする。


 このままスイッチが入ると、このちょっとゴーイングマイウェイっぷりが潔すぎるたお姫様は、またしばらく現実に戻ってこない気がする。彼女の表情筋を守るためにも、速やかに何らかの冷却措置を講じる必要性を感じる。


 石動は、ぬいぐるみたちでぎちぎちに詰まった取り出し口を見る。

 この数の景品を手で持ち帰るのは、かなり厳しい。となれば……。

 クレーンゲームの横手には、自販機と休憩用のベンチがあった。立地は悪くない。


「えっと。いする美」

「ふえ?」

「ちょっと、ここで荷物見ていてもらっていいかな。量が量だからさ。店員さん呼んで、袋か何かもらえないか聞いてみるから。その間に、ぬいぐるみ全部中から取り出しといてほしいんだ。後は、ベンチで休んで待っててくれればいいから」


 要は、興奮の元凶である自分が、一時的に彼女の前から消えればいいのだ。


「はい。はい。お前さま。仰せのままに。お前さまのおっしゃることなら、何なりと。ああ、お前さまが取ってくれたぬいぐるみ……うふ、うふふ、くふふふ」


 既にゆる化の兆候が見え、石動の危機感は否応にも煽られる。


 これ帰ってきた時、更に悪化してたらどうしよう――なとど、一抹の不安を感じつつ。石動は、いそいそとぬいぐるみを掻きだし始めたいする美を残し、筐体のもとを離れた。


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