その屋上で起きた惨事に気付く者が、どれほどいただろうか。
その屋上で起きた惨事に気付く者が、どれほどいただろうか。
時刻は朝で、まだほとんどの生徒たちは登校前だった。B棟は、教員たちの詰める職員室とは距離がある。ひょっとすると、校庭で朝練にいそしむ運動部員たちは、窓が割れる音を聞いたかもしれない。それがB棟の上の階から聞こえたことくらいまでは、察しがついたかもしれない。けれど、自分達の練習を中断してまで様子を見にいったりはしなかった。
多くの通り魔殺人が、閑静な住宅街で堂々とおこなわれ、翌日に発見されるように。
意外なほど、人は人の惨事に――日常のすぐ隣で起きる非日常に関心をはらわない。
しかし、逆にいえば、それは、関心さえあれば、誰もが観測者たりえるという話でもある。
この朝もそうだった。
人間たちの無関心とは裏腹に、石動たちに降りかかった惨状をつぶさに観察する者もいた。
校舎A棟の屋上。
手摺りに据えられた掲揚塔の、更に上。
学校で最も高所にある頂きに、その人物は踵を落としていた。面積にすれば、喫茶店のコースターよりも狭いだろうに、伸びた背筋は微塵も揺らがない。
「石動。それが現世での名ですか」
風が強い。
人物は、さらわれる横髪をすくって、その都度掻きあげる。乱れるたびに、何度でも。しかし、そんな作業すらどこか楽しげに見える。
「探しました。見つけました。確認しました。私は、あなたを把握しました」
口ずさむ言葉は、微かにメロディを踏む。仕事にとりかかる前、コーヒーの一服と共にふと漏れる短い鼻歌のように。
事実、その人物は今から仕事にとりかかるところだった。
「――返してもらいますよ、いする美様を」
無事、第一幕完走できました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次投稿は、おまけの完走記念イラストになります。
※本作は、第一幕、第二幕-1、第二幕-2、第三幕の構成で進行予定です。
中間評価・中間レビューしてくださるかたは、タイミングの目安にどうぞ。感謝。




