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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
3章・パパは奴隷でATM
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何やってんだか

 都心からかなり離れているとは言え同じ都内、池袋から七条寺へ帰るにしても、電車で約1時間程度のことである。


 立花倖の電話に出た思わぬ人物の依頼により、藤木は一度地元に戻ることにした。白木兄の部屋へ帰りその旨を告げると、未だにパソコン相手に煮詰まっていた彼は振り返りもせずに、パタパタと手を振った。どうやらまだまだ時間がかかるようである。


 玄関脇の小部屋(いわゆるオナニー部屋)でたむろする諏訪たち3人に別れを告げると、藤木は電車に飛び乗って地元を目指した。行楽に向かう家族連れに挟まれるようにして、カタコトと電車に揺られること1時間弱、間もなく七条寺に着きそうなとき、藤木がうつらうつらと船を漕いでいたら、スマホが鳴り出した。


「もしもし?」


 寝ぼけて咄嗟に出てしまった。電車の中で、周囲の視線が痛い。声を潜めて受け答えすると、電話の相手は小町だった。


「あ、藤木? あんたここんとこ見かけないけど、どこ居るのよ?」


 家には一週間ばかり帰っていなかった。だが、


「いま丁度七条寺に帰ってきたとこだけど。何か用事か?」


 と藤木が言うと、小町はウキウキした声で言った。


「へえ、タイミングいいわね、あんた」

「なにが?」

「カニよカニ。カニ食べにいこうよ」

「はあ? カニ? カニって言うと、8本足の節足動物のことか」

「そう、それ」


 馬鹿目、カニは10本足だ。まあ、それはおいておいて、


「えらくまた唐突だな。なんかあったのか?」

「市内のホテルでカニ食べ放題やってんのよ。これからもも子と一緒に食べに行くんだけど」

「おまえら、本当に仲良いね……せっかくの誘いだけど、これから用事があってな。凄い魅力的ではあるんだが」

「あら、そうなの、残念ね。わかったわ。それじゃ、あんたの分までいっぱい食べてきてあげる」

「おう、思う存分喰らってこい、8本足の節足動物を」

「任せて! 獲れ獲れぴちぴちよ~。じゃあね」


 そういうと小町はガチャリと電話を切った。両手に蜘蛛(くも)をわしづかみにして、むしゃむしゃ食べる彼女を想像してしまい、ちょっと吐き気がした……




 電車が駅に滑り込む。乗り換えの乗降客に混じって、吐き出されるようにしてホームに降り立つと、うだるような暑さが襲ってきた。


 北口ターミナルへ向かうと、さすがにお盆と言うか、暑さのせいか、普段なら買い物客やパフォーマーで賑わう駅前広場も閑散としていた。徳光はそもそも夜行性であったし、本当に誰もいないと言っていいくらいだった。見上げる太陽はまだまだ上空の高いところにあって、降りてくるのは相当先の話だろう。


 さて、七条寺に帰ってきたはいいものの……


「これから、どうすっかね」


 倖の携帯にかけたとき、彼女の代わりに電話を取った成実は、助けてと言った。


 唐突な話しだし、そもそも成実に電話をかけたわけではないのだから、そんなこと言われてもお門違いだった。だが、彼女に助けてと言われては、助けないわけにはいかなかった。


 藤木は彼女の願いを二つ返事でオーケーした。とは言え、一体何を助けて欲しいというのか?


「お母さんと、お姉ちゃんが私のせいで喧嘩して……」


 聞けば、例の事件以降、成実の処遇を巡って母と倖が対立しているらしい。元々、折り合いが悪かった二人は、初めこそは成実のことを思って意見を出し合っていたが、次第にそれをダシに口論が絶えなくなり、気がつけば喧嘩がエスカレートしていってるらしかった。


 立花(ゆき)曰く、事件に巻き込まれたのは母親の監督不行き届きだし、一時的とは言え、愛の替え玉として活動していたせいで、日本に居ても彼女は身を隠して暮らすしかない。それじゃ不憫だから、自分と一緒にアメリカで暮らしたほうがいい、と言っているらしい。


 すると、成美高校はやめて渡米するってことだろうか。元々、妹のために日本に帰ってきたそうだが、あっさり職を手放してしまうとは、なんとも剛毅なものである。それとも合理的とでも言おうか。まあ、普段の授業態度を見ていても、やる気があるとは思えなかったので、らしいといえばらしいのであるが。


 対する母親は、娘のアメリカ行きは断固反対で、成実はもちろんのこと、倖も日本で暮らしていたほうがいいと思ってるようだった。それどころか、時がたって落ち着いたら、成実は芸能界に復帰したほうが良いとさえ思っているそうである。


