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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
3章・パパは奴隷でATM
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素人童貞って言葉があるんだし、素人処女って言葉もあっていいんじゃないかな

 白木兄が(こも)ってしまい、藤木がなにかの用事で外出し、取り残された諏訪と大原と佐村河内の三人は、特にやることもなく暇を潰していた。


 三人そろってオナニー部屋に入っていたのでハッスルするわけにも行かず……(小町の言うような右手の交換会などありえないのだ)仕方なく肩を寄せ合いジェンガをやっていたのだが、諏訪がジェンガを引き抜こうとした瞬間、間が悪いことに携帯電話がピロピロ鳴り出した。


 ガラガラと崩れ落ちるジェンガを忌々しげに見つめながら、諏訪は電話に出た。


「もしもし?」

「諏訪か。藤木だけど。そっちの状況どうなってる? お兄さん上手く行ってるのか」

「いや、おまえが出てった時から変わらずだよ。いまどこなんだ?」


 諏訪の質問に答えもせずに、代わりに受話器の向こうから口論するような声が聞こえてきた。


「放せ」「放すもんか」「逃げないから」「絶対逃げる……」


 何やってんだ、こいつは……と、思わず受話器をいっぺん放して、相手を確かめてしまったが、通話相手はちゃんと藤木のようである。耳から離していたスピーカーから彼の声が聞こえてきた。


「もしもし? 聞こえてる?」

「ああ、聞こえてるよ。つーか、取り込み中か何かかよ。ごちゃごちゃしてて、わけ分からんぞ。用事があるなら、そっち片付けてからにしろよ」

「お兄さんの詰まってるところって、具体的にどんなもんか聞いてもらえないか? 出来るだけ詳しく」

「……いいけどよ。こっちの話も聞けっての」


 通話状態のまま携帯を持ってリビングに行くと、数時間前とまったく同じ格好のままパソコンに張り付いてる白木兄の後姿が見えた。


 とりあえず、藤木に聞かれたことを訊ねてみたが、何を言っているのかさっぱり要領を得ず、伝言ゲームにもなりゃしないから、直接話してくれと携帯を渡したら、白木兄はそれを受け取り、始めのうちは気のない返事をしていたのだが……


「なるほど……そうか……ふむふむ……その手があったか!」


 などと、次第に興奮しながら受話器に向かってフンフンと頷ずき始めた。


 やがて、彼が携帯電話を突き返してきたので、それを受け取り、どうなってるのかと電話の向こうに訊ねようとしたら、通話はとっくに切れていた。


 カタカタカタカタと、もの凄い勢いでキーボードを叩く白木兄に声をかけるのも(はばか)られて、諏訪は大人しくリビングから出ると、また玄関脇の部屋へと戻って、大原と佐村河内が積み上げていたジェンガの前に座った。


 これで何勝何敗だっけ……と、星取表を眺めていたら廊下から、


「……はなせ……はーなーせー!」

「ええい、ここまで来て何言ってやがる。いい加減大人しくしろ」

「はなーせー! やだー! 犯されるー!」

「黙れ! 大人しくしないと本当に処女膜ぶち破るぞ、球根か何かで!」

「だだだ、誰が処女やねん!」


 かなりしょうもない口論が聞こえてきた。片方は藤木の声である。そのぎゃあぎゃあ五月蝿い口論は、やがて白木兄の家の前に差し掛かるとピタリと止まって、


「……すみません」


 恐らく隣人にでも出くわしたのだろう……しおらしく謝罪の言葉を述べてから、ピンポーンと白木兄の家のチャイムが鳴らした。忙しい奴らである。


 とりあえず藤木が帰ってきたのは明白だったので、開けてやろうと玄関へと諏訪が向かったら、残りの二人も一緒になってくっついてきた。多分、藤木が連れてきたもう一人のことが気になったのだろう。


 玄関を開けるとそこには、何故か知らないが晴れ着姿の女性と、結婚式帰りみたいな格好をした藤木がいた。その背後では隣人が、タバコを吸いながら迷惑そうに、ちらちらとこちらの方を盗み見ていた。


