昇降口で久霧と別れてから、石動はB棟の三階へと向かった。
昇降口で久霧と別れてから、石動はB棟の三階へと向かった。
時刻は、午前七時を回っている。窓の外を覗くと、既に朝練を始めたらしい運動部の姿がグラウンドに見えた。対して、ほとんど普通教室の入っていないB棟は、静かなものだ。人のいない廊下に、石動の歩く靴音だけが控えめに反響している。
廊下の突き当たりには、ほどなく辿り着いた。
校舎の一番端に位置するその部屋が、石動の目指す場所だった。壁からせり出した柱と柱の間に、ぴったり扉が収まっている。必然、外から見ても、室内のスペースがそう広くないことは自明だった。幅だけ見れば、石動の部屋の方がまだしも広いくらいだ。
擦り切れたプレートには「資料準備室」の文字。
言ってみれば、教材用の物置として作られた部屋なのだから、これが適正サイズということなのだろう。しかし、それ以外の用途として部屋を利用する身にとっては、いささか手狭である感は否めない。
(あれ)
引き手を掴むが、すぐに戸が引っ掛かる。まだ扉が開いていないようだ。妙だなと思う。登校中に確認した校内WEBページによると、準備室の鍵は既に持ち出されていたように見えたのだが。
「ばーん」
その時、背中に指を突きつけられる感触が走った。
突きつけられるというか、正確には、マッチを擦るように上向きに背中を爪でなぞられたというべきか。くすぐったさには鈍感な方だが、とっさのことで、思わず、うおっ、と変な声をあげて飛び退ってしまう。
振り向くと、石動を銃殺した犯人は、肩を揺らして笑いをこらえているところだった。
「ぷくくく。うおっ、だって。うおっ。かわいいんだ」
いつものごとく、オーバーサイズのカーディガンをだらっと着こなし、ずらした眼鏡の隙間から、小柄な女生徒が、悪戯っぽくこちらを見上げている。
「畳ヶ崎先輩」
「や。どうしたんだい。朝から準備室に顔を出すなんてさ」
見下ろせば、妹の久霧よりも更に低い位置から、邪気のない笑顔が石動を出迎える。
スカーフの色は彼女が最上級生であることを示していたし、服の着こなしや緩くかけられたパーマに一年くささはなかった。が、並んで立った時、自分の胸の下に頭部がくる少女が、先輩であるという事実は、石動をいささか奇妙な気分にさせる。実際、二浪した石動の方が物理的に歳も上だったりするから、尚更だ。
「ちょっと、相談したいことがありまして」
「君が僕に? いったい、なんだろうね。部活絡みかい。それとも、個人的な悩みごとでも?」
「両方ですよ」
「そいつは素敵だ」
畳ヶ崎は笑う。
そう、彼女に相談したいことがあった。友人の一条や、身内の久霧を除けば、知る限り、石動の狭い人間関係の中で、彼女は最も信頼できる部長といってよかった。
特にこの場合は。
即ち、石動の見聞きした範囲では信じられない現実に、信じられるかもしれない答えを提供してくれる人として。
「待ってて。今、鍵を開けよう。なに、オカルト研究会が、朝日の下で活動しちゃいけないって法もないだろうさ」




