その日の夜、自室に戻った石動は、こっそりとある人物に連絡をとった。
その日の夜、自室に戻った石動は、こっそりとある人物に連絡をとった。
いする美の前では大見得を切ったものの、赤の他人を家であずかるなんて判断は、本来、石動の一存で決められるものではない。
単身赴任中の父はいいとして、問題は母だ。昨日今日と、道玄坂家が突然の珍客を許しているのは、両親が不在だからである。ちょうどパートの研修で母が家を空けているのだ。しかし、そのパート研修も、たしか週末には終わると言っていた気がする。
何の前説もなく、道玄坂家におけるもう一人の女傑といする美が鉢合わせしたら、どうなるか。考えるだに、ぞっとする。なにせ、あの久霧の母親なのだ。我が家の更なる混乱と惨劇を避けるためにも、可及的速やかに筋を通す必要があった。
『いいよ』
LINE上に表示された返信は、これ以上ないほどシンプルだった。
かつて、これほど送信ボタンを押すのに指が震えたことはなかったのに。石動の緊張や覚悟とは裏腹に、母は、驚くほどあっさりと、いする美の同居を許可してくれた。
『いいの? 本当に?』
『うん。要は、カノジョと同棲したいって話でしょ?』
『ああ……』
言われて、合点がいく。
さすがに、巨大ひじきのくだりから説明して理解が得られるとは思えなかったので、その辺りはぼかしたのだが。肝心のそこをぼかすということは、そうか、親目線から見ると、そういう話になるのかもしれない。
しかし、だからといって、即決で許可するものだろうか、普通。
『しう君もお年頃。お母さんはうれしい』
『でも、久霧がすごい反対してるんだよ』
『あの子は、まだまだ年季が足りない』
『年季?』
『縛るばかり、守るばかりが愛ではない。愛とは、信じ、許し、遠くから見守るもの。あの子はまだまだしう君愛の修業が足りない』
『いや、親子でそんな愛を競われても』
久霧もそうなのだが、どうも、四年間の寝たきり状態を脱してからというもの、道玄坂家の女性陣がとる自分への態度は、どこか距離感がおかしい。それとも、この年頃の息子と母親の会話というのは、皆こんなかんじなのだろうか。
『いい。そっちは、私の方からちょっと言っておく』
『いいの?』
『しう君は好きなだけカノジョといちゃこらすればいいさ』
『……。別にそういうんじゃ』
すかさず、母言うところのいちゃこら系のLINEスタンプが連続でガンガン送られてくる。反論を挟むタイミングがない。発言があっという間に流されてしまう。
『だから、違うんだって!』
『とりあえず。詳しい話は帰ってから。色々聞かせてね』
『……。そりゃ、話すけどさ』
わけありっぽい雰囲気は伝わったのだろう。にもかかわらず、一緒に暮らすことを認めてくれたのは、裏を返せば、後で必ず話せということだ。息子への信頼を感じると共に、さりげなくプレッシャーをかけられたような気もする。
少し会話が途絶え、画面が更新されない時間が続く。
スマホのヘッダ表示を確認すると、デジタル表示の時刻はあと数分で日付が変わることを告げていた。
『母さん、明日も早いんでしょ? 俺ももう落ちるから』
『あ。ちょい待ち。最後に、一個だけ。条件』
『条件?』
聞いてみると、なるほど、母の提案はもっともなものだった。さすが女親というべきか。石動にはない着眼点だった。
ほぼ自動的に、石動の明日の予定が決まった瞬間である。