「……なんだ、藤木。これから同伴出勤か?」

「誰が商売女よ!!」


 初対面なのに一瞬の躊躇もなく突込みが返ってきた。中々出来る人物のようである。


「しかし、こんななんでもない季節に晴れ着なんか着てるのは、銀座のホステスと2丁目のオカマくらいのもんだぞ……」

「藤木どいて、そいつ殺せない」


 殺意を隠そうともしない眼光を飛ばしている女性を、藤木が必死に押し留めていた。大原が言う。


「つか、藤木にしても、なんでそんな格好してんだ?」

「いや、いろいろあってさ。ホテルのパーティ会場から直接来たんだよ」

「ほら見なさい、あんたが着替えもさせないから、変な誤解を受けるんでしょ。もう逃げないから、せめて着替えくらいさせなさいよ」

「つっても、着替えなんか持ってないだろ」

「こんな窮屈なの着てるくらいなら、その辺で買ったジャージでも着てるほうがマシよ。いいから放しなさい」

「なんか知らないが、藤木、それくらいさせてやったらどうだ」

「あら、あんたは中々分かってるわね。話せるじゃないの」


 そいつが分かるのは麺のコシくらいのものだが。


「ほら、彼もこう言ってることだし、いい加減に少しは信用しなさいよね」

「ええー……」

「着替えたら、ちゃんとここに戻ってくるから」


 そう言って藤木を振り払い、今しがた閉めたばかりの玄関を開けて女性が出て行こうとしたら、ガシッとその肩を佐村河内が掴んで引き戻した。自分を引き戻した男に、抗議をしようとして振り返った女性の顔色がクルクルと変わった。


「…………この女は……逃げる」

「え? ちょっ? なんで? なんで佐村河内まで居るの」

「そうか……逃げるか。じゃあ仕方ないな」


 普段、無口な奴が言うと説得力が違う。男たちは逃げるといわれた女を羽交い絞めにすると、四人がかりで玄関に引きずり込んだ。


「ぎゃあああ! やめて! 放して! レイプされるー!」

「こらっ、マジで通報されかねんからやめろ!」


 そんな風に玄関先でドタバタやっていたら、流石に五月蝿すぎたのか、リビングのドアがカチャリと開いて、奥から白木兄が顔を覗かせた。


「ええいっ! 気が散る。一体何をやってんだ、君たちは……ん?」

「ひいいいい! 奥にもまだ居た! 助けて! 犯される、犯されるっ!」


 部屋のドアを開けたら、いきなりこれである。普通なら戸惑いそうなものだが、対して白木兄はまるで取り乱すこともなく、ただそこに居た晴れ着の女を見て冷静に言った。


「……もしかして、ユキ・タチバナ先生ですか?」

「……誰よ、あんた。こんな大きな教え子なんて居ないわよ、あたし」


 男四人に羽交い絞めにされながら、やぶ睨みする立花倖がそう答えると、白木兄は目を丸くして驚いた。


 


「君らは知らないかも知れないが、タチバナ先生は我々のような自然科学を齧ったものなら誰でも知ってる。それはそれは、大層偉い先生なんだ。その経歴を聞いたことがないのか?」


 もちろん聞いたことがない。藤木以外の三人がこくこくと頷いていると、はぁ~っと大きな溜め息をつきながら、白木兄がまるで自分のことのように嬉々として説明した。初めて聞く3人が胡散臭いものでも見るような目つきで見守る中、上座にリクライニングチェアを用意された倖が、頭が高いとでも言いたそうに偉そうな顔して見下していた。


「本当に君たちはこれっぽっちも知らなかったのか……まあ、科学者は意外と知名度が低いからな。例えばアインシュタイン……は有名すぎるか。ファインマンの顔を知ってるか? と100人に聞いても、答えられるのは1人か2人だろうし」

「ファインマンって誰ですか」


 まるで戦隊物の名前みたいである。


「名前すら知らないのか……うーむ、困ったもんだ」

「まあまあ、あたしとファインマンを比べるなんて、やりすぎだからよ」

「そりゃそうですね」

「うっ……」


 意外と冷静な白木兄の返しに、肩透かしを食らった格好の倖が気まずそうな顔をしていた。


「とにかくまあ、知る人ぞ知る天才として、日米の学会ではそれなりに名の知れた人物だよ。何しろ、MITに飛び級入学するのも珍しければ、2年と言う早さで主席卒業し、おまけにこの美貌だろう。話題にならないわけがない。いかにもマスコミが食いつきそうなネタだ……って、あれ? 意外と話題になってないな。なんでだろう」


