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「○×▲□$●◇&▽△■◎!!!!」
「はいはい、ごめんごめん。やりすぎたわ。悪かったわよっ」
「†§¶*+=〆∴∵ρε!!!!」
「悪かったって言ってるでしょ。もう、しつこいなあ」
「・・・っっっ! ・・・っっ!! っ! っ!」
「あのねえ、元を正せばあんたが悪いんじゃん。協力してやってるこっちの身にもなりなさいよ」
「#%~|<>”’;-?!!!」
「とにかくっ! 生き返らせてやったんだから、お母さんには後でちゃんとフォローしときなさいよね」
「うあー世の中を……ガエダイ!」
「あんた、本当は余裕あるんでしょ? そうなんでしょう!?」
マジ逃げした母の帰りを待っているのだが、一向に戻ってこない。
小町に抗議したり言い争ったり、そうこうしているうちに、泣き疲れたせいか空腹であったことを思い出し、仕方なくリビングに二人してやってきては、カップメンでしのいだ。夕飯を済ませているはずの彼女が、ちゃっかりと食卓についている。
「別にいいでしょ。けち臭い」
ずるずるとソバを啜りながら、小町が続けた。
「……んで、どうしてまたあんなことになってたわけ?」
「始めにおまえのとこに行ったとき、オナってたら死んだって言ったよな。じゃあ、もう一度やったらどうなるのかなって……試してみたんだよ」
「……それで、また同じように?」
「ああ、まさかとは思ったんだけど」
「信じられないわ」
「俺だって思いっきりそう思うわい。しかし嘘みたいな話だが、事実なんだよ。多分、オナるたびに同じことになるんだと思う」
「ん、ん~……」
小町は啜っていたソバを飲み込むと腕組みし、
「じゃあ、取りあえず暫くは……オ、オ、オナ……ごにょごにょ……しないことねっ。少なくとも、回避する方法が分かるまでは」
「はあ? 健全な日本男児として、そんなこと出来るわけあるか。あとこの手の単語は、言うの躊躇すると返ってエロいぞ」
「うっさいっ! とにかく、もう、あたしは金輪際、あんたの蘇生なんてしないんだからね。それでいいなら好きにしなさいよ」
「えええぇ~~!? ちょちょちょ、ちょと待てちょと待て、小町さん!? あなた、俺に死ねって言ってるの!?」
「馬鹿っ、逆でしょっ!? もう死ぬなって言ってるのっ! ……初めはいきなりだったからビックリしてたし、二回目は怒りに我を忘れてたけど、よく考えてもみれば、すっごい恥ずかしいんだからねっ!! あ、あんな……お、お……おにんにんが……」
などとのたまい、小町は頬を赤らめた。
何だかその様子が洒落臭くて、藤木はズボンのファスナーを、ジーっと下ろすと、躊躇いもなくデロリンチョと一物を取り出した。
「ぎゃあああああああ! なにやってんのよ、あんたっ!?」
「いや、何度も見せてるうちになんか慣れてきちゃって。つーか、おまえ、そんなこと言いながら、ガン見してるよね? さっきも今も。ん? んんー?」
「見てないっ! 見てないっ!」
「見とるがな。その調子で、もういっそのこと慣れちゃってくださいよ。これから毎日、何度も見ることになるんだしな。触ってもいいのよ。げっへっへ」
「くぅぅ~~~……鬼畜っ、鬼畜の所業よっ」
そんな具合に、ほーら見てご覧見てご覧と、会話と言うかプレイを続けていると、
ピンポーン!