 復帰て……彼女が芸能界に居たのは、そもそも、つらい現実が嫌で逃げ出したわけであるが……人様の家のことをとやかく言うつもりはないが、正直それはいただけない。


 果たして倖も同じ考えらしく、彼女らの意見の対立はそれが多くを占めているらしかった。詳しいことは知らないが、母親は愛の所属する芸能プロダクションの経営陣の一角らしく、彼らの事件後の対応のまずさなどが、更に倖の反感を買っていた。


 こうして来る日も来る日も口論を続けた彼女たちは、気がつけば板ばさみになった成実が萎縮していることにも気づかずに、自分勝手に成実の将来を、本人のあずかり知らぬところで勝手に議論しているようだった。


 重ねて言うが、人様の家庭の事情に口を挟むつもりはない。だが……本人そっちのけで、何をやっているのだろうか。おまけに自分のことで喧嘩などされて、ただでさえ心に傷を負っていた彼女がどんな思いでいるのか、分からない物なのだろうか。


 立花成実に助けてと言われたならば、藤木は絶対に断ることが出来ないと思っていた。だから、喧嘩を止めてといわれたら、そうなるよう尽力しようと思った。


 しかし、それよりもっと大事なことがある。


 彼女自身は一体どうしたいのか。アメリカに行きたいのだろうか、日本に居たいのだろうか。それとも、他にやりたいことがあるのだろうか。もしもあるなら、その気持ちを汲んでみたい。


 お門違いだとは重々承知していたが、それでも成実が言えないのであれば、藤木が言ってやらねばいけないだろう。なにしろ、彼女を現実に引き戻したのは、他ならぬ自分なのだから。


 そりゃ彼女の家族たち、彼女を助けられなかった警察官たちには喜ばれはしたのだが……ホントのところ、彼女自身はどう思っていたのだろうか……そんな風に考えていた。


「とは言ったものの……これからどうしたもんかね」


 正直、段取りが最悪で、これからどう動いていいのか、藤木自身もよく分かって居なかった。成実自身もどうしていいのか分からないから、藤木なんかに助けを求めたのだろうし……


 藤木は七条寺の北口ターミナルで呆然と立ち尽くしていた。額から流れ落ちる汗が鬱陶しい。


 とにかく、倖と連絡を取ろうと思うのだが、彼女がどこにいるのかさっぱり分からない。思いつくのは学校くらいのものであるが……丁度、お盆の時期であったし、学校だって多分閉鎖してるだろう。それも確実とはいえなかった。


 だからいっそ家に直接出向いてみようと思った。


 少なくとも成実はいるはずだし、以前、藤原騎士(ないと)を尾行するために彼の家に赴いたことがあったが、立花家はその隣家だから場所は分かっていた。成美高校と駅の丁度中間にあったから、そっちが駄目なら、改めて学校に様子を見に行くことも出来るだろう。


 と言うわけで、成美高校行きのバス停までやってきたが、お盆ダイヤで30分も待たされることが判明して気が滅入った。歩いてもいける距離であったが、この暑さではたまらないし……逡巡しながらバス停の屋根の下でパタパタと手で扇いでいると、


 ビッビー!


 とクラクションを鳴らして、一台の車が近づいてきた。全身どピンクの左ハンドルである。


 ヤクザか何かか。関わりたくないなと思いはしたが、周りには自分以外に誰も居ない。一体全体なんだろう? と思って運転席をよくよく覗いてみたら、そこには見知った顔が、にこやかな笑みを湛えて座っていた。


 思わぬ出来事に反応に困っていたら、運転席の彼女は助手席を指さした。乗れってことだろうか……これ、乗るの?


 左ハンドルのせいで歩道からは乗れず、渋々焼け付く車道に出ると、あまり乗りたくないピンク一色の車の助手席に藤木は乗り込んだ。クーラーがガンガンに効いていて、汗で背中に張り付いたシャツがひんやりとした。外見は派手だが、内装は落ち着いていたのでホッとする。


 藤木は助手席に座ってシートベルトをつけると、改めて運転席の人物に挨拶をした。


「あー、こないだはどうも。荷物届きました、お陰で助かりましたよ……助かっちゃっていいのか、良く分からんが」

「あれ、参考になったかな?」


 そういうと、彼女は右手を軽く握って上下に動かした。いわゆる手コキのポーズである。思わず、カメラとかないか全周警戒してしまった。


「やめなさい、あんた。誰かに見られらたら軽くスキャンダルなんだから」

「大げさだなあ、藤木君は。でも、お役に立てたなら良かったよ」


 そういうと、運転席の人物、立花愛ははにかんだ。


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