 それは多分、彼女が隠し子だからだろうが……話が変な方向に行かないように藤木が修正した。


「どのくらい凄いかは知らないけど、なんかこの人、やけにパソコンとか詳しいから、お兄さんの役に立つんじゃないかと思って連れてきたんですよ。さっき、電話で話してたのもこの人です」

「なるほど、道理で的確なアドバイスだと思った……」


 感心しきりの白木兄に対し、気を良くしたのか倖もまんざらでもない様子で、


「まあ、別に? 昔ちょっと齧ったくらいだけど、あんたの詰まってるルーチンが以前に触ったプログラムと似てたからね。それにしても、オナ……オナ……オ……」

「オナホ?」

「こほん……それだって言うから、もっとロクでもないことやらされるのかと思ったら、意外と真面目と言うか、凄い面倒くさいことやるのね」

「もちろん、人生は常に全力投球。何事も本気で取り組まねば何も成し遂げられませんからね」

「お兄さんは、これを商売にしたいそうなんだよ。実際に、これが出来たら売れると思うし、面白そうだから俺たちも手伝ってるってわけ」

「へえ……」


 倖は藤木たちが作っているという、電極の繋がったオナホを手に取ろうとして、すぐに引っ込めて、ちょっと遠目からマジマジと見た。


「まあ、意外と発明品ってそういう男性のしょうもない性欲とかから始まったりするからね。VHSが売れたのも、アダルト作品を認めてたかららしいし……そういえば、アメリカ時代にも似たような発明品を扱ったことあるわよ」

「アメリカ時代って……ベンチャーキャピタルだっけ?」


 ベンチャーキャピタルとは、まだ認知度が低いがこれから伸びそうな非上場企業に出資をする、アグレッシブな投資ファンドのことである。売れそうなベンチャー企業の噂を聞いたら飛んでいって、いけそうなら出資したり、てこ入れのためにコンサルタント業務なども行うらしい。マイクロソフトやインテルなど、成功例も枚挙にいとまが無い。


「うん。あたしが日本人だからって、日本の小型案件をいくつか回されてたんだけど、その中に自家発電機なんて馬鹿な商品を売り込んできたのがいてね……」

「自家発電機なんて、普通じゃん」

「えーと、自家発電機というか……自己発電機というか……その、オ、オ、オナ……」

「オナニー?」

「くっ……そうよ! その時の、上下の動きを利用して発電するって馬鹿げた商品を作って、実際に売り込んできた馬鹿が居たの!! ところが、実物を見てみたら、案外馬鹿にしたものじゃなくって、その物体の面における摩擦力のフィードバックに関して、信じられないほど高効率の変換を実現していたの。目的があれだから、しょうもないものにしか思えなかったけど、冷静になってみれば、これっていくらでも転用が利くから、例えば医療分野なんかにも使えないだろうかって、社内コンペにかけて……確かこっちの法人に回したはずだけど……」

「タチバナ先生。それ、私ですよ」


 倖が昔を思い出して、うんうんと唸っていたら、白木兄がぼそりといった。


「え?」

「それ作ったの私ですよ。いやあ、まさか先生に見てもらえていたなんて。光栄だなあ」


 そういって屈託なく笑う白木兄に、ポカンとした顔で倖は言った。


「え? それじゃ……あんたがあの新垣(あらがき)ノエル?」

「はい。いやあ、懐かしいなあ……結局、あの発明は採用直前までいって、ボツになっちゃったんですけどね。その時の悔しさをバネに、今でもこうして新しいオナニーグッズを作っているわけです。まさか、あのタチバナ先生のお目にかかっていたなんて、それを聞けただけでも嬉しいです。今日お会いできて本当に良かった」

「ボツになった? おかしいわね……そんな話聞いてないけど」

「ええ? そうなんですか?」


 そんな風に、にこやかに談笑する二人に割り込むように、藤木は疑問を口にした。


「あれ? ……ちょっと待ってよ?」

「ん? なんだね」

「新垣? ノエル? お兄さんって、新垣さんって言うの?」


 新垣はうんうんと二度頷いた。


「ん? ああ、そうか。君が気になっているのは、安寿と私の苗字が違うことだな」

「はい」


 言ってから、藤木はちょっと後悔した。


 もしかしたら聞いてはいけなかったことかも知れない……撤回しようかどうしようか迷っていたら、まるで気にした素振りもなく新垣が、


「それは私が勘当されたからだ」


 ぶっちゃけやがった。気まずい空気が流れる。何しろ、これだけの変態な上に、意味分からない発明品の数々を見れば、何故勘当されたかは容易に想像がつく……


 しかし、彼が語った本当の理由は、それよりももっと斜め上の、想像を絶するものだった。


「元々、私たちは血がつながってなくてね。私の父と、安寿の母が、私達が幼い頃に再婚したことによって、私たちは兄妹になったんだ。幼いころの安寿は、今とは違ってとても引っ込み思案な子供でね? 私と打ち解けるのにも半年以上の時間がかかった」