と、玄関のチャイムが鳴った。小町はびくりと体を震わし、
「ほ、ほら! お母さん帰って来たわよ。早くしまいなさいよね」
「いや待て、母ちゃんなら呼び鈴なんか鳴らさない……こんな時間に一体誰が…… はっ!? まさか、あの人マジで通報とかしたんじゃ……」
「ええっっ……警察っ!?」
警察という単語に二人の動きが固まった。じっとしていると、催促のように二度三度と呼び鈴が鳴らされた。一物をガン見している小町と目配せする。藤木はおちんちんをしまって居住まいを正した。
「つ、通報って……やっぱ殺人で?」
「それしか考えられん」
小町の行動は早かった。忍者のように音も立てず迅速に、リビングルームから忍び出ると、気配を殺しながら玄関扉に耳を当てて外を確認し、おもむろに藤木の部屋へ引き返して窓から外へ出た。
「ととと、とにかく、被害者のはずのあんたが生きてるんだから、何聞かれても見間違いで通じるわ。適当にしらばっくれなさいよね」
「お、おいっ。俺一人で対応すんの!?」
「当然でしょっ! いいこと? もし、あたしのことを聞かれたら、こう答えるのよ? 隣のお嬢さんって超かわいい」
そう言い残し、小町はダッシュで消えた。そんな即座に想定問答を思いつけるんなら、代わりに対処してくれてもいいのにと思いつつ、藤木はしぶしぶ玄関へと足を向けた。とにかく、何かあったと思われたらやばそうだ。
「はいはーい、今出ますよ~」
平静を装い、わざとらしくチェーンを外す音を立てて、面倒くさそうに扉を開けた。
制服警官が立っていると思った。
もしくは、トレンチコートをきた、いかにもなおっさんがジロリと睨みを利かしているんじゃないかと。
ところが、扉を開けた先にいた人物は意外にも、藤木よりもずっと小柄な女性だった。栗色のくせの強い髪の毛は肩口まで伸び、意志の強そうな真っ直ぐな瞳が藤木を見上げていた。年のころは十台前半だろうか、藤木よりちょっと幼い感じだ。頭は小さく手足が長い。遠めにも目を引きそうな美しいプロポーションをしていて、一言で言うなら、どこへ出しても恥ずかしくない美少女だった。
最近は警察でも、顔採用してるのかね……
ぽかんと口を半開きにして、そんなことを考えていたら、目の前の女性がおもむろに肩をきゅっと竦めて、握り締めた手を顔の辺りまでもってくると、猫の手のようにくいっと手首を返し、片足をルンっとばかりに跳ね上げながらウインクしつつ、
「あなたは神を信じるかにゃん?」
などとのたまい愛嬌を振りまいた。藤木は扉をそっとじ……
「にゃああああ~~~!!!」
……しようとしたが、女性がガシッと扉を掴み、隙間に片足を突っ込んでそれを阻止した。
「ちょっ、離してください」
「待って待って、話を聞くにゃん!」
「いや、マジホント、うちそういうの間に合ってますから、どうぞお引取りを」
「ポチはちょっと悪ふざけが過ぎたにゃ。落ち着いてほしいにゃん」
「あの、いい加減にしないと警察呼びますよ?」
「にゃあ! 警察呼ばれて困るのはそっちにゃん。さっきまで二人で大慌てしてたくせに」
さっきまで? 二人? まさか、こちらの動向を窺っていたのか? 面倒くさい新興宗教の末端信者め……などと思いながらも渋々力を緩める。
「あのさあ、何を言ってるかわからんがね、宗教の勧誘なら他所いってくれないか。ホントに、これっぽちも興味ないんで」
「失礼にゃっ! ポチを呼んだのはそっちのくせにっ! 酷いにゃん」
「はあ?」
図々しいやつめ。そう思った。しかし、その図々しいやつがとんでもないことを言い出した。
「死にたくにゃい。まだ生きていたい。せめてズボンを引き上げる一瞬だけでもいいから、生き返らせてくれにゃいか。神様ー! って、藤木さん、あなた、さっき死んだとき、天に向かってお祈りしたにゃん」
小開きのドアの隙間から春風が通り抜けて、ビュービューと乾いた音が鳴った。
耳朶を打つ風がうるさい。聞き間違いじゃないのかと、藤木は眉を顰めて女性を見つめた。
「……さっき……死んだ?」
「そうにゃ。あなたは本年5月19日。20時18分31秒。享年18歳。満17歳の若さでお亡くなりになりましたにゃ。死因は急激な血圧低下による心因性ショック、簡単に言えばテクノブレイク。そのあなたが、どうしてここでこうして、まだ生きてるのかにゃん?」
そう断言する少女の口ぶりから察するに、これはただ事ではなかった。なにしろ、先ほどのわけの分からない幽体離脱騒動を知っているのは、藤木と小町だけなのだ。それをはっきりと、藤木は死んだと言い切る彼女は、一体何者なのか……