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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
3章・パパは奴隷でATM
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あんたは病気だ

「そうして、彼女の求める自分を理解した私は、大学を辞めて一発逆転を目論む人生を送り始めた。男の欲望を最大限まで具現化した下らない発明品の数々を作り、いつか成功することを何の根拠もなく語る。そういうインスタントな男になったのだ。だから、自己発電機も究極のオナホも自分の手で壊したのだ。成功してしまったら、そんな残念な兄ではなくなってしまうから……」


 長い長い昔話を語り終えて、新垣はどこかせいせいとした顔をしていた。一体どれだけの嘘を溜め込んできたのか。一体どれだけの感情を犠牲にしてきたのだろうか。たった一人の妹のために、なんでこんな馬鹿げた事態になってしまったのか。


「あんたは病気だ」


 藤木は溜め息を吐いた。結局、その一言に集約された。それ以外に何も無かった。新垣はくっくっくっと自虐的に笑い、


「そうとも、私は病気だ。厨二病という立派な病気を患っている。だが、それゆえに、安寿と共に生きていけるのだ。私はそれを誇りに思うよ」


「いやまあ、確かにそうかも知れないけど……」あの先輩は、よっぽど頭のおかしい人じゃないと、一緒には居られないだろう。「でも、それだけじゃなくって」


 多分、本気で分かっていないのだろう。なんと言うか、ずれている。


 結局、新垣もまた壊れていたのだ。きっと母親と死に別れたことで、健常な精神では居られなかった。それを、白木を守るということで安定させてきたに違いない。


 だが、そのせいで根本的なものはなにも変わっていないのだ。もうここまでこじれると、何から指摘してやればいいものか……


「新垣さん。あんたが妹のために道化を演じ続けていることは分かった。でも、それって本当に彼女が望んだことなんだろうか」

「もちろんだ。その証拠に、安寿は喜んでくれている」

「いや、喜ぶ喜ばないはこの際どうでもいいんですよ。彼女が望んだか望んでないか、そっちの問題」

「……どういうことだろうか」

「新垣さん、あんたさ、白木さんが本当はどうして欲しいのか、直接面と向かって聞いたことあんの?」


 藤木の言葉に、新垣は口ごもった。図星だった。


「ないでしょうね。子供の頃、感情を示さない白木さんのために、自分が悪者になってまで、何でも決めてあげてたあなたですから。今更、話し合おうなんて考えが思い浮かばなかったんでしょう。でもさ、あなたも自分で理解してる通り、あの人はもう殆ど普通になってるんです……いや、性欲とか色々異常だけどな……その他は健常者と一緒です。だから、話し合うべきだった」

「しかし……」

「多分、あなたのやってることって、全く意味を成してないですよ。って言うか、始めから白木さんは、別にあなたにかつての父親を投影なんてしてないですし、あなたが堕落することも望んじゃいなかったと思います」

「なんでそう言い切れるんだ」

「なんでって……」


 多分、そうじゃなければ、白木が藤木という変態性欲の持ち主(・・・・・・・・)のことを兄に引き合わせることなんて無かったはずだ……彼女は、自分たちのことを理解してくれる人を求めていたのでは無かろうか。


「ともあれ、そんなこと言っても埒が明かないでしょうし……だったら、直接聞いてみたらどうですか」


 そういうと、藤木はゆらりと立ち上がった。そして、


「お、おい……藤木君、何をするつもりかね!?」


 持ってきたスレッジハンマーを振りかぶって言った。


「俺の尊敬する先生(ティーチャー)が、壁があるならぶっ壊せって言ってたもんで」

「タチバナ先生のことか?」


 いや、もっとグレートな方だよ……藤木は新垣の問いには答えずに、ハンマーを振りかぶると、思いっきり壁に向かって振り下ろした。


 RC造の鉄筋コンクリートである。普通ならそんなことされてもびくともしないはずである。


 しかし、ハンマーの振り下ろされた壁は、ガンッと乾いた音を立てて、あっけないほど簡単に穴が空いた。


「きゃあああああああ」


 パラパラと壁が崩れていく。その壁は、せいぜい石膏ボードが数枚ほどの厚さしかなく……そして壁の向こう側から悲鳴が聞こえる。


 ぽっかりと穴の空いた新垣のリビングの壁の向こうに、隣室の薄暗い部屋が続いていた。そこは仮眠室か何かに使われていたのだろうか、簡易ベッドがある以外には特に何も置かれていない。


 そのベッドの上に彼女は居た。


「安寿!」


 突然、壁を崩されて度肝を抜かれていた白木であったが、新垣の呼びかけにハッと我に返ると、あわあわと慌てながらもなにやら取り繕うように、


「ごきげんよう」


 と、いつものように澄ました顔で返してきた。途端に粉塵を吸い込んでゲホゲホとやっている。健常者と言ったが、やっぱりどっかおかしいのかも知れない。それはさておき、


「ここで寝泊りしてたとき気づいたんです。深夜に騒いでたら、隣室から壁ドンされて……俺んちみたいな古い建物ならともかく、こんな高速道路に面した高層のマンションで、隣室の声が聞こえるなんて有り得ませんよ」


