さて、その逢引きだが、当然のごとく一筋縄ではいかなかった。
さて、その逢引きだが、当然のごとく一筋縄ではいかなかった。
いする美が現世の服に拒否反応を示したからである。
「こ、こんな服着れませんっ」
駅前のテナントビルに連れてきたいする美は、さしずめ借りてきた猫だった。
まず人の多さにビビる。
道中はまだよかったのだが、駅に着いて人が増え始めてくると、もうアウトだった。前の人を追い越せない、向かいから来る人をかわせない、変な位置で立ちすくむ。平日のこと、そんなに人通りが多いわけでもないはずなのだが。
ビルに入ったらビルに入ったで、エスカレーターでつまずく。店に入るのをビビる。店と店の境界がわからず(テナントビルなので、壁で区切られていない店が多い)、驚くほど狭い店内で簡単に迷子になる。
極めつけが、そもそも商品を手に取るのを嫌がる今の状況だった。
「でも、俺ら、このために来たんだよ」
「無理です。ダメです。できません。絶対。そんな薄地で布の小さな服に着替えるなんて。は、肌が見えてしまうではありませんか」
顔を真っ赤にして、石動が差し出す服から目をそらす。無理です、ダメです、と一文一文言うごとに手が変なかんじに前に出て、なんだかそういうパントマイムの人みたいになっている。
「っても、現世の服って、大体こんなかんじだよ?」
今、石動達が見ている棚にそこまで露出度の高い服は並んでいない。夏の近づきと共にコーナーを追いやられたのだろう、春物のワンピースが中心で、丈も膝下まである。
これなら、初日に久霧が着せた服の方が、まだ露出があるくらいだと思うのだが。
「ていうか、いする美、こういう服見るの初めてじゃないよね?」
一度現世の服を着ているわけだし、少なくとも、二つの世界の服飾文化に違いがあることくらいは、事前に認識しているものだと思っていた。
追及すると、いする美はごにょごにょと口ごもる。
「あ、あれは」
「あれは?」
「お前さまの妹君が、特別破廉恥なのかと」
「人の妹相手に、割とすごい言い草だ!?」
そんなにあの服は恥ずかしかったのか。あの時は、平気そうに見えたのに。まあ、もとが全裸だったあの状況では、他に選択肢なんてなかったのかもしれないが。
しかし、もったいない……。
「かわいいと思うんだけどな」
「か、かわっ」
ますます、いする美の顔色が沸騰する。
視線が、ハンガーにかかる春物服と石動の間を行ったり来たりする。ううう、としばらく唸っていたが、結局首を振る。
「ダ、ダメです。騙されません。流されません」
「別に騙しているつもりはないんだけど」
「~~!」
いする美の顔色が目まぐるしく変わる。可愛い、似合うと言われれば期待に応えたくなるのが人情だが、着るには恥ずかしすぎる、でも可愛いと言われていて、けれどやっぱり恥ずかしすぎてのループ状態。まるで、矛盾する命令を突きつけられたロボットみたいになっていた。
「そういうこと。ずるいです。でも。だって。ううう。本当に。無理なものは。無理で」
べそべそと言ういする美は、叱られて言い訳をする子どもみたいだった。叱られる子どもとの違いがあるとすれば、この件に関して、いする美にはほとんど非がないということ。
ふと見れば、店員や辺りの女性客も、なにごと?という表情でこちらを見ていた。
どうやら、少しいじめすぎてしまったらしい。
「わかった。わかったから。顔上げて。とりあえず、店を変えよう? ね?」
こぼれる涙と、その涙のせいで頬に吸いつく髪をはらってやりながら、石動は言う。
「………………はい」
ぐすっと小さく鼻を鳴らし、いする美はひどく素直にうなずいた。