 彼は当時の記憶を思い出しながら、しみじみと語った。


「しかし、一度打ち解けてしまえば、今度はとてもよく私に懐いてくれてね? 幼い頃はいつも私の後を可愛らしく、にいたまにいたまと言っては、くっ付いて回ったものだった。私たちは血がつながってはいないが、本当の兄妹のように仲睦まじく暮らしていた。安寿は友達作りが苦手で、いつも私にべったりで、私はそんな妹を心配しつつも、特別に想ってくれる彼女に対し、少し嬉しくも思っていた。そんな私達も年を取って、いつしかお互いに意識するようになっていった。何しろ、私たちは血がつながっていないから」


 まるで溜め息を吐き出すかのように新垣は言った。一体、どれだけのやる瀬ない気持ちを抱えていたのだろうか……その心境は察するに余りある。


「白状すると、私は安寿のような女の子を嫁にしたかった。そして多分、安寿も私のことを好いていてくれたと思う……だがもし、一度でも私達がそういう関係になってしまったら、一体両親はどう感じるだろうか? それはとんでもない親不孝なのではなかろうか……そう感じた私たちはいつしかお互いを意識するあまりに、逆に離れていくようになったのだ。でも、それは長く続かなかった。私は、安寿の……私が! 安寿の純潔を奪ってしまったのだ!!」


 新垣は叫ぶように言い放った。藤木たちは、あまりのことに、息も出来なかった。どうして……


「あれは、成美中学に通う安寿が帰省していた夏休みの出来事だった。普段は居ない彼女が家の中を歩くたび、暫く見ない間に美しく成長した彼女を見つけるたびに、私の胸は高鳴った。私は改めて彼女のことが好きだと確信した……しかし、それは決して許されない禁断の恋……私は苦しい胸のうちを隠すため、枕に顔を埋めて身悶える日々が続いた。しかし何しろ夏休み、何十日も続くその間を、ずっと部屋の中で過ごすわけにもいかない。その内に私は耐え切れなくなり、ついに、英語の辞書を借りるというベタな理由をつけて、ある晩安寿の部屋を訪ねていったのだ……」


 そして、彼は転落していったのだ……妹に手を出した兄として……両親に、許されない性犯罪者のように見られて……どうして……どうして、手を出してしまったんだ!


 藤木は叫びたい衝動をぐっと堪えた。いつの間にか強く握り締めていた指の爪が真っ白になっていた。しかし……いや、しかし……!


「すると……いや、私は多分ノックしたんだと思うんだけどね? ……部屋のドアを開けたら、なんかベッドの上で極太バイブを突っ込んで、もの凄いオナニーをしていた安寿が飛び上がって、ズボッと! ズボッと! それを奥に押し込んじゃったんだよ! 唖然とする私、飛び散る鮮血、ぎゃあとこの世のものとも思えない叫び声を上げる妹……あまりにも不憫で……そして、どうしたどうした? と駆けつけた両親に、私は咄嗟に言い訳したんだ! 我慢しきれず、安寿の純潔を奪ってしまったのは、私だ!!!」

「お兄様ああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」


 スッコーンっと、凄くいい音がして、飛んできたヤカンが新垣の顔面に直撃した。


 彼は鼻血を噴いてぶっ倒れた。


 呆然とする面々。部屋の入り口には、いつの間に現れたのか、白木安寿がはあはあと肩で息をしながら、さながら満身創痍の高校球児のような形相で立っていた。


「ご、ごきげんよう……みなさま」


 取り繕うように、スカートの裾を摘んで、優雅にお辞儀をする白木に対し、その場にいた全員が目を逸らした。とてもじゃないが、直視するのは可哀相過ぎて出来なかった。


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