 だからおかしいと思った。元は1部屋だったものを2部屋にリフォームでもしたのか? と思ったが、それも上下階を見に行って違うと分かった。だとすれば、こんな細工をするのは白木くらいしか考えられない。


「もうご承知でしょうが、この部屋は監視カメラが仕掛けられてます、ついでに盗聴器も仕掛けられてます。それにも飽き足らず、壁に細工がしてあって、隣室の声は筒抜けです……新垣さん、どうしてだか分かりますか?」

「……どうしてだろうか」

「あんたの妹が変態だからだよっ!! 盗撮、盗聴、ストーキングにも飽き足らず、生活音まで余すところ無く、あんたのプライベートを丸裸にすることが生き甲斐なんだよ!」

「うっ……」「うぅ……」


 なんか知らないが、二人揃って傷ついていた。いや、ドン引きしていいのは、藤木だけだろ?


「なんでそんなことするのか。もう、面倒くさいから俺が言っちゃうよ? あんたは、白木さんのオナペットなんだよっ!!」


 そう、藤木が断言するように宣言すると、ひぃ~っと情けない声を上げながら、白木が平伏した。対する新垣は冷や汗をかきながら言った。


「う、薄々感づいてはいたが、そうなのか……?」

「新垣さん、あんたが大学に進学したら、白木さんの様子がおかしくなってったって言ったよね? それって、普通に考えて、ただの恋わずらいなんじゃないの? 夏休みの処女膜貫通事件だって、あんたが彼女を意識してたように、彼女も久しぶりに会ったあんたを意識してたんだ。それから、あんた、漫画家デビューした彼女に嫉妬したことを恥じたそうだけど……逆に考えてよ。あんたの好きな女の子が、あんたに嫉妬してたらどう思う……? 萌えるでしょ!? こいつ、可愛いなって思うじゃん!? だから、あの時、あんたの情けない姿を見て、この人キュンキュンしちゃっただけで、別に父親がどうとか全く考えてないの」


 新垣の悪いところは、この独りよがりなところだ。結局、全部自分で決めてきたから、妹のことを勝手に決めつける癖がついていた。それも駄目な方に、駄目な方に……


「なのに、なんかあんた色々自己嫌悪しちゃってさ、うじうじ考えて、オナニーとかまでしちゃったわけでしょ? この童貞が! 分かれよ! あんたの変態妹はそれを見て、オナニーしてたんだよ! あんただって、妹のエッチな姿を想像してオナニーしたことあるんだろう!?」

「うっ……」「うぅ……」


 だから二人して身悶えるんじゃない。


「そりゃ喜ぶだろうよ。ほっときゃズリネタ提供してくれるんだから……だから、白木さんはね、別にだらしないお兄ちゃんを求めてたんじゃないんですよ」

「そうなのか?」

「……はい。なかなか言い出せなくて……」


 と言うか、盗撮も盗聴もバレバレだったが、建前上は隠していたし。


「あんたの妹は、お兄ちゃん大好きっ子のど変態なの。なら……もう彼女を安心させるために、何をしてあげたら分かるでしょう。オナホを壊したり、無駄に自分を痛めつけることじゃないんだ」


 藤木が言い終えると、沈黙が場を支配した。打ち壊された壁から、もうもうと煙がたっていた。暑がりの新垣の部屋のクーラーと、寒がりの白木の部屋の温度が混ざって、なんとも微妙な空気になってきた。藤木は、お互いを見詰め合って動かない二人の真ん中で、重い重いハンマーをコンと床に置いては、溜め息を吐くのであった。


「……安寿。駄目なお兄さんを、許してくれるかい」

「いいえ、お兄様。お兄様が駄目だなんてこと、一度としてありませんでしたわ」

「なんか綺麗にまとめようとしてるけど、おまえらこのあと滅茶苦茶セックスするんだろ」

「うっ……」「うぅ……」

「それじゃ、邪魔者は退散しますので。お幸せに……」


 そう言い残し、藤木は白木兄妹の愛の巣から出て行った。夏休みに起きた一連の事件(?)はこうして幕を閉じたのである。締まらない話ではあるが。


「……くそ暑いな……」


 部屋のドアを開けると、夏の暑さが襲ってくる。高速道路の轟々という音が、彼を現実に引き戻した。藤木はエレベータを待ちながら考えていた。


 それにしても、これで終わりなのだろうか。オナホを壊したのは誰か……天使のメモが頭を過ぎる。それは新垣本人だったわけだが、それが分かったところで、消えた天使の謎が何かわかったわけでもない。


 彼女は一体、何をさせたかったんだ?


 それとも、何もさせたくなかったんだろうか……?


 腕組みをしながらやってきたエレベータに乗り込み、藤木はうーんと唸った。今回のことが、天使とどう関係あるのかは分からなかった。だが、少なくとも、究極のオナホの再開発の可能性は大いに上がったのである。なら、骨折り損ってわけでもないな……彼はウキウキしながら、地元七条寺への帰途へつくのだった。


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